前編
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コロシアムから学生たちがマジフトで放った魔法の光が輝く。運動場では走り込む運動着や掛け声が行き交っている。ユウは足元で二足歩行をするグリムと共に帰路についていた。
「その髪、まだ慣れねーな」
彼のシアンの瞳がユウを見上げる。ユウはすっかり短くなった襟足に触れた。その瞬間、引き裂かれるような痛みが彼女の体に蘇ってきた。「どうしたんだよ、お前。その髪……」そう絶句した親友たちに、ユウは何の変哲もないように笑った。「気分転換だよ」この世界では失恋をすると髪を切る風習はない。だから、ユウは男装にかこつけて、はじめての失恋を隠した。
不意に彼女の頬を撫でた生暖かい風がもうじき春が来ると告げる。その風の運んだ森の匂いで、授業の時に見つめあってしまったオーロラシルバーの瞳が脳裏で煌いた。ユウは襟足から手を外して、力なく笑った。
「……そのうち慣れるよ。きっと」
「ぶな! しまった!」
突然奇声を上げたグリムにユウが呆れた調子で見下ろす。彼がこのように焦っているときは、大概彼女にも飛び火する碌でもないことの前触れだった。
「教室に忘れ物した!」
彼女の予想よりも軽いハプニングに、思わずユウは吹き出してしまった。グリムは「笑いごとじゃねーんだゾ」と不機嫌に言うが、笑っている彼女をまじまじと見る瞳には安堵が滲んでいる。
「早く取りに行きなよ」
さっさともと来た道を戻っていったグリムの小さくなっていく灰色の影を見送ると、ユウは一人歩き出した。慣れたはずの帰り道の頭上を真っ黒な烏が二羽、仲良さそうに肩を並べている。濁ったその鳴き声を通わせる姿が眩しくて、ユウはじっと彼らを見つめていた。
何度も彼女の頭の中ではじき出した答えだというのに、別の未来があったのではないかとユウは信じることを諦められない。彼との時間を素晴らしいと伝えたことに後悔などない。しかし、そのせいで離れていったシルバーを思うと、あの烏たちすら憎くて仕方なかった。藍の空へ向かって飛んでいく彼らが羨ましい、と口に出そうとして、彼女はかさりと鳴った手元を見た。
星の包装が夕日を反射して、ユウは思わず目を閉じた。グリムがエースたちと作ったというクッキーだけで、押しつぶされそうな胸がすこしだけ楽になった。
「お腹空いたし、食べようかな……」
ユウはオンボロ寮に足早に駆け込むと、キッチンの棚から皿を取り出し、そこにわざわざ美味しく見えるようレースが施された紙を敷く。こういうのは見た目も重要と言っていたケイトの教えだ。それにマジカメも久しぶりに更新して、皆に自慢するつもりでもあった。
談話室に皿を持ってきた彼女は、次にクッキーを並べることにした。包み紙から出したクッキーは、ところどころ焦げている。そっと一枚摘まんだ彼女は、焦げていない部分を狙って食べた。かじってクッキーから零れた破片たちが黒いズボンに星のように散らばる。
ユウは「んう!」と歓声を上げた。ゴーストたちがいないため感想はただの独り言と化す。
「美味しい。後でグリムとも分けて食べよう」
ユウの反応に「当然なんだゾ」と自信満々に腕を組んで見せるのか、「やった!」と飛び上がってくれるのか。はたまたそのどちらもかもしれないとユウは、グリムの帰りを待ちどおしく感じた。
膝の上の破片たちを見て、ユウは目を細めた。あの実験室で見上げた星空に似たそれが、再び銀髪を思い起こさせる。考えてはいけないと理性をかき集めているのに、体が宙に浮きそうなほど気分が高揚してくる。彼を想うだけで目の前がぐらぐら揺れて、ユウは不意にテーブルに手をついた。身体の中心で心臓が跳ねまわるなつかしい感覚に、ユウは胸を押さえる。
訳も分からず彼女が混乱していると、インターホンが鳴った。グリムなら自分で鍵を開けられる。突然の来客に対応しなければいけないと、ユウはふらつく足で立った。壁に体を預けるように手を伸ばして進んでいく度、心臓が体から飛び出すのではないかと不安になるほど大きく跳ねる。ユウはぐらつく感覚に耐えながら、ドアノブを回した。
「遅くにすまない」
