龍に触れたその先に(9)

こうして。
名千さんの「禍祓い」の依頼は無事完了した。けっこう長い時間やり合ってたような気がしていたけれど、スマホの時計を確認すると30分も経っていなかったのはびっくりした。
全員喉が乾いていた(戦ったり、応援したり、泣いたりしたせいで)ものの、こんな状態で喫茶店に入るわけにもいかない。とりあえず一番まとも(?)な格好をしているレッドくんに名千さんがお金を渡し、近くの自販機で買ってきてもらったペットボトルの水を飲んだ。
ようやく落ち着いたところで名千さんが口を開いた。
「結局、お嫁さんに対する恨みつらみがぬいぐるみに取り憑いて、なぜかお孫さんのほうに悪さをしとったんだな…」
「でもさあ!!なんでお嫁さんに行かんかったんだあ??ふつーは恨んでる方に行かん??」
レッドくんが不思議そうに首を傾げる。そこの部分は名千さんも分からなかったらしく、「うーん…」と唸っている。
「寂しさが高じて恨みになってまったのは分かった。そこからお孫さんに行ってまうってのは…」
『小さい子供の方が、“そういうもの“を感じ取る感覚が強いのもあると思います。“子供の方が霊をよく見る“っていうじゃないですか。』
考え込んでしまった二人と放心状態で座り込んでいる女性に、自分の感じたことを話してみる。
『それと、「昔は上手くいっていた」ってことは向こうの環境が変わったってことですか?「忙しくなった」みたいな話も聞こえたんですけど』
「え、紫音さん、あそこにおったんですか?!」
『たまたまですよ。』
嘘ですけど。…なんて、どこぞのシブヤの作家さんのように呟いて、心の中で舌を出す。
さっきまでの(常人には到底理解できない)出来事に呆然としていた女性が、私の言葉に反応して何かを思い出そうとしている顔になる。
「孫がもっと小さかった頃はしょっちゅう遊びにきてくれてたんです。でも、孫が幼稚園に入ることになって嫁も時間ができたからと仕事を始めたようで…。」
『私も経験しましたが、そこまで大きく環境が変わるとかなり大変で本当に忙しいんですよ。頭も心も余裕が無くなっていっぱいいっぱいになります。“変なもの“が入り込む隙もないくらいに。…それから。』
ゆっくりと、女性の目を見つめる。
『あなたの好意を、素直に上手に受け取ることができないくらいに。』
「…上手に……そうね、考えてみればそうだったわ。いつも笑顔で“こんなにたくさんありがとうございます“って言ってくれた。“嬉しいねー、たくさんあるから少しずつ食べようねー“って。…私を傷つけないように孫に話してくれてたんですよね…。」
“穢“が祓われたせいか、憑き物が落ちたような穏やかな寂しげな顔で笑う。
「“忙しくなりますけど会いにきますね“ってちゃんと話してくれたのに、機会が減ってしまって…。自分が寂しいからって嫁に当たるなんて酷い人間ですね、私。」
『八つ当たりする人なんてそこら中にいますから、あなただけが酷い訳じゃないですよ。…それに、私にはお嫁さんもあなたに八つ当たりしてたように見えるんですよね。』
「え?」
『今まではちゃんと…って言ったらおかしいけど嬉しかったんだと思いますよ。だってほんとに“好意“でやってくれてるって分かってるから。ぬいぐるみだって子供が大好きな犬で、喜んで一緒に寝てるくらいお気に入りだった訳だし。…ここからは私の想像というか感覚なんですが。』
ペットボトルの水を一口飲む。
『あなたが“寂しさ“を“お嫁さんが憎い“に変えてしまったように、お嫁さんは“焦燥感“を“お姑さんが煩わしい“に変えてしまったんじゃないかなって。』
「焦燥感?焦り、ですか?」
『環境が変わって忙しくなると、家事とか細かいところまでやれてた事が出来なくなったりすると思うんです。それが焦りからストレスになってイライラして、最終的に落ち込む。今までちゃんとやっていた人なら余計に。』
よっこいせっと立ち上がり、服についた毛をぱたぱたとはたき落とす。
『あなたが「今まで通りに」と望んだことを、お嫁さんは「ただでさえ忙しくて何もできてないのに、余計な手間をかけさせて」って、歪んだ捉え方をしちゃったのかも知れない。』
私の「余計な手間」という言葉にショックを受けたのか、女性は俯いてしまった。名千さんとレッドくんはまだよく分からないって顔をしている。
『でも、自分の都合で勝手に忙しくして余裕を無くしてるのはお嫁さんなんで、あなたは何も悪くないと思いますよ。八つ当たりされただけです。…ぬいぐるみ、拾ってきますね。』
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