第六章 カーテンコール

【現在 ヒルカリオ最東端】

潮風に乗った戦の音に、長い髪を遊ばせながら、ルカはおもむろに口を開く。

「移民計画、ねえ…。要するに、あのシェルターシティに居る住人たちを、キミは我が国へと一斉に移そうって言いたいワケだ。
 …でもね、それって、大分、無理がある話だよね?総理の一存と、キミのチカラだけでは、到底、叶わない。絵に描いた餅。だからこそ、幸福劇場の子たちを、先に仕向けたったコトでしょ?」

ルカの台詞の中の『幸福劇場』のワードに反応したマルギットは、マシェリの発射装置を取り出そうと四苦八苦しながら操作をしているホログラム画面から、一瞬だけ顔を上げた。が、すぐさまルカを視線が合い、彼から「あ、気にしないで。続けていいよぅ」と手短に言われたことで、また自分の作業を再開する。予想通り、既にマシェリには大師によるロックが掛かっていたものの、…マルギットはどうしても諦めたくなかった。そんな彼女を両隣で支えながら、ノアとキャットも微力ながらに手伝っている。

そして、大師が押し黙ったのを好機と見逃さず、ルカは続ける。

「幸福劇場が演出したっていう『脚本』…。第一脚本が『アンチ・アグリー』で、第二脚本が『ペルソナ・システム』。
 この脚本は、施策・政策の皮を被った、ただの地ならし。つまり、キミは、幸福劇場を通して、この二本の脚本を我が国へ投げ込み、この国の既存の社会構造の崩壊を目論んだ。そうだよね?」

そう言うルカの口調は、最早、華麗な推理ショーではなく、業務で発生した確認作業に近しいモノであった。つまり、この史上最強の軍事兵器は、この時点で全ての事象の観測を終えたうえで、掌握しているということ。
そして、ルカが喋っている一方で、アンジェリカがコンテナ下で繰り広げられる戦場の具合を監視しているのを、改めて視認したルカは。黒革の手袋が嵌った指先で、自分のピアスの赤い色の宝石を、くるくる、と弄びつつ、言葉を紡ぐ。

「まず、第一脚本『アンチ・アグリー』で『醜さの排除』を謳う。人間それぞれの価値観って、本来なら千差万別なんだケド、…キミは「そんなことはない」という事実を突きつけた。結果、「自分にとっての醜いものを排除しよう」というアンチ・アグリーの看板文句を、曲解した誰かによって、流布されたナニかの解釈によって、我が国の民衆は暴走を始める。何故なら、自分にとって醜いもの=不正解に向かって、「NO.」と言っても良い。そうして誰かが傷付いても咎められないハズ。だって国の施策が、それを保証してくれているんだから、と。…そんなワケないのにさあ?見事に人間たちを勘違いさせてくれちゃって、どうしてくれんの、コレ?
 …ああ、そう言えば、ヒルカリオで発生した、アンチ・アグリーに関する事件現場を最初に見たのは、ソラだってね?ヒルカリオの商業地区での、フラッペ屋の騒動。…可哀想にねえ。ヒルカリオで出店の許可を得るまでに、どれだけの人間的な努力と、許可申請に必要な試験という名の理不尽めいたお勉強を強いられるのか…、キミ、知ってたワケ?…その表情パターンだと、微塵も知らなさそうだね。まあ、そうだと思うよ。
 あ、ちなみに、あのフラッペ屋の店主さんね。つい昨日、やっとマトモにお食事が出来るようになったんだって~」

軽快に話すルカは、止めどなく、そして誰にも止められることなく、この一連の事件の概要の確認作業を続けていくだけだ。ルカの艶のある低めの声は、まるで歌うかのように、絶えず、続く。

