平和な日常~夏~

「いらっしゃいませ」

ぐっすりお昼寝したタマモも起きて来て夕食を終えた夜九時過ぎ、数日ぶりに店を訪れたのは近右衛門だった


「ウイスキーとつまみを頼む」

カウンター席に座り酒を飲みながらタマモと折り紙をしていた横島は、近右衛門の注文を聞き折り紙を中断して厨房に入っていく

すでに店内は客が居なく微かに有線の音楽が流れる中、折り紙を折るタマモに近右衛門はチラリ視線を送る


「懐かしいことをしておるのう。 ワシも娘や孫が小さい頃には一緒にやったもんじゃ」

少し懐かしそうに呟く近右衛門に折り紙が欲しいのかと勘違いしたタマモは、若干警戒しながらも近寄って折り紙を一枚渡す

一方の貰った近右衛門は、少し驚きつつも渡された一枚の折り紙を見て静かに何かを折り始める


「お待たせしました……?」

そんな時に注文のお酒を持って厨房から現れた横島だが、何故か近右衛門まで折り紙をしてることに若干驚く

近右衛門もタマモも特別警戒した様子はなく、ただ無言で折り紙を折る姿は少し奇妙だった

まあ近右衛門はすでにタマモが妖怪であることにも気付いており警戒されないように気を使っているし、横島も気付かれるのを理解はしていたが……


「ほれ猫が出来たわい。 どうじゃ」

頼んだ酒を飲む前に、僅か数分で一枚の折り紙から猫を作った近右衛門に今度はタマモが驚く


「もう一人つくって」

よく見るとカウンターの端にはタマモと横島が作った折り紙が並んでいるが、動物や鳥なんかは二体ずついる

一人だと可哀相だとタマモが言い出し二体ずつ作っていたのだ


「すいません」

「ワシから声をかけたんじゃよ」

いつの間にか近右衛門にまで折り紙をさせてるタマモに横島は流石に申し訳なさそうに謝るが、近右衛門は割と楽しそうだった

久しぶりでも折り方を忘れてない自分が少し嬉しかったこともあるし、昔を思い出し亡くなった両親や妻、それに娘や孫が小さい頃を思い出しもしている

現在は一人暮らしなだけについ家庭を思い出してしまったのだろう

そのまま喫茶店の店内で言葉少なく折り紙を折る三人がしばらく続くことになる



「あの子の両親は?」

「いないですよ」

しばらくして折り紙が切れたタマモが二階に取りに行くと、久しぶりに近右衛門が言葉を発していた


「子供を育てるのは大変じゃぞ」

「覚悟の上ですよ」

「そうか」

二人がタマモが戻って来るまでに話した会話はそれだけだった

近右衛門としてはあまり詮索するつもりはないが、これは最低限聞かねばならぬことなのである

仮にタマモに両親や兄弟が居るならば、探してやらねば問題が起きる可能性もあるからだ

横島は保護したつもりでも親などが居れば、さらわれたと勘違いする可能性もゼロではないのだから

まあ基本的に関東魔法協会は妖怪に関して特別警戒も監視もしてないので、それ以上は何もすることもないが

正直妖怪などより人間の方が、よほど危険で目が離せないのが関東魔法協会の幹部達の本音だった

監視もされてないエヴァでも分かるように、妖怪の一匹や二匹麻帆良に来ても問題になどしてない

それどころか仮に両親が居るならば探してやろうとする辺りが彼らの魔法使いとしての基本らしい

何はともあれタマモと近右衛門の初対面は静かなまま続いて行った



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