第六章 カーテンコール
上空の巨大なワームホールの先に投影されたのは、幸福劇場のマルギット、ノア、キャットの三人の故郷たる星の、その都市部。―――シェルターシティである。
深刻な環境汚染から逃れるために、人類が築いた巨大都市。だが、上層民しか住むことが許されない、選民思想の象徴。シェルターシティに入れない下層民は、浄化酸素なるものを常備して、シェルターシティ外のスラムで、細々と生きるしかない。だが、その浄化酸素こそが希少品であり、下層民の間では転売品や、正規品ではない粗悪なものが出回っているのが常である。
だが、そんな下層民でも、安全なシェルターシティに入る権利を得るチャンスがあるという。それが『上層民から招待を受ける』というもの。上層民であるマルギットは、下層民の住まうスラムに視察に赴いた際、野良犬の群れに襲われかけた。だが、その野良犬を制圧して、彼女を窮地から救ったのが、ノアとキャットであった。二人に感謝の気持ちを抱いたマルギットは、彼らをシェルターシティに招待し、…以降、友人として接している。と言っていた。だが、これはあくまでマルギット側の主観が強い話であって、…ノアとキャットは、どうやら、マルギットに付き従っている目的は、『出世』にあると言う…―――。
―――…少なくとも、ツバサは。上層民側であるマルギットと、下層民側であるノアとキャットから、それぞれの事情を聞いていて、そう解釈をしていた。
そして、この三人は『幸福劇場』として、あのシェルターシティ擁する国から、新時代の使者として、我が国へとやってきた。が、どうやら、ユナの手によって、幸福劇場の三人衆すら知らないことが起こっているようだ。
不気味な高笑いを止めないユナは、上空に蜃気楼のように映し出されたシェルターシティを見上げ、その両手を頭上高くに広げている。まるで、あの都市そのものを、この地に歓迎しているかのような―――。
そのとき。マシェリの発射準備を待っているホログラム画面とは別のそれが、勝手にマルギットの前に立ち上がった。画面の向こうには、肌が異様に灰色がかった、しわがれた老人が映る。
「大師、早急に、ご説明をお願い致します」
『そちらの発言を許した覚えはない。私の話を聞け、マルギット』
「…。」
マルギットの素早い問いは、大師と呼ばれた男の声により、遮られた。どうやら、この男が、幸福劇場の元締めであり、ユナがやたら口にする『大師様』のようである。
不服そうに黙ったマルギットを見て、大師は続ける。
『今より、サウザンド・メガロポリス計画は、真の最終段階に移行する。
マルギット、ノア、キャット、実にご苦労であった。敬意を表し、お前たちには最後の名誉を与える。―――そちらの世界で、骨を埋めよ』
「「「!!??」」」
大師の言葉に、マルギット、ノア、キャットが一斉に瞠目した。『そちらの世界で、骨を埋めよ。』―――それすなわち、『こちらの世界に留まり続け、最期は、その地で死ね』ということだ。
「何故です?!何故?!我々はサウザンド・メガロポリス計画が終了次第、あるいは、不要と判断され次第、安全な帰還と撤退が約束されていたはずです!」
顔を真っ青にしたマルギットが叫ぶ。だが、大師は冷酷な言葉を口にした。
『お前たちが帰還するための道は、最初から用意されてなどいない。あったとしても、サウザンド・メガロポリス計画による国民移送に使われていたことだろう。
どう転んでも、お前たち三人は、我らが国の礎となって貰うつもりだった。―――幸福劇場よ。我らのための舞台を整えてくれたこと、感謝する。演出装置としての役割、見事であった。称賛に値する。…故に、そちらで骨を埋めよ。新しい一歩を踏み出す使徒は犠牲になると、歴史が伝えている。これは、正しい結論だ』
大師の言い分は、余りにも身勝手が過ぎる。わなわな、と身を震わせながら、怒りに表情を染めたマルギットの、押し込めていた感情が、遂に爆発した。
「何一つ、納得の出来るような説明ではありません!
