第一章 メガロポリスの徒

幸福劇場という通名を持つ隊列を率いている特務将軍…、という、いかにも「泰平をもたらす旗印」めいた肩書きにしては、酷く虚ろな眼をしたマルギットが。その視線でルカを真っ直ぐに見詰めながら、言葉を紡ぐ。

「私の隣に居ります、この青い髪の子が、ノア。主に外勤と計画の運用の主軸を担います。後ろの子が、キャット。ノアのサポートをメインにしつつ、計画全体のバランスを調整する役割にあります。二人共、手癖が強めではありますが、任務に対して非常に忠実な故の行動ですので、多少のお転婆はどうぞお許しくださいませ。
 そして、こちらが本題です。…我が幸福劇場が、皆さまの世界へ新時代の風を吹き込むために提唱しますのは、その名も『サウザンド・メガロポリス計画』。これは高度に政治的、且つ、ハイリスク・ハイリターンをもたらすビジネステーマにございます。後ほど、我が都市の技術レベルで暗号化されたデータが、ルカ様のもとへ送付される予定ですので、データが到着次第、是非ご一読ください」

淡々としたマルギットの台詞に嘘や偽り、余計なおべっかなどは、一切、見当たらない。ただし、ノアとキャットとは違い、他者への敬意があるかどうかは、もう論点にしないことにする。ルカにとって、この三人は、我が国に根付く人間たちと同じ生物として扱うには、著しく前提条件が違うと判断されたからだ。
そしてルカは、マルギットの説明を受けてから、すぐさま彼女へ質問を飛ばす。

「そんなに大事なデータなのに、今すぐに送ってくれないのはどうして?将軍の眼の前で、データを解析したうえで、ちゃんと正式な読了のサインまでつけてあげるよ?その方が、少なくとも本土の政治家たちにとっては、キミたちが『寄り道』した真っ当な理由に見えるんじゃない?」

ルカが言いたいこと。それはつまり。別世界からわざわざ来たこの使者たちが、言外に機密情報が内包されていると表現している最重要データがあるにも関わらず、それをすぐに提示しないことへの疑問。そして、この世界に降り立った瞬間、真っ先に『挨拶』をしに来たのは、仮にも何にも自分たちを根気強く招いてくれた政治家たちではなく、――…本土の政治の根幹には掠りもしない存在として切り離された、このヒルカリオに繋がれているルカであることへの理由付け。
しかし、マルギットの眼は虚ろなままに、先ほどより更に重たい口調になって、現実への説明を続ける。

「お気遣い頂き、ありがとうございます。……、その点につきましては、その、非常に申し上げにくいのですが…、…我が都市と、こちらの世界の技術練度に、これほどの差があるとは、さすがに予測しておらず…。故に、ルカ様のもとへ転送するべきデータが非常に重たいのです…。転送の速度も、我々が本来計算していた数値より、かなり遅れている状態です。ですが、此処で無理をすれば、きっとこの会社のネット回線の全てを焼き切ってしまうでしょう…。せっかくの暗号化を解除するわけにもいきませんので、何卒、ご理解ください……」

マルギットが心の底から申し訳ないと言いたげに釈明した。だが、ルカのアイカメラによる表情パターン検出と、ソラの天才児故の直感、そして、お茶を運びに来たツバサが持つ鋭い洞察力により、それは『特務将軍という立場を守るための、ささやかな抵抗』と判断された。要するに、『しおらしくしている演技』である。やはり彼女も、ノアとキャット同様、他者への敬意が足りていないようだ。敢えてフォローに回るとしたら、マルギットの場合、ノアとキャットに比べて、生物として酷く傲慢な部分が表面化していない分、まだマシ、…と評価が出来る点だろうか。

すると、ルカは暫し、考えるような素振りを見せたかと思うと。すぐに視線をマルギットへ移し、口を開いた。

「そのデータっていうのは、…あー、さすがにファイル名は読めないや。これが、高度な暗号化とやらの賜物?というか、ファイル形式そのものが未知すぎて、データを無事に貰ったとしても、これを正確に再生・再現できるデバイスやアプリケーションは、我が国には…、というより、現時点でこちら側の世界には存在していないね。少なくとも、オレの観測範囲内の何処を探しても、見つかる気配は無いよ」
「え……」

