“陰“と“陽“の狭間にあるもの(4)

喫茶店を出て、二人と一緒に“禍祓い“の依頼人が指定してきた場所に向かう。
平日でも賑やかな商店街の通りから外れ、人通りもまばらな道を歩いて行き着いたのは、オフィス街の一角にある雑居ビルの一室だった。ドアの横に[〇〇プロダクション]と書かれたあまり大きくないプレートがかけられている。
名千さんがインターホンを押し「龍導院です」と告げると、「どうぞお入り下さい」の声とともに鍵の開く音がした。

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中に入ると思ったより広かった。
「すげーっっっ!!!キラキラな服がいっぱいあるっっっ!!!」
レッドくんがはしゃいだ声をあげる。
どうやら何人かのアイドルが所属している芸能事務所のようだ。
部屋の隅にハンガーラックが何台か置かれ、煌びやかな衣装が何着も掛けられている。その横にあるカラーボックスの引き出しには、ステージに使うアクセサリーや小道具が入っているようだった。プレゼントや差し入れらしきものが入ってる段ボールもある。
部屋の奥に事務仕事をするようなデスクとその後ろに書類棚と金庫、少し離れて仕切られた場所に大きめのテーブルとソファー。テーブルには何種類かのペットボトルとお菓子の入ったお皿が乗っている。
出迎えてくれた男性がテーブルまで案内してくれた。ここが客の対応や打ち合わせをする応接スペースなんだろう。

「急に時間を変更してしまい申し訳ございませんでした。どうしても外せない用事が入ってしまいまして」
私たちに座るよう促し、名千さんに名刺を渡した男性はプロダクションの所長兼マネージャーだと名乗った。
「それは円覚から聞いとります。あと、“禍祓い“はここで行うということでよろしいですか?」
名刺を受け取りながら名千さんが尋ねる。
「はい、構いません。私は用事を済ませてきますのでさっさと終わらせて下さい。お電話いただいたら戻りますので」
「は???」
ぶっきらぼうな物言いに、名千さんが少しムッとした顔で男性を見る。
名千さんの表情に焦ったのか、男性の額に汗が浮かぶ。スーツのポケットから出したハンドタオルで汗を拭きながら、男性は苦虫を噛み潰したような表情で話し始めた。

所属していたアイドルがストーカー被害に遭っていたこと。それ自体は解決したけれど女の子はアイドルを辞めて遠方に引っ越したこと。その事で事務所内でもゴタゴタがあったこと。
こういった事情と、“アイドル時代のものは全部精算して忘れたい“というアイドルの子の強い希望もあって、もらったプレゼントや手紙をお寺でお焚き上げしてもらったという。
「龍導院でですか?」
「いえ、万が一ファンの目に入ったらエラい事になるので、県外の小さなお寺でやってもらいました」

お焚き上げの炎で全てが灰になっていく中、“それ“だけが傷ひとつ付かずに残っていた。それならばと解体してお祓いしようとしても、簡単な作りのものなのに何かに阻まれているかのようにびくともしない。
どうする事もできないのでお寺で保管してもらっていたはずなのに、いつの間にかプレゼントボックスに入っている。

「何度持っていっても戻ってくるし、それでスタッフも女の子達も怖がって休みがちになるし。もう限界なんですよ」
男性はそう言いながらのそのそと立ち上がり金庫まで歩いていき、中から分厚い茶封筒と縦長の小振りな箱を持って戻ってきた。箱には何やら封印がされている。
「弁護士さんからいただいた報告書と“モノ“です」
テーブルの隅に箱を置き、茶封筒から書類を出して並べていく。
「知人に相談したら、弁護士の知り合いがいるV系のバンドの子を紹介されましてね。依頼料は高かったんですが、大変に優秀な方で迅速に対応していただけました」
「そうなんですね」
名千さんは知らないようだったけれど、その弁護士の噂は少しだけ聞いたことがあった。
依頼料は高いけれど、敗ける事はない。弁護士らしからぬ格好をした“無敗の弁護士“。そりゃ強いわ。

ふと、“この書類はレッドくんに見せない方がいい“感覚がした。レッドくんもお菓子を食べ終わって退屈そうにしてるし、少し離れてもらった方がいいかもしれない。
『すみません、レッドくんに衣装を見せてもらってもいいですか?』
「あ、ああ、汚したり壊したりしなければいいですよ」
私の突然の申し出に戸惑いながらも男性は快諾してくれた。
「やったぜっっ!!」っと走っていくレッドくん。やっぱり退屈だったんだと少し笑ってしまう。

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衣装の間をぴょこぴょこと動き回るレッドくんを横目に、名千さんが話を進める。
「で、このストーカー事件が“禍祓い“にも関係がある、と。……“それ“はストーカーにもらったものですか?」
縦長の箱を見る名千さんの瞳が蒼く光った気がした。
「そうです。正確にはストーカーになる直前にもらったものです」
「直前??」
「報告書を読んでいただければ分かります。箱も私が出てから開けて下さい。私はもう見たくない」
男性は投げやりに答えると深いため息をついた。(自分から依頼してきたくせに何て態度だ)っと思ったけれど、疲れきった顔を見て何だか可哀想になってしまった。
名千さんも同じようなことを思ったのか、今度は何も言わなかった。