抽象的な言い回しばかりで、具体例がゼロ!仰々しい台詞を使えば怯むとお考えですか?!…浅慮!不遜!軽薄!
不肖マルギット、幸福劇場の特務将軍として、―――この一発を以て、正式に本国と大師への抗議とかえさせて頂きます!」
――『マシェリ発射装置、開放。将軍の号令の後、即時発射します』
マルギットが手を翳したホログラム画面から、無機質なガイダンス音声が鳴る。それが示す通り、ヒルタス湾の顎先の上空に浮かぶマシェリから、低い音が響き始めた。
その様子を見たルカはさり気なく移動して、ツバサの前に立つ。アンジェリカは、高笑いこそ収めているものの、狂信的な笑顔が消えないユナの方へと近寄り、これまた前に仁王立ち。
壁になっていると、マルギットは分かった。故に、投影されたマシェリの発射装置に手のひらを向ける。しかし、大師の横槍が入る。
『その一発を撃てるか?マルギット。
ノアとキャットの出世と、…彼奴らの『本来の願い』を知っているお前が、撃てるか?』
「―――…!!」
大師の言葉に身を固くしたのは、マルギットだけではなかった。ノアとキャットも、同じ。……確かに、ノアとキャットが、幸福劇場に、ひいてはマルギットに従っているのは、出世が目的だ。しかし、『本来の願い』とは、一体、何のことだろう。少なくとも、双方の事情を聞いているツバサにとっては、初耳だった。
マルギットの挙動が止まる。ノアとキャットは、動けない。そう。この幸福劇場の三人は、基本的に、『不意打ち』に弱い。―――知らされていないこと。予想の出来なかったこと。―――そういうモノに、とことん、弱い。だからこそ、一番最初に。ルカの同調変換を見せつけられたときから。幸福劇場は、Room ELのことを気にかけていた。
アンチ・アグリーの影響で、あのフラッペ屋の騒動をノアがソラにちょっかいをかけるような言動で知らせようとしたのも。後日、その余波の現場になったともいえる、地下鉄駅構内で、琉一がキャットの姿を見たのも。更に、マルギットが偶然だったにせよ、ツバサにリリーハウスで声をかけたのも。―――全部、全部。ルカという一番最初に遭遇した『不意打ち』に、痛いところを突かれたからである。Room ELから眼を離すなと、警戒していたからだ。…故に、というのが表現として、正しいのかは分からないが…、この三人は、不意を突かれると、固まる。判断が、鈍る。遅くなる。
「撃ってよ!マルギット!」
「迷うな!俺たちを失望させる気か!?」
一寸の後。マルギットの背後で、ノアとキャットの鋭い声が聞こえた。びくり、とマルギットの肩が竦むように跳ねる。だが、彼女は、別の画面の向こうに映る大師が何かを言おうと、息を吸った気配を感じ取った瞬間。ハッと我に返ったかのように眼を瞬かせ、手のひらの先の発射装置に向かって、叫んだ。
「発射!」
刹那。上空を覆う、円盤型のマシェリから、閃光が堕ちる。
ヒルタス湾の最東端の埠頭に蔓延っていた侵略者たちは、マシェリの砲撃を食らい、粒子レベルでの分解を余儀なくされ、瞬く間に、その群影を消去されていった。
先んじて、アンジェリカから撤退の指示を受けていたソラと琉一、そして、ROG. COMPANY本社から連れ出せるだけ連れてきたロボット兵たちは、限りなく距離を置いていたうえに、盾兵による防衛ラインを築いていたので、全員が無事である。
そしてそれは、コンテナのうえに居た面子も同じこと。ツバサはルカが、ユナはアンジェリカが、それぞれ身をもって盾になっていたことで、人間二人は、無傷である。一方の幸福劇場は、マシェリ砲撃の反動が此処まで凄まじいことを予見していなかった(…というより、最早、知らされていなかったのだろう)ので、天地の激しい揺れを感知した途端。バランスを崩しかけたマルギットに、ノアとキャットが一瞬で駆け寄り、男二人で彼女を支える…、実質、三人で支え合うような姿勢になって、何とか耐え忍んだ。
侵略者たちのみが消え失せた埠頭は、暫し、静まり返る。ルカ以外の、誰もが、息を潜めていた。―――ルカだけが、天空を見上げていた。ワームホールの裂け目から投影された、あの蜃気楼のような、シェルターシティを。…ルカは、ただただ眺めている。かと思えば、おもむろに、彼は口を開いた。
「オレ、これ以上、回りくどいコトをされるのは、流石にイヤだなあ。
ねえ?結局、サウザンド・メガロポリス計画の真の目的って、なんなの?