ルカの言葉に、マルギットが虚を付かれたような声を出す。だが、ルカの台詞に対して、上手く反応が出来ない彼女に代わるかのように、ノアがすぐさま口を出してきた。

「転送中のデータの情報を捕まえたのは流石だと評価するよ。でもさ、その解釈を鵜呑みにするなら…、それってつまり、こっちがわざわざレベルを合わせてあげようって言うのに、受け入れるための初期準備すら、そっちは出来ていないってことじゃん?キミたちの国を動かす政治家たちは、オレたちを招待した意味、まるで分かってないんじゃない?」

ノアの態度は相変わらずの傲慢っぷりであり、普通の人間が聞こうものなら、即座に憤慨するであろうが。生憎、この場で「普通」という言葉は、一番に不適切である。

「必要な道具が無いなら、創れば良いだけだよ。逆に聞きたいケド、キミたちってば、弊社が何者かも知らないワケ?」
「グレイス隊、前へ。ルカ三級高等幹部からの指示を待て」

対するルカは、いつも通りの飄々とした受け答えをし、同時に、ルカが帰ってきてからは発言が無かったソラが、おもむろに、室内の警護にあたっていたグレイス隊を呼び寄せた。三体のグレイス隊兵は、武器を下向きにしたまま、ルカの傍まで歩いてきて、静かに待機状態へと入る。

「自称、大手玩具会社でしょ?たかだか三桁の創業年数で、何を気取ってるのさ。
 それに、さっきのセリカ隊だっけ?そのグレイス隊とやらも、あっちとほぼ同じ性能のロボットでしょ?史上最強の軍事兵器がおわす城の軍備に使うには、少々お粗末な出来じゃない?」

ノアはつまらないモノを見るような眼をして、これまた息をするようにグレイス隊を謗った。

「ちょっとは黙ってみなよ。たかだか生物として少し上級だからって、簡単につけ上がるのはそろそろ辞めにしておこうねえ。少なくとも、弊社で行うビジネストークのテーブルに於いては、キミたちには既にレッドカードが出てるコト、忘れちゃダメだよ?」

両手に嵌めている黒皮の手袋を外しながら、ルカがそう言い放つ。それを受けたせいか、反射的に黙り込んだノアを見て、ルカは笑みを深めつつ、肌が露わになった手のひらを、待機しているグレイス隊兵の一体に押し当てた。すると。

途端。ロボットの輪郭が崩れた。そうかと思えば、物凄いスピードでラインが再構築されていき、その表面には解読不能に陥るほどの猛スピードで数値や言語、その他分類すら分からないコードの羅列が流れていく。残ったロボット兵の二体目、三体目も、ルカは同じように創り替えていった。

その光景に、マルギットは勿論、ノアもキャットも。まるで信じられないモノを観劇しているかのような眼付きで、唖然と見やっている。

「とくとご覧あれ。オレという軍事兵器が持つ能力、その名も『同調変換』。
 この手が触れたあらゆる物体・物質を、瞬時に解析し、全くの別個体・別物質へと造り替えるコトが可能。勿論、破壊と創造は表裏一体。この同調変換に充てられたモノを、この世から永遠に消失させるコトだって、オレには簡単に出来ちゃうよ~。というか、そもそも軍事兵器としてのオレの本性は、『破壊』に在るからさ。こうやって、十割で創るコトに同調変換を使うのって、ある意味、貴重なんだよ?」

ルカがそう語っていくうちに、グレイス隊兵を下敷きに造り替えられた新型のタブレット端末が完成して、彼の手の中へと収まった。
別世界の三人が凝視している中、青色のネイルが施されたルカの指先が、出来立てほやほやの端末の液晶画面を数回ほどタップすると…。

ルカを中心に、Room ELの室内全体に、無数のホロブラム画面が広がった。その光景はまるで、遠未来の世界を描くSF映画の演出効果そのものである。しかし、ソラと琉一は無反応。ツバサは、来客用の玉露と羊羹をサーブし終えて、自分のデスクへと戻って行くのみ。最後にナオトが「あらあら…」と一言零しただけで、彼もやはり自分の仕事の続行を最優先。

しかし、マルギットは、空中に浮かぶ無数の画面たちの中に表示されている内容に驚いていた。それこそ、彼女が先ほど、ルカに対して提唱した『サウザンド・メガロポリス計画』のための最重要事項が纏められたデータ類だったからだ。こちらの世界ではあり得ない高度な技術を用いて暗号化を施し、結果、転送に多大な遅延を発生させていた。そのうえ、ルカ自らの解析結果にて、こちらの世界では再生・再現が不可能であると教えられたはずなのに。―――…それなのに、こうして眼の前で、そのデータたちが余すことなく、そして、正しく展開されているのは、何故?

