邂逅
虎枝ら三人は早々に教室へ戻され、しかし上からの圧力さえものともせずに応接室に残ったのは五条悟。
しかも北都の横にちゃっかり座り、思わず彼女が見てしまえば嬉しそうに手を振る始末。
そんなやり取りさえもう反応するのが面倒なのか、目の前の男が本題に入ると北都が背筋を伸ばした。
「あなたにここへ来ていただいたのは、先程この部屋に乱入してきたあの虎枝悠二という者の件についてのこと」
すると北都が微かに目を細め、男を見ればまた訳のわからない妙な感覚に陥る。
そしてこれまでの経緯を説明しようとしたその時、軽く手を上げた北都がそれを遮り。
「大体の事は分かりました。あの男子生徒の身体には宿儺が居る───という事で宜しいか?」
「………っ!?」
何も知らされることなく呼び出された彼女が、何故そんな事を知っているのか驚きすら通り越し。誰もが口をあんぐりと開けていると、五条がクスクスと笑った。
「さすが北都ちゃん。君の事だから、ここに来た時にはもう分かってたんだろうけど」
更に五条の発言でパニックになったのか、意味が分からない男が視線を激しくさ迷わせると五条が説明を始める。
「僕たち呪術界の中では世間一般のことなんてあまり感知しないから、知らない人間が多いのは当たり前だ。けど僕の家は古くから彼女の家と深く関わりがあってね。僕は彼女が持つ『力』の事を知ってるんだ」
「力……だと?」
しかも非術師である人間に何の力があると言うのか。術式すら持ち合わせない者が、一体どのような経緯があって呪術師と関係があるのか。
そして静かに佇む女性を見据えると、五条が口を開いた。
「彼女は白鷺宗家の当主であり、『異能の力』をもってこの世に蔓延る凶を祓う。太古より存在している正真正銘の『凶祓 』の一族だよ」
それは呪術と相対して共に在るもので、古の昔から魔を滅ぼすために存在していた人間のことをさす。
そしてその力の強大さ故に人の世から隔絶された世界に住む彼らは、同じくごく限られた数しか存在しない呪術師らとかつて共存していたのだ。
その時から白鷺家と五条家は特に親交が深く、両家に残る文献にもその記録が書かれている。
けれど今やその存在を知る者も数えるほどになり、多くの分家を持っていた異能者たちも、力を持たぬ者との婚姻を繰り返すうちにその血が薄まり衰退していった。
「………なるほど。だからこそご老人方はあなたの存在を知っていたのか」
重苦しい空気を吸い込み、男が呟くも五条は機嫌が良いのか口許から笑みがこぼれ。何故か彼が得意げにしていることは捨て置き、それなら話は早いと続ける。
「虎杖悠二は千年に一度現れるかの宿儺の『器』。奴の指を飲み込んだことによりそれが判明したが、その時点で秘匿死刑に処するはずだったのだ。だがこの五条悟のお陰でいまだそれを執行できないでいる」
「………確か宿儺は四本の腕があるはず。たとえ一本だとしても、そこで彼を殺してもこちら側には何の得もありません。その件に関しては私も五条さんの意見に賛成です」
「でしょでしょ!あ、でも五条さんじゃなくて『悟』って呼んで欲しいんだけど?」
その彼を北都が一瞥し、また前を向くと立ち上がった。
「死刑執行人として私をここに招いたことは分かりました。それについては断る理由はありません」
「ならば───」
しかし北都はまた金色の瞳を光らせ、男の次に五条を見れば微笑む。
「私と五条悟の二人であれば、全ての力を取り戻した宿儺と対峙しても死刑執行は可能かと。それまでは虎杖悠二を生かし、宿儺自らが分霊した全てのものを取り込ませることを強く推奨する」
そうでなければ何度でも繰り返す事になると。
そこまで上も馬鹿ではないはずだと北都が暗に伝えると、それでも納得できないのか男は悔しそうに拳を握る姿。やはり噂で聞いた通り保身を保つことばかりに気を取られているらしい『老人方』の考えを覆すことは難しく、北都がそっと吐息すれば五条が密かに笑い。
「大丈夫。君さえ分かってくれてれぱ問題ない」
それでいて呟くと、北都がソファーに置いていた日本刀を取って背を向けた。
「"悟さん"、案内をお願いできるだろうか」
「っ!」
