第六章 カーテンコール
【Room EL】
ヒルカリオ最東端で、繰り広げられている光景。それが今、型落ちのタブレット端末にて、リアルタイムで共有されているのを、ナオトは静かな視線で見詰めている。
対面に座っているのは、―――まさかの人物、エルイーネであった。
実は、ヒルカリオの最東端で戦いが始まった直後。彼女はグレイス隊の正式な警護のもと、Room ELへと護送され、今はこの場では『避難者』として扱われている。
覚えているだろうか。ユナよりたった数分先にペルシ内に、侵略者の姿の動画を投稿した者が居たことを。―――あれこそ、エルイーネだったのだ。勿論、彼女が単身であのような危険なことに乗り出したわけではない。全てはルカの計画の上で決行され、動画撮影の場には、エルイーネに万が一のことが起きないよう、アンジェリカが完全なカメラ外に存在していた。
そして、役割を終えたエルイーネは、今度はグレイス隊に守られて、…という経緯を辿り、今に至る。
グレイス隊のボディカメラから送信されてくる映像を見ながら、手元のノートパソコンで仕事を捌くのを止めないナオトを、しげしげと言った風に観察しながら。エルイーネは完全に冷めそうになっている紅茶を飲み干して、口を開いた。
「案外と動揺しないタイプなのね。…というか、あの『女神のような微笑み』すら無いなんて、随分と面の皮が厚い男だこと」
「…医者として一度は見捨てた人間に対して、今更、何を思って「微笑め」と仰るのですか?」
ナオトの声は、意外にも冷たい色を含んでいる。表情が消えているのも、たった今エルイーネから言及があったにせよ、…この無機質さは、普段のナオトの様子を知る人物が眼にすれば、ひっくり返るほどの衝撃にはなろう。だが、エルイーネは物怖じすることなく、ナオトの謎かけめいた台詞に食い付いた。
「つまり?天下無双のメンタルドクター・鈴ヶ原先生は、一体、何が仰りたいの?」
エルイーネは分かり易い煽り方をしてくるものの、彼女自身、眼の前のナオトがそれに釣られるとは微塵も思っていなかった。つまり、『煽るという名の遊び』をしている。かつて悪に身をやつしたエルイーネは、まるでそれがはまり役であると表現するかのように、挑発的な態度を見せただけ。そして、予想通り、ナオトは表情を変えることなく、冷たさを感じる声で返答した。
「僕は医者としてエルイーネさんを見限り、貴女は現実に心が追い付かず、心神喪失の状態に陥った…。お互いに、あの場で取り返しのつかないことをした以上、僕たちが膝を突き合わせてみたところで意味が無い、ということです」
「……あくまで、私と同じ立場で物を言おうってわけ?そっちは殆ど冤罪のくせに…」
「犯した罪の重さで発言権の土俵が変わるというなら、この国の法律も大したことがないと思いませんか?」
「…。」
謎かけに食い付いた結果、エルイーネは閉口する羽目に陥る。だが、彼女の表情は悪くなかった。むしろ、満足そうな笑みすら浮かべているではないか。そうまるで、医者として博愛的に微笑むことを一旦お預け状態にしたナオトに代わって、エルイーネがそうするとでも言いたげに…。
型落ちのタブレット端末からは、最前線の状況が、淡々と流れてくる―――。
【ヒルカリオ最東端 埠頭内】
頭上のワームホールから出て来ようとしている大きな異形に、思わず呆れそうになったところで。
その影を引き裂くかのように、深青の髪の毛が靡いて、―――あっという間に、こちらに迫る。
「退避!!退避!!」
ソラがそう叫んだと同時に、その場に居た戦士たちも我に返った。かなり慌てながらも、無事に、且つ、迅速に退避を終えたところで。
ダァンッ!!、と質量のある音と共に、その場に降り立ったのは。間違いなく、ルカとアンジェリカである。二体分の総重量が着地した衝撃で他でもないマム・システム討伐のときからひび割れて、未だ舗装が間に合っていなかったコンクリートの地面は、もう千々となった。ついでとばかりに、衝撃の余波に巻き込まれて、大師側の玩具の兵士たちも、軽く数メートルは吹き飛ばされている。意図してなのか、そうではないのか。どちらにせよ、敵側の戦線を押し込んだカタチとはなり、少しの時間稼ぎにも繋がる。この機を逃してはいけない。