信じられない景色の中心で、ルカのあっけらかんとした声が響く。

「ザっと見た感じでも、興味深い提案が沢山あるね。でも実現可能か不可能かは、オレの方では論点にしないでおくよ。そこは、キミたちが本土の政治家と議論するべき。つまり、オレの仕事ではないってコト。
 ……あれ?その表情って、どう言う感情?もしかして、情緒ヤバそう?」

ルカにそう言われたマルギットは、ハッと我に返った。それは、ノアもキャットも全く同じことではあったが。残念ながら、今の彼女に二人を気遣う余裕は無い。

だがそれも、別世界の三人からすれば、至極、当然の反応だ。自分たちがわざわざ用意してきた最高機密が…、我が都市が有する技術内で、一等極致的に高度な暗号化を施したはずのデータファイルが…、『ルカの指先のタップ数回で、あっという間に解析されて、全てが丸裸にされた』という事実。それまさしく、世界観崩壊レベルの弩級的ショックにして、ギャップ。
そうだと言うのに、肝心のルカと来たら、まるで仲の良い友人を軽くからかうみたいな口振りではないか。

驚愕、唖然、愕然。その感情を薄らと表面に滲ませていたノアとキャットが、にわかに殺気立つのが、マルギットには分かった。故に、彼女は装えないと分かっていても、平静を装いたくて、声を絞り出す。

「読了のサインを、頂けますでしょうか…、ルカ様」

マルギットの言葉を聞いたルカは、からり、と笑って。その指先で、データの一番下にある署名欄に、『LUKA』と書き込んだのであった。


――――…。

マルギットを先頭にして、ノアとキャットの三人は。此処に侵入したときと同じ経路で、ROG. COMPANYでは搬入口扱いであるゲート8から、ビルの外へと出た。
外の空気を浴びた途端、ノアが愚痴り始める。

「この世界の史上最強の軍事兵器が、あんなヤツだったなんて聞いてない!完ッ全に前情報が不足してるじゃん!これ、あの小娘議員さまに問い詰めてやろーよ!」

小娘議員とは、間違いなく百合花のことだ。すると、次にキャットが口を開く。

「ノア、そう焦るな。こちら側の権威を見せつけようとしたが、物の見事にあの場の支配権をひっくり返されただけだ。だが、その場凌ぎにしか過ぎない。
 何故なら、所詮、あのルカという男とて、この会社内からは滅多に出られないはずからだ。我々のサウザンド・メガロポリス計画は、主に本土で行われるモノばかり。そうそうにルカからの干渉を受けることもないだろう」
「んむぅ…。でもさぁ…。…ま、いっか。どーせ、この島と本土は切り離されてるんだし。キャットの言う通り、ルカがわざわざ横槍を入れてくることもないか」
「そうだ。ノア、切り替えていけ。お前はいつも感情が先走って、その度に相手を派手にヤる。その悪癖は、こちらの世界に招かれた使者として振る舞う以上、注意深く仕舞っておけ」
「お互い様でしょ?キャットもちゃーんと良い子にしてなよ?舞台装置に邪魔なヤツらを片っ端から暗殺して回っていくの、ぶっちゃけ、止めてほしーんだよねー。オレと違って、キャットは現場に痕跡を残さないから良いってわけじゃないから!掃除する側のオレ、結構、苦労してるから!」

キャットとノアの物騒なやり取りについては、半分くらい聞き流しながら、マルギットは百合花へと連絡を取っていた。今からそちらへ行くとの旨を伝え、すぐさま了承の返事をもらったマルギットは、未だ自分の背後で、何やら言い合いめいたことをしている二人の方へと振り向き、言葉を発する。

「紫雨議員のもとへ参りましょう…。
 此処には、…このROG. COMPANYという魔の巣窟には、我々から関わるべきでは無かった…。ですが、ルカ様の読了サインを頂戴した事実だけで、充分な収穫…」

それだけを言い切ったマルギットは、身を翻し、歩みを進めた。ノアとキャットも続く。

別世界からの使者を打ちのめした『化け物』がおわす、大手玩具会社のビルは。昼間の陽光を一身に浴びて、楽園都市の象徴のように不動を貫くのであった。



to be continued...
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