邂逅

悟と北都が密かに『約束』を交わして後。
彼が白鷺家に訪れることがぱったりとなくなり、その突然のことに北都の両親も心配するほど悟の存在が大きかった事を証明する。
しかしそれは北都も同じ事で、またすぐにでも会えると思っていた彼女は戸惑うばかりか。やはり約束をした事を後悔しているのだろうかと思い至れば、あの時小指を出さなければ良かったと何度も悔やんだ。
それと同時に、このまま彼が来ないのであればじきに婚約が解消されるのではないかと考え。
それとなく両親に五条家の事を聞きながら解消されたという報告を待っていたが、いつまで経ってもそれが北都の耳に届くことはなかった。
それでも月日は無情に流れ。
悟が呪術高等専門学校に入学した事を知り、着実に呪術師として邁進している彼を思えば何とも誇らしく。
オレは最強なんだと常に声を上げ、自分が持つ呪術に関することを説明してくれたあの頃の少年を思い出すと微笑ましくもあり。
北都もあの時の彼と同じ12歳になると、本格的に龍眼を持つ者として動き始めた。
その鍛練の中で更に龍眼の力を自分の支配下に置けるよう、現当主である母親と共に『魔』を祓う仕事に同行し。まだ幼い身体では長時間の力の解放が出来ないのもあり、反動でしばらく身体が動かせないほどの重傷を負ったこともあった。
けれど北都を常に奮い立たせていたのはやはり五条悟の存在があったからであり。たとえ『約束』が無効になっていたとしても、いつか彼の隣に立てることがあるならば、その彼と肩を並べて共に闘えたらそれだけで幸せなのだと………。

「………………」

舞い散る桜を眺め、持っていた刀の柄をそっと握り。
目にも止まらぬ速さで抜刀すると、目の前を舞った桜の花びらが真っ二つになってそのままヒラヒラと落ちた。

そして北都が18歳になったその年。
単身で仕事に行っていた母親が、調伏に失敗して命を落としたと連絡が入る。
すると白鷺家は半ばパニックになったかのようになり、婿養子として来ていた父の発言のあまりの弱さもあって分裂の危機に陥った。
しかしそこで全てを取り仕切ったのが北都であり、若干18にして白鷺家の当主として襲名の儀式を執り行うことにより、見事に長老たちを黙らせたのだった。
その頃には既に呪術高専を卒業していた五条悟。更に特級呪術師として各地方へ任務で向かっては、呪霊退治を簡単にこなしてはますますその名声をあげる。
それでもいまだ二人が巡り逢うことはなく。
方や特級呪術師、方や凶祓として動く彼らが交わることはもう二度とないのだろうと、両家のどちらもまことしやかに囁くのだった。



* * *

「う~ん、美味かったぁ!」

時は戻り。
白鷺家の食卓では満足気に息を吐いた悟が腹を擦り、その横では静かに茶を飲む北都の姿。
二人だけの食事ではあったが、悟とて白鷺家の事情を知らないわけではない。
北都が18歳の時に彼女の母親が命を落としたという知らせは勿論のこと、すぐさま悟の耳に入ってきた。
しかしその時の彼は任務で東京から離れており、葬儀に出ることも北都の力になることもできなかった。
更に白鷺家は北都の母親が当主だったこともあり、婿入りしていた父親にはまったくその権限がなく。次の当主を誰にするかという派閥争いのようなものが起き、まだ18歳の北都を当主に据えることを良しとしない重鎮らがこぞって物申したのだ。
そんな渦中にある北都を護ろうと五条家として介入しようとしたが、呪術師である悟に『異能者』側の事に関する干渉は許されておらず。どうにかしようにも手も足も出ないその境遇に、今のこの『しきたり』を壊さなければ彼女を護れないということを改めて思い知らされた。
それでも北都は自ら矢面に立ち、次期当主として襲名する事を重鎮らに宣告し、揺るぎない信念そのままに見事儀式をやってのけた。
その時の事も悟は密かに見守り、もし北都の身に危険が及ぶことがあればいつでも乗り込む準備をしていたのだった。

