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その二

かおりの祖父が闘竜寺に行った翌日、母とかおりの二人は本格的に祖父の実家に移るべく引っ越し屋まで頼み荷物を移すことにした。

母としても翌日には冷静になった父が一言話し合おうと言ってくれればと内心で考えてみたものの、結果は出ていった者など知らんという態度なだけに更に幻滅したとも言える。


「おかみさん、本当に戻って来て下さらないのですか?」

ただそれで闘竜寺と母とかおりの関係がこれで完全に切れたかと言えばそうではなく、檀家を中心に今まで闘竜寺を内に外にと支えて来た母が居なくなると闘竜寺は早くも混乱し始めその日の夜には弟子が早くも助けを求めに来ていた。


「私はあの人のことは理解してるつもりだから余計にいい機会だと思うのよ。 かおりの将来はかおりに決めさせたいもの。 貴方達には迷惑をかけることになってごめんね。」

用件は今まで母がして来た三食の仕度から始まり、金の管理や帳簿の類いの置き場所もあれば檀家や地域住民と今後どう付き合うかまで父は何も知らないので弟子が気を利かせて聞きに来たらしい。

弟子は願わくば戻って来て欲しかったようだが、父と母娘の対立が根深いのは弟子も理解している。


「人間としてあの人の生き方を尊敬もするけどこれ以上共に歩むのは無理なの。 宗教家としても霊能者としてもあの人は極端だもの。 全ては寺のため、弓家のため。」

母は家族の問題で弟子に苦労をかけることを申し訳なく感じるようで頭を下げて謝るが、同時に今まで言えなかった苦労を語り始める。

そもそも本来は住職が相手をするべき檀家ですら法要や除霊など本当に必要最低限しか相手をせず、あとは全て母に丸投げなのだ。

お金に関しても自身が清貧を当然とするからと妻や娘にまでそれを強要するし、法要や除霊の代金であるお布施も時には不要だと勝手に断ることすらある。

家族の生活費に弟子の育成にかかる費用は元より寺の修繕費の積み立てや除霊のアイテムを購入する経費まで、全て母がやりくりしていて父はそれを当たり前のことだと誉めもしない。

かつて死津喪比女の霊障で寺が全壊した際には檀家や以前除霊した人の元に行き寺の再建の寄付を頼み、霊障災害での寺の再建費用を出してもらう為に公的機関に申請や手続きをしたりしたのも全て母なのだ。


「正直ね、私はもう寺なんてウンザリしてたわ。 人の為になる生き方は嫌いじゃないけど限度があるし、別にあんな寺なんて維持しなくても世のため人のために出来ることはいくらでもあるもの。 私はあの人の母親でも家政婦でもないの。」

そのまま母は尋ねてきた弟子に今まで自分がしていたことを教えていき、これからは住職と弟子達で全てやるようにと少し突き放すようなことを口にしていた。

今まで夫婦を繋いでいた一番の絆は娘のかおりであり、かおりが闘竜寺を誇りに思い修行を続けていたからこそ母も我慢して来たのだ。

本音を言えば誠実でいい人だからと仲人に勧められるままに見合い結婚をしてすぐにかおりが生まれたので離婚こそしなかったが、亭主関白で男尊女卑の義理の父と夫の弓家に嫌気が指したのは一度や二度ではない。


「私もかおりも贅沢したい訳じゃないの。 家族で笑ったり旅行したりする普通の家庭が欲しかったの。 貴方もいずれ独り立ちして実家に帰ったら寺を継ぐんでしょう? ならよく考えなさい。 世間からはお金を溜め込んでるなんて見られながら清貧な生活をしたいお嫁さんなんか居ないわよ。」

結局母は実家に帰って僅か一日で闘竜寺に戻る気を完全に無くしてしまう。

苦労をしても報われるけとも労いの言葉をかけられることもない日々はもう御免なのだ。

あれだけ闘竜寺に拘るのだから全部自分でやればいいとしか思えなくなったらしい。


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