邂逅

「これは悟様。お見えになっていたのであれば、私に一言お声を掛けて頂いてもよいものを」

執事が声を掛けて少しの間待ち、北都が障子を開けて姿を現すと何故かそこに五条悟がいて。

「お久し振りです、辰次さん。勝手知ったるでお邪魔してました」

この執事も悟が子供だった時から白鷺家に仕えていた男で、悟が当主の部屋にいるのを見ても平然としている。

「それで、何の用だ?」

そんな会話をすぐに遮り、北都が何事かと問えば仕事だと伝え。

「少しばかり手に負えない『魔』が暴れているとの連絡を受け、北都様にご依頼がきております」

「わかった。すぐに準備をするから、車の用意をしてくれ」

「畏まりました」

すぐに執事が去って行くと、北都がため息を吐く。
そしてニコニコと微笑んでいる男を軽く睨み、別に車の用意をさせると言えば悟が何か思い付いたか。

「僕も一緒に行くよ。あと生徒たちも連れてきていいよね?」

「……………」

それだけで理解したのか、北都が眉を潜めると彼は楽しそうで。

「まだまだ訓練が必要だし、呪術師は只でさえ人手不足だからね。早いとこ戦力になってくれるとこっちも助かるし、何よりアイツらには経験が必要だ」

だから丁度いいと提案し、白鷺家の仕事である以上、呪術師側は給料なしでいいと伝えると彼女が少し思案する。

「………わかった。でも悟さんの生徒たちにはそれ相応の報酬を用意しないと申し訳ない。白鷺家を通してあとで手配させる」

「ありがとう、北都。やっぱり君は優しいな」

だが悟が近づき、北都を抱き寄せると本人が頬を淡く染め。

「僕には何かくれないの?」

生徒だけ報酬があって、自分だけがないのは嫌だと子供のように駄々をこねると北都が微苦笑。

「あなたにも用意するに決まってる。呪術高専には悟さんが申告してくれさえすれば問題ないと思うから」

ひとりだけ仲間外れにはしないと微笑むと、違うと首を振った悟がもっと別のものがいいと希望を出す。

「別のもの?用意できるものであればあなたの希望にそうようにするが………」

「大丈夫。そんな大層なものじゃないよ?」

そして悟がフッと微笑み、北都の黒髪を指に絡めて遊び。

「僕が欲しいのは、北都だけだ」

甘く囁くと、彼女の肌が薔薇色に染まる。
それこそ未遂で終わったが、仕事が入らなければ二人愛し合っていたはずで。またきっちりと着物を着た北都を見つめると、どう反応すればいいのか困ったように目を伏せる。
そんな彼女でさえ愛しくて、軽く唇を奪うとそれはすぐでなくていいと微笑み。

