邂逅
狭い路地での戦闘のため、全力を出せずに呪霊を逃がしてしまった北都。
あまりにも目標のソレが男と近かったのもあり、刃が当たる前に上手くかわされたのだ。
いや、それ以上にソレの動きが速かったのもあり。再び黒いもやを追いかけつつ疾走すると、すぐに追い付いた。
そうなれば北都の独壇場か。他のことを気にする必要もなく、そのままスピードを更に上げると刀を振り抜く。
『────』
途端に呪霊の腕がボトリと落ち、次いで胴体と首が離れるとソレは自分が死んだ ことさえ気付いてなく。
祓うことに成功した北都は勿論、刀身を鞘に収めてすぐに移動を開始する。
同時に携帯を取り出し、運転手の男へ電話をすると迎えに来るよう伝え。薄暗い路地を戻って来ると、先程のサラリーマンの男はもういなかった。
そのまま路地から脱出し、車が戻ってくると再び乗り込み。
「お帰りなさい、北都様。お怪我は?」
「大丈夫だ。早く高専に向かおう」
「畏まりました」
先方には彼が連絡している事は分かっていたが、なるべく早く到着するよう続けて言うと車がスピードを上げて走り出した。
ここは東京の郊外にある都立呪術高等専門学校。広大な敷地内には多くの仏閣や社寺が建立され、表向きは宗教系の学校として存在している。
しかしその実態は呪術師を教育するための学校であり、また呪術界における拠点でもあり。またその歴史も古く、京都にも同じ学校が存在していた。
そこに新入生として入学したひとりの男、虎枝悠二はいつものように仲間と共に過ごしていたが、何やら今日に限って教師や監督補佐が忙しく動いていることに気付く。
「あ?今日ってなんかあんのか?」
その声で顔を上げたのは同級生でもある伏黒恵で、彼も気付いていたのか首を傾げる。
「さぁな、俺は何も聞いてない」
「だよなぁ」
そこで釘崎野薔薇も面倒くさそうにため息をつき、何か思い出したのか突然笑った。
「つかアイツ、五条先生 が滅茶苦茶ハイテンションだったけど。またなんかやらかしたんじゃないの?」
「言われてみれば。いつも異様なテンションだけど、今日はいつにも増してスゲかったし」
更に悠二も笑い、恵は変わらず無表情だったが。
そこで廊下を職員たちが走り抜けていくと、三人は興味津々か。
「遂にあの方がいらしたぞ!」
「てか白鷺家がここに来たのっていつだよ?」
「さあな。何百年前だって話だ」
「はぁ!?それでこんな騒ぎになってる意味がわかんないって!」
「まぁまぁ。そんな奇特な人物が来たってだけで学校中が大騒ぎなんだ。見てみる価値はあるぜ」
『……………』
そのまま通り過ぎるのを見送った三人が、顔を見合わせると珍しくも同じ意見か。走り去って行った彼らの後を追いかけ、辿り着いたのは客人を迎える応接室だ。
更にタイミングが良かったのか、緊張した顔をした職員に案内されるようにして後ろを歩く人物を見ると、三人共に驚きを隠せず。
まだ年若い女性は見た目からしても自分たちと変わらないように見え。膝くらいまである長い黒髪はクセもなく流れ、遠目でも非常に美しい顔立ちに恵は瞬きすることなく見つめる。
しかし日本刀のようなものを持っているのを見た途端、三人が同時に固唾を飲んだのは言うまでもなく。
学校内で帯刀を許されていること自体が前代未聞であり、ますます謎すぎる待遇に好奇心が逆に刺激された。
そうして部屋の中に招かれた本人────白鷺北都が一礼し、顔を上げると目の前には上層部らしき人物が座っている。
「よくぞおいでくださいました。白鷺家当主、北都殿」
「無沙汰をしています。私がここに来るのは初めてですが、緊急の呼び出しと聞いて参じました」
そう言った女性の金色の瞳が一瞬怪しい光を放ったように感じ、まるで全てを見透かされているような感覚に陥ると背中に走った悪寒 。
