前編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
シルバーはリドルに馬術部を休む旨を伝え、すぐさまその足をオンボロ寮に向けた。そろそろ西日に変わりそうな空に急かされ、シルバーは足を速める。彼のただならぬ雰囲気で道に広がっていたはずの生徒たちは、モーセの十戒よろしく彼に道を開ける。
シルバーの頭の中は、彼女との決別に満ちていた。彼女のことで苦悩し、護衛すらままならないなら、いっそのこと思いを断ち切ってしまえばいい。そのためにシルバーが選んだのは、玉砕だった。ユウにありったけの思いをぶつけ、それで「セベクと付き合っているからできない」と一言もらおうと決めていた。おそらくセベクは彼を殴るだろうし、セベクの恋人を愛してしまった彼を父は叱るだろう。
それでもいい、とシルバーは歩を進める。彼女と過ごした穏やかで温かい記憶が何度も彼の脳裏をかすめていく。その記憶だけを大切に抱えて、ただ「ありがとう」と彼女の幸せを願うことが彼なりの決別だった。
オンボロ寮が見え、足が彼の意思とは反対に歩みを止める。もう彼女に別れを告げる準備はできたはずなのに、抵抗するように足が動かない。立ち尽くしている彼の足元に、小鳥やウサギ、リスが寄ってきた。彼らはシルバーの肩に乗ったりして彼の顔を覗き込んだ。
「お前たち……」
チュンチュンと鳴いている小鳥が、シルバーの背中にしがみつく。落ちかけたその小さな命を彼を受け止めようと、彼は後ろ手に手を回した。その拍子に、一歩彼の足は前へ出た。
一歩前に出ただけで、シルバーの胸はふっと軽くなる。小鳥はシルバーの手など借りずとも簡単に飛んでいった。ウサギやリスも彼を先導するように前を走っていく。
「……ありがとう」
小さな仲間たちのあとに彼は続いた。あれほど遠いと思われたオンボロ寮の玄関は案外近い。インターホンを押す指に、迷いはなかった。
「はい」
懐かしい声に不意に心臓が揺れる。しかし、彼はもう動じまいと表情を引き締めた。ガチャリと扉が開かれると、そこに監督生はいた。彼女の驚いた顔があまりに愛おしくて仕方ない。それでも抱きしめてはいけないと、理性が彼を羽交い絞めにした。
「遅くにすまない。お前に言いたいことがあって来た」
努めて平静を装って固い声を発したシルバーに、ユウは呟いた。
「……好き」
ぼんやりと呟かれた言葉に、シルバーは己の耳を疑った。思わず作っていた表情は崩れ、彼は目を剥いた。
「は?」
「シルバー先輩のことが……大好きです」
見上げられた琥珀の瞳がシルバーだけを映している。その中心でハートの形をした瞳孔が存在した。トレインの声がたちまち彼の耳元で蘇る。「惚れ薬を飲まされた非魔法士には独特の症状が現れる。それが129ページにある、『瞳孔がハートの形になっていること』だ」シルバーはまさかと思い、蕩けた表情で見上げるユウに尋ねた。
「惚れ薬を飲まされたのか?」
シルバーの言葉に目を丸くしたユウは、蜂蜜の瞳いっぱいに涙を浮かべた。
「惚れ薬って何のことですか? 私、本気で先輩のことが好きなのに……!」
彼の言葉に傷付いたユウの涙に、宥めようとしたシルバーの手がおろおろと宙で浮遊する。彼女の涙を止めたいが、そもそも触れていいのか分からない。
「なっ泣くな。俺はその」
シルバーが気持ちに応えようと言葉を紡ぐ前に「ふなー!」と特徴的な鳴き声が彼の背中に叩きつけられた。
「お前ユウに何しているんだ!」
獣のように姿勢を屈めて背後に火魔法を出しているグリムが、シルバーに牙を剥いた。グリムの血相に、ゴーストたちまで出てきて、明らかにシルバーへ敵意を募らせている。