ソラと琉一が、すぐさまルカのもとへと駆け寄る。
「ルカ、作戦は?」
ソラが手短に問うと、ルカは答えた。
「あの玩具の兵士たちは、引き続き、キミたちに任せるよ。KALASから出る前に、母さんの戦闘能力を極限まで解放させておいたから、好きに使ってね。
指揮官はソラで良いんじゃない?琉一は兵隊気質だし、今から合流してくるバルドラたちも、こういう戦場では自由は欲しくても、直接的な命令権まではいらないタイプでしょ?」
そこまで言ってから、ルカは頭上を見る。そこには、ワームホールから這い出ようとしてくる、あの大影の巨兵。眼球に擬態した無数のカメラがぎょろぎょろと動き続け、―――遂に、ルカへと、その全ての焦点が定まる。
その様には、ソラは勿論、琉一ですら薄ら寒い恐怖を覚えた。背筋が凍る、という共通の感覚を、二人の天才児は初めて分かち合う。
ルカが頭上の大影に対して、片手を伸ばす。手袋が外されたそれは、傷一つない手肌と、綺麗に塗られた青色のネイル。ルカが口を開く。
「地上を這いずり回る兵士には、同じ兵士側が向き合っていればいい。―――だから、オレたち兵器は兵器同士、仲良く戦争しちゃおうよ」
その台詞を言い終えた瞬間、ルカの姿が消えた。否、消えたのではない。
遥か天井へ飛び上がったルカの拳が、あの大影の顔面に叩き込まれる。分厚い金属板を殴るような音が聞こえ、ワームホールを掴んでいた大影の四本爪が力んだことで、ワームホールの一部がひずみ、こちらの空気全体までに揺らぎが生じた。ソラたちは確かに地上に立っているというのに、まるで海中に投げ出されたかのような浮遊感を覚える。が、それも瞬時に失せた。
敵に叩き込んだ、たった一発のパンチ。それだけで、此処までの影響を及ぼす。ルカという兵器(おとこ)は、そういう存在だ。
それから立て続けに、異形の顔にパンチラッシュを食らわせ始めるルカを見たソラが、「あー…」という声を零した後、隣の琉一へと視線を移す。
「あんなモノ…、まともに見ていると、こちらの人間的な常識が麻痺しそうだ。俺たちは持ち場に戻るぞ、琉一」
「肯定します。せっかく割り振って頂いた役割ですし…、改造人間の自分とて、せめて五感くらいは人間の範疇でいたいものです」
ソラがアストライアーを担ぎ直し、琉一はユースティティアを構える。ルカ到着時に、衝撃で大きく吹き飛ばされ、後退を余儀なくされた敵陣の玩具の兵士たちが、再び隊列を組み直し、こちらに進軍してこようとしてくるのが見えた。
ソラと琉一を一番前に据えたヒルカリオ防衛部隊の全員が、意を決したとき。
戦争のための武器を携えた大の男ふたりの、更にその前に、少女の姿形だけをした母性が立った。アンジェリカである。十四歳ほどの子どもにしか見えない小さな背中が、非現実的な安心感をもたらした気がする。そのアンジェリカは敵陣を見据えたまま、ソラと琉一へと言った。
「ひとの子らよ。この母を使いなさい。大丈夫よ。立っている者は親でも使えと、昔から言うのでしょう?よく知らないけど。
それならば今此処に立つマム・システム——私、弓野入アンジェリカこそ、思う存分、あなたたちのために、この身を盾にも剣にもしましょう!」
アンジェリカが高らかに宣告した瞬間、彼女の両脚の機械義足の機構部分が、激しく点滅する。その光景に究極のデジャブを覚えたソラと琉一は、またしてもその場を俊足で離れることになった。アンジェリカが地を蹴り、敵陣の最前線を構成している兵士たちの頭上まで飛び上がる。すると、彼女の機械義足が展開し、そこから伸びた無数のケーブルめいたモノが、兵士たちのボディに突き刺さった。兵士たちシルエットがたちまち強制的に崩壊させられ、アンジェリカの方へと吸収される。
「お前たちは、この母の子ではない!故に私の糧となるしかない!
