龍と鬼の休息〜side名千・レッド〜(1/2)

あれから十日。名千とレッドは某有名ないつもの喫茶店でモーニングを堪能していた。
「禍祓い」を完了させた報酬が入ったので、サイドメニューも付けて少しだけ贅沢なモーニングにしてみた。
名千はゆっくりとコーヒーを味わいながら、窓の外を行き交う人々を眺めていた。
早足で歩いていくスーツ姿の会社員。何やら話しながら数人で歩いている賑やかな学生たち。
誰もが時間に追われて忙しなく動いている中、ゆったりと過ごせていることにほんのちょびっとだけ優越感を味わう。
「なあなあ名千!!これも食べていい??」
向かいに座って、あんことマーガリンをたっぷり塗ったトーストを食べ終えたレッドが写真を指差している。あつあつのデニッシュパンにソフトクリームが乗った、ここの名物デザートだ。
「ええよー、何でも食べやあ♪今日の名千さんはお金持ちだでなっ」
「やったぜっっ!!」
満面の笑みでテーブルの上の呼び出しボタンを押す。オーダーを取りに来た店員にデザートとみそカツパンまで頼んでいる。…朝からよう食べるなあ。まあ、今日くらいは好きなだけ食べてもらおうか。

ゆで卵の殻を剥きながら、昨日の円覚とのやり取りを思い出す。円覚とは、俺に何の断りもなく龍導院のサイトに『禍祓い 名千へのご依頼相談』なんてものを立ち上げ、色々と取り仕切っている坊さんだ。グッズ販売なんかもしていてなかなかに商魂たくましい(坊主が商魂たくましいのもどうかと思うが、円覚曰く“寺の生存戦略“らしい)が、それで龍導院の寺が繁栄しているなら良いんじゃないかとも思う。
流れとしては、円覚が依頼相談のメールを精査して渡してきたものを俺が「仕事」として受けて報酬をもらったり、いつの間にか作られていた“名千の禍祓い“グッズの売り上げの一部をもらったりしている。(もちろん、本業は別に持っとる。)
報酬の振込をしたという連絡があったのは、ちょうど昼飯を食べ終え食後のコーヒーを飲んでいた時だった。
「今回の件ではご依頼主がたいそう感激されていてな、規定の料金とは別に感謝の印としてお前と“あの女性に“っと包んでくださった。一度はお断りしたのだが、是非にとのことだったので有り難く受け取ったよ。」
「おおー、そりゃ良かった。喜んでもらえて何よりだわ。」
「お礼のメールも届いていたから、後で確認すると良い。…ところで。」
円覚の口調が訝しむようなものに変わった。
「あん?」
「“あの女性“とは誰のことだね?私の知らんうちに嫁になってくれる人でもできたか?」
「ブフオッッ!」
思わず飲みかけていたコーヒーを吹き出してしまう。
「ゲホッ!ちょっっコーヒーっ変なトコ入ったっっ!ゴホッ!ゲホッ!」
「いやあ、それならそうと話してくれても良いのに水臭いぞ名千。」
スマホの向こうでニヤついているのが明らかに分かるような声だ。そんで、なんでそんなに嬉しそうなんだ?!
「ゼエ…ハア…そんなんじゃねえよっっ!電話じゃ説明できんで今度会った時に話す!」
「そんな勿体ぶらんでも良いだろう」
「とっとにかくっ!振込の確認とお礼のメールも読んどくでっ!」
テーブルに飛び散ったコーヒーを拭きながら、まだ何か言おうとしていた円覚の電話をブチ切ったのだった。

あの日。「禍祓い」の最中に飛び込んできた「紫音」と名乗った女性。昔、どっかで見たことがあるような無いような感じだが、仕事関連じゃない気がする。パチ屋か飲み屋か…パチ屋かな?
いや、そんなことより。
あんなオカルトな状況に巻き込まれたってのに、あの落ち着きようは何だったんだ?
いい歳した男がでっかいぬいぐるみをボコボコにしとるなんぞ当事者の自分でもくそ怖い状況なのに、ふつーの顔してレッドくんを庇ったり、しれっと俺の手助けまでしてくれた。…同業者か?とてもそんな風には見えんかったが。
もくもくとゆで卵を食べながらつらつらと思い返していたが、ふとあることに気がついた。
………ちょっと待て。紫音さんの瞳の色、くるっくる変わっとらんかったか??
レッドを庇った時に見たのは紅。ぬいぐるみを倒した時は暗くてよく分からなかったが紫だった気がする。「禍祓い」が済んだ後は少し茶色がかった黒に戻ったように見えた。あれは同業者というより“レッド側“か?
…っつーか何だこの懐かしいような寂しいような感覚は??!
突然湧きあがった、あまり襲われたことのない感情に戸惑いながら記憶を辿っていく。
俺は、あのルビーのような紅い眼に優しく見つめられたことがあるのか?いつ??
<助かったぜ!!名千!!>
あの時、紫音から放たれた言葉と声。明らかに女性の声ではなく、かといって男でもない。何となく安心するような心に響くような……むかーし、ちっさいガキの頃に聞いたことがなかったか??
周囲から「神童」と呼ばれ始めていた、でも「神童」の意味なんか分からなかった幼い頃。
躍起になって思い出そうとすればするほど、白く柔らかな感触に覆われて遮られてしまう。上質なベルベットのように、滑らかで何とも触り心地の良い……
「…いぜん!名千!!」
レッドの声にはっと我に帰る。
「ずっとゆで卵くわえっぱなしで何しとるんだ??俺、もうお腹いっぱい!!帰ってアニメ観たい!!!」
「お、おお分かった。」
残りのゆで卵を少し冷めてしまったコーヒーで流し込む。俺もメールの確認をせんといかんかったわ。
会計を済ませ店を出る。行き交う人々は会社員や学生たちから観光客に変わり、「観光地」の顔になった街を見ながら家に戻った。
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