「でも忘れないで?僕はもう一時だって待てないってことを」

「───っ」

碧い瞳に激しい熱がよぎり、北都が小さく震えてしまえば悟が目隠しをして離れる。

「それじゃあちょっとアイツらを連れてくるよ。待ち合わせはどこにする?」

すると北都の表情が引き締まり、白鷺家でいいと伝えると何故か悟がニヤリと笑い。

「了解。アイツらの前でいっぱいイチャイチャしようね」

「───悟さん!」

懲りない男が軽く笑い声を上げながら姿を消すと、とてもじゃないが身がもちそうになく。

「これではいけない………早く用意をしよう」

素早く頭を切り替えると、身支度を始めたのだった。



午前中いっぱいは担任は任務でいないと聞いていた虎杖たち。別の教師が教壇に立ち、授業を受けていると何故か突然現れた男。

「やっ!みんなお疲れサマンサ~!」

「へっ!?五条先生……なんでここに………」

突然の事に悠二がキョトンとし。恵が呆気に取られていると、野薔薇は思わず持っていたシャープペンシルを折る勢いか。

「てゆーか、任務じゃなかったんすか?」

その突然のことに恵が大きくため息を吐き、臨時の教師もさすがに驚いていると悟は何のその。

「急遽目的が変更になっちゃって~!この話、お前たちにとっても損はないと思うよ?」

「はぁ?なんだよそれって……」

悠二が怪しいとばかりに肩を竦めると、悟がクスリと笑い。

「僕の婚約者である白鷺北都ちゃんと一緒に、任務をすることになってね~。お前たちならこの意味、分かるよね?」

『っ!!』

途端に三人の顔色が変わるのを見て、更に笑った男。

「彼女は呪術師じゃないけど、とても特別な人でね。って言うか、もしかしたらこの僕・・・でも敵わないかもしれないくらいなんだ。そんなひとと一緒に行動するのも、また勉強になるものだからね」

「………それで、どこにいるんすか?そのひとは」

やはり恵がすぐさま反応すると、悟が表情を僅かに無くす。

「彼女は白鷺家で待機してる。僕が今からお前たちを連れて行くから、そこから目的の場所まで移動することになってるよ」

「それじゃあ早く行こうぜ!先生!その白鷺北都っていうひとに俺も会いてぇ!!」

「私も、そのひとには興味あるわ。呪術師じゃないのにどんなやり方で祓うのか知りたいし」

更に悠二と野薔薇が立ち上がり、恵も立ち上がると悟がひとつ頷いた。

「とゆーことで先生、途中までありがとうございました」

「あ、いや、はい……」

そうして臨時教師に軽く挨拶した悟が、腕を伸ばして悠二たち三人を囲むような動きをすると一瞬で姿が消え。
次に四人の姿が現れたのは、広大な門の入り口。
しかも門の向こうは森のように鬱蒼と木々が生い茂り、とてもじゃないが誰か住んでいるようには見えない。

「先生、マジでここ?」

「ん?そうだよ?」

それは当たり前の反応か、悠二が尤もなことを言うと恵がピクリと動く。

「これ……何か結界みたいなのが張られてる………?」

「ピンポーン!さすが伏黒恵くん!ここは既に白鷺家の敷地内で、常人たちがいる世界から隔離するために結界を張ってるんだ」

その理由すらわからなかったが、それじゃあどうやって中に入ると言うのか。野薔薇がツッコミを入れると悟は得意気に笑った。

「それなら心配無用。北都ちゃんが僕たちを通すために結界を弄ってるから」

さあどうぞとまるで自分の事のように言い、とりあえず三人が門を潜ると途端に目の前に景色が広がり。

「うっわぁ………すっげー」

管理された竹林の道と、艶やかな灯篭が間隔をあけて立ち並ぶ様はまさに圧巻で。ここを吹く風に邪気など全く感じられず、とても神聖な場所だということがすぐにわかる。

「ここまで何も感じない空間なんて初めて見るんだけど……」

「確かにな。人間が持つ負のエネルギーすら感じない。と言うか、俺たちの呪力ですらなくなったみてぇだ」

だが野薔薇や恵の言うとおり、自分たちの力を抑制されたような感覚を覚え。常人の世界から隔離されているというこの空間自体が、巨大な禁呪の空間となっているようだった。

「これは今だけだよ。本来であればここまでの制限はないけど、お前たちが変な動きをしないように当主様がわざと・・・この空間を作り出してる。まぁ、彼女も異能者としてたとえ可能性はなくとも、『余所者』に好き勝手動かれるのを見過ごすわけにはいかないから」

そう言った悟は楽しそうで、三人からジト目で睨まれるもどこ吹く風か。

「あ、そうだ。くれぐれも北都ちゃんに失礼のないように!僕の教育の仕方が悪いって思われたら、容赦なくお前たちを恨むからね?」

「…………なんかもう私情が出まくってるし、この先生」

「彼女が絡むとウザさ倍増だわ、ホント」

悠二と野薔薇は呆れ顔で天を仰ぎ、恵が早く行こうと促せば再び四人が歩き出し。
長い竹林を抜けた先で更に雅な庭園が悠二たちの前に広がると、そこにひとりの女性が立っていた。


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