———異邦の玩具たちよ!!生まれた責任を遂行せよ!!」
そう叫んだアンジェリカの義足は、既に変化を終えていた。未知の金属めいた物質で出来上がる、昆虫めいた多脚。通称『鉄蜘蛛(てつぐも)』。かつて、マム・システム討伐作戦の際に、アンジェリカが発露させた暴走形態。だが正式に再調整がなされ、ルカによって戦闘能力が管理されている現在、鉄蜘蛛は暴走の象徴ではなく、人造母性による『庇護の要塞』として生まれ変わった。……とは言え、『鉄蜘蛛を発動・展開するには、自分以外の物質(生命活動をしている者を除く)を吸収しなければならない』という条件が残っているあたり、ルカの人外的センスが伺える。所詮、戦うためのチカラは破壊しかもたらさないと、軍事兵器の彼なりに人間側へ警告している気もした。
だが今は、そんな感傷に浸っている時間ではない。我が国の危機は、何としてもこの場で堰き止める必要があり、ソラと琉一はそのために此処に立っている。これは武器を携える責任を果たすためでもあるのだ。
すると、ふたりのすぐ傍に、豪快な気配を纏った大男が立った。―――バルドラだ。
「おうおう!!若造たちよ!!また戦場を共に出来ることを誇りに思うぞ!!儂に獲物や手柄を残すなどと遠慮はするでない!!存分に戦え!!」
バルドラはそう言いながら、使い慣れたガントレットを嵌めた両手を、ガン!、と打ち鳴らす。それだけで、空気が引き締まり、士気も高まる気配がした。バルドラが連れてきた元傭兵仲間たちも、各々が雄叫びをあげている。そして、その更に後ろから、グレイス隊、セリカ隊、イルフィーダ隊による、ROG. COMPANY本社所属のロボット兵の混合部隊が、綺麗に整列した。
この場の指揮官は、ソラである。ルカから、そう指示が降りたから。
防衛部隊全員からの士気高まる視線と、的確な号令を放つことを期待されたソラは、―――闘牙を込めた翡翠の双眸を敵陣へと向け、味方に対して叫んだ。
「俺たちの国と、この楽園都市を、これ以上好き勝手にさせるな!!あの傲慢な老獪に思い知らせてやれ!!
俺たちを―――こちらの世界線の全てを見下し、ナメてかかったことを後悔させてやるぞ!!
総員、矜持を持て!!武器を振り上げろ!!」
ソラの言葉に熱を帯びた者たちから、おおおおおおお!!!!と激しい咆哮を飛ばす。ロボット兵たちは一斉にアイカメラを光らせた後、『戦闘準備が完了しました。出撃命令を待ちます』と、これまた一斉にシステム音声を鳴らした。
そのとき、アンジェリカの鉄蜘蛛を警戒し、瞬間的に歩みを止めていた玩具の兵士たちが、再び動き出す。それを見たソラは、手にしたアストライアーを振りかざし、より一層声高に宣言した。
「敵に情けは無用!!片っ端からスクラップにしてしまえ!!―――かかれッッ!!!!」
言うや否や、ソラがいの一番に飛び出し、それに琉一が追随する。バルドラや他戦士たちも速攻で続き、ロボット兵たちはそれぞれの武装に適した隊列を即時展開しながら、防衛と攻撃を同時に開始する。
両陣営の戦線が交わり、剣戟が、銃弾が、烈拳が、激しく飛び交っては、戦火を迸らせていく。
地上では母性と兵士と戦士たちが。上空ではルカが。―――そして、その狭間という中途半端な位置―――、積み上げられたコンテナの上では幸福劇場の三人が。それぞれの戦い方で、戦う。
戦場の風を感じ始めたツバサは、ふと、遠く広がるヒルタス湾へと、想いを馳せてみた。
―――…あの海の底に沈んでいった英霊たちは。己らの殉死のうえに成り立ったはずの楽園都市で、今も尚、争いが繰り返されていることに、なんら文句のひとつも呟けないのに…、と。
to be continued...