「第二脚本『ペルソナ・システム』。…これは随分と、多岐に渡って被害を出したみたいだね。まあ、先んじてアンチ・アグリーで強制発露された人間たちの悪意と欲求が、このペルソナ・システムで助長されちゃっただけ…と片付けてしまえば、それで正解っちゃあ、正解。
 でもね、これをSNSと結び付けたのは、単なるアイデア合戦としては優勝候補まっしぐらだケド、侵略行為のための手段としては、相当に悪質なんだよねえ。…遥か昔の、何処ぞの戦争中に、軍の関係者や、指導者たちが、ラジオ放送や、演説の舞台を使って、大衆をプロパガンダに導いたり、愛国心という名の闘争心を煽ったっていう、やり口にそっくり。時代が違うから、使っているツールが違うだけで、本当に、『国民の心を良い様に誘導するやり方』そのものは全然変わっていない。…アレ?」

この台詞の最後だけを聞けば、ルカがいかにも『相手を煽っている』ように聞こえなくもないが。残念ながら、ルカは正解しか言わない。

つまり、大師がやっていることは、…その真の目的こそ、『移民計画という名の侵略行為』でしかなく。そのために、総理大臣のユナの心の隙をついて、彼女を巧みに誘導して。この国の民の意思など確認もせず、むしろ、幸福劇場と言う特大のスケープゴートを用いて、文明的な自滅を誘うような前をした。そして、その方法は、幸福劇場という大仰なアイコンと、SNSという一般市民に浸透しきった日用品を媒介にした、プロパガンダ。
ルカが例え話のように列挙した実例に沿うならば、それはラジオ放送や演説を、ただただ、現代版のやり方にすり替えただけ。結局は。古典的な扇動のアップデート版に過ぎないのだ。なので、ルカは先ほど、こう言った。―――『もしかして、キミって、意外と新しいことにチャレンジが出来ないタイプだったりする?』と…。

「高い技術力を保持しているとか、その国の指導者だとか、歴史を観測している偉大な存在めいた匂わせだとか、…そんなコトばかり並べていても。
 
 ―――キミって、結局、自分の中身が無いんだよね?
 
 まあ、だからこそ、総理の心の弱さを掌握せしめたんだろうね。だってそれって、キミ自身が、総理の立場を想像できたってコトでしょ?それ以外だと、てんでダメなコトばかりしてるってのにさあ?…人間って結局、同じ立場のモノ同士の傷の舐めないが、一番お得意なワケ。総理がキミの言いなりになっちゃったのは、キミが彼女の求めていた言葉を投げかけて、欲しがっていた立場を与えるとほのめかした。…たったそれだけ。
 そのうえ、肝心の大仕事は、幸福劇場の三人に丸投げして…、しかも、用済みになったら簡単に捨てちゃうんだから。軍事兵器のオレが言うのもお門違いだケド…、…キミ、もう救いようがないところまで堕ちちゃってるよ?大丈夫そ?自覚してんの?」

ルカがそう言った瞬間、大師が映っている画面から、陶器が割れる音が響き渡った。老衰極まる大師の手元に置いてあった、薬湯の湯呑みが、他でもない彼によって、机の上から叩き落されたのだ。それだけ、ルカの突き付けた台詞は、決定打だったのである。彼の声で告げられた『正解』が、大師の激情を、遂に真芯から揺り動かした。その証拠に、画面の向こうの老人でしかない大師は、文字通り、手の届かない位置に居るルカのことを睨みつけることしか出来ない。
だが、故に。―――大師は、現場に居る『自分の駒』へと命令をする。

『ユナ!お前はその国の王だろう?!この下劣な軍事兵器をさっさと抑えろ!お前の命令で動く兵隊が居るのだろう?!捕まえるなり、壊すなりしろ!』

大師の怒号が、ユナに向かう。だが、ユナは妄信していたはずの彼の言葉を聞いても、動こうとはしなかった。…何故なら。


ユナは、気が付いた。―――自分は王様ではなく、総理大臣…、ただの政治家に過ぎないと。
ユナは、確信した。―――この国に平和を、本当の意味で左右する存在というのは、ルカであると。
ユナは、再確認した。―――もう自分の言うことを聞いてくれる部下たちは、とっくの昔に、自分を置き去りにして、この場から逃げていることを。
ユナは、眼が覚めた。―――大師は確かに自分の欲しい言葉をくれた。求めていた立場を与えてくれると約束してくれた。だが、実態は?どうだろう?…―――この老人は、バルドラの言う通り、『画面の向こう』でしかない。そして今、ルカの並べた正解に憤っている。それってつまり―――…、自分が妄信していた大師なるこの男の、本当の価値って…?


