龍に触れたその先に(完)
“穢“が残ってるかも知れないと、少し警戒しながら拾い上げたぬいぐるみは重くなることも臭くなることもなかった。むしろ、毛並みもほわほわと柔らかくてほのかに柔軟剤の良い香りがした。それだけでも大切にされていたのが分かる。ふと裂けた口の中を見ると何か光るものがあった。牙の正体はこれか…。
だいぶ可哀想な状態になったぬいぐるみを抱いて戻り、そのまま名千さんに手渡した。
『お互いの負の感情が絡みあって増幅して“穢“になって、いちばん弱いお孫さんを襲ったんだと思います。』
「これはウチの寺で保管しときます。ちゃんとお焚き上げもせんといかんでな。」
「よろしくお願い致します。」
女性が深々と頭を下げた。
「私、嫁としっかり話をしようと思います。今までのこともちゃんと謝って、自分の寂しさとも逃げずに向き合います。」
「ばあちゃん!お嫁さんと仲直りできるといいな!!」
レッドくんが曇りのない瞳で女性を見つめてにっこり笑う。何とも無邪気な笑顔につられて女性も笑顔になった。
「俺は独身だもんで嫁姑とかよお分からんけど、ちゃんと気持ちが通じるように願っとりますよ。」
名千さんもそう言って女性の肩を優しく叩いた。
『「禍祓い」をした事でお嫁さんの方の“穢“も祓われたかも知れないし、今まで仲が良かったのならきっと大丈夫だと思います。』
三人に励まされたおかげか、女性の表情が明るくなった。…あ。そうだ。
『名千さん、ぬいぐるみの口の中に硬いものが飛び出てるので気をつけてください。』
「え?…おお、これが牙みたいになっとってお孫さんを傷つけとったんだな。」
名千さんが慎重に取り出したのは四角いプラスチック状のものだった。欠けている部分が鋭く尖っており、そこが当たって噛まれたような傷を作っていたのだ。
「そういや、紫音さんも怪我しとりませんでしたか?大丈夫ですか?」
『大丈夫ですよ、舐めときゃ治ります。』
心配そうな名千さんを見上げて、ニヤッと笑って舌を出す。
「なんかさっきも尻尾が生えとるように見えたし!おばっ…紫音さんって猫みたいだなっっ!!」
…みたいじゃなくて猫だからね。何気に鋭いなレッドくん。
何か言いたげな名千さんの視線をかわすように空を見上げる。月も結構高いところまで昇っている。
「いかん、もうこんな時間になってまった。近くの駅まで送りますよ。」
スマホで時間を確認したのか、名千さんが少し慌てた様子で女性に話しかける。
「予定より時間がかかってしまいましたが、これで“禍祓い“は完了いたしました。お焚き上げの時期などはまた連絡させていただきます。」
「はい、本当にありがとうございました。」
女性が再び頭を下げる。私も三人に向かって軽く頭を下げた。
『それじゃ、私も帰ります。』
「えっ!いや紫音さんも送りますよ!こんなことに巻き込んでまったし助けていただいちゃったし!」
名千さんが慌てて引き留めてくれる。「助けていただいちゃった」って…ほんと、面白くて良い人だ。
笑ってしまいそうになるのを堪えながら首を横に振る。
『いえいえ、勝手に飛び込んじゃってすみませんでした。帰る方向も違いますし大丈夫ですよ。』
「ええーっ!一緒に帰らんのー??」
レッドくんも残念そうに言ってくれる。人外のはずなのに邪気がなくて、何というか濁りのない水晶のようだ。
『うん、でもまた会えると思うからその時はよろしくね。』
もう一度会釈をし、手を振って三人と逆方向へ歩いた。
_______________________________________
人気のないところで紅音と入れ替わる。猫の姿ならこんな時間に歩いていても見咎められることはないだろう。
商店街の明かりもすっかり消えた真夜中の暗闇の中で、ほのかに光る白龍の足元に座りさりさりと毛並みを整える。
<紫音>
ふ、と紅音に話しかけられた。
『なに?』
<行けそう、か?>
『…まだ分かんない。』
<…まあ、そう簡単にはいかねえか>
『うん。』
<俺も一緒に行ってやるよ>
『………ありがと。』
まだほんの少ししか触れていないから。
“龍導院“…あの二人が導かれる者なのか、導く者なのかは分からない。
てんっ…とんとん…ころ、ころ。…てんてんっ…とん
眠りを誘う、懐かしくて少し切なくなる、優しい音。
ゆるゆると体を丸め、目を閉じる。
瞼の裏に、名千さんとレッドくんの姿が浮かぶ。
龍に触れたその先に、なにがあるのか分からないけれど。