ヒルカリオ最東端で、繰り広げられている光景。それが今、型落ちのタブレット端末にて、リアルタイムで共有されているのを、ナオトは静かな視線で見詰めている。
対面に座っているのは、―――まさかの人物、エルイーネであった。
実は、ヒルカリオの最東端で戦いが始まった直後。彼女はグレイス隊の正式な警護のもと、Room ELへと護送され、今はこの場では『避難者』として扱われている。
覚えているだろうか。ユナよりたった数分先にペルシ内に、侵略者の姿の動画を投稿した者が居たことを。―――あれこそ、エルイーネだったのだ。勿論、彼女が単身であのような危険なことに乗り出したわけではない。全てはルカの計画の上で決行され、動画撮影の場には、エルイーネに万が一のことが起きないよう、アンジェリカが完全なカメラ外に存在していた。
そして、役割を終えたエルイーネは、今度はグレイス隊に守られて、…という経緯を辿り、今に至る。
グレイス隊のボディカメラから送信されてくる映像を見ながら、手元のノートパソコンで仕事を捌くのを止めないナオトを、しげしげと言った風に観察しながら。エルイーネは完全に冷めそうになっている紅茶を飲み干して、口を開いた。
「案外と動揺しないタイプなのね。…というか、あの『女神のような微笑み』すら無いなんて、随分と面の皮が厚い男だこと」
「…医者として一度は見捨てた人間に対して、今更、何を思って「微笑め」と仰るのですか?」
ナオトの声は、意外にも冷たい色を含んでいる。表情が消えているのも、たった今エルイーネから言及があったにせよ、…この無機質さは、普段のナオトの様子を知る人物が眼にすれば、ひっくり返るほどの衝撃にはなろう。だが、エルイーネは物怖じすることなく、ナオトの謎かけめいた台詞に食い付いた。
「つまり?天下無双のメンタルドクター・鈴ヶ原先生は、一体、何が仰りたいの?」
エルイーネは分かり易い煽り方をしてくるものの、彼女自身、眼の前のナオトがそれに釣られるとは微塵も思っていなかった。つまり、『煽るという名の遊び』をしている。かつて悪に身をやつしたエルイーネは、まるでそれがはまり役であると表現するかのように、挑発的な態度を見せただけ。そして、予想通り、ナオトは表情を変えることなく、冷たさを感じる声で返答した。
「僕は医者としてエルイーネさんを見限り、貴女は現実に心が追い付かず、心神喪失の状態に陥った…。お互いに、あの場で取り返しのつかないことをした以上、僕たちが膝を突き合わせてみたところで意味が無い、ということです」
「……あくまで、私と同じ立場で物を言おうってわけ?そっちは殆ど冤罪のくせに…」
「犯した罪の重さで発言権の土俵が変わるというなら、この国の法律も大したことがないと思いませんか?」
「…。」
謎かけに食い付いた結果、エルイーネは閉口する羽目に陥る。だが、彼女の表情は悪くなかった。むしろ、満足そうな笑みすら浮かべているではないか。そうまるで、医者として博愛的に微笑むことを一旦お預け状態にしたナオトに代わって、エルイーネがそうするとでも言いたげに…。
型落ちのタブレット端末からは、最前線の状況が、淡々と流れてくる―――。
【ヒルカリオ最東端 埠頭内】
頭上のワームホールから出て来ようとしている大きな異形に、思わず呆れそうになったところで。
その影を引き裂くかのように、深青の髪の毛が靡いて、―――あっという間に、こちらに迫る。
「退避!!退避!!」
ソラがそう叫んだと同時に、その場に居た戦士たちも我に返った。かなり慌てながらも、無事に、且つ、迅速に退避を終えたところで。
ダァンッ!!、と質量のある音と共に、その場に降り立ったのは。間違いなく、ルカとアンジェリカである。二体分の総重量が着地した衝撃で他でもないマム・システム討伐のときからひび割れて、未だ舗装が間に合っていなかったコンクリートの地面は、もう千々となった。ついでとばかりに、衝撃の余波に巻き込まれて、大師側の玩具の兵士たちも、軽く数メートルは吹き飛ばされている。意図してなのか、そうではないのか。どちらにせよ、敵側の戦線を押し込んだカタチとはなり、少しの時間稼ぎにも繋がる。この機を逃してはいけない。