皮肉にも。そう、限りなく強い皮肉にも。ユナの心は、他でもない。かつて彼女の心を惑わした大師本人の言葉と、ルカによって暴かれた大師の本性を見せつけられて、―――ユナの手元へと還ろうとしている。
だが、此処に来るまでに、ユナは余りにも多くの犠牲を払い過ぎた。もう普通の世界には留まれないほどの罪を犯した。政治家生命は勿論、ユナ個人の未来は、確実に破滅するだろう。―――このまま、ルカの思いのままに、サウザンド・メガロポリス計画を潰させてしまえば―――…。

揺れ動くユナの精神の狭間に。彼女の友の声が蘇る。
かつて、玄一は言った。「何度でもやり直せばいい」と。
かつて、バルドラは言った。「儂がその涙の原因を根こそぎ殴り飛ばしてきてやろう!」と。
かつて、ミセス・リーグスティは言った。「ズレた根本から、完璧に直してさしあげるわ」と。

ユナの友は、長年に渡り、ユナを支えてくれていた。それなのにユナときたら、逢って数分にも満たない別世界の老人の声に、耳を傾け、狂信してしまい、―――果てに、三人の友を逆恨みした。
一緒に選ばれた人間になろうと誘ったユナのことを、三人は真っ向から否定したうえに、彼女のことを諭してくれようとしたというのに。すっかり傲慢になったユナは、それを裏切りと捉え、勝手に袂を分かった。百合花に加えて、輝のことを利用し、挙句、その命を狙うような真似をしたのも…。輝が、ミセス・リーグスティの息子で、玄一の甥・矢槻が傍についていて、バルドラが手ずから育てた存在だから…―――。

「………責任は…取りましょう…」

ユナが、ぽつり、と呟いた。吹き荒ぶ潮風に煽られたその小さな声と、そこに含まれた意味を正確に聞き取ったのは、ルカの聴覚センサーと、物理的にユナの傍に立っているアンジェリカだけ。だからこそ、この疑似親子は、ユナが取り出した端末には興味を示さなかったし、彼女がその画面に二十七桁の数字を打ち込むことも止めなかった。―――顔色を変えたのは、大師だけ。

『ユナ!貴様、正気か?!』

大師がそう怒鳴ると同時に、上空のワームホールが歪み始める。明らかに自然のモノではない、金属が軋むような不快な轟音が掻き鳴らされ、それに合わせるかのように、ワームホールが縮んでいく。

大師の作戦が、裏目に出た。彼は、シェルターシティの民を移送し終えた後、ユナに渡した端末でワームホールを閉じさせる腹積もりだったからだ。だが、正気に戻ったユナの手によって、そのシステムを利用され、今は彼からの侵略行為を少しでも堰き止めるために使われている。
現に、まだまだワームホールから出現しようとしていた玩具の兵士たちは、無理矢理でも閉じようとするその空間の裂け目に挟まったり、不自然に引っかかったりしては、そのボディのカタチを壊されている。

ルカ以外の誰もが勝利を確信しかけていたときだった。―――ユナの手に在った端末が、けたたましい警告音を鳴らす。アンジェリカが即時反応し、彼女の手から端末を奪い、放り投げようとしたが―――間に合わず、それは爆発した。アンジェリカの右腕が吹き飛び、肘から下が粉砕する。が、そこから飛び出したのは血飛沫でも肉片でもない。アンジェリカが機械であること、そしてマム・システムの器でしかないことを証明するだけの、千切れたロボットアームの骨格と、特殊カーボン製の筋肉繊維ケーブルである。

ユナの口から悲鳴が漏れ、顔面はみるみるうちに蒼白になった。だが、右腕を喪ったアンジェリカは、なんてことないという表情で、ユナを見て、言葉を紡ぐ。

「安心しなさい。この母は所詮、マム・システムの器。この身体は機械で、プログラムは常時バックアップ済み。むしろ替えの利く腕一本で、ユナを護れたのであれば、私は誇らしいまでもあるわ。…それよりも…」