それでも触れていたいと思う。
いつか。
辿り着けるまで。
【完】
だいぶ可哀想な状態になったぬいぐるみを抱いて戻り、そのまま名千さんに手渡した。
『お互いの負の感情が絡みあって増幅して“穢“になって、いちばん弱いお孫さんを襲ったんだと思います。』
「これはウチの寺で保管しときます。ちゃんとお焚き上げもせんといかんでな。」
「よろしくお願い致します。」
女性が深々と頭を下げた。
「私、嫁としっかり話をしようと思います。今までのこともちゃんと謝って、自分の寂しさとも逃げずに向き合います。」
「ばあちゃん!お嫁さんと仲直りできるといいな!!」
レッドくんが曇りのない瞳で女性を見つめてにっこり笑う。何とも無邪気な笑顔につられて女性も笑顔になった。
「俺は独身だもんで嫁姑とかよお分からんけど、ちゃんと気持ちが通じるように願っとりますよ。」
名千さんもそう言って女性の肩を優しく叩いた。
『「禍祓い」をした事でお嫁さんの方の“穢“も祓われたかも知れないし、今まで仲が良かったのならきっと大丈夫だと思います。』
三人に励まされたおかげか、女性の表情が明るくなった。…あ。そうだ。
『名千さん、ぬいぐるみの口の中に硬いものが飛び出てるので気をつけてください。』
「え?…おお、これが牙みたいになっとってお孫さんを傷つけとったんだな。」
名千さんが慎重に取り出したのは四角いプラスチック状のものだった。欠けている部分が鋭く尖っており、そこが当たって噛まれたような傷を作っていたのだ。
「そういや、紫音さんも怪我しとりませんでしたか?大丈夫ですか?」
『大丈夫ですよ、舐めときゃ治ります。』
心配そうな名千さんを見上げて、ニヤッと笑って舌を出す。
「なんかさっきも尻尾が生えとるように見えたし!おばっ…紫音さんって猫みたいだなっっ!!」
…みたいじゃなくて猫だからね。何気に鋭いなレッドくん。
何か言いたげな名千さんの視線をかわすように空を見上げる。月も結構高いところまで昇っている。
「いかん、もうこんな時間になってまった。近くの駅まで送りますよ。」
スマホで時間を確認したのか、名千さんが少し慌てた様子で女性に話しかける。
「予定より時間がかかってしまいましたが、これで“禍祓い“は完了いたしました。お焚き上げの時期などはまた連絡させていただきます。」
「はい、本当にありがとうございました。」
女性が再び頭を下げる。私も三人に向かって軽く頭を下げた。
『それじゃ、私も帰ります。』
「えっ!いや紫音さんも送りますよ!こんなことに巻き込んでまったし助けていただいちゃったし!」
名千さんが慌てて引き留めてくれる。「助けていただいちゃった」って…ほんと、面白くて良い人だ。
笑ってしまいそうになるのを堪えながら首を横に振る。
『いえいえ、勝手に飛び込んじゃってすみませんでした。帰る方向も違いますし大丈夫ですよ。』
「ええーっ!一緒に帰らんのー??」
レッドくんも残念そうに言ってくれる。人外のはずなのに邪気がなくて、何というか濁りのない水晶のようだ。
『うん、でもまた会えると思うからその時はよろしくね。』
もう一度会釈をし、手を振って三人と逆方向へ歩いた。
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人気のないところで紅音と入れ替わる。猫の姿ならこんな時間に歩いていても見咎められることはないだろう。
商店街の明かりもすっかり消えた真夜中の暗闇の中で、ほのかに光る白龍の足元に座りさりさりと毛並みを整える。
<紫音>
ふ、と紅音に話しかけられた。
『なに?』
<行けそう、か?>
『…まだ分かんない。』
<…まあ、そう簡単にはいかねえか>
『うん。』
<俺も一緒に行ってやるよ>
『………ありがと。』
まだほんの少ししか触れていないから。
“龍導院“…あの二人が導かれる者なのか、導く者なのかは分からない。
てんっ…とんとん…ころ、ころ。…てんてんっ…とん
眠りを誘う、懐かしくて少し切なくなる、優しい音。
ゆるゆると体を丸め、目を閉じる。
瞼の裏に、名千さんとレッドくんの姿が浮かぶ。
龍に触れたその先に、なにがあるのか分からないけれど。
それでも触れていたいと思う。
いつか。
辿り着けるまで。
【完】
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