平和な日常~夏~

「自分の立場くらいは理解してますよ」

しばしの沈黙を破ったのは横島だった

近右衛門が知りたいことを感じた横島はその答えを素直に告げる


「木乃香の両親は木乃香にわしや両親の跡を継がせるつもりはないようじゃ。 普通の子として育ち幸せになってほしいとな……」

横島の言葉に近右衛門が語ったのは木乃香の立場であった

核心の言葉こそ口にしないが、それは魔法協会と木乃香の将来的な関わりについてなのは明らかである

近右衛門はよそ者で事情を知らぬはずの横島に、魔法協会でもあまり知らぬ事情を告げてしまう

無論横島はその辺りの事情をある程度把握しており、何故近右衛門がそれを告げたのか気付かぬはずがなかった


「心配するようなことにはなりませんよ。 それに余計な心配しなくても、いずれ巣立つ時はくるでしょうしね」

この時横島は、木乃香との関係がこれ以上進むことはないと考えていた

横島の人生において親しい女性は何人か居るが、一線を越えたのはルシオラ一人である

恋愛を知らぬ木乃香との関係はかつての仲間達のように、このままの形で固まるだろうと思っていたのだ

そのままやがて成長し社会と関わっていけば、普通に恋愛をしていくだろうと思っていたのだった

相変わらず女心が分からぬ横島だが、それは横島の中に居る彼女達がわざと分からぬままにしてるのかもしれない

記憶や知識や経験まで横島に与えた彼女達だが、横島そのものは変えたくなかったのであろう

横島は横島のままで……

そんな願いの結末が現状なのだから


(この男……、この先が楽しみじゃのう)

一方近右衛門は普段は奇妙なほど勘がよく鋭い横島が、自分の恋愛関係になると不自然なほどズレてる事実に気付く

ようやく横島の弱点らしい弱点を見つけた近右衛門は、密かに心の中で意味ありげな笑みを浮かべる


(なんか嫌な予感が……)

そんな近右衛門に横島は僅かな表情や感情の流れから嫌な予感が見えるが、流石にその内容までは分からない

一瞬千里眼で頭の中を覗こうかとも考えるが、流石にまずいかと思い止まる


「せめてひ孫は中学を卒業してからにしてくれ」

「人の話を無視しないでください」

「最近の子は早いらしいからのう。 君も若いし無理に我慢しろとは言わんが、流石に中学生で産むのはダメじゃからな」

木乃香と特別な関係にはならないと言う横島の言葉を完全に無視した近右衛門は再び勝手に話を進めるが、横島は流石にここまで来ると引き攣った表情を見せてしまう

このまま近右衛門の戯れ事に付き合えば、冗談の化かし合いを真実として扱うのだと横島は見抜いている

女心に関しては相変わらずだが、それ以外ならば近右衛門の思惑ですら当然見抜けるのだから


「勘弁してくださいよ」

「君のことも少し分かったし今日は冗談にしておこうかの」

いい加減化かし合いに疲れて来た横島が先に降参すると、近右衛門は独特の笑い声を上げて満足げに帰っていく


「いい性格してるよ」

一人になった横島は疲れたようにため息を漏らして、冷めたコーヒーを口にする

先程よりも幾分苦く感じたのは気のせいではないかもしれない



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