総理がやたら固執して、連呼している『選ばれた人間』の意味って?
幸福劇場をスケープゴートにしてまで、キミはナニがしたいのさ?」
ルカはそう質問しながら、大師が映っている画面へと視線を移す。
『たかが軍事兵器が、人間のような口を利くか。
そちらの世界を創りたもうた神は、知恵を授ける存在を間違えているようだ』
その大師の言葉は、如何にも冗句のような言い回しだったが、…そこに含まれている不遜の成分は、甚だしい。
だがしかし、ルカは一笑に付しただけで、薄付きのリップを塗った唇から『正解』を紡ぐだけ。
「このルカという史上最強の軍事兵器が討滅可能とする対象のリストには、『架空の神話、都市伝説に準ずる生命体』が載ってる。
つまり、オレがこのヒルタス湾の海底に埋まっていた頃、…もしかすると、もっとその前に。この星を創ったかもしれない神とやらは、オレが殺しちゃったかもね。
もしキミが、その神とやらに向かって「知恵の授けミスのクレームを言いに行きたい」って希望するなら、…そのリクエスト、叶えてあげてもいいよ?」
流れるような、ルカの返し。―――その場に、不自然な沈黙が降りる。
大師は知らなかった。ルカのことを「人間のような口を利く」と評価しておきながら、彼自身が、「何処まで人間の常識から逸脱しているのか」を。
現に、ルカに言い返された大師は、暫し茫然とした後。…皺だらけの灰色がかった顔に、深い、深い怒りを滲ませる。
怒りという人間臭い感情を露わにした大師に向かって、ルカは歩き出す。動き出してしまった。
「大師とか呼ばれちゃってさあ?神様気取りの人間風情様?さっさと手の内、明かしちゃってくれるかな?
キミは、オレが留守にしている間に、オレの大事な部下や、その仲間たちに、酷い苦労を負わせてくれたんだから。そろそろ種明かしを始めてくれないと、いい加減、オレだって『制御されている軍事兵器』の仮面をかぶり続けるのがしんどいってワケ」
ルカはそう言いながら、一歩一歩を確実に踏みしめて、大師が映る画面へと近付いていき。その二メートル近い長身を屈ませて、画面の向こうに居る老人の顔を覗き込む。
これは、ルカによる、宣戦布告であり、彼が戦場に降り立つことへの秒読み。…ツバサは思った。
大師と呼ばれるかの老人は、幸福劇場を贄としつつ、我が国のトップたる総理を何らかのカタチで誘惑し、―――そうして、現在。まだ自分が神の視点に居ると、勘違いをしている。ルカはその勘違いを、真正面から叩き折るために、大師へと遂に、己の真価を告げた。…―――「神も殺せる想定の軍事兵器を前にして、小細工だらけの人間一人が、いつまでもふんぞり返っていられると思うな」と。
―――……そこまで煽られておいては、流石の大師も、黙っていられなかった。
『良いだろう。冥途の土産に教えてやる…。だが、それはお前たちの滅びを告げる鐘が鳴るのと、―――同意義!』
大師がそう言った瞬間、上空のワームホールから不自然な音が鳴り始める。ルカ以外の皆が見上げれば、その時空の裂け目が蠢くのを、数多の瞳が捉えた。そして蜃気楼のように映っていたシェルターシティの幻影が消えたかと思うと、……そこから、先ほど、マシェリが消し去った侵略者と全く同じ姿形をしたモノたちが、ぞろぞろと這い出してきては、重力に従って、埠頭の先への落ちていく。