アンジェリカは、青、黄、アクアの三色に分かたれた瞳を動かし、苦虫を嚙み潰したような表情をする大師を見て、口を開いた。

「結局、ユナのことも用済みになれば、捨てるつもりだったのでしょう?今の爆発は、この母だからこそ右腕一本で耐えられたのであって、…ひとの子が真正面から浴びれば、顔面は焼け、首元の血管は裂け、肺は打ち破られていたわ。ええ、間違いなく」

アンジェリカの言うことは、正しい。何故なら、彼女は自称した通り、完全なるロボットだからだ。遥か昔、マム・システム誕生の礎になったのは、生身の少女だったかもしれないが。その少女の面影は、今やアンジェリカの顔立ちと髪の色にしか残っておらず、…マム・システムとして、しかと確立された現在の彼女には、最早、人間の部分など何処にも無い。それが故に、そのロボットとして搭載されたあらゆる確定装置と、爆発で吹き飛んだ右腕が、『裏切ったユナを始末しようとした大師の殺意』を、如実に証明するのだ。

ルカに論理で追い詰められ、ユナには離反されて、アンジェリカには物証を突き付けられる―――。既にこの時点で、大師の『偉大なる指導者』の仮面は、ほぼ完全に剥がれ落ちていた。そのうえ、ユナが離反したことは、『大師による被害者』が更に増えたことにも繋がる。幸福劇場を通して、脚本の悪影響に煽られた、膨大な数の我が国の民は勿論。その幸福劇場のマルギット、ノア、キャットを踏み台にしたうえに、ユナのことも使い捨てようとすものの、失敗した。が、ユナに関しては、爆殺までしようとした…―――…。

もうこの場に於いて、大師には何の威厳も残されておらず。灰色がかった皺だらけの老人が、身勝手な憤怒で身を震わせている映像を、ただただ、皆が見ているだけ。

だが、忘れてはいけない。……少なくとも、ルカは知っている。覚えている。学んでいる。それは、―――身勝手な自己都合で暴走する人間は、何時だって無軌道な行動を仕出かす、ということだ。
ルカには容易に想像が出来た。これから大師は、何かしらのカタチで暴挙に出るだろう、ということが。そして、それに対応するには、軍事兵器の自分が戦場に出るのが一番の最善策であり、これ以上、こちら側の被害を出さないための最大の良案だろうというのは、火を見るよりも明らかだ。

…しかし、ルカは動かない。動かないからこそ、彼は、言葉を繋ぎ続ける。史上最強の軍事兵器とて、戦場に出ないのであれば、結局、同じ位置に居る人間に向かって『喋る』ことしか出来ないのだから。

「…で?キミは、どう落とし前を付けてくれるのかな?こちらに膨大な損害を与えておいて、もう終わりにしますサヨウナラ、だけで全てを片付けられるとは思わない方が良いんじゃない?
 少なくとも、現在進行形で、その映像の回線を切ろうとしているのは悪手でしかないし、というか、切らせるワケがないし」
『―――…!!』

大師の表情が強張る。ルカの言う通り、彼はホログラム映像の回線を切ろうと、カメラに映ってはいない手元で、必死に操作を繰り返していた。だが、失敗に終わっていた。てっきり、ユナがワームホールを強制的に閉じようとした余波で、電波が狂ったのかと思っていたのだが…。あろうことか、ルカによって遮断が阻止されているようだ。
焦る大師に向かって、ルカは更に言葉を重ねる。

「コレは、オレからの提案なんだケド。キミ本人が我が国に出向いてくれて、国民たちに見えるカタチで、謝罪をして、真っ当な処罰を受けてくれるのが、まあ、手っ取り早く穏便に解決する方法なんじゃないかなあと思うワケ。
 どう?警備は盤石にしてあげるよ?少なくとも、トルバドール・セキュリティーのロボット兵が警備としてついていれば、まず、この国の人間はキミに悪さしようだなんて思わないハズ」