しかし白鷺家と言えどこちらから言わせてみれば非術師であり、それでどうしてこちら側と関わりがあるのか疑問に思う者も多い。
けれど目の前の女性はただ静かに佇んでいるだけにも関わらず、凄まじいプレッシャーで周りにいる誰も口を開くことも出来ず。いや、それをプレッシャーと感じているのは自分たちだけなのかと思えるほど、彼女は落ち着いている。
たかが25という若さで表社会の実権を握る白鷺家は、代々が天皇に仕えていたという噂は本当か。堂々たる佇まいにして、呪術界の上層部を前にしても動じない。
その姿がまるでどこかの誰かを彷彿とさせたが、彼と比べれば天と地ほどの差か。
「それで、今回私が呼ばれた理由をお聞きしたいのですが────」
そして北都が口を開き、本題に入ろうとした瞬間ドアが外れるかの勢いで開くと響いた声。
「北都ちゃあぁぁ~ん!待ってたよおぉぉぉ!!」
「っ!?」
しかも振り向く暇さえなくまるでタックルされる勢いで抱きつかれ、驚愕で声さえ出ずに呆然と立ち尽くすと顔を覗きこまれた。
「何年振りかな!?君と最後に会ったのは確か、僕が12歳の時だったよね!?」
「……………」
だが北都は失礼にも突然抱きついてきた男を見つめ、何の反応さえなければ上層部の人間もどう反応すればいいのか分からず。
「もぉ~こぉんなに綺麗になっちゃって~!いやいや、初めて会った時から君は凄く可愛くて、凄く綺麗だったけど!!」
それでも捲し立てるその男は白髪で、バンダナのようなもので目隠しをしているが見えているのか。
ニッコリと笑う男を前に、ようやく北都が動くと真っ直ぐに見つめた。
「離れてくれないだろうか?五条悟殿」
その声の冷ややかさに白髪の男の動きが一瞬止まり、部屋が静かになった瞬間。
「そんな冷たいこと言わないでよ~、ね?ホラ、僕たち婚約者なんだし!!」
『っ!?!?』
五条と呼ばれた男が放った言葉に、そこにいた全員が唖然とする。
この呪術界の中で自他共に認める最強と言われるこの男に、そもそも婚約者がいたなど一体誰が知っていたか。
いや、それよりも前に最強だが性格がかなり破綻 しているこの男が、目の前の女性を相手にデレデレしっぱなしな事自体が大問題で。
「それは親同士が決めた事だ」
「ま~たそんな事言っちゃって!あんまり冷たいと、僕だって傷付くんだからね?」
そんな驚愕の嵐が吹き荒れる中でも、二人が会話しているのを見ればシュール以外なにものでもなく。
「ゴルァ!五条悟!!こんないたいけな女性に向かって失礼千万なことしやがって!嫌がってんのがわかんねぇのかこのタコ!!」
最早我慢の限界か、ドアの外にいた野薔薇が突然踏み込んでくると五条に足蹴りをかます。
「ぐはぁっ!!」
しかも常に無限を纏う男に何故かヒットし、その勢いで五条が吹き飛んで壁に激突すると野薔薇が女性の手を握り。
「大丈夫!?あんなカスが言うことなんて気にしなくていいから!」
心配しているのか必死になって言うと、キョトンとしていた彼女がふわりと微笑んだ。
「ああ、ありがとう。助かりました」
「っ!!!!」
しかもその笑顔のあまりの美しさに野薔薇まで撃沈し、いつものような反応さえできないでいれば外から冷やかす声。
「おーい釘崎!さしものお前も美女を前に魂抜かれちまったかぁ~!?」
それは勿論悠二で、横にいた恵はいまだ夢の世界に行ったままか。
「俺は認めない………彼女が先生の婚約者だなんて………認めない………ぜってぇ認めない………」
この時点で全てが滅茶苦茶になり、騒ぎ立てる新入生と倒れたままの五条悟を尻目に頭を抱えたのは、上層部の人間と北都自身で。
「最初から……とは言えないが、話し合いを始めさせてもらおう」
「………宜しくお願いする」