それを見たアンジェリカは、インカムに向かって指示を出す。
「戦線、再始動。何としても食い止めなさい」
アンジェリカの指示が降りたのと同時に、埠頭で防衛線を張ったまま待機に入っていたソラと琉一、そしてロボット兵たちが、再び戦場へと走り出した。
コンテナの下で、また、戦いの音が、響き始める。
その剣戟と銃撃を耳にしたマルギットは、思わずと言った風に、上空のマシェリを見た。が、…天を覆うようなあの兵器は、もう通用しないかもしれない。何より、本国に居る大師から、ロックがかかっている可能性もある。…とは思えど、マルギットは、発射装置を再び出そうと、マシェリの制御画面に触れ始めた。
だが、そんなマルギットの最後のあがきを見た大師は、汚い笑顔を浮かべるだけ。そして、ルカを見やり、口を開いた。
『しかと聞け。お前たちの冥途の土産話。
このサウザンド・メガロポリス計画の、本当の目的とは―――』
「その冥途の土産話とやら、是非とも、私たちにも聞かせてください」
大師の言葉が、流麗な音のような老声に遮られる。ハッと大師がそちらを見れば、そこに立っていたのは、―――新しい役者。
雪坂玄一。乙女樹バルドラ。イヴェット・リーグスティ。―――…この三者であった。
かつての友の姿に、理性などとうに失っていたはずのユナの眼が、一波だけ、揺れ動く。
「前口上を折ってしまい、申し訳ない。さあ、どうぞ、続けて。私たちは、貴方の計画とやらに、大変興味がありますので…」
精緻な細工が施された杖をついた玄一は、そう言いながら、紳士的な笑みを浮かべている。だが、その声こそ涼しいが、玄一の目元には、彼自身の聡明さと誠実さ、そして陰では『企業軍師』と呼ばれる一種の冷徹さが、一気に溢れ出んとしていた。
「どんな大物が出てきているのかと思えば!ただの『画面の向こう』ではないか!?
この儂を戦場に引き摺り出しておいて、その態度はけしからんぞ!!この老獪めがァ!!」
使い慣れたガントレットを両手に嵌めたバルドラは、よく通る大声を唸らせてから、大師に向かって挑発的な態度を取る。サクラメンス・バンクの頭取に相応しくないと言われ放題である、その奔放で野蛮な言動も、元傭兵の彼にとっては古巣ともいえる『戦場』を前にしては、詭弁、否、正解と言うもの。
「やっとチャンスが巡ってきましたわね。『まことの勇士こそ、野に伏し、策を講じて、剣を磨く。』…、ビジネスも、人生も一緒。
どんなに美味しい餌が眼の前にあっても、すぐに飛びつかず、本当の獲物が現れるのを待つのが、一番ですわ」
イヴェットこと、ミセス・リーグスティは、そう言いながら、持っていたクラッチバッグからハンカチーフを取り出して、大して掻いていない首元の汗を拭く。
三人の表情を見たルカは、からり、と笑った後。再び、大師に向かって、催促をする。
「キミからお話を聞きたい子たちは、揃ったみたいだね。
さて、聞かせてよ?散々ともったいぶって、此処まで引っ張ってきた、その『サウザンド・メガロポリス計画の本当の目的』とやらを、ね」
―――…神気取りの老人に、そう告げたルカの深青の瞳に、刹那、黄色のグラデーションがかったパターンが入った。
to be continued...