「しまったっ!もうこんな時間か!」
しばらく誰も口を開かない気まずい時間が流れたけれど、チラッと腕時計を見た男性がバタバタと身支度を始めた。
「それではよろしくお願いします!終わったらその名刺の携帯番号に連絡ください!」
「待って下さい!この箱の中には何が入ってるんです??」
急いで部屋を出ようとドアを開けた男性に、名千さんが声をかけた。
男性は振り向き、その“モノ“の名前を口にするのもおぞましいといった表情で叩きつけるように叫んだ。


      「“万華鏡“です!!!」       


そして、発した言葉と同じ勢いで、ばたーんっっ!!とドアを閉めて出ていってしまった。

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二人は呆然としてドアの方を見ていたけれど、私は封印された箱から目が離せなくなっていた。

予感はしてた。
箱の形は筒状のものが入っていてもおかしくない感じだったし、重さがあるようにも見えなかった。
感覚がざわざわと震える。
「名千さんが唸っていた」とレッドくんに聞いた時より激しく波打っている。私の見た夢(?)はこのことを示唆してたのだろうか?

「…とりあえず、報告書を読んでみますか」
名千さんが報告書をパラパラとめくって読んでいく。読み終わってテーブルに置かれた書類を、私も読ませてもらう。
つきまとい行為、ストーカーをしていたのは女の子だった。
報告書には、
[女の子は元々アイドルの熱心なファンで、ライブには毎回参戦し、グッズを買い何枚もチェキを撮り、差し入れやプレゼントを贈っていた。それが段々とエスカレートして、“もっと近づきたい“と考えるようになり、“自分もアイドルになって隣に居たい“ってところまで思い詰めてしまった。
結局、“どんなに頑張ってもアイドルになれない自分“に絶望し、挙げ句の果てに逆恨みをしてしまった]
というようなことが、お硬い文章で書かれていた。
“禍祓い“にはあまり関係無いような示談内容の詳細にも軽く目を通して、最後に弁護士と女の子の対話文書を開いた。

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初めは純粋な憧れだったの。
歌声も、パフォーマンスも、眩しい笑顔も、あの子の全てが大好きだった。
あの子に喜んで欲しかった。あの子の役に立ちたかった。
あの子のそばにいたかった。誰よりも近くにいたかった。
あの子の輝きを見ていられるのが幸せだったの。

なのに。
いつからか、どす黒い感情が胸の中でぐるぐると渦巻くようになってしまった。

あの子の可愛さが妬ましくなった。
あの子の歌の才能が、ダンスのセンスが羨ましくなった。
あの子が私以外にも笑顔を向けるのが嫌いになった。

私が必死に努力してもできないことを、さらっとやってのけるあの子が憎かった。
私が持ってないものを、全部持ってるあの子はずるいと思った。
何でもできて、何でも持ってて。それが当たり前のことのように笑うあの子が怖かった。

_______だから、呪ったんです。

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光も    音も。

全てが   消えた。


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「名千も紫音さんも固まっとるけど、どうしたんだぁっっ???!!!」
びっくりしたようなレッドくんの声で我に返った。私だけでなく、名千さんも固まっていたらしい。
はっとして名千さんを見ると、苦しげに目を閉じ、青ざめた顔で俯いている。
ソファーの横に立っているレッドくんが不思議そうに私たちを見ている。
『名千さん…大丈夫ですか…?』
そっと腕に触れるとビクッとして目を開け、何かを振り払うようにぶんぶんと頭を振った。
「ああすみませんっ大丈夫です大丈夫です!久々にこんだけの量を読んだもんで頭がくらくらしただけです!レッドくんもごめんね」
「びっくりしたじゃんっっっ!!!」
………本当に???
確かに結構な量だったけれど、それだけじゃない気がする。
レッドくんを安心させるように笑いかけている名千さんの表情に、何となく違和感を覚えた。

“翳り“がみえる。

綺麗な“蒼“がかすかにくすんだ感覚がして、名千さんの端整な横顔をじっと見つめる。
視線に気づいたのか、ふっとこちらを向いた名千さんと目が合う。サングラスの奥の“蒼“が揺らめく。
「ほんとに大丈夫ですよ。“禍祓い“を始めましょう」
穏やかな声なのに無理をしているように聞こえたのは、その揺らめきのせいか?それとも。
……今そんなこと考えてても仕方ないわ。
二人に気づかれないように頭を振る。

名千さんの【孤独】を欲しがったのは私だ。もし、この“翳り“が【孤独】を深めてしまうのなら。

【これ】は私がもらう。


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「なになにっっ??!!!何が入っとるんだぁっっっ???」
「そんなに近づいちゃかんてっレッドくんっ!!危ないかもしれんでちょっと離れとって!」
自分が開けたい!っとばかりに手を伸ばすレッドくんを牽制しながら、名千さんが箱を手元に引き寄せる。


“禍祓い“が始まった。



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