前編
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シルバーが自分でも意味の分からない行動をとるようになったのは、監督生にこんな些細な問いをかけたのが始まりだった。
「俺といても楽しくないだろう?」
まごうことなき彼の本音だった。
動揺を悟られないようにしているせいで表情に乏しくなった彼の周囲に人は寄り付かない。ディアソムニア寮の寮生というだけで近寄りがたいと評されることに加えて、ヴィルも認める美貌が無表情であることの人間味のなさは、彼の周りに人を寄せ付けなかった。
そんな中、監督生は異質だった。「一緒に授業を受けてくれませんか?」と廊下を移動している彼に話しかけてきたのだ。それまで話したこともない、リリアから話を聞いただけの人間は、蜂蜜のような瞳をまっすぐ彼に向けていた。「シルバー先輩がよろしければ」
名前まで覚えられていて、彼は声が出なくなった。彼はまだ名前すら知らないのに、屈託なく話しかけてくる後輩の黒い髪が肩で揺れていた。
「先輩! おはようございます!」
笑顔で手を振って挨拶をする監督生に、いつからか彼は手を振り返すようになった。彼の反応を見て、頬を紅潮させながら更に力強く手を振る監督生にわざわざ近づいて挨拶をするようになった。嬉しそうな笑顔が向けられるだけで、彼の胸のうちは温かくなる。挨拶をする動機はそれで十分だった。
「先輩……バルガス先生の試験、今のままじゃ合格できそうもないので、お助けください」
グリムと擦り傷を作って現れた監督生を掴むために握った手首は細かった。折れそうな細さとは対照的に、監督生は厳しいことを言われてもシルバーについてきた。へとへとなグリムを励ましながら、箒で無事飛べたことを喜んでいたのがつい昨日のように思い出せる。
共に居る時間が増えて、身寄りはこの世界にいないことや、日常の些細なことに至るまでこの後輩のことをシルバーは知るようになった。
しかし、シルバーは一切を監督生に伝えていない。自分の身寄りも、彼の父の詳細も、同じく孤児であることも。その上監督生にばかり話させている後ろめたさが冒頭の発言につながった。
シルバーに居残りで錬金術の補習を手伝ってもらっていた監督生は目を丸くした。琥珀色の目に見つめられると、彼は身動きが取れなくなる。
「先輩といるのは楽しいですよ」
優しさを滲ませたその声に、冷静さを保っていたはずの端正な顔は色づいた。監督生は星の砂を薬液の入ったビーカーに入れる。ぽん、と軽い音を立てて、ビーカーから夜空が煙のように立ち上った。頭上に広がったそれらをシルバーは見上げる。金銀の光をそれぞれに放ちながら、目の前に立派な天の川が流れていた。思わず目を奪われていた彼の隣で、監督生は呟いた。
「こんな偽物の空でも綺麗と思える位、先輩といる時間は素晴らしいんです」
見下ろした先の琥珀の瞳が、まるで月のように輝いていた。その瞬間から、シルバーは平然としていられなくなった。落ち着きを失くしたせいで、足取りはふらつき、一歩一歩下がっていく。胸に迫る熱の塊の名前を付ける前に、彼は監督生から離れた。
あの後輩の傍に居ると集中力は途切れ、思考が正常に機能しなくなる。リゾットを食べていたはずなのに、なぜかサンドイッチを選んでいたり、大事なリリアの話を聞き逃していたり、彼の不調も同時に始まった。
騎士として冷静さを欠くことは、大切な人を守る場面で致命的なミスを犯す。だから、シルバーは苦しい胸の内を必死に鍛錬でかき消した。体を動かせば、あの黒い髪や琥珀の瞳を忘れられた。しかし、校舎でその姿を見かければそれも水泡に帰す。逃げるように監督生から離れては思い出すのいたちごっこを繰り返す。気が付いた時には、肩まであったはずの監督生の髪はベリーショートにまで切られていた。