深刻な環境汚染から逃れるために、人類が築いた巨大都市。だが、上層民しか住むことが許されない、選民思想の象徴。シェルターシティに入れない下層民は、浄化酸素なるものを常備して、シェルターシティ外のスラムで、細々と生きるしかない。だが、その浄化酸素こそが希少品であり、下層民の間では転売品や、正規品ではない粗悪なものが出回っているのが常である。
だが、そんな下層民でも、安全なシェルターシティに入る権利を得るチャンスがあるという。それが『上層民から招待を受ける』というもの。上層民であるマルギットは、下層民の住まうスラムに視察に赴いた際、野良犬の群れに襲われかけた。だが、その野良犬を制圧して、彼女を窮地から救ったのが、ノアとキャットであった。二人に感謝の気持ちを抱いたマルギットは、彼らをシェルターシティに招待し、…以降、友人として接している。と言っていた。だが、これはあくまでマルギット側の主観が強い話であって、…ノアとキャットは、どうやら、マルギットに付き従っている目的は、『出世』にあると言う…―――。
―――…少なくとも、ツバサは。上層民側であるマルギットと、下層民側であるノアとキャットから、それぞれの事情を聞いていて、そう解釈をしていた。
そして、この三人は『幸福劇場』として、あのシェルターシティ擁する国から、新時代の使者として、我が国へとやってきた。が、どうやら、ユナの手によって、幸福劇場の三人衆すら知らないことが起こっているようだ。
不気味な高笑いを止めないユナは、上空に蜃気楼のように映し出されたシェルターシティを見上げ、その両手を頭上高くに広げている。まるで、あの都市そのものを、この地に歓迎しているかのような―――。
そのとき。マシェリの発射準備を待っているホログラム画面とは別のそれが、勝手にマルギットの前に立ち上がった。画面の向こうには、肌が異様に灰色がかった、しわがれた老人が映る。
「大師、早急に、ご説明をお願い致します」
『そちらの発言を許した覚えはない。私の話を聞け、マルギット』
「…。」
マルギットの素早い問いは、大師と呼ばれた男の声により、遮られた。どうやら、この男が、幸福劇場の元締めであり、ユナがやたら口にする『大師様』のようである。
不服そうに黙ったマルギットを見て、大師は続ける。
『今より、サウザンド・メガロポリス計画は、真の最終段階に移行する。
マルギット、ノア、キャット、実にご苦労であった。敬意を表し、お前たちには最後の名誉を与える。―――そちらの世界で、骨を埋めよ』
「「「!!??」」」
大師の言葉に、マルギット、ノア、キャットが一斉に瞠目した。『そちらの世界で、骨を埋めよ。』―――それすなわち、『こちらの世界に留まり続け、最期は、その地で死ね』ということだ。
「何故です?!何故?!我々はサウザンド・メガロポリス計画が終了次第、あるいは、不要と判断され次第、安全な帰還と撤退が約束されていたはずです!」
顔を真っ青にしたマルギットが叫ぶ。だが、大師は冷酷な言葉を口にした。
『お前たちが帰還するための道は、最初から用意されてなどいない。あったとしても、サウザンド・メガロポリス計画による国民移送に使われていたことだろう。
どう転んでも、お前たち三人は、我らが国の礎となって貰うつもりだった。―――幸福劇場よ。我らのための舞台を整えてくれたこと、感謝する。演出装置としての役割、見事であった。称賛に値する。…故に、そちらで骨を埋めよ。新しい一歩を踏み出す使徒は犠牲になると、歴史が伝えている。これは、正しい結論だ』
大師の言い分は、余りにも身勝手が過ぎる。わなわな、と身を震わせながら、怒りに表情を染めたマルギットの、押し込めていた感情が、遂に爆発した。
「何一つ、納得の出来るような説明ではありません!