途端に五条が立ち上がり、喜びを隠そうともせずに我先にと北都の前に立つと二人して部屋から去る。
そして扉が閉まると同時、ふいに彼女の頭上が暗くなって顔を上げると目隠しを外した五条悟の瞳と出会い。
「ようやくだよ、北都。僕はずっとこの時を待ちわびていたんだ」
六眼を宿すその瞳に囚われた瞬間、全ての時間が止まる。
それこそ邂逅を果たしたかのように互いに目を離すことなく、いつの間にか壁際まで追いやられた北都の背中に冷たい感触が当たると震え。それでも真っ直ぐと見つめ返した女性に、五条がますます笑みを深くすると囁いた。
「もう逃がさないから。覚悟してて?」
「────っ」
その時。
北都が持つ携帯が鳴り響き、慌てて彼から離れると電話に出る。
すると聞こえてきたのは運転手の声で、家に戻るよう執事から連絡があった事を聞いた。
「今の、誰から?」
そうして電話を切った北都へさっそく五条が問い掛け、急遽帰ることになった旨を伝えると心底残念そうに肩を落とす。
「え~?これから案内しようと思ったのに。てかそれ、僕もついて行っちゃダメ?」
しかも何を言うかと思えば、自分も一緒に行きたいと言う男を見れば驚きか。
「………仮にもあなたは教師だろう?授業が終わるまでまだ時間があるはずだ」
子供の時の記憶しかない北都にとって、最初から彼の言動について行けず。さっきの一瞬だけ見せたあの表情は何だったのかと頭を抱えると、五条はすぐに諦めたようだった。
「分かってる。君に嫌われるのは嫌だし、今日のところはここで引き下がるよ」
「………それじゃあ」
その彼に軽く頭を下げ、帰り道は分かるからと伝えて来た道を戻ろうとすると急に腕を掴まれ。
「ごめん、あとひとつ。できたら電話番号とか、教えてくれないかな?北都ちゃんと連絡を取れるようにしたいんだ」
振り向けば今度は真剣な表情をしている。
それだけでも五条悟についての情報量が多過ぎて、北都が困惑していると本人が駄目かなと聞き。少し寂しげに微笑んだのを見れば、それは本当なのだと理解する。
子供の頃はお互いに無邪気で、そして五条と言えば自分は最強なんだと満面の笑顔で北都を見つめ。異能の力を持つ自分を恐れることすらなく、逆に護ると約束した。
それは親同士が決めた『約束』ではない、幼い少年が北都自身へ約束したものであり。その時の自分を思い出せば、恥ずかしくも小指と小指を絡めた事まで鮮明に覚えている。
けれど住む世界が違う二人はすぐに会うこともなくなり、北都も子供ながらにそれを既に理解していたからこそ、あれは『ただの夢物語』だったのだと記憶の隅にしまいこんだ。
それから16年の月日が既に流れており。その過去でさえなかった事で、これから先も交わることは決してないだろうと確信していたが。これも運命なのか宿儺の器が現れたことによって、再び二人は出会ってしまった。
更に五条は北都の事を忘れることなく覚えていて、ずっとこの日が来るのを待っていたと告げられてどうすればいいのかさえ分からなくて。
「北都」
もう一度敬称をつけずに名前を呼ばれて我に返ると、北都は握りしめていた携帯を操作していた。
「コードを読み込んで………くれ」
途端に五条の顔が目に見えて明るくなり、彼もすぐに携帯を取り出すとコードを読み込む。
「良かった。これまで断られたら、本当に立ち直れなかったところだったよ」
「そ、そんな………あなたなら選び放題だろう?」
しかも目の前の男も大層に整った顔立ちをしていて、目隠しを取ればそれが尚更引き立てるように女性を惹き付けるものだと。北都でさえ分かるからこそ、つい口に出してしまうと五条が心底驚いたような表情か。
「それ、本気で言ってる?僕はずっと北都ちゃん一筋なのに。もう忘れたの?」
「………っ」
それでも複雑な感情が渦巻き、北都が目を伏せた瞬間に両手を掴まれた。
「なら『視て』みるといい。君と会えなかった16年間、僕が何をしていたのか………。君になら視られても構わないよ」
「さ、悟……さ………っ」
その鬼気迫る表情から目を反らすこともできず。呼吸をすることさえ忘れてしまったその時。
ピリリリ────
と、再び携帯が鳴り響いたのだった。
.
