第五章 哂納通牒

【ROG. COMPANY本社 社長室】

キリの良いところまで仕事を片付けたレイジが、息抜き半分、サボり半分といった感じで、液晶タブレットにペンを走らせている。彼が処理した書類の束や、データの入ったメモリーなどを回収していくローザリンデは、盗み見るつもりはなかったものの、レイジが描いたラフを見て、つい「ほほーう。イイじゃねーか」と感嘆の声を漏らしたのであった。それに反応したレイジは、どや?と言いたげに、水色がかった瞳を、彼女へと向ける。
そして、そんな二人の様子に釣られて、「なになに?」とやってきた鞠絵は、拒まれることなく、レイジのパソコンの画面を覗き込んで、「うぇー!センス、レベチ!」とかしましい声をあげた。セイラはレイジのデスク周辺が気になっている様子ではあるものの、雑用係としての素養が高いせいで、みだらに雇い主の傍までは近寄ろうとはしない。それを見たレイジは、自らセイラを呼ぶ。

「こっち来てみ?ちょい、見て欲しさ、あるわ」
「そ?じゃ、見に行くしかないっすねー」

レイジが呼ぶのを聞いたセイラが、返事をしながら、埃取り用のハンディサイズのモップを持ったまま、彼のデスクへ寄った。そして、鞠絵に促されるまま、その画面を見る。

「…うーわっ!コレ、今すぐデザイナー部門に持っていこ?あの悪役令嬢主任の判子、貰いにいこ?」
「まあ、オトはこういうの好きそうだけど…、ぶっちゃけ、カナタが嫌がるんじゃねーかな…。アイデアのラフとしては、一旦は通しても…、絶対に自分で手直ししたがると思う」

セイラの感激した声にも、レイジは嬉しそうにはするものの、思考回路は冷静だった。彼の脳内で、オトこと音色が嬉々として企画書に判子を押したがるのと、それを止めたがるカナタ、そして双方を仲裁しようとするデザイナー部門の面々の光景が、ありありと浮かぶ。
そのとき、ふと、とある少女の顔が、レイジの思考の海を横切った。

「優那に投げてみるかなー…」

優那、という名前を聞いた瞬間。ローザリンデ、鞠絵、セイラの視線が、一斉に交わった。そして女三人は瞬時に結託することを、アイコンタクトだけで告げ合う。

「だったら、直接、優那を呼んでやりなって。…ああ、コラ、zipファイルで送ろうとすんな。やめろ、やめろ」
「マリー!内線かけまーっす!……あ、社長室の鈴ヶ原鞠絵です!社長が優那さんにご相談したいことがあるそうなので、至急、お越しください。…はい、お願いいたします。それでは」
「アタシ、お茶とお菓子、用意しますねー。
 えーっと、優那は白桃系のお茶が好きだから、茶請けは…、うん、昨日補充してきた砂糖菓子がいいっすね。蓮の形が綺麗だし、ビジュアル最強って感じじゃん?」

上からローザリンデ、鞠絵、セイラの順番で、あっという間にレイジの行動が操作されてしまった。レイジ自身は、「ラフをため込んでいるから、まとめてファイルにして送った方が良いのでは?」と思っていただけであり。優那を直接、社長室へと呼びつける理由にはならなかったものの…。まあ、程よく鈍い男である。自分の執務室を支援してくれる女三人が、優那の純粋な初恋を守ろうと必死になっている心中など、微塵も想像していないのだ。故に、急な方向転換にも、さして動揺はせず、「まあ、三人が言うなら、それでもいっか…」くらいで片付けたのであった。―――その直後。

レイジのパソコンとは、別途設置してあるセキュリティー用のモニターが、けたたましい警告音を鳴らす。何事か?!とレイジが操作すれば、モニターから合成音声によるボイスが響いた。


――『ヒルカリオ最東端にて、激しい地鳴りを検知。揺れが本社ビルに到達するまで、およそ十二秒後。』


どうやらヒルカリオに地震が来るようだ。各々が備えようとしたとき、ハッと気が付いたレイジが、慌ててデスクの隅っこに投げていたスマートフォンを手に取り、電話を掛ける。