抽象的な言い回しばかりで、具体例がゼロ!仰々しい台詞を使えば怯むとお考えですか?!…浅慮!不遜!軽薄!
不肖マルギット、幸福劇場の特務将軍として、―――この一発を以て、正式に本国と大師への抗議とかえさせて頂きます!」
――『マシェリ発射装置、開放。将軍の号令の後、即時発射します』
マルギットが手を翳したホログラム画面から、無機質なガイダンス音声が鳴る。それが示す通り、ヒルタス湾の顎先の上空に浮かぶマシェリから、低い音が響き始めた。
その様子を見たルカはさり気なく移動して、ツバサの前に立つ。アンジェリカは、高笑いこそ収めているものの、狂信的な笑顔が消えないユナの方へと近寄り、これまた前に仁王立ち。
壁になっていると、マルギットは分かった。故に、投影されたマシェリの発射装置に手のひらを向ける。しかし、大師の横槍が入る。
『その一発を撃てるか?マルギット。
ノアとキャットの出世と、…彼奴らの『本来の願い』を知っているお前が、撃てるか?』
「―――…!!」
大師の言葉に身を固くしたのは、マルギットだけではなかった。ノアとキャットも、同じ。……確かに、ノアとキャットが、幸福劇場に、ひいてはマルギットに従っているのは、出世が目的だ。しかし、『本来の願い』とは、一体、何のことだろう。少なくとも、双方の事情を聞いているツバサにとっては、初耳だった。
マルギットの挙動が止まる。ノアとキャットは、動けない。そう。この幸福劇場の三人は、基本的に、『不意打ち』に弱い。―――知らされていないこと。予想の出来なかったこと。―――そういうモノに、とことん、弱い。だからこそ、一番最初に。ルカの同調変換を見せつけられたときから。幸福劇場は、Room ELのことを気にかけていた。
アンチ・アグリーの影響で、あのフラッペ屋の騒動をノアがソラにちょっかいをかけるような言動で知らせようとしたのも。後日、その余波の現場になったともいえる、地下鉄駅構内で、琉一がキャットの姿を見たのも。更に、マルギットが偶然だったにせよ、ツバサにリリーハウスで声をかけたのも。―――全部、全部。ルカという一番最初に遭遇した『不意打ち』に、痛いところを突かれたからである。Room ELから眼を離すなと、警戒していたからだ。…故に、というのが表現として、正しいのかは分からないが…、この三人は、不意を突かれると、固まる。判断が、鈍る。遅くなる。
「撃ってよ!マルギット!」
「迷うな!俺たちを失望させる気か!?」
一寸の後。マルギットの背後で、ノアとキャットの鋭い声が聞こえた。びくり、とマルギットの肩が竦むように跳ねる。だが、彼女は、別の画面の向こうに映る大師が何かを言おうと、息を吸った気配を感じ取った瞬間。ハッと我に返ったかのように眼を瞬かせ、手のひらの先の発射装置に向かって、叫んだ。
「発射!」
刹那。上空を覆う、円盤型のマシェリから、閃光が堕ちる。
ヒルタス湾の最東端の埠頭に蔓延っていた侵略者たちは、マシェリの砲撃を食らい、粒子レベルでの分解を余儀なくされ、瞬く間に、その群影を消去されていった。
先んじて、アンジェリカから撤退の指示を受けていたソラと琉一、そして、ROG. COMPANY本社から連れ出せるだけ連れてきたロボット兵たちは、限りなく距離を置いていたうえに、盾兵による防衛ラインを築いていたので、全員が無事である。
そしてそれは、コンテナのうえに居た面子も同じこと。ツバサはルカが、ユナはアンジェリカが、それぞれ身をもって盾になっていたことで、人間二人は、無傷である。一方の幸福劇場は、マシェリ砲撃の反動が此処まで凄まじいことを予見していなかった(…というより、最早、知らされていなかったのだろう)ので、天地の激しい揺れを感知した途端。バランスを崩しかけたマルギットに、ノアとキャットが一瞬で駆け寄り、男二人で彼女を支える…、実質、三人で支え合うような姿勢になって、何とか耐え忍んだ。
侵略者たちのみが消え失せた埠頭は、暫し、静まり返る。ルカ以外の、誰もが、息を潜めていた。―――ルカだけが、天空を見上げていた。ワームホールの裂け目から投影された、あの蜃気楼のような、シェルターシティを。…ルカは、ただただ眺めている。かと思えば、おもむろに、彼は口を開いた。
「オレ、これ以上、回りくどいコトをされるのは、流石にイヤだなあ。
ねえ?結局、サウザンド・メガロポリス計画の真の目的って、なんなの?
