#2 休日の定義と、たい焼きの機能性について
「休日というのは、ただ何もしない時間のことじゃない。能動的に『何もしないこと』を選択する、極めてクリエイティブな決断の連続なんだよ」
ドリンクバーのメロンソーダをストローでかき混ぜながら、ゴールドシップは重々しく言った。場所は学園近くのファミリーレストラン。スピカの面々がテーブルを囲んでいる。
「……なるほど。深いです」
サイレンススズカは、手元のメモ帳に真面目な顔で「クリエイティブな決断」と書き込んだ。
「いや、スズカさん、騙されないでください。この人、午前中ずっと寮の廊下で芋虫の動きを真似してただけですから」
ダイワスカーレットが、頭を抱えながらツッコミを入れる。
「スカーレット、お前は分かってないな。芋虫の動きを模倣することで、アタシは地面との対話を行っていたんだ。れっきとしたフィールドワークだ」
「それを世間では『暇を持て余している』って言うんですのよ」
メジロマックイーンが、パンケーキを切り分けながら冷ややかに付け加えた。優雅に、というのを忘れずに。
今日のテーマは「有意義な休日の過ごし方」だった。
ストイックすぎるスズカを心配したスペシャルウィークが、「たまには遊びましょう!」と提案したのが発端だ。
「それで、結局何をするんですか? 私はどこまでもついていきますよ!」
スペシャルウィークは、すでに三皿目のハンバーグを平らげようとしている。食欲だけは本当にどこまでもついてくる。
「決まっている。今日は『究極のたい焼き』を探求する」
ゴルシは立ち上がり、窓の外の遠い空を見つめた。
「いいか。たい焼きというのは、魚の形をした保存容器じゃない。あれは、あんこという名の情熱を、いかにサクサクの装甲で守り抜くかという、軍事境界線の物語なんだ」
「……軍事境界線」
スズカは再び、真剣な表情でメモを取った。
「スズカ、書かなくていいから。そのメモ、後で見返しても絶対に意味不明な暗号にしかならないから」
ウオッカが呆れたようにコーラを啜った。たぶん正しい。
一行は、ゴルシの先導で街へ繰り出した。
トウカイテイオーは「ボク、一番カリカリのやつがいいなー!」と、もうとっくにはしゃいでいる。
「待て、テイオー。カリカリだけが正義じゃない。しっとりとした生地の中に潜む、あんこの反乱。それを受け止める度量が、食べる側の女には求められる」
「……深いですね」
スズカは感銘を受けたように頷いた。どうか誰もそれに乗っかりませんように、とスカーレットは思ったが、手遅れだった。
商店街の隅にある、古びたたい焼き屋に辿り着いたのは、それから少し歩いた後のことだ。ゴルシは全員分を注文し、受け取ったたい焼きを高らかに掲げた。
「いいか、今からこれを持って、あそこの公園の滑り台の頂上で食べる。それがもっとも重力を味方につけた食べ方だ」
「……何の意味があるんですか、それ」
ウォッカの真っ当な指摘は、風に流された。
数分後、スピカのメンバーたちは、公園の狭い滑り台の上に一列に並んで座っていた。傍から見れば、非常に足が速そうな、しかし非常に頭が悪そうな集団である。本人たちはいたって真剣だった。
「……ふふっ」
ふいに、スズカが小さく笑った。
「どうした、スズカ。あんこの糖分が脳に回ったか?」
隣に座るゴルシが、たい焼きの尻尾を咥えたまま尋ねる。
「いえ。皆さんとこうして滑り台の上にいると……走っている時よりも、不思議な緊張感があるな、と思いまして」
「そりゃそうだ。誰かがバランス崩せば、ドミノ倒しで全員泥まみれだからな」
「それも、一つの景色……ですね」
スズカは、たい焼きを一口齧った。確かに、滑り台の頂上から見る商店街は、ターフの上で見るそれとはまるで違っていた。騒がしくて、無意味で、けれど妙に温かい。
「だろ? 景色ってのは、速さだけで決まるもんじゃない。角度と、隣に誰がいるかだ」
ゴルシはそう言って、自分のたい焼きをちぎった。それから何も言わずに、スズカの手のひらに乗せた。
スズカは一瞬だけ目を丸くして、それから小さく「……ありがとうございます」と言った。ゴルシは既にどこか別の方向を向いていた。
結局その日の午後は、ゴルシが提案した「目隠しをして、誰が一番正確に北を向けるかゲーム」という、恐ろしくどうでもいい遊びで潰れた。
それでも寮に戻る頃、スズカのメモ帳には、走り書きでこう記されていた。
『休日:隣の人の角度を確かめるための、大切な無駄遣い』
「……今日は、良い一日でしたね」
自室に戻る前、スズカはゴルシにそう告げた。
「ああ。だが次は、逆立ちでアイスを食う修行にも付き合ってもらうからな」
「……善処します」
スズカは真顔で答えた。そしてゴルシが廊下の角を曲がって見えなくなるまで、自分でも気づかないまま、その背中を見送っていた。