「…優那!直通エレベータにーに乗るな!もう乗ったなら、今すぐ一番近い階で降り、―――ッ!!」

レイジの言葉は、本社ビルを襲った激しい揺れに遮られる。彼の耳元のスマートフォンの向こうから、優那の悲鳴が聞こえた。…どうやら、優那は既に、社長室のある階層への直通エレベーターに乗ってしまった後で、降りることも叶わなかったようである。

揺れが収まってから瞬時に、レイジはセキュリティー用のモニターを操作しながら、片手のスマートフォンでは優那との通話を繋げていた。

「優那、大丈夫か?怪我は?…よし、その場に座ってろ。余計な動きはすんなよ。
 スマホの充電はあるか?…そっか、じゃ、このまま話してよーな。俺、指示飛ばすのに片手間にはなるけど…、あんたの声はちゃんと聴いててやるから」

レイジは優那の声を拾い上げては、彼女に寄り添う言葉を投げ続ける。そのまま、モニターに映し出したモノを、ローザリンデへと指し示した。

本社ビル内のエレベーター全てのステータス状態を映しだした画面である。どうやら、揺れた直後に社員用エレベーターに乗っていた社員たちが居たようだが、優那が乗っていた直通エレベーター以外の、通常の社員用エレベーターは、揺れが収まった後で、すぐに安全装置が作動し、近くの階まで箱を運んで、乗っていた人間たちを降ろしてくれているようである。…だが、優那が乗っている直通エレベーターのみ、『ERROR』という文字が出ており、中途半端な場所で停止しているようだ。この直通エレベーターは、社長室は勿論、ルカやローザリンデなどの高等幹部の執務室に繋がる特別な機体のため、安全装置や緊急時のマニュアルの区分が、別に用意されている。侵入者防止や、ルカそのものを秘匿するための第一歩として敷かれたセキュリティーではあるものの…、どうも今回は、それが仇となっている。故に、優那はすぐに脱出することが叶わず、現時点で、エレベーター内に閉じ込められているのだ。

現在の状況の理解と把握をしたレイジが、指示を飛ばし始める。

「ローザリンデはセリカ隊を率いて、本社ビル内の全ての区画に居る社員とスタッフの安全確認を行え。物資が必要なら、B4倉庫を開けても良い。レオーネ隊が戦線復帰するにあたって、トルバドール・セキュリティーから新品が補充されたばっかりだ。
 そして、現在、社内に残っている分のイルフィーダ隊は、優那の救出に向かう。俺の装備、取ってくれ。…そう、それ。さんきゅ。
 セイラとマリーは、社長室で待機。内線が鳴ったら、セイラが対応。外線が鳴ったら、マリーが対応。電話の相手に言う台詞は一つだけ。『現在、社長は別件の対応中ですので、お応えできかねます』。コレでおk。いいな?」

レイジはそう言いながら、社長室に待機していたイルフィーダ隊兵が持ってきた装備を手早く着込んだ。そして、改めて整列したイルフィーダ隊のロボット兵士たちを見る。―――…現在、社内に残っているイルフィーダ隊は、此処に在る数だけであった。本来の隊列は、ソラが臨時の指揮権を握ったうえで、既に出払っている。そしてソラが本社に居ないということは、グレイス隊もこのビル内には一体も居ないし、レオーネ隊はツバサの護衛も兼ねて、輝と百合花の『迎え』に行かせていた。……今のRoom ELに支援を求めても、武力を持たない医者であるナオトが、電話越しに留守の対応をするだけで、それ以上のことは望めない。

装備の安全性をしっかりと確かめたレイジが、整列したイルフィーダ隊と、その横で不安そうな気配を出すローザリンデ、セイラ、鞠絵を見た。が、彼は動じることは無く、口を開く。

「ルカ兄は結局、本社ビルに帰ってこなかった。それだけ、敵陣に腹ァ立ててるってこと。だから、こういうときこそ、残された俺たちでやる。
 ―――やるぞ!動け!イルフィーダ隊、続け!」