総理がやたら固執して、連呼している『選ばれた人間』の意味って?
幸福劇場をスケープゴートにしてまで、キミはナニがしたいのさ?」
ルカはそう質問しながら、大師が映っている画面へと視線を移す。
『たかが軍事兵器が、人間のような口を利くか。
そちらの世界を創りたもうた神は、知恵を授ける存在を間違えているようだ』
その大師の言葉は、如何にも冗句のような言い回しだったが、…そこに含まれている不遜の成分は、甚だしい。
だがしかし、ルカは一笑に付しただけで、薄付きのリップを塗った唇から『正解』を紡ぐだけ。
「このルカという史上最強の軍事兵器が討滅可能とする対象のリストには、『架空の神話、都市伝説に準ずる生命体』が載ってる。
つまり、オレがこのヒルタス湾の海底に埋まっていた頃、…もしかすると、もっとその前に。この星を創ったかもしれない神とやらは、オレが殺しちゃったかもね。
もしキミが、その神とやらに向かって「知恵の授けミスのクレームを言いに行きたい」って希望するなら、…そのリクエスト、叶えてあげてもいいよ?」
流れるような、ルカの返し。―――その場に、不自然な沈黙が降りる。
大師は知らなかった。ルカのことを「人間のような口を利く」と評価しておきながら、彼自身が、「何処まで人間の常識から逸脱しているのか」を。
現に、ルカに言い返された大師は、暫し茫然とした後。…皺だらけの灰色がかった顔に、深い、深い怒りを滲ませる。
怒りという人間臭い感情を露わにした大師に向かって、ルカは歩き出す。動き出してしまった。
「大師とか呼ばれちゃってさあ?神様気取りの人間風情様?さっさと手の内、明かしちゃってくれるかな?
キミは、オレが留守にしている間に、オレの大事な部下や、その仲間たちに、酷い苦労を負わせてくれたんだから。そろそろ種明かしを始めてくれないと、いい加減、オレだって『制御されている軍事兵器』の仮面をかぶり続けるのがしんどいってワケ」
ルカはそう言いながら、一歩一歩を確実に踏みしめて、大師が映る画面へと近付いていき。その二メートル近い長身を屈ませて、画面の向こうに居る老人の顔を覗き込む。
これは、ルカによる、宣戦布告であり、彼が戦場に降り立つことへの秒読み。…ツバサは思った。
大師と呼ばれるかの老人は、幸福劇場を贄としつつ、我が国のトップたる総理を何らかのカタチで誘惑し、―――そうして、現在。まだ自分が神の視点に居ると、勘違いをしている。ルカはその勘違いを、真正面から叩き折るために、大師へと遂に、己の真価を告げた。…―――「神も殺せる想定の軍事兵器を前にして、小細工だらけの人間一人が、いつまでもふんぞり返っていられると思うな」と。
―――……そこまで煽られておいては、流石の大師も、黙っていられなかった。
『良いだろう。冥途の土産に教えてやる…。だが、それはお前たちの滅びを告げる鐘が鳴るのと、―――同意義!』
大師がそう言った瞬間、上空のワームホールから不自然な音が鳴り始める。ルカ以外の皆が見上げれば、その時空の裂け目が蠢くのを、数多の瞳が捉えた。そして蜃気楼のように映っていたシェルターシティの幻影が消えたかと思うと、……そこから、先ほど、マシェリが消し去った侵略者と全く同じ姿形をしたモノたちが、ぞろぞろと這い出してきては、重力に従って、埠頭の先への落ちていく。