ソラと琉一が、すぐさまルカのもとへと駆け寄る。
「ルカ、作戦は?」
ソラが手短に問うと、ルカは答えた。
「あの玩具の兵士たちは、引き続き、キミたちに任せるよ。KALASから出る前に、母さんの戦闘能力を極限まで解放させておいたから、好きに使ってね。
指揮官はソラで良いんじゃない?琉一は兵隊気質だし、今から合流してくるバルドラたちも、こういう戦場では自由は欲しくても、直接的な命令権まではいらないタイプでしょ?」
そこまで言ってから、ルカは頭上を見る。そこには、ワームホールから這い出ようとしてくる、あの大影の巨兵。眼球に擬態した無数のカメラがぎょろぎょろと動き続け、―――遂に、ルカへと、その全ての焦点が定まる。
その様には、ソラは勿論、琉一ですら薄ら寒い恐怖を覚えた。背筋が凍る、という共通の感覚を、二人の天才児は初めて分かち合う。
ルカが頭上の大影に対して、片手を伸ばす。手袋が外されたそれは、傷一つない手肌と、綺麗に塗られた青色のネイル。ルカが口を開く。
「地上を這いずり回る兵士には、同じ兵士側が向き合っていればいい。―――だから、オレたち兵器は兵器同士、仲良く戦争しちゃおうよ」
その台詞を言い終えた瞬間、ルカの姿が消えた。否、消えたのではない。
遥か天井へ飛び上がったルカの拳が、あの大影の顔面に叩き込まれる。分厚い金属板を殴るような音が聞こえ、ワームホールを掴んでいた大影の四本爪が力んだことで、ワームホールの一部がひずみ、こちらの空気全体までに揺らぎが生じた。ソラたちは確かに地上に立っているというのに、まるで海中に投げ出されたかのような浮遊感を覚える。が、それも瞬時に失せた。
敵に叩き込んだ、たった一発のパンチ。それだけで、此処までの影響を及ぼす。ルカという兵器(おとこ)は、そういう存在だ。
それから立て続けに、異形の顔にパンチラッシュを食らわせ始めるルカを見たソラが、「あー…」という声を零した後、隣の琉一へと視線を移す。
「あんなモノ…、まともに見ていると、こちらの人間的な常識が麻痺しそうだ。俺たちは持ち場に戻るぞ、琉一」
「肯定します。せっかく割り振って頂いた役割ですし…、改造人間の自分とて、せめて五感くらいは人間の範疇でいたいものです」
ソラがアストライアーを担ぎ直し、琉一はユースティティアを構える。ルカ到着時に、衝撃で大きく吹き飛ばされ、後退を余儀なくされた敵陣の玩具の兵士たちが、再び隊列を組み直し、こちらに進軍してこようとしてくるのが見えた。
ソラと琉一を一番前に据えたヒルカリオ防衛部隊の全員が、意を決したとき。
戦争のための武器を携えた大の男ふたりの、更にその前に、少女の姿形だけをした母性が立った。アンジェリカである。十四歳ほどの子どもにしか見えない小さな背中が、非現実的な安心感をもたらした気がする。そのアンジェリカは敵陣を見据えたまま、ソラと琉一へと言った。
「ひとの子らよ。この母を使いなさい。大丈夫よ。立っている者は親でも使えと、昔から言うのでしょう?よく知らないけど。
それならば今此処に立つマム・システム——私、弓野入アンジェリカこそ、思う存分、あなたたちのために、この身を盾にも剣にもしましょう!」
アンジェリカが高らかに宣告した瞬間、彼女の両脚の機械義足の機構部分が、激しく点滅する。その光景に究極のデジャブを覚えたソラと琉一は、またしてもその場を俊足で離れることになった。アンジェリカが地を蹴り、敵陣の最前線を構成している兵士たちの頭上まで飛び上がる。すると、彼女の機械義足が展開し、そこから伸びた無数のケーブルめいたモノが、兵士たちのボディに突き刺さった。兵士たちシルエットがたちまち強制的に崩壊させられ、アンジェリカの方へと吸収される。
「お前たちは、この母の子ではない!故に私の糧となるしかない!