『了解!!』

鶴の一声。頂上からの啓示。社長の一喝。―――レイジの声に返事をした皆々が、一斉に動き出した。



――――…。

【同時刻 ヒルカリオ最東端 通称『ヒルタス湾の顎先』】

ROG. COMPANY本社ビルを揺らした地震の発生源は、此処である。今そこは、先のマム・システム討伐事案にてめちゃくちゃになっているため、ヒルカリオの統制機関によって、全面封鎖が敷かれていた。…だが、その上空にぽっかりと穴が空いており、そこから次々と『ナニかを成しているモノ』が、降り立ってきている。その『ナニか』とは…。

錆びた剣を持ったブリキの玩具の兵士、尖った鉛筆の槍を構える木製のデッサン人形。折り紙の忍者は、同じく折り紙の手裏剣を持っており。薄汚れたぬいぐるみは、楽器を手にして、奇妙な音楽を奏でている。

それらは次々と虚空の穴から出てきては、大した隊列を組んではいないものの、まっすぐにヒルカリオの街中方面を目指して、歩き始めていた。

そしてその光景を、積み上げられたコンテナの上から、眺めている人物が居る。―――ユナだ。
彼女は興奮冷めやらぬといった表情で、玩具たちの行進をスマートフォンで動画撮影をしている。…そう。彼女が先ほど何処ぞへ連絡をした『襲撃』とは、コレのことであった。

充分な時間の撮影をしたユナは、同じく自分の黒服が各方面の角度から写真や動画の撮影を続けていることを確認してから、満足そうに頷く。
そして、自分のスマートフォンでペルシを立ち上げ、自分で管理しているほぼ捨てアカウントに、先ほどの撮影した動画を投稿を試みる。恭子に百合花のネガキャンを依頼したあたりに作ったこのアカウントは、恭子がペルシで百合花の誹謗中傷を行うたびに、その投稿のみを拡散したり、時には同調するコメントをつけたりするのに使っていた。
だが、真の目的は、此処に在る。百合花へのネガキャンに同調したことで増えたフォロワーの人数は、四桁。この数を使うときが、今、やってきた。

玩具たちの行進動画に添える投稿文は、こうだ。

―――『【速報】おかしな奴らが侵略してきた!こんなおかしな芸当ができるのは、あの幸福劇場が絡んでいるに違いない!やっぱり幸福劇場を招いた紫雨百合花は、この国を滅ぼそうとしている!』

まるで何も意味をなさない文章ではあるものの。ユナは確信していた。こういう『頭が空っぽ』な文章ほど、飛びつく連中が多いのだと。
センセーショナルであれば、過激な単語を使えば、掴みさえ完璧なら、釣りに成功さえすれば、―――それで良いのだ。

「これで百合花の名声は、地に落ちる…!
 幸福劇場も、さっさとひれ伏しなさい…!あなたたちなんて、所詮、大師様の傀儡でしかないくせに…!そこに気が付かずに、新時代の使徒扱いされてるなんて、ちゃんちゃらおかしな話ね…!
 本当の意味で、新しい時代に選ばれたのは、―――この私よッ!!」

ユナは恍惚極まる顔を声で、『投稿』のボタンをタップした。途端に閲覧数は伸びて、投稿の拡散も、凄まじい勢いで始まる。
「これで、すぐにでも百合花に責任問題を謳い始める者が…」と思っていたユナだったが、―――…その眼に映り込んでくる、更新されていくコメント欄は、彼女の予想を全く裏切るモノだった。


『嘘乙www』
『こいつのかまちょ、いい加減にダルいわ』
『生成AIまで使って何がしたいの??』
『メルシちゃんの腰巾着だったくせに、急に出しゃばってきて痛いねーw』


それらを皮切りに、次々とユナのアカウントを批判したり、否定したりする言葉が羅列されていく。

「どういうこと…?!嘘つき呼ばわりどころか、腰巾着ですって…!!おのれ!私を誰だと思って…!!
 そもそも、どうして私が嘘と言われなくては―――…」

ユナが混乱していると、突然、引用機能にて、彼女のIDに直接、投稿文を張り付けてきたアカウントが居た。動画が添付されている。投稿文は無い。
焦る思いでユナがそれを開くと、そこには―――。


