邂逅
* * *
白鷺家が有する見事なまでの日本庭園は、今が最大の見頃を迎える時期である。
厳しい寒さを越し、葉もまだちらほらとしか芽吹いてないその枝にはやがて蕾がなり。暖春を迎える頃になるとようやく、葉は生い茂り、蕾が少しずつ花を咲かせ始めた。
そうして満開に咲き乱れるその桜並木の中で、幼い少女である北都が立っていると誰かが走ってくる音が聞こえ。
「北都ちゃん!遊びに来たよ!」
タッタッと走るその人物を見れば、舞い散る花びらの中で鮮やかに咲き誇った銀色の髪。フワリと暖かな風がその髪を揺らし、それでいて碧い瞳が日の光を反射して煌めけばまるで宝石のようで。目の前まで来たその少年に思わずみとれていると、急に顔の前で手を振られた。
「おーい、戻ってきてー」
「っ!」
途端に北都が我に返り、慌ててお辞儀をすると何故か少年が怒ったように頬を膨らませる。
「オレと北都ちゃんはもう友達だろ?そんなことしなくていいよ」
「え……でも………」
しかし北都は両親から年上の人には礼儀正しく接するようにと言われたのを忠実に守っているだけで。自分よりも三つ年上であるこの少年にも、ちゃんと礼儀を守るべきだと思っているから。
「お母様のお言いつけは守らないと」
そんなに自分の態度が駄目なのだろうかと首を傾げると、彼は逆に嫌がった。
「それでもダメだ。オレは北都ちゃんともっと仲良くなりたいんだ!だから今から、頭を下げるとか敬語を使うのもダメ。わかった?」
「そ、そんな………」
そしてオロオロした北都の手を取り、いつもの場所に行こうと少年が促すと慌て。
「待って!悟様───」
また敬称をつけて呼ぶと、振り返った彼が思わず笑う。
「今言ったばかりだろ!?こうゆう時は、悟って呼べばいいの!」
「…………っ」
けれど北都は躊躇うばかりで、どうしても呼び捨てにできずにいるとため息を吐いた悟。
自分が生まれた五条家のしきたりでさえ厳しすぎて辟易していたのに、それ以上に白鷺家のほうが厳しいのかもと思えばその呪縛から解き放ってあげたくて。
「じゃあ、いきなり呼び捨てにしろなんて言わない。悟くんでいいから、呼んでみて?」
伸ばしかけの黒髪が桜吹雪に映え、それでいて金色の瞳が潤んで揺れる様は何とも綺麗で。色白の肌も着物と良く合っているのもあり、まるで日本人形を彷彿とさせる。
それに何より、愛らしい顔立ちはまるで絵本の世界から抜け出たようで。子供ながらにも一目見た瞬間に魂を抜かれたようになった。
しかし外見だけで惹かれるような少年ではなかった悟は、最初こそ興味本位で色々と話し掛けていたが。白鷺北都という少女と接していくうち、彼女が背負うものがどれほどのものか知って唖然とする。
それは白鷺という一族が背負うものであり、そこで初めて『異能』という力の事を知り、北都が持つ『龍眼』がどうゆうものなのかを理解した時。
悟は初めて北都という存在を強く意識し、また何がなんでも護ろうと決めた。
そうして何とか打ち解けようと試み、まだ5歳にも関わらず厳しい監視下に置かれていた北都。しきたりもそうだが、その強大な力故に厳重に結界の中で守られている少女はそれでも不満すら抱く素振りはなく。
『龍眼』が暴走すれば他人を殺めてしまう可能性さえある北都に対し、侍女や世話係りの者たちでさえ当たり障りのない接し方をするほど。
それでも北都は特に気にする素振りもなく、まるで腫れ物を扱うような接し方をする彼らにさえも常に気を配り。自分で出来ることは全て自分ですると決めているのか、決して他人に頼むことはしない。
その凛とした強さはどこからきているのか。少なからず好き勝手にしている悟にとっては理解が難しく。
二人の秘密基地でもある東屋でお菓子が食べたいと言ってしまった悟に、自分が持ってくるから待っててと北都自ら戻って行ったのを見たとき。それが北都の『優しさ』であり『強さ』でもあると、ようやく気付いて激しく後悔したのだった。
そんな少女と片時も離れることなく過ごすうち、いつしか悟にとって北都はなくてはならない存在へと変わっていき。彼の両親から北都が自分の許嫁になるかもしれないと聞かされ、まさに爆発するのではないかとばかりに喜んだ悟。