「………それで、いつまでここにいるつもりだ?」

そんな事を思い出しているとふいに北都の声が聞こえ、机に片肘をついた悟が頬を膨らませる。

「まだ僕の過去を視てないと思うんだけど?」

更にこのやり取りを何度したことか。そう思って笑った悟が北都の手を取り、早くと急かしたが彼女はまだ迷っているようで。

「ほら、責任取ってとか言わな………あ、やっぱり今の無し。責任取って視て欲しいな」

「…………っ!」

確信犯な男がその手を自分の胸元に触れさせると、あからさまにビクリと震え。

「そんなに嫌?僕の過去を視ることが」

畳み掛けるように悟が問い掛ければ、北都が小さく目を見開く。

「それとも、君は忘れたのかな?僕との『約束』を」

「っ……」

そして最後の切り札をここで出し、思い出させたのは忘れるはずもない二人だけの秘密の『約束』で。
二人が小指を絡ませたその時に、必ず一緒になると約束した。
だがそうまでして尚、北都が頑なに拒む理由があるとすればそれはただひとつ。
五条悟にはまだ『選択』の余地があると伝えているのであり。
白鷺家の当主が北都である今だからこそ、その約束でさえ悟の意志ひとつで破棄することができるのだと。

「あなたを縛り付けたくないんだ。だからどうか……わかってくれ、悟さん」

ポツリと呟いた北都が目を強く閉じ、触れていた手を引こうとした瞬間。

「わからない。……と言うか、僕がわかっていることはひとつだけだよ」

「っ!?」

掴まれた手をいきなり強く引かれ、倒れ込みそうになった身体を難なく抱き締められて止まる呼吸。それでも慌てて顔を上げると、今度は目隠しを外した彼の碧い瞳と出会う。
そうなれば抗うことさえできず。目を離すことさえできなくて。

「さ、悟さ…………」

何か言わなければと、唇が小さく震えたその時。

「僕は君が好きだ。これだけは絶対に変わらない、たったひとつの事だ」

そう囁いた彼の顔がふいに近付いて反射的に目を閉じ。同時に北都の唇に触れた柔らかな感触。

「────!」

それが悟の唇だとわかった途端、身体が沸騰したように熱くなり。咄嗟に押し返そうとするがびくともしない。
何故なら五条悟の身長はゆうに190を越えていて、更に呪術師として類い希なる身体能力を持つ者なのだ。彼を前にして普通の女性でもある北都では敵うはずもなく、口付けられれば苦しくて。
どうやって息をすればいいのかすらわからず、肩を震わせると口付けから解放され。

「これでわかった?僕が君との約束を破棄する気なんて絶対ないことに」

ふわりと微笑んだ彼が更に蕩けるような甘い表情を見せると、北都の瞳が急激に潤んで揺れた。

「………馬鹿だな、あなたは………」

それは北都の精一杯の言葉で。
どんなにチャンスを与えようと、この男はその全てを拒否し。それ以上の感情を北都にぶつけてくる。
そうして北都を追いつめ、逃げ場すらなくなればあとは囚われる以外道はなく。

「はは!その通りだ。僕は君に関してならどこまでだって馬鹿になれる。君を僕だけのものにするためなら、何だってするよ?」

クスクスと笑った悟がまた抱き締め、艶めく北都の黒髪を優しく撫でると彼女の頬が濡れる。

「さあ、これでもう君は逃げられない。君は死ぬまで僕に愛されるしかないんだよ?」

その涙にさえ口付け、子供の時以来の行動に北都がピクリと反応すれば細い顎を指先で支えて上向かせ。

「君の全て、僕にちょうだい」

柔らかな唇を撫でながらそこに甘くささやくと、涙に濡れた金色の瞳がそっと閉じられる。
こんなにまでも求められ、子供の時からずっと伝え続けてくれた彼は、やはりあの時から何も変わらない。『五条悟』なのだと痛感すれば、北都もずっと抑え続けてきた心にもう嘘はつけなくて。
金と碧の瞳が再び出逢い、北都が小さく頷くと会心の笑みを浮かべた悟。

「私も………あなたが好きだ」

そして初めて聞かされた告白は蜜よりも甘く。
全身だけでなく悟の魂までも満たしていけば、あまりの幸福で彼女を抱き潰してしまいそうで。

「ねえ、北都……もう一回していい?」

触れそうで触れない、そんなもどかしい距離で囁かれてしまえば北都は身を委ねるしかなく。
緊張で無意識に力が入るまま、また小さく頷けばすぐさま唇を奪われ。
この日、長い長い年月を経て、ようやく二人の想いが成就したのだった。


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