ヒルタス湾の顎先を、つまりこの場所を、ユナとは全く違う角度、しかもかなり近い距離から映し始めている。暫くすると、地鳴りがして、画面諸共、カメラが揺れた。そして次の瞬間、虚空に穴――ーあのワームホールだ―――が、じわじわと開き始める。そしてそこから、ブリキの兵士、デッサン人形、折り紙の忍者、ぬいぐるみの楽隊が、降りてきた。その瞬間を映した途端、「逃げるわよ!」という少女の声が入り、そこで動画は終わった。

ユナの動画とは違う距離と角度。それに何よりユナが撮影したそれと対照的だったのは、動画を回した時点で、まだ「襲撃が始まっていなかった」点だ。ユナの動画では、あの襲撃の群れが列をなしている部分しか映っていない。

しかも、この引用されてきた動画。投稿された時間が、ユナのモノより三分ほど早い。

たったそれだけで…―――、されどそれだけの決定打で、ユナが『嘘』呼ばわりをされているのだ。

現代のインターネット情報戦では、スピードこそ信頼の証。そして生々しさが必要不可欠である。
先に上がっていた動画は、襲撃が始まる瞬間を切り取り、そして「逃げるわよ!」という人間の声まで入っていた。つまり、この撮影者は少なくとも、この襲撃が危険なモノだと認知したうえで撮影した。そして大した加工も編集もせず、即座に投稿。命がけで、真実を届けようとしている。
対してユナは、完璧な画を撮りたくて、コンテナの上から見下ろす画角を選び、ワームホールの出現よりも、襲撃者が持つ得体の知れない恐怖を煽ろうとした。投稿文に、百合花と幸福劇場を絡めたのも悪手である。中身は空っぽであっても、それを覆い隠そうとした仰々しい文章が、却って、作り物感を押し出してしまった。

すぐさま火消しに入ろうとしたユナの指先だったが、焦り焦った黒服の声に断ち切られる。

「総理!埠頭の閉鎖が破られました!
 
 ―――アンジェリカです!!あのマム・システムが現れました!!
 それに!アンジェリカを先頭に、大勢のROG. COMPANYのロボット兵と、ソラ秘書官に、例のガンマン弁護士―――…あ!ああぁ…ッ!!」

黒服は最後まで報告の台詞を言い切ることが出来なかった。腰を抜かし、コンテナの下に広がる光景を指さしながら、真っ青な顔で、後ずさりをする。
ユナもつられて、下を見た。すると。

人口の雷光が迸り、文字通り、ユナたちの眼を眩ませる。そして、真っ青な快晴を突き抜けるかのように響き渡る、少女めいた声。


「蹴雷一閃!!」


瞬間、ドォォン!!、という轟音が、―――そう、ユナが逃亡する輝と百合花を追っていた峠道で聞いた、あの音と全く同じそれが、彼女の鼓膜をつんざく。


閃光によってチカチカしていた視界が、やっと収まった頃合いに。ユナはようやく、コンテナの上で膝をついたまま、再び下を見ようとして。――――その視界の端に、あの機械義足が入ってきたことで、すぐに、そちらを睨んだ。

ユナが居るコンテナの端っこで、機構を明滅させては、その三色に分かたれた瞳も、また不規則に瞬く。…―――アンジェリカだ。
慄くユナと黒服に向かって、アンジェリカが口を開いた。

「ようこそ、ユナ。この母との約束を守れるなんて、とても偉いじゃない。いいこね。
 ところで、貴女にとっては、ようやく自分の物語が始まった気分でしょうに。…でも、悪いのだけれど、その物語には、こちらで結末を綴らせて貰うわ。
 安心しなさい。寝しなの読み聞かせは、母の特権にして、子への庇護。このマム・システムは、全てを―――、そう、ユナさえも、受容する。
 
 ―――だけれど、ユナが犯した罪への追及は、『あの子』の仕事だわ。それは今や、この母の領域ではない。何故なら、マム・システムは、他でもないあの子によって、再調整を施されたのだから」