家柄同士など関係なく。血筋すら関係なく。ただ北都と結婚できるという喜びだけが悟を満たし、どうかと聞かれるまでもなく頷いていた。
そして再び白鷺家へ遊びに行くことを許された悟が、いつものように北都の手を引いて東屋へ来ると隠していた菓子箱を取り出して蓋を開ける。
「はいこれ!今日はオレが持ってきたから、一緒に食べよ!」
色とりどりの菓子が詰まった箱はまるで宝石のようで。それを見た途端北都が花開くように微笑むと、反応を伺っていた悟は当然の如く抱き締めたくなって必死に耐える。
それでなくとも日に日に愛らしくなる少女は悟が姿を現すだけで駆け寄り、嬉しそうに手を握るまでになればもはや反則か。
「ありがとう、悟くん!でもとっても綺麗で、食べるのが勿体ない気がする」
「それはオレも思った。けど食べないと逆に勿体ない気がする」
自分が悟の許嫁になったとはまだ知らない北都はクスクスと笑い、金色の瞳を輝かせるとやはり愛らしく。
「オレが食べさせてあげる!はい、あーんして?」
ひとつ菓子を摘まんだ悟が、おもむろに北都の口元へ持って行くも勢いよく後ろに下がった北都。
「じ、自分で食べれます」
「えー!それじゃ意味ないよ!ほら、口を開けて」
「い、嫌です………っ」
再び悟が持って行くと、その手を掴んだ彼女が何とか押し返そうとする。
そんな押し問答さえ楽しくて。悟が何がなんでも食べさせようと北都の手を逆に捕まえた瞬間。
「っ!!」
ビクリと震えた北都の動きが止まり。同時にどこかへ意識だけが飛んだような表情になる。
「北都ちゃん?どうしたの?」
けれど何の反応もなく、瞬きさえしない彼女が心配になって肩を掴むと揺らし。
「何があったの!?北都ちゃん……北都!!」
いよいよ心配になって、思わず敬称を付けずに呼んだその時。
「悟くん!!!」
「っ!?」
突然北都に抱きつかれ、勢い余ってそのまま尻餅をついてしまう。
「……って、大丈夫?北都ちゃん」
しかし北都は答えず、ただ必死にしがみついてくるとその身体が小さく震えているのに気付き。そっと顔を覗き込んでみると、泣いているのか長い睫毛が濡れている。
「北都ちゃん、大丈夫?どこか痛む?」
その質問には首を横に振り、どこか擦りむいたのかと聞いても同じか。自分の服を握り締めた小さな手は血の気がなくなるほど白くなり、小刻みに震えているのを見ればそれを止めたくて。
「どうしたの?オレに言ってみて?」
ギュッと強く抱き締め、背中を優しく撫でるとその震えが少し収まる。
そして顔を離した北都が、何度も濡れた睫毛を瞬かせると驚くべき事を話した。
「悟くんに………何か、すごくお金がかけられてて………沢山の人たちが、悟くんを………狙ってて………」
「────」
何と彼女は悟に億を越える懸賞金がかかっている事を『龍眼』で視てしまったのか。
「どこも、何ともない……?私がここから外に出られたらいいのに………っ………悟くんを………守れない………」
遂にポロポロと涙が溢れ、それでも泣くのを耐えている姿を見れば溢れだした激しい感情。
「大丈夫。オレは最強だから、そんなヤツらに殺されるわけない。逆に返り討ちにしてるくらいだから」
腕の中の愛しい少女を抱き締め、流れる涙を優しく拭いながら囁くと、濡れた金色の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
「本当……?」
「うん!オレは嘘なんてつかない」
それでも不安げに瞳を揺らし、そんな北都へ唇を寄せると涙に濡れる頬に初めて口付けた。
「っ!!」
すると驚いた少女が目を見開き、涙が止まると同時に頬が真っ赤に染まる。
その姿もまた可愛くて。満面の笑顔を浮かべると顔を覗き込み。
「涙は止まった?」
「………っ」
コクリと頷いた北都は恥ずかしいのか、顔をフイと反らしてしまう。
それでも悟が追いかけるようにまた覗き込み、慌てた彼女が反らそうとするが不意打ちでまた頬に口付け。
「安心して、北都ちゃん。オレは絶対に負けないから。ね?」
逃げられないように抱き締めると、赤くなった耳許で囁いた。
.