しかも北都の横にちゃっかり座り、思わず彼女が見てしまえば嬉しそうに手を振る始末。
そんなやり取りさえもう反応するのが面倒なのか、目の前の男が本題に入ると北都が背筋を伸ばした。
「あなたにここへ来ていただいたのは、先程この部屋に乱入してきたあの虎枝悠二という者の件についてのこと」
すると北都が微かに目を細め、男を見ればまた訳のわからない妙な感覚に陥る。
そしてこれまでの経緯を説明しようとしたその時、軽く手を上げた北都がそれを遮り。
「大体の事は分かりました。あの男子生徒の身体には宿儺が居る───という事で宜しいか?」
「………っ!?」
何も知らされることなく呼び出された彼女が、何故そんな事を知っているのか驚きすら通り越し。誰もが口をあんぐりと開けていると、五条がクスクスと笑った。
「さすが北都ちゃん。君の事だから、ここに来た時にはもう分かってたんだろうけど」
更に五条の発言でパニックになったのか、意味が分からない男が視線を激しくさ迷わせると五条が説明を始める。
「僕たち呪術界の中では世間一般のことなんてあまり感知しないから、知らない人間が多いのは当たり前だ。けど僕の家は古くから彼女の家と深く関わりがあってね。僕は彼女が持つ『力』の事を知ってるんだ」
「力……だと?」
しかも非術師である人間に何の力があると言うのか。術式すら持ち合わせない者が、一体どのような経緯があって呪術師と関係があるのか。
そして静かに佇む女性を見据えると、五条が口を開いた。
「彼女は白鷺宗家の当主であり、『異能の力』をもってこの世に蔓延る凶を祓う。太古より存在している正真正銘の『
それは呪術と相対して共に在るもので、古の昔から魔を滅ぼすために存在していた人間のことをさす。
そしてその力の強大さ故に人の世から隔絶された世界に住む彼らは、同じくごく限られた数しか存在しない呪術師らとかつて共存していたのだ。
その時から白鷺家と五条家は特に親交が深く、両家に残る文献にもその記録が書かれている。
けれど今やその存在を知る者も数えるほどになり、多くの分家を持っていた異能者たちも、力を持たぬ者との婚姻を繰り返すうちにその血が薄まり衰退していった。
「………なるほど。だからこそご老人方はあなたの存在を知っていたのか」
重苦しい空気を吸い込み、男が呟くも五条は機嫌が良いのか口許から笑みがこぼれ。何故か彼が得意げにしていることは捨て置き、それなら話は早いと続ける。
「虎杖悠二は千年に一度現れるかの宿儺の『器』。奴の指を飲み込んだことによりそれが判明したが、その時点で秘匿死刑に処するはずだったのだ。だがこの五条悟のお陰でいまだそれを執行できないでいる」
「………確か宿儺は四本の腕があるはず。たとえ一本だとしても、そこで彼を殺してもこちら側には何の得もありません。その件に関しては私も五条さんの意見に賛成です」
「でしょでしょ!あ、でも五条さんじゃなくて『悟』って呼んで欲しいんだけど?」
その彼を北都が一瞥し、また前を向くと立ち上がった。
「死刑執行人として私をここに招いたことは分かりました。それについては断る理由はありません」
「ならば───」
しかし北都はまた金色の瞳を光らせ、男の次に五条を見れば微笑む。
「私と五条悟の二人であれば、全ての力を取り戻した宿儺と対峙しても死刑執行は可能かと。それまでは虎杖悠二を生かし、宿儺自らが分霊した全てのものを取り込ませることを強く推奨する」
そうでなければ何度でも繰り返す事になると。
そこまで上も馬鹿ではないはずだと北都が暗に伝えると、それでも納得できないのか男は悔しそうに拳を握る姿。やはり噂で聞いた通り保身を保つことばかりに気を取られているらしい『老人方』の考えを覆すことは難しく、北都がそっと吐息すれば五条が密かに笑い。
「大丈夫。君さえ分かってくれてれぱ問題ない」
それでいて呟くと、北都がソファーに置いていた日本刀を取って背を向けた。
「"悟さん"、案内をお願いできるだろうか」
「っ!」
途端に五条が立ち上がり、喜びを隠そうともせずに我先にと北都の前に立つと二人して部屋から去る。