そう言いながら、アンジェリカは己のサイドテーブルの髪の先を、くるくる、と指先で弄んでいる。その仕草を見たユナは、ふと思った。そのクセ、何処ぞで見かけたことがある…―――?
そうだ。『あの男』が耳に付けたピアスの、あの赤色の宝石を弄ぶときと、よく似ている。ああいう手遊びめいたことをしているときの、あの男は、大抵、コチラの事情など知ったこっちゃないとでも言いたげな態度だった―――…

待て。
アンジェリカは、先ほど、何と言った?―――ユナが犯した罪の追及は、『あの子』の仕事、と…。

そう言いながら、アンジェリカは、あの男と同じ仕草を、クセでやっている、と?

アンジェリカは、マム・システム。マム・システムとは『人造の母』である。
誰のための母として、アンジェリカは生まれたのであったか?

そうだ。
破壊も創造も、彼の気まぐれ一つで簡単に塗り替えられる、世にも恐ろしいあの史上最強の軍事兵器を、母性で制御しようとした、成れの果て―――…。



カツン



ヒールの踵を踏みしめる音が、響いた。コンテナの下の喧騒をすり抜けて、ユナの耳朶を掠めていった。

あの軍事兵器は、女も真っ青な高さのハイヒールのニーブーツを履いているのが、いつものスタイル。


黒服たちが我先にと逃げ出すなか、ユナはしかと振り返った。ヒールの音がした方角へ。全身を震わせながらも、しかと見てやると。―――それでも、嘘であれと願いながら―――…。


「久しぶり、総理。ROG. COMPANY 特殊対応室のルカ三級高等幹部だよ。何年ぶりだと思う?…あれ、覚えてなさそ?
 ちなみにオレはその行為自体には興味ないケド…、人間ってやたら自分たちの行動を数値化するの、好きだよね~。それなのに、キミは最後にオレといつ逢ったのか、数えてないワケ?」
「初めまして、総理。同じく特殊対応室の、ツバサ事務員でございます」


アンジェリカと同じ色の髪が閃き、瞳が笑う。―――否、先にこの国に、あの深青が顕現したのは、こっちの方。―――――…あの、ルカの方だ!!


「随分と顔色が悪いね。そんなにオレが帰ってくるのが怖かったの?総理?
 それとも、心の準備がまだだったから緊張してます、とか、そんな乙女チックなコトでも言ってくれる…、ワケないわ。そんなセンスのある子じゃないよねえ、キミは~」

ルカはまるで世間話でもしているかのようなノリで話すが、しかし、その内容は全く聞き流して良いモノでもなく。彼は白色のニーハイブーツの踵を鳴らしながら、確実にユナへと近付いてくる。―――普段は決して鳴らさない、ヒールの音を、ルカが鳴らして。距離を縮めてくる。

ルカの瞳がユナを見下ろす位置にまでやってきた。そのとき。


「お待ちください。
 ええ、暫し、お待ちくださいませ」


ツバサと良く似た声質が響いた。ルカの聴覚センサーが別人のモノであることを伝えている。この国で、現時点で彼のホルダーに似た性質の声を出す人物は、一人しか確認されていない。

ルカが緩慢な動作で振り向くと、そこに立っていたのは。やはり。

「ごきげんよう、幸福劇場であります。
 ルカ三級高等幹部におきましては、ご快復の報に接し、心よりお慶び申し上げます」

マルギットはそう言うと、丁寧に腰を折った。…その後ろに居るノアとキャットも、気持ちばかりの軽い会釈をする。この三人衆とルカのファーストコンタクトのことを思い返すと、…この光景はハッキリ言って、異常だ。
何故なら。第一印象でルカに「レッドカード」とまで言わしめるほどの、最悪なイメージを焼き付けて。その直後に、第一脚本『アンチ・アグリー』で、ルカ不在のヒルカリオに悪害を蒔き散らした、あの幸福劇場が。…ルカに対して、最低限の礼儀を、しっかりと示しているのだから。

