千回目の明日

 世界というものは、人間が知らんうちに途轍もない数のカウントを刻み続けている。地球が太陽の周りを旋回する回数だとか、どこかの街で誰かがついてしまったくだらない嘘の数だとか、そういった無駄に巨大な数字だ。
 

 当然、ゴールドシップとサイレンススズカの間に存在する『約束』の数なんてものを、手元のカウンターでパチパチと計測している奴は、この広いトレセン学園のどこを探したって一人もいない。第一、そんなヒマな奴がいたらゴルシが即座に捕まえて、ターフの整備用ローラーを引っ張る労働に従事させているはずだった。

 だが、そこにはただ事実だけがあった。ゴルシが突拍子もない提案を打ち出し、スズカがそれを「いいですね」と受け入れるか、あるいは「やめておきます」と首を振るか。その果てしない攻防の中で、奇跡的に『成立』に漕ぎ着けた約束が、ちょうど本日、千回目を迎えたという事実である。

    

「——でさ、明日の早朝、学園の裏山に巨大な穴を掘って、アルゼンチンまで開通させるってのはどうだ?」

 夕暮れ時のベンチで、ゴルシは半分に割ったソーダ味のダブルアイスを振りかざしながら提案した。

「断らせてください」

 スズカは自分の分のアイスを綺麗に噛み取りながら、静かに、けれど迷いなく言った。

「途中でスコップが折れそうですし、明日は一時間目に英語の小テストがありますから」

「ちぇっ、相変わらずガードが堅いな。じゃあ、グラウンドの真ん中に巨大な迷路を作って、脱出できた奴だけが晩飯を食べられるっていうゲームを全校生徒に強制させるってのは?」

「それもやめておきます。皆がお腹を空かせて困ってしまいますし、何より生徒会に叱られると思いますから」

「お前さ、たまには『乗った!』って言えよ」

「ふふ、無理のない範囲でなら乗りますよ。ただ、あなたの思いつくことって、だいたい最初から無理がありそうなことばかりですから」

 スズカは少しだけ可笑しそうに目を細め、アイスの棒を口から離した。二人で過ごしてきた時間を振り返れば、そこには死屍累々の『不成立』が転がっている。しかし、その裏には確かに積み重なった約束があった。

 
 雨の日に図書室で静かに勉強をする約束(ゴルシは開始十分で爆睡した)。次の休みに街の古本屋で珍しい地図を探す約束(結局、見つけたのは変な形のキーホルダーだった)。どっちが先に遠くの給水塔まで走れるかという突発的な勝負の約束(スズカが圧倒的な速さで勝利し、ゴルシは途中で野良猫を撫でていた)。

 お互いに回数なんて数えてはいない。ただ、それらの約束は、夕暮れの空に浮かぶ雲のように自然に生まれ、そして消えていった。

    

「……じゃあさ」

 ゴルシはアイスの棒を咥え直し、空を見上げた。茜色と群青色が混ざり合う、ちょうど昼と夜がバトンタッチをするような曖昧な時間だ。

「これならどうだ?」

「なんですか?」

「『明日も、明後日も、アタシがどんなバカな提案を思いついても、一番最初にスズカのところへ聞きに行く』。で、スズカはそれを『相変わらず呆れながら断るか、たまに乗っかる』。これを約束にするのは?」

 スズカは少しだけ目を見開き、それから困ったような、でもどこか嬉しそうな顔で息を吐いた。

「それ、約束というより、ただの私たちの日常じゃないですか?」

「日常を約束にしちまうのが、一番贅沢で破られにくいんだよ」

 ゴルシはニッと口角を上げた。

「ついでにセットだ。『明日の放課後も、ここで一緒にアイスを食う』。これなら困らないだろ?」

 スズカは手元のアイスの棒を見つめ、それからゴルシの顔をまっすぐに見返した。夕陽の光が彼女の瞳に反射して、ほんのり温かい琥珀色に揺れている。

「……そうですね。それなら困りません」

 スズカは小さく微笑むと、耳を軽くピクリと揺らし、風に揺れる前髪を指先で整えた。

「いいですよ。その約束、受けますね」

 

 パチン、とどこかで小さな音が響いた気がした。これが、二人の間で結ばれた、ちょうど一千回目の『成立した約束』だということを、二人とも知らなかった。

 ただ、明日もここでアイスを食べる。それだけだった。

「よし決まりだ! アイスはスズカの奢りな!」

「どうしてそうなってしまうんですか。ジャンケンです」

「最初はピ――! じゃんけんポン!」

「……グーチョキパー以外を出すのは反則ですよ、ゴルシ」

 くだらないやり取りの最中、スズカがふっと柔らかい声で呟いた。

「……明日も、楽しみにしていますね」

 その声があまりにも静かで、ほんの少しだけ甘く響いたものだから、ゴルシは次のふざけた返答を一瞬だけ忘れてしまった。

 
 一番星が輝き出す夏の夕暮れ。千個目の約束は、溶けたアイスの甘い匂いと一緒に、二人の間にそっと溶け込んでいった。

      
  


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 本作は「ウマ娘 プリティーダービー」の二次創作小説です。ゴールドシップとサイレンススズカの二人が織りなす物語を綴っています。
※本作は公式とは一切関係のないファンによる非営利の創作物です。無断転載はお控えください。
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