平和な日常~冬~2

一方麻帆良亭の一夜限りの復活の噂は静かに麻帆良の街に広がっていた。

かつての麻帆良亭の常連達が友人や知人に連絡したかと思えば、横島の店の常連も面白そうだと騒ぐのだから当然だろう。

結果として店には問い合わせの電話がかかってくるなど騒ぎになりつつあった。



「坂本さんメニューは決まりましたか? 問い合わせが結構来てるのですが」

「そんなに問い合わせが来てるのか?」

「はい、すでに十件ほど来てるです。 一応手間のかかる料理は難しいと説明はしましたけど」

一夜限りの限定復活に際し坂本夫妻は当初仕込みを五十人前くらいでいいかと言ったが、夕映達の強い意見により二百人前に増やして考えている。

正直夫妻はそこまで要らないのではと言ったが、仕入れ費用を出す横島が夕映達の意見を重要視したことから夫妻が折れる形になっていた。

ちなみに夕映達が仕込み量を増やすべきだと主張した数字の目安は麻帆良亭の閉店直前の来客人数を参考に、横島が絡んで問題がある程度大きくなることを見越した仕込み量である。


「ドミグラスソースがないから、ハヤシライスやビーフシチューは無理だ。 ハンバーグやグラタンならなんとか間に合うがな」

「分かりました。 ではそのように対応します」

木乃香達に続き今度は夕映が横島の居ない店を仕切って問い合わせへの対応までしてることに夫はやはり驚くが、何より不思議なのは自分がそんな中学生に混じって仕事をしてることだろう。

最早木乃香の実力は十分に理解したので素人には無理だなどと言うつもりはないが、人生の大半を費やしたかつての店で若い少女達と一緒に仕事をするのはどうしても違和感があった。


(そういえば昔は中学を卒業して就職した者も多かったな)

あどけない表情の少女達を見てると戸惑う気持ちもあるが、よくよく考えてみると自分達の若い頃は中学卒業と同時に就職した人間は決して珍しくはなかったことを思い出す。

尤も木乃香達のように楽しそうに仕事をするような時代ではなかったし、そんな昔と比べても木乃香達はまだ若いとも感じるが。

ただ楽しそうにしながらも仕事をきちんと熟す木乃香達の姿に、夫は新しい時代の到来を感じずにはいられなかった。

晩年は守るべき味と伝統で散々悩んだだけにもう少し早く横島や木乃香達に出会えていたらとも思うが、実際には自分が辞めたからこその今日の出会いなのだから人生は難しいなとシミジミと思う。


「君達を見てると面白いな。 私もあと二十年若ければ新しい店を構えてやり直したいくらいだよ」

「老け込むには早いですわ~ ウチのおじいちゃん麻帆良学園の学園長なですけど、坂本さんと同年代やのにまだバリバリ仕事してますえ」

正直夫は今日ほど若さが羨ましいと感じた日はないかもしれない。

未来と希望に満ちた横島や木乃香達を見てると思わずもう一花咲かせたいと考えてしまい、つい本音をこぼしてしまう。

木乃香はそんな夫にまだまだ老け込むには早いと祖父である近右衛門の話をするが、夫はそんな木乃香を見てまたもや驚きの表情を見せる。


「……君は近衛学園長のお孫さん? ということは近衛穂乃香君の娘か?」

今日は驚かされてばかりだと思う夫は信じられない表情をするが、言われてみると木乃香は母である穂乃香の若い頃にそっくりだった。

何故気付かなかったのだろうと今更ながらに思うが、まさか学園長の孫が喫茶店でアルバイトをしてるなどとは思うはずもない。

ただ近右衛門は坂本夫妻の前の先代からの客であり、穂乃香も夫が知る数少ない顔見知りの常連の一人だった。

今度はそんな近右衛門の孫で穂乃香の娘である木乃香が、自分の居なくなった店で働いてる。

そんな事実に少し奇妙な縁を夫が感じてしまうのも無理はないだろう。



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