番外編・動き出す心

令子達が到着したのは山奥の小さな村だった

特に観光地もない山あいの村であり、人狼の里から一番近い村でもある


村の駐在の案内で被害が出た小さな食堂に行った令子達に、店主の老婆は令子や横島の姿をした食い逃げだったと告げる


「とりあえず被害はいくらなの?」

「きつねうどん二杯で1300円だよ」

「じゃあ、これでなかった事にして。 ちょっと手違いがあったのよ」

一見悔しそうに語る店主に令子が3万円ほど渡すと、店主は途端に機嫌が良くなり店の奥に戻っていく

駐在の老警官は目の前の事に微妙に苦笑いを浮かべているが、仕方ないといった感じでもある

相手が妖怪なため警察が正式に扱う事件ではないし、さっさと和解した令子のやり方は利口だと思う


「やはり先生達の知り合いでござるか? なにゆえ食い逃げなど……」

さっさと事件をなかった事にした令子に、シロは横島や令子の知り合いだと感じるが何故食い逃げなどするか理解出来ないようだった


「きつねうどん一丁……」

ちょうどその時、見知らぬ女性が店に入るなりきつねうどんを頼むが、横島と令子を見て固まってしまう


「またかい……」

「おばちゃん、きつねうどん頼むよ」

店主の老婆もさすがに三度目だし相手に気付くが、横島がお金を出した事できつねうどんを作り始める


「元気そうだな、タマモ」

横島が名前を呼ぶと女性はため息をはき、横島が知る中学生くらいのタマモに変化する

どうやら適当な人物に化けていたらしい


「フン」

プイッと横を向くが逃げるつもりはないらしく、横島が座るように促すと素直に席に座った


「で、なんで食い逃げなんてしたわけ? 金毛白面九尾の名前に傷がつくわよ」

「食い逃げなんてしてないわ」

呆れた様子の令子が事情を尋ねると、タマモは食い逃げなど知らないと小さな声で呟き事情を話し始める

最初は前世から受け継いだ古銭で払おうとしたが、店主の老婆が紙切れじゃなければダメだと言ったから目の前で変化の術の応用で作って渡したらしい


「ばあさん……」

駐在が呆れたように店主の老婆を見るが、老婆は素知らぬふりをしてきつねうどんをタマモに出す


「とりあえずそれを食ったら、少し現代の事教えるから聞けよ」

目の前のきつねうどんに視線をチラチラと移しつつ横島と令子の様子を伺うタマモに、横島は少し現代の知識を教えようと考えたらしい


(またこいつに会ったのね)

言われるがままにきつねうどんを食べるタマモだが、神経はどちらかと言えば横島に集中している

不思議な人間に再会した困惑と共に、僅かにホッとした気持ちがある事にタマモ自身気が付いていた


(あんなに怒鳴られてたのに、なんで何もなかったように笑えるの?)

まるで令子に怒鳴らた事などなかったかのように振る舞う横島に、タマモは思わず疑問を口に出しそうになるが止めてしまう

この後の自分の処遇も決まってないのに、立場を悪くするような事は言えなかった

少なくとも横島よりは令子が立場が上だし、下手に何かを口にして令子を怒らせれば即退治されるのは簡単に想像がつく


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