———異邦の玩具たちよ!!生まれた責任を遂行せよ!!」
そう叫んだアンジェリカの義足は、既に変化を終えていた。未知の金属めいた物質で出来上がる、昆虫めいた多脚。通称『鉄蜘蛛(てつぐも)』。かつて、マム・システム討伐作戦の際に、アンジェリカが発露させた暴走形態。だが正式に再調整がなされ、ルカによって戦闘能力が管理されている現在、鉄蜘蛛は暴走の象徴ではなく、人造母性による『庇護の要塞』として生まれ変わった。……とは言え、『鉄蜘蛛を発動・展開するには、自分以外の物質(生命活動をしている者を除く)を吸収しなければならない』という条件が残っているあたり、ルカの人外的センスが伺える。所詮、戦うためのチカラは破壊しかもたらさないと、軍事兵器の彼なりに人間側へ警告している気もした。
だが今は、そんな感傷に浸っている時間ではない。我が国の危機は、何としてもこの場で堰き止める必要があり、ソラと琉一はそのために此処に立っている。これは武器を携える責任を果たすためでもあるのだ。
すると、ふたりのすぐ傍に、豪快な気配を纏った大男が立った。―――バルドラだ。
「おうおう!!若造たちよ!!また戦場を共に出来ることを誇りに思うぞ!!儂に獲物や手柄を残すなどと遠慮はするでない!!存分に戦え!!」
バルドラはそう言いながら、使い慣れたガントレットを嵌めた両手を、ガン!、と打ち鳴らす。それだけで、空気が引き締まり、士気も高まる気配がした。バルドラが連れてきた元傭兵仲間たちも、各々が雄叫びをあげている。そして、その更に後ろから、グレイス隊、セリカ隊、イルフィーダ隊による、ROG. COMPANY本社所属のロボット兵の混合部隊が、綺麗に整列した。
この場の指揮官は、ソラである。ルカから、そう指示が降りたから。
防衛部隊全員からの士気高まる視線と、的確な号令を放つことを期待されたソラは、―――闘牙を込めた翡翠の双眸を敵陣へと向け、味方に対して叫んだ。
「俺たちの国と、この楽園都市を、これ以上好き勝手にさせるな!!あの傲慢な老獪に思い知らせてやれ!!
俺たちを―――こちらの世界線の全てを見下し、ナメてかかったことを後悔させてやるぞ!!
総員、矜持を持て!!武器を振り上げろ!!」
ソラの言葉に熱を帯びた者たちから、おおおおおおお!!!!と激しい咆哮を飛ばす。ロボット兵たちは一斉にアイカメラを光らせた後、『戦闘準備が完了しました。出撃命令を待ちます』と、これまた一斉にシステム音声を鳴らした。
そのとき、アンジェリカの鉄蜘蛛を警戒し、瞬間的に歩みを止めていた玩具の兵士たちが、再び動き出す。それを見たソラは、手にしたアストライアーを振りかざし、より一層声高に宣言した。
「敵に情けは無用!!片っ端からスクラップにしてしまえ!!―――かかれッッ!!!!」
言うや否や、ソラがいの一番に飛び出し、それに琉一が追随する。バルドラや他戦士たちも速攻で続き、ロボット兵たちはそれぞれの武装に適した隊列を即時展開しながら、防衛と攻撃を同時に開始する。
両陣営の戦線が交わり、剣戟が、銃弾が、烈拳が、激しく飛び交っては、戦火を迸らせていく。
地上では母性と兵士と戦士たちが。上空ではルカが。―――そして、その狭間という中途半端な位置―――、積み上げられたコンテナの上では幸福劇場の三人が。それぞれの戦い方で、戦う。
戦場の風を感じ始めたツバサは、ふと、遠く広がるヒルタス湾へと、想いを馳せてみた。
―――…あの海の底に沈んでいった英霊たちは。己らの殉死のうえに成り立ったはずの楽園都市で、今も尚、争いが繰り返されていることに、なんら文句のひとつも呟けないのに…、と。
to be continued...