白鷺家が有する見事なまでの日本庭園は、今が最大の見頃を迎える時期である。
厳しい寒さを越し、葉もまだちらほらとしか芽吹いてないその枝にはやがて蕾がなり。暖春を迎える頃になるとようやく、葉は生い茂り、蕾が少しずつ花を咲かせ始めた。
そうして満開に咲き乱れるその桜並木の中で、幼い少女である北都が立っていると誰かが走ってくる音が聞こえ。
「北都ちゃん!遊びに来たよ!」
タッタッと走るその人物を見れば、舞い散る花びらの中で鮮やかに咲き誇った銀色の髪。フワリと暖かな風がその髪を揺らし、それでいて碧い瞳が日の光を反射して煌めけばまるで宝石のようで。目の前まで来たその少年に思わずみとれていると、急に顔の前で手を振られた。
「おーい、戻ってきてー」
「っ!」
途端に北都が我に返り、慌ててお辞儀をすると何故か少年が怒ったように頬を膨らませる。
「オレと北都ちゃんはもう友達だろ?そんなことしなくていいよ」
「え……でも………」
しかし北都は両親から年上の人には礼儀正しく接するようにと言われたのを忠実に守っているだけで。自分よりも三つ年上であるこの少年にも、ちゃんと礼儀を守るべきだと思っているから。
「お母様のお言いつけは守らないと」
そんなに自分の態度が駄目なのだろうかと首を傾げると、彼は逆に嫌がった。
「それでもダメだ。オレは北都ちゃんともっと仲良くなりたいんだ!だから今から、頭を下げるとか敬語を使うのもダメ。わかった?」
「そ、そんな………」
そしてオロオロした北都の手を取り、いつもの場所に行こうと少年が促すと慌て。
「待って!悟様───」
また敬称をつけて呼ぶと、振り返った彼が思わず笑う。
「今言ったばかりだろ!?こうゆう時は、悟って呼べばいいの!」
「…………っ」
けれど北都は躊躇うばかりで、どうしても呼び捨てにできずにいるとため息を吐いた悟。
自分が生まれた五条家のしきたりでさえ厳しすぎて辟易していたのに、それ以上に白鷺家のほうが厳しいのかもと思えばその呪縛から解き放ってあげたくて。
「じゃあ、いきなり呼び捨てにしろなんて言わない。悟くんでいいから、呼んでみて?」
伸ばしかけの黒髪が桜吹雪に映え、それでいて金色の瞳が潤んで揺れる様は何とも綺麗で。色白の肌も着物と良く合っているのもあり、まるで日本人形を彷彿とさせる。
それに何より、愛らしい顔立ちはまるで絵本の世界から抜け出たようで。子供ながらにも一目見た瞬間に魂を抜かれたようになった。
しかし外見だけで惹かれるような少年ではなかった悟は、最初こそ興味本位で色々と話し掛けていたが。白鷺北都という少女と接していくうち、彼女が背負うものがどれほどのものか知って唖然とする。
それは白鷺という一族が背負うものであり、そこで初めて『異能』という力の事を知り、北都が持つ『龍眼』がどうゆうものなのかを理解した時。
悟は初めて北都という存在を強く意識し、また何がなんでも護ろうと決めた。
そうして何とか打ち解けようと試み、まだ5歳にも関わらず厳しい監視下に置かれていた北都。しきたりもそうだが、その強大な力故に厳重に結界の中で守られている少女はそれでも不満すら抱く素振りはなく。
『龍眼』が暴走すれば他人を殺めてしまう可能性さえある北都に対し、侍女や世話係りの者たちでさえ当たり障りのない接し方をするほど。
それでも北都は特に気にする素振りもなく、まるで腫れ物を扱うような接し方をする彼らにさえも常に気を配り。自分で出来ることは全て自分ですると決めているのか、決して他人に頼むことはしない。
その凛とした強さはどこからきているのか。少なからず好き勝手にしている悟にとっては理解が難しく。
二人の秘密基地でもある東屋でお菓子が食べたいと言ってしまった悟に、自分が持ってくるから待っててと北都自ら戻って行ったのを見たとき。それが北都の『優しさ』であり『強さ』でもあると、ようやく気付いて激しく後悔したのだった。
そんな少女と片時も離れることなく過ごすうち、いつしか悟にとって北都はなくてはならない存在へと変わっていき。彼の両親から北都が自分の許嫁になるかもしれないと聞かされ、まさに爆発するのではないかとばかりに喜んだ悟。