その理由を聞こうか聞くまいか悩んでいるシルバーはある朝、学園裏の森を走っていた。いつもなら見ないように通り過ぎるオンボロ寮の横を、その日は足を止めた。嵌め格子のガラス窓にかけられたカーテンが開けられ、そこからは無防備なタンクトップとショートパンツ姿の監督生が出てくる。細い腕や引き締まった太ももが見えて、シルバーの口から心臓が飛び出しそうになる。そして、その服を押し上げる胸のふくらみを見て、彼は驚愕した。
「女……だと?」
衝撃の事実に彼はその場から動くことができなかった。そして、彼女はくしゃりと顔面を悲壮で歪め、艶やかな頬に涙が走っていく。手の甲で必死に拭っている彼女を、彼は今すぐにでも駆けつけて抱きしめたかった。頼りない体を力いっぱい抱きしめて、その悲しみを取り去ってしまいたい。
すぐにでも玄関へ行こうと足を動かそうとして、オンボロ寮に近寄る影があった。シルバーはそっと木の陰に隠れ、玄関を見張った。そこに現れたのはミストグリーンの髪の後輩だった。
「セベク……?」
一体彼女に何の用があるんだと疑問に思ったところで、シルバーは思い出した。ここ最近、監督生はセベクとディアソムニア寮に来ることが増えた。そして、何やら小一時間彼の部屋で過ごすと満足そうに出てくるのだ。それを見ていたリリアは楽しそうに「まるで恋人のようじゃのお」と笑っていた。
その時、シルバーの頭に、がつん、と殴られるような衝撃が走った。とっさに顔を手で覆わなければ、シルバーは危うく叫びだすところだった。
インターホンを鳴らしたセベクの前に、監督生は制服姿で出てくる。「セベク、おはよう!」という元気な挨拶はつい先日まで彼の名前が当て嵌められていたはずなのだ。あれほど明るく照らしてくれた挨拶がこれほど彼の気分を暗くさせる答えが、案外すんなりと胸に落ちてくる。
監督生とセベクは付き合っていて、みっともないことにシルバーはこの監督生に恋愛感情を抱いている。たとえ恋人がいても消えそうにもない炎が胸を焦がす痛みで、シルバーは胸元の布をぎゅっと握りしめた。
「俺といても楽しくないだろう?」
まごうことなき彼の本音だった。
動揺を悟られないようにしているせいで表情に乏しくなった彼の周囲に人は寄り付かない。ディアソムニア寮の寮生というだけで近寄りがたいと評されることに加えて、ヴィルも認める美貌が無表情であることの人間味のなさは、彼の周りに人を寄せ付けなかった。
そんな中、監督生は異質だった。「一緒に授業を受けてくれませんか?」と廊下を移動している彼に話しかけてきたのだ。それまで話したこともない、リリアから話を聞いただけの人間は、蜂蜜のような瞳をまっすぐ彼に向けていた。「シルバー先輩がよろしければ」
名前まで覚えられていて、彼は声が出なくなった。彼はまだ名前すら知らないのに、屈託なく話しかけてくる後輩の黒い髪が肩で揺れていた。
「先輩! おはようございます!」
笑顔で手を振って挨拶をする監督生に、いつからか彼は手を振り返すようになった。彼の反応を見て、頬を紅潮させながら更に力強く手を振る監督生にわざわざ近づいて挨拶をするようになった。嬉しそうな笑顔が向けられるだけで、彼の胸のうちは温かくなる。挨拶をする動機はそれで十分だった。
「先輩……バルガス先生の試験、今のままじゃ合格できそうもないので、お助けください」
グリムと擦り傷を作って現れた監督生を掴むために握った手首は細かった。折れそうな細さとは対照的に、監督生は厳しいことを言われてもシルバーについてきた。へとへとなグリムを励ましながら、箒で無事飛べたことを喜んでいたのがつい昨日のように思い出せる。
共に居る時間が増えて、身寄りはこの世界にいないことや、日常の些細なことに至るまでこの後輩のことをシルバーは知るようになった。
