二年目の春

さて三月も半ばに差し掛かる頃になると、麻帆良の街では高等部に続き初等部や中等部や大学部の卒業式も間近に迫っていた。


「意外に予約が入ってるな。」

「卒業シーズンですからね。」

ただ横島の店では直接は関係ないはずの卒業式だったが、意外なことに卒業パーティーなんかの予約が結構入っている。

予約は数人の友人単位から多いのだとクラス単位の予約まで様々だが、常連は横島のレパートリーの多さは知っているので予約客の大半は常連であった。


「卒業式か。」

予約の管理なんかはほとんど夕映達が行っていて横島は予約スケジュールを見ながら軽く驚いていたが、ふと卒業式と聞いて少しだけ遠い眼差しをする。

すでに遠い過去となった自身の卒業式であるが、正直当時はこれで学校に行かなくて済むと思うと清々するほどだった。

最後に卒業した高校なんかでも横島は変人扱いだったので、別れの寂しさなんかはほとんど感じなかったのだ。


「そう言えば横島さんは本当は日本の学校に通っていたんですよね?」

「まあな。 高校はほとんど行ってなかったけど。」

卒業式という言葉に何処か過去を思い出すような横島に卒業パーティーの予約に関する打ち合わせをしていた夕映は、以前から気になっていた事をふと尋ねていた。

横島が異世界出身だと知らなかった頃は海外生活をしていたと教えられていた夕映達だが、真相を聞かされ横島が高校までは普通に日本の学校に行っていたと聞いた時は普通に驚いた者が大半であった。

良くも悪くも個性的な横島が普通の学校で生活をするイメージが出来なかったらしい。


「前にもちらっと言ったけど、俺も高二の春までは何の力もないただの学生だったんだよ。 まさか自分に特殊な力があるなんて夢にも思わなかったしな。」

どうしても今の横島から逆算して考える夕映は学生時代の横島のイメージには辿り着けないらしく悩んでいたが、横島はそんな夕映に笑いながら昔は本当に普通にだったと語っていく。


「高校入学と同時に親の仕事の都合で一人暮らしをしたけど、仕送りが少なくて生活が苦しくてな。 当時は料理なんて全く出来ないからパンの耳とか安いインスタントラーメンばっかり食ってたよ。 たまに食う牛丼が御馳走でな。」

話だけを聞くとよくある苦学生にも聞こえるがどうしても横島のイメージとは繋がらないし、この時夕映が何より驚いたのは横島が学生時代には料理が全く出来なかったということだろう。


「それでは料理は高校卒業してから習ったんですか?」

「いや、それはまた説明が面倒でな。 正確に言えば俺は料理習ったことないんだよ。 詳しくは今度みんなが居るときに説明するけど、実は魔法みたいな特殊な能力で技術を習得したんだ。」

木乃香や新堂に坂本夫妻など何人かの料理人を知っている夕映は、ごく普通の疑問として横島が料理を誰に習ったのかと何時から習ったのかと尋ねてしまった。

そのあまりに当然な質問に横島は一瞬どう説明するか悩むが、この期に及んで新たな嘘を付いてもすぐに見抜かれるのは明らかでありある程度真実を隠した上で自身の最大の秘密を話すべきだと判断する。


「特殊な能力ですか?」

「ああ、本当の俺自身なんて無能な人間だからなぁ。 借り物というか貰い物の技術で生きてる訳さ。 昔の俺のこと知ったらみんな幻滅するだろうしあんまり言いたくなかったんだけどさ。」

「そんなことはないと思いますが……。」

突然明かされた特殊な能力という話にまだ魔法に詳しくない夕映はそれがどんなものか判断出来なかった。

ただ横島の言うことは特に自分が絡むと客観的な真実からかけ離れてることはよくあることだし、割りと本気で不安げな横島は過去を知られるとみんなに嫌われると本気で考えてるということだけは夕映にも理解出来るが。


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