龍に触れたその先に(8)

「うおおりゃあああっっ!!!」
名千さんがぬいぐるみに殴りかかっていく。……「禍祓い」っていうから、お経読んだり印を結んだりするのかと勝手に想像してたけど。マジか。
“物理“なんだ………。
予想外すぎる祓い方に呆気に取られている間にも、名千さんはボコボコにぬいぐるみを殴っている。…何というか、仮にこれでぬいぐるみに向かってお教読んでいたとしても異様な光景なのは間違いないんだけど、大柄な成人男性がぬいぐるみをボコってるのは別の意味で異様だよなあ。しかも、右腕と右足が一緒に出てるし。びっくりし過ぎて逆に冷静になれたわ。
近くに落ちていた名千さんのサングラスを拾い、傷をつけないよう丁寧に汚れを拭きながら、パンチだキックだと賑やかに応援(?)しているレッドくんと呆然と座り込んでいる女性の方へ向かう。
『紅音。名千さんの祓い方知ってたの??』
歩きながら紅音に訊ねる。
<いや。まさかあんな面白い方向に進化するとは思ってなかったぜ>
幼かった子供の成長を喜んでいるかのような、少し笑いを含んだ何とも優しい声で紅音が囁く。
『面白いってなんだよ…過去に名千さんと何があったか、絶対に話してもらうからね。』
何となく仲間はずれにされてるような、複雑な気分になりながら戦っている名千さんに目を向けた。
…それにしても綺麗な蒼だな。蒼龍の鱗がその身を翻すたびに月の光を受けてきらきらと輝いているみたいだ。
その美しい様にしばらく見とれてしまっていたが、徐々に光が弱くなっていくのに気づいた。疲れが出てきたのか、名千さんの動きが鈍くなってパンチにも“チカラ“が入らなくなってるように見える。
『紅音』
<おう>
『レッドくん、これ持っててくれるかな?』
応援(?)に夢中になってるレッドくんにサングラスを渡しゆるゆると走り出す。紅音の長くしなやかな二本の尾が両腕に巻きつく。瞳が紫に変わり牙と爪が現れ、“化け猫“の姿になる。この姿になった時は猫のような動きができるのでとても助かるのだ。すうっと、猫が獲物を捉えた時のように目を細め、気配を消してぬいぐるみに近づき“穢の核“を探す。
「くっそっ…はあっ…なんでっ…こんっな…もふもふっ…しとるんだっっ!」
長い時間(といっても5分くらいか)ぬいぐるみと格闘している名千さんが、ゼエゼエと肩で息をしながら叫んでいる。…なんか、レッドくんと同じこと言ってるな。
ぬいぐるは大口を開けて吠えている。その口の中に黒い塊が見えた。
               あった。
ぬいぐるみの背後にまわり二本の尾で動きを封じる。口が開いた状態で固定しようと突っ込んだ腕にいきなり鋭い痛みが走った。牙の部分に何か硬いものがある?!
『いっっった!!何??!!』
紅音の尾から抜け出そうともがいて何度も何度も口を閉じようとするせいで、ガツガツと硬いものが当たって私の腕に青あざが増えていく。痛いっつってんだろうがよっっ!
ぬいぐるみの首に思いっきり爪を突き立て、怯んだすきに腕を抜いた。…ほんとに、獣に噛まれた痕のように見える。お孫さんの体にもこんな風に残ってたんだろうか。
『名千さんっっ!!』
膝に手をついて息を整えていた名千さんに呼びかける。
『“穢“の大元が口の中にあります!!そこを狙って殴ってください!!』
「よー分からんけど分かりましたっ!」
顔を上げ、謎の言葉を発しながら走ってきた名千さんが、渾身の力を込めてぬいぐるみの口の中をぶん殴った。
「これで終わりだでなああっっっ!!!」
名千さんの拳から放たれた蒼い光が“穢の核“に触れた瞬間、(ギャアアアアアアアアッッッッッ!!!)という絶叫とともに大量の“穢“が真っ黒な霧となってぬいぐるみの体から噴き出し消滅していった。
残ったのは。
「名千すげええ!!」とはしゃいでいるレッドくんと、安堵したのか泣き出してしまった女性。
力尽きて地面に大の字になった名千さんと、ぬいぐるみの毛だらけになった私。
そして。
あちこちから綿をはみ出させぼろぼろの土まみれになった、可愛らしい顔をした犬のぬいぐるみだった。
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