そして扉が閉まると同時、ふいに彼女の頭上が暗くなって顔を上げると目隠しを外した五条悟の瞳と出会い。
「ようやくだよ、北都。僕はずっとこの時を待ちわびていたんだ」
六眼を宿すその瞳に囚われた瞬間、全ての時間が止まる。
それこそ邂逅を果たしたかのように互いに目を離すことなく、いつの間にか壁際まで追いやられた北都の背中に冷たい感触が当たると震え。それでも真っ直ぐと見つめ返した女性に、五条がますます笑みを深くすると囁いた。
「もう逃がさないから。覚悟してて?」
「────っ」
その時。
北都が持つ携帯が鳴り響き、慌てて彼から離れると電話に出る。
すると聞こえてきたのは運転手の声で、家に戻るよう執事から連絡があった事を聞いた。
「今の、誰から?」
そうして電話を切った北都へさっそく五条が問い掛け、急遽帰ることになった旨を伝えると心底残念そうに肩を落とす。
「え~?これから案内しようと思ったのに。てかそれ、僕もついて行っちゃダメ?」
しかも何を言うかと思えば、自分も一緒に行きたいと言う男を見れば驚きか。
「………仮にもあなたは教師だろう?授業が終わるまでまだ時間があるはずだ」
子供の時の記憶しかない北都にとって、最初から彼の言動について行けず。さっきの一瞬だけ見せたあの表情は何だったのかと頭を抱えると、五条はすぐに諦めたようだった。
「分かってる。君に嫌われるのは嫌だし、今日のところはここで引き下がるよ」
「………それじゃあ」
その彼に軽く頭を下げ、帰り道は分かるからと伝えて来た道を戻ろうとすると急に腕を掴まれ。
「ごめん、あとひとつ。できたら電話番号とか、教えてくれないかな?北都ちゃんと連絡を取れるようにしたいんだ」
振り向けば今度は真剣な表情をしている。
それだけでも五条悟についての情報量が多過ぎて、北都が困惑していると本人が駄目かなと聞き。少し寂しげに微笑んだのを見れば、それは本当なのだと理解する。
子供の頃はお互いに無邪気で、そして五条と言えば自分は最強なんだと満面の笑顔で北都を見つめ。異能の力を持つ自分を恐れることすらなく、逆に護ると約束した。
それは親同士が決めた『約束』ではない、幼い少年が北都自身へ約束したものであり。その時の自分を思い出せば、恥ずかしくも小指と小指を絡めた事まで鮮明に覚えている。
けれど住む世界が違う二人はすぐに会うこともなくなり、北都も子供ながらにそれを既に理解していたからこそ、あれは『ただの夢物語』だったのだと記憶の隅にしまいこんだ。
それから16年の月日が既に流れており。その過去でさえなかった事で、これから先も交わることは決してないだろうと確信していたが。これも運命なのか宿儺の器が現れたことによって、再び二人は出会ってしまった。
更に五条は北都の事を忘れることなく覚えていて、ずっとこの日が来るのを待っていたと告げられてどうすればいいのかさえ分からなくて。
「北都」
もう一度敬称をつけずに名前を呼ばれて我に返ると、北都は握りしめていた携帯を操作していた。
「コードを読み込んで………くれ」
途端に五条の顔が目に見えて明るくなり、彼もすぐに携帯を取り出すとコードを読み込む。
「良かった。これまで断られたら、本当に立ち直れなかったところだったよ」
「そ、そんな………あなたなら選び放題だろう?」
しかも目の前の男も大層に整った顔立ちをしていて、目隠しを取ればそれが尚更引き立てるように女性を惹き付けるものだと。北都でさえ分かるからこそ、つい口に出してしまうと五条が心底驚いたような表情か。
「それ、本気で言ってる?僕はずっと北都ちゃん一筋なのに。もう忘れたの?」
「………っ」
それでも複雑な感情が渦巻き、北都が目を伏せた瞬間に両手を掴まれた。
「なら『視て』みるといい。君と会えなかった16年間、僕が何をしていたのか………。君になら視られても構わないよ」
「さ、悟……さ………っ」
その鬼気迫る表情から目を反らすこともできず。呼吸をすることさえ忘れてしまったその時。
ピリリリ────
と、再び携帯が鳴り響いたのだった。
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