家柄同士など関係なく。血筋すら関係なく。ただ北都と結婚できるという喜びだけが悟を満たし、どうかと聞かれるまでもなく頷いていた。
そして再び白鷺家へ遊びに行くことを許された悟が、いつものように北都の手を引いて東屋へ来ると隠していた菓子箱を取り出して蓋を開ける。
「はいこれ!今日はオレが持ってきたから、一緒に食べよ!」
色とりどりの菓子が詰まった箱はまるで宝石のようで。それを見た途端北都が花開くように微笑むと、反応を伺っていた悟は当然の如く抱き締めたくなって必死に耐える。
それでなくとも日に日に愛らしくなる少女は悟が姿を現すだけで駆け寄り、嬉しそうに手を握るまでになればもはや反則か。
「ありがとう、悟くん!でもとっても綺麗で、食べるのが勿体ない気がする」
「それはオレも思った。けど食べないと逆に勿体ない気がする」
自分が悟の許嫁になったとはまだ知らない北都はクスクスと笑い、金色の瞳を輝かせるとやはり愛らしく。
「オレが食べさせてあげる!はい、あーんして?」
ひとつ菓子を摘まんだ悟が、おもむろに北都の口元へ持って行くも勢いよく後ろに下がった北都。
「じ、自分で食べれます」
「えー!それじゃ意味ないよ!ほら、口を開けて」
「い、嫌です………っ」
再び悟が持って行くと、その手を掴んだ彼女が何とか押し返そうとする。
そんな押し問答さえ楽しくて。悟が何がなんでも食べさせようと北都の手を逆に捕まえた瞬間。
「っ!!」
ビクリと震えた北都の動きが止まり。同時にどこかへ意識だけが飛んだような表情になる。
「北都ちゃん?どうしたの?」
けれど何の反応もなく、瞬きさえしない彼女が心配になって肩を掴むと揺らし。
「何があったの!?北都ちゃん……北都!!」
いよいよ心配になって、思わず敬称を付けずに呼んだその時。
「悟くん!!!」
「っ!?」
突然北都に抱きつかれ、勢い余ってそのまま尻餅をついてしまう。
「……って、大丈夫?北都ちゃん」
しかし北都は答えず、ただ必死にしがみついてくるとその身体が小さく震えているのに気付き。そっと顔を覗き込んでみると、泣いているのか長い睫毛が濡れている。
「北都ちゃん、大丈夫?どこか痛む?」
その質問には首を横に振り、どこか擦りむいたのかと聞いても同じか。自分の服を握り締めた小さな手は血の気がなくなるほど白くなり、小刻みに震えているのを見ればそれを止めたくて。
「どうしたの?オレに言ってみて?」
ギュッと強く抱き締め、背中を優しく撫でるとその震えが少し収まる。
そして顔を離した北都が、何度も濡れた睫毛を瞬かせると驚くべき事を話した。
「悟くんに………何か、すごくお金がかけられてて………沢山の人たちが、悟くんを………狙ってて………」
「────」
何と彼女は悟に億を越える懸賞金がかかっている事を『龍眼』で視てしまったのか。
「どこも、何ともない……?私がここから外に出られたらいいのに………っ………悟くんを………守れない………」
遂にポロポロと涙が溢れ、それでも泣くのを耐えている姿を見れば溢れだした激しい感情。
「大丈夫。オレは最強だから、そんなヤツらに殺されるわけない。逆に返り討ちにしてるくらいだから」
腕の中の愛しい少女を抱き締め、流れる涙を優しく拭いながら囁くと、濡れた金色の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。
「本当……?」
「うん!オレは嘘なんてつかない」
それでも不安げに瞳を揺らし、そんな北都へ唇を寄せると涙に濡れる頬に初めて口付けた。
「っ!!」
すると驚いた少女が目を見開き、涙が止まると同時に頬が真っ赤に染まる。
その姿もまた可愛くて。満面の笑顔を浮かべると顔を覗き込み。
「涙は止まった?」
「………っ」
コクリと頷いた北都は恥ずかしいのか、顔をフイと反らしてしまう。
それでも悟が追いかけるようにまた覗き込み、慌てた彼女が反らそうとするが不意打ちでまた頬に口付け。
「安心して、北都ちゃん。オレは絶対に負けないから。ね?」
逃げられないように抱き締めると、赤くなった耳許で囁いた。
.