ひとつ頷いた北都が、ソファーに座ったのだった。
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あまりにも目標のソレが男と近かったのもあり、刃が当たる前に上手くかわされたのだ。
いや、それ以上にソレの動きが速かったのもあり。再び黒いもやを追いかけつつ疾走すると、すぐに追い付いた。
そうなれば北都の独壇場か。他のことを気にする必要もなく、そのままスピードを更に上げると刀を振り抜く。
『────』
途端に呪霊の腕がボトリと落ち、次いで胴体と首が離れるとソレは自分が
祓うことに成功した北都は勿論、刀身を鞘に収めてすぐに移動を開始する。
同時に携帯を取り出し、運転手の男へ電話をすると迎えに来るよう伝え。薄暗い路地を戻って来ると、先程のサラリーマンの男はもういなかった。
そのまま路地から脱出し、車が戻ってくると再び乗り込み。
「お帰りなさい、北都様。お怪我は?」
「大丈夫だ。早く高専に向かおう」
「畏まりました」
先方には彼が連絡している事は分かっていたが、なるべく早く到着するよう続けて言うと車がスピードを上げて走り出した。
ここは東京の郊外にある都立呪術高等専門学校。広大な敷地内には多くの仏閣や社寺が建立され、表向きは宗教系の学校として存在している。
しかしその実態は呪術師を教育するための学校であり、また呪術界における拠点でもあり。またその歴史も古く、京都にも同じ学校が存在していた。
そこに新入生として入学したひとりの男、虎枝悠二はいつものように仲間と共に過ごしていたが、何やら今日に限って教師や監督補佐が忙しく動いていることに気付く。
「あ?今日ってなんかあんのか?」
その声で顔を上げたのは同級生でもある伏黒恵で、彼も気付いていたのか首を傾げる。
「さぁな、俺は何も聞いてない」
「だよなぁ」
そこで釘崎野薔薇も面倒くさそうにため息をつき、何か思い出したのか突然笑った。
「つかアイツ、
「言われてみれば。いつも異様なテンションだけど、今日はいつにも増してスゲかったし」
更に悠二も笑い、恵は変わらず無表情だったが。
そこで廊下を職員たちが走り抜けていくと、三人は興味津々か。
「遂にあの方がいらしたぞ!」
「てか白鷺家がここに来たのっていつだよ?」
「さあな。何百年前だって話だ」
「はぁ!?それでこんな騒ぎになってる意味がわかんないって!」
「まぁまぁ。そんな奇特な人物が来たってだけで学校中が大騒ぎなんだ。見てみる価値はあるぜ」
『……………』
そのまま通り過ぎるのを見送った三人が、顔を見合わせると珍しくも同じ意見か。走り去って行った彼らの後を追いかけ、辿り着いたのは客人を迎える応接室だ。
更にタイミングが良かったのか、緊張した顔をした職員に案内されるようにして後ろを歩く人物を見ると、三人共に驚きを隠せず。
まだ年若い女性は見た目からしても自分たちと変わらないように見え。膝くらいまである長い黒髪はクセもなく流れ、遠目でも非常に美しい顔立ちに恵は瞬きすることなく見つめる。
しかし日本刀のようなものを持っているのを見た途端、三人が同時に固唾を飲んだのは言うまでもなく。
学校内で帯刀を許されていること自体が前代未聞であり、ますます謎すぎる待遇に好奇心が逆に刺激された。
そうして部屋の中に招かれた本人────白鷺北都が一礼し、顔を上げると目の前には上層部らしき人物が座っている。
「よくぞおいでくださいました。白鷺家当主、北都殿」
「無沙汰をしています。私がここに来るのは初めてですが、緊急の呼び出しと聞いて参じました」
そう言った女性の金色の瞳が一瞬怪しい光を放ったように感じ、まるで全てを見透かされているような感覚に陥ると背中に走った