茫然としかけているユナに向かって、マルギットが距離を詰めてきた。ノアとキャットも追随する。ツバサが道を譲った。そして一番ユナに近付いていたルカもまた、半歩ほど下がえり、最前線を空けた。
そして、幸福劇場の三人衆が、いま最も、ユナと物理的距離が近い場所までやってくる。

マルギットがいつもの無機質な瞳ながらも、何処か怒気を孕んだ声音で、ユナへと口を開いた。

「総理、ご説明を。
 あそこのワームホールから出現しました侵略者は、幸福劇場が、本国におわす大師様より預かりました、脚本に用いるための演出装置であります。…それを我々の許可なく、総理が勝手に使用していると判断しました。
 理由は、明確。幸福劇場と本国が繋がっている回線に、総理のスマートフォンより、不正アクセスの痕跡があったからです」

マルギットが詰めても、ユナは僅かに俯いた状態で、何も答えようとしない。すると苛立った様子を見せたキャットが、得物のクナイを取り出し、ユナに向かって歩き出そうとして…―――

「―――おやめなさい、キャット。このような場面で、貴方の刃に錆を与えるわけにいきません。
 此処は、不肖マルギット、幸福劇場の特務将軍として、この国の総理と、史上最強の軍事兵器たるルカ三級高等幹部へ、最大限の誠意を示すことを、お約束します」

マルギットはそう言うと、おもむろに両手の先を自分の前へと持っていき、まるでカーテンを開くかのような、パッとそれを広げる動作を見せた。すると、―――マルギットの眼前に、空中投影されたホログラム画面が浮かび上がる。

その画面を数回ほどタップしたマルギットは、最後に出てきた署名欄に、自分の名前を書き込んで、もう一度、画面を押す。すると。

ゴゴゴ…!という、低くも重く、しかし静けさを感じるような音が響いた。―――上空から。

皆が天を見上げると、快晴の青色の中に浮かび上がる、巨大な円盤型のナニか。あれは、UFOか?はたはた、SF映画に出てくる空中要塞か?

そのスケールの違いに誰もが唖然とするが、ルカだけが薄らと笑った。そして、マルギットの淡々とした声が聞こえる。

「ご笑覧ください。あれこそ、幸福劇場が持てうる最強の兵器。空中展開式・対物消滅砲台――ーその名も、『マシェリ』にございます。
 マシェリの砲撃により、この地を荒らす無粋な演出装置以下と成り果てた侵略者たちを、一掃してみせましょう。それが、ルカ三級高等幹部への誠意であります。そして―――」

マルギットは一旦、言葉を区切った後、ユナを見て。再び、唇を動かした。

「最後通牒であります、紫雨総理。何故、貴女が幸福劇場の演出装置に手を出したのか。そうまでして、一体、何を得たいと思ったのか。その全て、我々が納得する説明を求めます。
 もし総理が、それに応えられないと仰るのであれば、マシェリの一撃を放った後、―――幸福劇場は、この国から即時撤退することを宣言いたします」

マルギットが言い放ったのは、とんでもないことである。
一見すると、「不義理をされたので、契約を破棄する」だけの話に聞こえるかもしれないが。忘れてはいけない。幸福劇場は、我が国が正式に招致した、別世界からの使徒である。そして今まで幸福劇場が敷いてきた脚本の影響が凄まじいことは、承知の上。…マルギットはそれらを分かったうえで、こう言いたいのだ。―――「そちらの要望で来訪し、施策(脚本)によって多大な影響を与えたものの、その後片付けは一切しない。そしてこの場を掃除したら、さっさと自分たちの国へ帰る」と。より現代風に言えば、「荒らすだけ荒らしたくせに、用済みと分かった途端、何もかも見捨てて、去る」である。

幸福劇場が酷い横暴を働いているように見えるかもしれないが。逆に、幸福劇場が、…マルギットがそう判断せざるを得ない、―――それだけのことを、ユナはやらかしてしまっているのである。