「ちょっと、話を聞かせてもらえるかい? シルバーくん」
普段は陽気なゴーストたちの纏う空気が冷気そのものとなり、オンボロ寮周辺の気温が下がる。シルバーのこめかみを伝った汗が、パキリと凍った。
シルバーの頭の中は、彼女との決別に満ちていた。彼女のことで苦悩し、護衛すらままならないなら、いっそのこと思いを断ち切ってしまえばいい。そのためにシルバーが選んだのは、玉砕だった。ユウにありったけの思いをぶつけ、それで「セベクと付き合っているからできない」と一言もらおうと決めていた。おそらくセベクは彼を殴るだろうし、セベクの恋人を愛してしまった彼を父は叱るだろう。
それでもいい、とシルバーは歩を進める。彼女と過ごした穏やかで温かい記憶が何度も彼の脳裏をかすめていく。その記憶だけを大切に抱えて、ただ「ありがとう」と彼女の幸せを願うことが彼なりの決別だった。
オンボロ寮が見え、足が彼の意思とは反対に歩みを止める。もう彼女に別れを告げる準備はできたはずなのに、抵抗するように足が動かない。立ち尽くしている彼の足元に、小鳥やウサギ、リスが寄ってきた。彼らはシルバーの肩に乗ったりして彼の顔を覗き込んだ。
「お前たち……」
チュンチュンと鳴いている小鳥が、シルバーの背中にしがみつく。落ちかけたその小さな命を彼を受け止めようと、彼は後ろ手に手を回した。その拍子に、一歩彼の足は前へ出た。
一歩前に出ただけで、シルバーの胸はふっと軽くなる。小鳥はシルバーの手など借りずとも簡単に飛んでいった。ウサギやリスも彼を先導するように前を走っていく。
「……ありがとう」
小さな仲間たちのあとに彼は続いた。あれほど遠いと思われたオンボロ寮の玄関は案外近い。インターホンを押す指に、迷いはなかった。
「はい」
懐かしい声に不意に心臓が揺れる。しかし、彼はもう動じまいと表情を引き締めた。ガチャリと扉が開かれると、そこに監督生はいた。彼女の驚いた顔があまりに愛おしくて仕方ない。それでも抱きしめてはいけないと、理性が彼を羽交い絞めにした。
「遅くにすまない。お前に言いたいことがあって来た」
努めて平静を装って固い声を発したシルバーに、ユウは呟いた。
「……好き」
ぼんやりと呟かれた言葉に、シルバーは己の耳を疑った。思わず作っていた表情は崩れ、彼は目を剥いた。
「は?」
「シルバー先輩のことが……大好きです」
見上げられた琥珀の瞳がシルバーだけを映している。その中心でハートの形をした瞳孔が存在した。トレインの声がたちまち彼の耳元で蘇る。「惚れ薬を飲まされた非魔法士には独特の症状が現れる。それが129ページにある、『瞳孔がハートの形になっていること』だ」シルバーはまさかと思い、蕩けた表情で見上げるユウに尋ねた。
「惚れ薬を飲まされたのか?」
シルバーの言葉に目を丸くしたユウは、蜂蜜の瞳いっぱいに涙を浮かべた。
「惚れ薬って何のことですか? 私、本気で先輩のことが好きなのに……!」
彼の言葉に傷付いたユウの涙に、宥めようとしたシルバーの手がおろおろと宙で浮遊する。彼女の涙を止めたいが、そもそも触れていいのか分からない。
「なっ泣くな。俺はその」
シルバーが気持ちに応えようと言葉を紡ぐ前に「ふなー!」と特徴的な鳴き声が彼の背中に叩きつけられた。
「お前ユウに何しているんだ!」
獣のように姿勢を屈めて背後に火魔法を出しているグリムが、シルバーに牙を剥いた。グリムの血相に、ゴーストたちまで出てきて、明らかにシルバーへ敵意を募らせている。
「ちょっと、話を聞かせてもらえるかい? シルバーくん」
普段は陽気なゴーストたちの纏う空気が冷気そのものとなり、オンボロ寮周辺の気温が下がる。シルバーのこめかみを伝った汗が、パキリと凍った。