二年目の春・9

「ごめんなさい。 私、好きな人が居るの。 だから同僚でも男性と二人で食事に行くのはちょっとね。」

一方刀子はこの日も、女子中等部校舎で教師として働いていたが、またもや同僚の中山先生に麻帆良祭が終わったら食事でもと誘われていた。

見た目もまあまあで性格もいい。 教師としても頑張ってるし、将来結婚をと考えるなら悪い相手ではなかった。

ただこの手のタイプははっきり断らねば、しつこく諦めないのではと前日には少女達と話していたこともあり、刀子ははっきりと断っている。

自分達で横島にやってるように外堀を埋めてくるのではと推測していて、周りが応援する雰囲気になってることも面倒なことになると美砂辺りに警告されていた。

断るなら早くはっきりした方がいい。

当たり前の事だが、少女達に言われてそれを再認識したようである。


「……噂のマスターですか?」

「そうよ。」

「でも彼は……」

「いい年をしてと笑うなら、笑っても構わないわ。 でも私は他の人と一緒に居るつもりはないの。」

刀子の言葉に相手の中山先生はショックを受けたようで、相手の事を口にした。

噂のと言うのが彼の本音なのだろう。

生徒の中学生と噂になるような二十歳の男に、三十路の刀子が熱を上げている。

端から見ると少しおかしいと見えるのか、チャンスと見えるのか。

ともかく彼はあまり納得してない表情をしていた。


「別に笑うとかでは。 ただ私も真剣です。」

「それは分かってるわ。 だからこうしてはっきりと断っているの。」

「私では駄目なのですか?」

「ええ。 私にとって彼の代わりは居ないわ。 」

もう少し早く出会えていれば、と言葉が出そうになるのを刀子は押し留めて、冷静にはっきりと断りの言葉を口にする。

普通の結婚と普通の家庭を夢見ていた頃に出会えていれば、答えは違っていたかもしれない。

別れた前の夫が最後に掛けてくれた言葉である、いい人に巡り会える事を祈ってるとの一言が。

神鳴流の青山鶴子に言われた、難儀な恋愛をしてるという言葉が走馬灯のように頭を駆け巡る。


「待ってます。」

「それは迷惑よ。 貴方のこと噂になって困ってるの。」

「でも噂の人は葛葉先生を幸せには……」

「誰かに幸せにしてもらおうなんて思ってないわ。 私は一度失敗してるもの。 幸せというなら、私は自ら掴み取るつもりよ。」

はっきり断った事に内心ホッとする刀子だが、相手は一方的に言われただけでは納得出来ないらしい。

刀子はそんな中山先生に自らの価値観との違いを感じ、断って正解かと思う。

誰かに幸せにしてもらおうなどとは考えてない。

共に助け合い共に生きる相手でなくば、自分は上手くはいかないと刀子は考えている。


「もう私的な誘いは止めて下さい。」

理解出来ないと言いたげな中山先生に、刀子は話すだけ時間の無断だと最後にトドメの言葉を口にして話を一方的に終えてしまう。

小さな価値観の違いが離婚に発展した刀子からすると、中山先生はかつての失敗と苦悩を思い起こさせるだけだった。



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