仮にも何にも。別世界のモノ同士とはいえ、幸福劇場が提唱した『サウザンド・メガロポリス計画』は、二つの国家間が協力して成す、一大プロジェクトだったのだから。

ユナだけの問題で片付けられる話ではない。
幸福劇場を招致したのは、国家。
影響を受けたのは、我が国全体。
そして後始末を押し付けられるのも、国家であり、我が国の民たちである。

つまりこれは、『国家としての責任が問われている場面』。
それすなわち、国家の頂点である総理――ーユナの責任問題。その一点集中へと、すぐに代わるのは、火を見るよりも明らかだ。

ユナが当初の予定通り、百合花へ責任を擦り付けようにも。現時点の状況下では、ペルシ内での小細工など最早、効果が無い。

かといって、釈明のためと公の場面に行こうものなら。―――ユナの本性を知った輝と百合花が、既にROG. COMPANYに保護されている今、あの二人を足掛かりに、ユナの牙城を崩しにくるのは理解するに容易い。というより、そのために、ルカはきっとこの場に現れたのだ。

誰もが。ユナの敗北を確信した。

そして、マルギットがマシェリの発射装置のインストールを始めた、そのとき。

「…は、ははっ…、あははっ!あははははははっ!!」

哂い声が響く。ユナだ。
天を覆うかのようなマシェリを見上げながら、彼女は乱れた髪の毛もそのままににして、ひたすら哂う。

ノアとキャットが瞬時に目配せをしあい、マルギットの指示を待たずして、ユナを取り押さえようと動こうとする。しかし、ユナがそちらを見るのが早かった。血走ったユナの眼に射抜かれたノアとキャットは、思わず、動きを止める。ユナが哂う。哂いながら、怒鳴るかのように言葉を出す。

「なにが最後通牒よ!!なにが誠意よ!!なにが即時撤退するよ!!
 あなたたち幸福劇場だなんて!!大師様の傀儡でしかないくせに!!決定権なんて与えられていないくせに!!
 自分たちが本当に『新しい時代の使徒』だと思っているわけ?!馬鹿らしい!!ああ馬鹿馬鹿しい!!
 本当に選ばれたのは、私なのに!!何も知らないお馬鹿さん!!
 あははははははははっっ!!!!」

狂った哂いと共に紡がれた台詞の真意は読み取れない。だが、「大師様」のワードに反応した幸福劇場は三人衆は、互いの顔を見合わせる。

覚えているだろうか。
マルギットが、百合花とユナの寿司屋で会食を行った後の、滞在先のホテルの部屋にて。突如として、緊急通信を入れてきた存在が居たことに。―――通信のスピーカーでしわがれた声を出していた存在こそ、マルギットによって「大師」と呼ばれていたことを。

「万能神ごっこはおしまいよ!!幸福劇場!!そして、ルカ!!
 『サウザンド・メガロポリス計画』の、真の目的!!―――この私、紫雨ユナのためのモノ!!」

ユナがそう狂声を上げた瞬間、再び、大きな地鳴りがする。
すると、マシェリが浮かんでいる対角線上に、一際大きな空間の裂け目が出来上がろうとしてた。

「これこそ、本当の『最後通牒』よ!!幸福劇場!!ルカ!!
 この国の頂点にして、新世界への橋の一歩目を歩くのは、私なの!!」

ユナがそう叫ぶと同時に。新しく出来た、それはそれは巨大なワームホールの向こう側に、―――何かの街の様子が見えた。

「…あれは、シェルターシティ…!」

その景色を見たマルギットが、叫ぶ。ノアもキャットも、信じられないと言った風に、それを見上げている。つまり、あのワームホールは、三人の故郷と繋がっているということ。だが、それが意味することは、一体―――…?

狂ったように哂うユナ。茫然とする幸福劇場。自分の耳に嵌ったインカムで、コンテナ下で戦闘を繰り広げていたソラ、琉一、ロボット兵たちに撤退命令を出すアンジェリカ。沈黙で事態を眺めるツバサ。そして、―――薄かった笑みが、深くなったルカが、呟く。

「…ごめんなさい、を言えるタイミングが、もう無くなっちゃったかもね」



【第六章へ、続く…。】
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