申し訳なさそうに眉を寄せているシルバーに、彼女の心臓は不可視の鎖で縛られた。久しぶりに見る彼の全てが光を放ち、そのどれもが胸を満たす。悩まし気な愁いを帯びた表情に、どくん、と彼女の耳元で心臓が爆ぜた。
「その髪、まだ慣れねーな」
彼のシアンの瞳がユウを見上げる。ユウはすっかり短くなった襟足に触れた。その瞬間、引き裂かれるような痛みが彼女の体に蘇ってきた。「どうしたんだよ、お前。その髪……」そう絶句した親友たちに、ユウは何の変哲もないように笑った。「気分転換だよ」この世界では失恋をすると髪を切る風習はない。だから、ユウは男装にかこつけて、はじめての失恋を隠した。
不意に彼女の頬を撫でた生暖かい風がもうじき春が来ると告げる。その風の運んだ森の匂いで、授業の時に見つめあってしまったオーロラシルバーの瞳が脳裏で煌いた。ユウは襟足から手を外して、力なく笑った。
「……そのうち慣れるよ。きっと」
「ぶな! しまった!」
突然奇声を上げたグリムにユウが呆れた調子で見下ろす。彼がこのように焦っているときは、大概彼女にも飛び火する碌でもないことの前触れだった。
「教室に忘れ物した!」
彼女の予想よりも軽いハプニングに、思わずユウは吹き出してしまった。グリムは「笑いごとじゃねーんだゾ」と不機嫌に言うが、笑っている彼女をまじまじと見る瞳には安堵が滲んでいる。
「早く取りに行きなよ」
さっさともと来た道を戻っていったグリムの小さくなっていく灰色の影を見送ると、ユウは一人歩き出した。慣れたはずの帰り道の頭上を真っ黒な烏が二羽、仲良さそうに肩を並べている。濁ったその鳴き声を通わせる姿が眩しくて、ユウはじっと彼らを見つめていた。
何度も彼女の頭の中ではじき出した答えだというのに、別の未来があったのではないかとユウは信じることを諦められない。彼との時間を素晴らしいと伝えたことに後悔などない。しかし、そのせいで離れていったシルバーを思うと、あの烏たちすら憎くて仕方なかった。藍の空へ向かって飛んでいく彼らが羨ましい、と口に出そうとして、彼女はかさりと鳴った手元を見た。
星の包装が夕日を反射して、ユウは思わず目を閉じた。グリムがエースたちと作ったというクッキーだけで、押しつぶされそうな胸がすこしだけ楽になった。
「お腹空いたし、食べようかな……」
ユウはオンボロ寮に足早に駆け込むと、キッチンの棚から皿を取り出し、そこにわざわざ美味しく見えるようレースが施された紙を敷く。こういうのは見た目も重要と言っていたケイトの教えだ。それにマジカメも久しぶりに更新して、皆に自慢するつもりでもあった。
談話室に皿を持ってきた彼女は、次にクッキーを並べることにした。包み紙から出したクッキーは、ところどころ焦げている。そっと一枚摘まんだ彼女は、焦げていない部分を狙って食べた。かじってクッキーから零れた破片たちが黒いズボンに星のように散らばる。
ユウは「んう!」と歓声を上げた。ゴーストたちがいないため感想はただの独り言と化す。
「美味しい。後でグリムとも分けて食べよう」
ユウの反応に「当然なんだゾ」と自信満々に腕を組んで見せるのか、「やった!」と飛び上がってくれるのか。はたまたそのどちらもかもしれないとユウは、グリムの帰りを待ちどおしく感じた。
膝の上の破片たちを見て、ユウは目を細めた。あの実験室で見上げた星空に似たそれが、再び銀髪を思い起こさせる。考えてはいけないと理性をかき集めているのに、体が宙に浮きそうなほど気分が高揚してくる。彼を想うだけで目の前がぐらぐら揺れて、ユウは不意にテーブルに手をついた。身体の中心で心臓が跳ねまわるなつかしい感覚に、ユウは胸を押さえる。
訳も分からず彼女が混乱していると、インターホンが鳴った。グリムなら自分で鍵を開けられる。突然の来客に対応しなければいけないと、ユウはふらつく足で立った。壁に体を預けるように手を伸ばして進んでいく度、心臓が体から飛び出すのではないかと不安になるほど大きく跳ねる。ユウはぐらつく感覚に耐えながら、ドアノブを回した。
「遅くにすまない」
申し訳なさそうに眉を寄せているシルバーに、彼女の心臓は不可視の鎖で縛られた。久しぶりに見る彼の全てが光を放ち、そのどれもが胸を満たす。悩まし気な愁いを帯びた表情に、どくん、と彼女の耳元で心臓が爆ぜた。