そんな提案には、応じられるわけがない。大師は震える。老齢の身体が軋み、そこに内包されていた錆だらけの精神が、―――遂に、亀裂音を立てて、崩れ去った。

『~~~~~ッッッ!!!!』

マイクが割れるほどの絶叫を上げた大師が、手元で何かを操作した。すると。

上空の閉じかかっていたワームホールが、急激な速度で、再び大きな口を開ける。玩具を模した兵士の軍団が、更に数を増して降臨すると同時に、その虚空の穴の奥底から、…より正確に言うなら、蜃気楼のように投影されたシェルターシティの上空から、異形の大影が見えた。

ワームホールの口の両端を、歪な四本爪が掴む。よく見ると、それは錆び付いた機械の指だった。次いで、オオォオ…!、と唸り声を上げて現れたのは、眼球を模した、おびただしいカメラを備え付けた、丸い顔面のようなもの。顎に当たる部分は開き切っており、そこからは巨大な砲身が飛び出している。

「マシェリが出てきたときも思ったんだケド。…キミたち、結構、イイ玩具は持ってるよね?技術力の高さを誇るだけのコトはあるよ。
 でもさ、侵略行為や、それに伴う武器の開発と運用に向いていないなら、大人しく自国の環境問題や、それに苦しむ民の救済だけに注力すれば良かったのにねえ?
 人間の尽きない欲望とか、業の深さって、本当に意味が分からないなあ。ナニがどうなったら、こうなるワケ?マルチバースの生き物であっても、人間の行き付く先が同じ場所って、どういうコト?」

マシェリにも劣らない、大型の異形が顕現しようとしているというのに。ルカときたら、世間話の延長のような口調だ。だがそれは、彼に限ったことでもない。

「おやめなさい、ルカ。その言葉は、この母に効くわ」
「え、なんで?…あ、そっか。母さんって、過去の人間の罪業が、服を着て歩いてるようなもんだよね~」
「その通りよ。だからこそ、この母は、過去の罪を背負い直して、再びこの地に帰ってきたの」

アンジェリカのツッコミめいた言葉に、ルカはあっけらかんとした声で返す。おおよそ、天変地異に等しい光景を前にしたモノ同士の会話ではない。だが残念ながら、この二人に関しては、既に人間の物差しで、この世界を語れないのである。良くも悪くも…、ではあるが。
アンジェリカが、続ける。

「まあ、マム・システム誕生の経緯など、今はどうでもいいわ。
 それで、これからどうするのかしら?あんなに大きなお人形さん…、この母とて、流石にあやせないわよ?」

そう言いながら、アンジェリカは喪った右腕の欠損部に、視線を移した。そこから微妙に垂れ下がっているロボットアームの骨格と筋肉繊維ケーブルを、少しばかり鬱陶しげに、ブラつかせる。
その様子を見たユナの胸中に、底の見えない後悔の念が湧き上がった。アンジェリカは自分を護ってくれた結果、右腕を吹き飛ばされた。しかし、彼女は「機械だから交換可能」と称し、そのうえ、「母だからこそ、ユナを護れたことが誇らしい」という主旨の言葉を、ユナに贈っている。アンジェリカにも多少の自我があり、更にマム・システムの根幹である『母性』故の行動だと考えると…―――、今のユナにとって。眼の前の『右腕を喪ったアンジェリカ』は、ユナ自身の未熟さが招いた悲惨な情景の一部と言える。
それは、ワームホールから這い出てようとする、あの異形の大影にも当て嵌まるだろう。

しかし、ユナは先ほど宣言した。「責任は取りましょう」と。
だから、もう逃げない、誰にせいにもしない、真に必要な礼儀は尽くすべきだ。彼女は、そう強く誓い、笑いそうになる膝を叱咤して、立ち上がった。そして、アンジェリカを見つめる。

アンジェリカの肘から下を喪った右腕。それはユナが招いた悲劇の一部。…だが、むごい話ばかりでもない。少なくとも、アンジェリカが持つマム・システムは、ユナを護るべき存在と認識している。この人造母性は、ユナを「庇護する子」だと裁定したのだ。
ユナは思い出した。逃亡する輝と百合花の追跡を妨害してきたアンジェリカが、ユナに放った言葉を。