しかし、シルバーは一切を監督生に伝えていない。自分の身寄りも、彼の父の詳細も、同じく孤児であることも。その上監督生にばかり話させている後ろめたさが冒頭の発言につながった。
シルバーに居残りで錬金術の補習を手伝ってもらっていた監督生は目を丸くした。琥珀色の目に見つめられると、彼は身動きが取れなくなる。
「先輩といるのは楽しいですよ」
優しさを滲ませたその声に、冷静さを保っていたはずの端正な顔は色づいた。監督生は星の砂を薬液の入ったビーカーに入れる。ぽん、と軽い音を立てて、ビーカーから夜空が煙のように立ち上った。頭上に広がったそれらをシルバーは見上げる。金銀の光をそれぞれに放ちながら、目の前に立派な天の川が流れていた。思わず目を奪われていた彼の隣で、監督生は呟いた。
「こんな偽物の空でも綺麗と思える位、先輩といる時間は素晴らしいんです」
見下ろした先の琥珀の瞳が、まるで月のように輝いていた。その瞬間から、シルバーは平然としていられなくなった。落ち着きを失くしたせいで、足取りはふらつき、一歩一歩下がっていく。胸に迫る熱の塊の名前を付ける前に、彼は監督生から離れた。
あの後輩の傍に居ると集中力は途切れ、思考が正常に機能しなくなる。リゾットを食べていたはずなのに、なぜかサンドイッチを選んでいたり、大事なリリアの話を聞き逃していたり、彼の不調も同時に始まった。
騎士として冷静さを欠くことは、大切な人を守る場面で致命的なミスを犯す。だから、シルバーは苦しい胸の内を必死に鍛錬でかき消した。体を動かせば、あの黒い髪や琥珀の瞳を忘れられた。しかし、校舎でその姿を見かければそれも水泡に帰す。逃げるように監督生から離れては思い出すのいたちごっこを繰り返す。気が付いた時には、肩まであったはずの監督生の髪はベリーショートにまで切られていた。
その理由を聞こうか聞くまいか悩んでいるシルバーはある朝、学園裏の森を走っていた。いつもなら見ないように通り過ぎるオンボロ寮の横を、その日は足を止めた。嵌め格子のガラス窓にかけられたカーテンが開けられ、そこからは無防備なタンクトップとショートパンツ姿の監督生が出てくる。細い腕や引き締まった太ももが見えて、シルバーの口から心臓が飛び出しそうになる。そして、その服を押し上げる胸のふくらみを見て、彼は驚愕した。
「女……だと?」
衝撃の事実に彼はその場から動くことができなかった。そして、彼女はくしゃりと顔面を悲壮で歪め、艶やかな頬に涙が走っていく。手の甲で必死に拭っている彼女を、彼は今すぐにでも駆けつけて抱きしめたかった。頼りない体を力いっぱい抱きしめて、その悲しみを取り去ってしまいたい。
すぐにでも玄関へ行こうと足を動かそうとして、オンボロ寮に近寄る影があった。シルバーはそっと木の陰に隠れ、玄関を見張った。そこに現れたのはミストグリーンの髪の後輩だった。
「セベク……?」
一体彼女に何の用があるんだと疑問に思ったところで、シルバーは思い出した。ここ最近、監督生はセベクとディアソムニア寮に来ることが増えた。そして、何やら小一時間彼の部屋で過ごすと満足そうに出てくるのだ。それを見ていたリリアは楽しそうに「まるで恋人のようじゃのお」と笑っていた。
その時、シルバーの頭に、がつん、と殴られるような衝撃が走った。とっさに顔を手で覆わなければ、シルバーは危うく叫びだすところだった。
インターホンを鳴らしたセベクの前に、監督生は制服姿で出てくる。「セベク、おはよう!」という元気な挨拶はつい先日まで彼の名前が当て嵌められていたはずなのだ。あれほど明るく照らしてくれた挨拶がこれほど彼の気分を暗くさせる答えが、案外すんなりと胸に落ちてくる。
監督生とセベクは付き合っていて、みっともないことにシルバーはこの監督生に恋愛感情を抱いている。たとえ恋人がいても消えそうにもない炎が胸を焦がす痛みで、シルバーは胸元の布をぎゅっと握りしめた。