しかし白鷺家と言えどこちらから言わせてみれば非術師であり、それでどうしてこちら側と関わりがあるのか疑問に思う者も多い。
けれど目の前の女性はただ静かに佇んでいるだけにも関わらず、凄まじいプレッシャーで周りにいる誰も口を開くことも出来ず。いや、それをプレッシャーと感じているのは自分たちだけなのかと思えるほど、彼女は落ち着いている。
たかが25という若さで表社会の実権を握る白鷺家は、代々が天皇に仕えていたという噂は本当か。堂々たる佇まいにして、呪術界の上層部を前にしても動じない。
その姿がまるでどこかの誰かを彷彿とさせたが、彼と比べれば天と地ほどの差か。
「それで、今回私が呼ばれた理由をお聞きしたいのですが────」
そして北都が口を開き、本題に入ろうとした瞬間ドアが外れるかの勢いで開くと響いた声。
「北都ちゃあぁぁ~ん!待ってたよおぉぉぉ!!」
「っ!?」
しかも振り向く暇さえなくまるでタックルされる勢いで抱きつかれ、驚愕で声さえ出ずに呆然と立ち尽くすと顔を覗きこまれた。
「何年振りかな!?君と最後に会ったのは確か、僕が12歳の時だったよね!?」
「……………」
だが北都は失礼にも突然抱きついてきた男を見つめ、何の反応さえなければ上層部の人間もどう反応すればいいのか分からず。
「もぉ~こぉんなに綺麗になっちゃって~!いやいや、初めて会った時から君は凄く可愛くて、凄く綺麗だったけど!!」
それでも捲し立てるその男は白髪で、バンダナのようなもので目隠しをしているが見えているのか。
ニッコリと笑う男を前に、ようやく北都が動くと真っ直ぐに見つめた。
「離れてくれないだろうか?五条悟殿」
その声の冷ややかさに白髪の男の動きが一瞬止まり、部屋が静かになった瞬間。
「そんな冷たいこと言わないでよ~、ね?ホラ、僕たち婚約者なんだし!!」
『っ!?!?』
五条と呼ばれた男が放った言葉に、そこにいた全員が唖然とする。
この呪術界の中で自他共に認める最強と言われるこの男に、そもそも婚約者がいたなど一体誰が知っていたか。
いや、それよりも前に最強だが性格がかなり
「それは親同士が決めた事だ」
「ま~たそんな事言っちゃって!あんまり冷たいと、僕だって傷付くんだからね?」
そんな驚愕の嵐が吹き荒れる中でも、二人が会話しているのを見ればシュール以外なにものでもなく。
「ゴルァ!五条悟!!こんないたいけな女性に向かって失礼千万なことしやがって!嫌がってんのがわかんねぇのかこのタコ!!」
最早我慢の限界か、ドアの外にいた野薔薇が突然踏み込んでくると五条に足蹴りをかます。
「ぐはぁっ!!」
しかも常に無限を纏う男に何故かヒットし、その勢いで五条が吹き飛んで壁に激突すると野薔薇が女性の手を握り。
「大丈夫!?あんなカスが言うことなんて気にしなくていいから!」
心配しているのか必死になって言うと、キョトンとしていた彼女がふわりと微笑んだ。
「ああ、ありがとう。助かりました」
「っ!!!!」
しかもその笑顔のあまりの美しさに野薔薇まで撃沈し、いつものような反応さえできないでいれば外から冷やかす声。
「おーい釘崎!さしものお前も美女を前に魂抜かれちまったかぁ~!?」
それは勿論悠二で、横にいた恵はいまだ夢の世界に行ったままか。
「俺は認めない………彼女が先生の婚約者だなんて………認めない………ぜってぇ認めない………」
この時点で全てが滅茶苦茶になり、騒ぎ立てる新入生と倒れたままの五条悟を尻目に頭を抱えたのは、上層部の人間と北都自身で。
「最初から……とは言えないが、話し合いを始めさせてもらおう」
「………宜しくお願いする」
ひとつ頷いた北都が、ソファーに座ったのだった。
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