―――「此処から先は、正しく恐怖しなさい。正しく和平と平等と愛情を求めて、そして、譲りなさい。でなければ、その身は確実に破滅するわ」―――


アンジェリカは確かに、ユナへこう言った。そして、ヒルカリオで待つと宣言し、去って行った。

ユナの視線は、今度は上空へと移る。異形の大影が、天地を揺らすかのように唸っていた。アレは何としても撃退しなければならない。でないと、我が国は、間違いなく壊滅的な被害を受けるだろう。それならば―――…!

ユナが振り向き、真っ直ぐに、ルカを見つめる。震える足を、今一度、叱咤しながら、進めて。ルカの前まで歩く。

全長二メートル近い、まさしく長駆の持ち主であるルカを見上げながら、ユナは口を開く。

「ルカ三級高等幹部。総理大臣として、お願い申し上げます。
 我が国に降りかかっている脅威を、…あの侵略者たちを、どうか貴方の軍事兵器としてのチカラで、薙ぎ払ってください。
 どうか、よろしくお願いいたします。…お願いいたします…ッ!」

ユナはそう言いながら、丁寧に腰を折った。政治家とはいえ、一国の代表者ともいえる立場の人間が、頭を下げて、請うている。

ルカの返答は、すぐに降ってきた。


「お願いする相手を、間違ってるよ?総理?」

「―――……え…?」


割と淡々とした声でそう返してきたルカに心底驚き、ユナは思わず、下げていた頭を上げてしまう。そして、ルカを再度、見た。
だが、ルカは飄々とした態度を崩さず、顔にも薄らとした笑みが浮かんでいるだけ。

ルカは、戦場に出てくれない?ユナが頼むだけでは、兵器として動いてくれない?では一体、あの巨大な侵略者を、どうやって討てば良いと―――?

ユナが混乱して、その呼吸が浅くなりかけたとき。―――割って入ってきた、三人分の声。


「ちょっと!ルカ!?この期に及んで、貴方、もったいぶるおつもり?!なんてじれったい男だこと!」
「なんだなんだ?!ルカぁ!?貴様、まだ壊れたままなのか?!どーれ!儂が叩いて直してやろう!!」
「手順は踏むべきだと、そう言いたいのは分かるよ。分かるんだけど…、ユナのことを虐めるのはよしてくれないかな?」


上から、ミセス・リーグスティ、バルドラ、玄一だ。
三人とも、各々の言い方で、ルカに詰め寄っている。対して、ルカは「えーー?そこからーー?」とまるで自分が非難されているのは、お門違いだとばかりの反応だった。


その光景を、何処かぼんやりとした感覚で眺めていたユナだったが。ふと、考え至った。

ルカは「お願いする相手を間違っている」と返答し、ユナからの出撃要請を拒否した。
つまり。ルカはユナの要請では動かない理由があるのだ、と。

ハッと気が付いたとき、ユナはもう歩き出す、否、走り出していた。

一息に走り、ルカと、彼を揉みくちゃ一歩手前にまでしようとする友人三人の傍を通り過ぎて、―――そして、今の今まで、静観を決め込んでいた彼女、―――ツバサの前に立った。

光の差さない、陰鬱な緑眼が、ユナを射抜く。その唇は、何も紡ごうとはせず、ただただ、指示を待つ事務員として、閉じられたまま。
だが、それが正しい。この場に於いて、ツバサは指示を待つ事務員ではなく、―――ルカに命令するホルダーとして、その口から、然るべき言葉を出すために、待機しているに過ぎなかったのだ。

ユナが、ツバサに向かい、改めて腰を折る。

「ツバサさん。ルカ三級高等幹部の唯一の命令権を保持する、貴女のご判断に、―――私は全て従います。
 どうか、よろしくお願いいたします」

「…。」

ユナの言葉を受けたツバサは、明らかな沈黙と共に、軽く眼を伏せてから、…そして、すぐに、視線を上げて。

遂に、命令を出す。


「ルカ、出撃」



to be continued...
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