それを見たアンジェリカは、インカムに向かって指示を出す。
「戦線、再始動。何としても食い止めなさい」
アンジェリカの指示が降りたのと同時に、埠頭で防衛線を張ったまま待機に入っていたソラと琉一、そしてロボット兵たちが、再び戦場へと走り出した。
コンテナの下で、また、戦いの音が、響き始める。
その剣戟と銃撃を耳にしたマルギットは、思わずと言った風に、上空のマシェリを見た。が、…天を覆うようなあの兵器は、もう通用しないかもしれない。何より、本国に居る大師から、ロックがかかっている可能性もある。…とは思えど、マルギットは、発射装置を再び出そうと、マシェリの制御画面に触れ始めた。
だが、そんなマルギットの最後のあがきを見た大師は、汚い笑顔を浮かべるだけ。そして、ルカを見やり、口を開いた。
『しかと聞け。お前たちの冥途の土産話。
このサウザンド・メガロポリス計画の、本当の目的とは―――』
「その冥途の土産話とやら、是非とも、私たちにも聞かせてください」
大師の言葉が、流麗な音のような老声に遮られる。ハッと大師がそちらを見れば、そこに立っていたのは、―――新しい役者。
雪坂玄一。乙女樹バルドラ。イヴェット・リーグスティ。―――…この三者であった。
かつての友の姿に、理性などとうに失っていたはずのユナの眼が、一波だけ、揺れ動く。
「前口上を折ってしまい、申し訳ない。さあ、どうぞ、続けて。私たちは、貴方の計画とやらに、大変興味がありますので…」
精緻な細工が施された杖をついた玄一は、そう言いながら、紳士的な笑みを浮かべている。だが、その声こそ涼しいが、玄一の目元には、彼自身の聡明さと誠実さ、そして陰では『企業軍師』と呼ばれる一種の冷徹さが、一気に溢れ出んとしていた。
「どんな大物が出てきているのかと思えば!ただの『画面の向こう』ではないか!?
この儂を戦場に引き摺り出しておいて、その態度はけしからんぞ!!この老獪めがァ!!」
使い慣れたガントレットを両手に嵌めたバルドラは、よく通る大声を唸らせてから、大師に向かって挑発的な態度を取る。サクラメンス・バンクの頭取に相応しくないと言われ放題である、その奔放で野蛮な言動も、元傭兵の彼にとっては古巣ともいえる『戦場』を前にしては、詭弁、否、正解と言うもの。
「やっとチャンスが巡ってきましたわね。『まことの勇士こそ、野に伏し、策を講じて、剣を磨く。』…、ビジネスも、人生も一緒。
どんなに美味しい餌が眼の前にあっても、すぐに飛びつかず、本当の獲物が現れるのを待つのが、一番ですわ」
イヴェットこと、ミセス・リーグスティは、そう言いながら、持っていたクラッチバッグからハンカチーフを取り出して、大して掻いていない首元の汗を拭く。
三人の表情を見たルカは、からり、と笑った後。再び、大師に向かって、催促をする。
「キミからお話を聞きたい子たちは、揃ったみたいだね。
さて、聞かせてよ?散々ともったいぶって、此処まで引っ張ってきた、その『サウザンド・メガロポリス計画の本当の目的』とやらを、ね」
―――…神気取りの老人に、そう告げたルカの深青の瞳に、刹那、黄色のグラデーションがかったパターンが入った。
to be continued...
