第五章 哂納通牒
『あれ?またそこで躓いたのかな?…大丈夫さ。何度でもやり直せばいい。私も手を貸そう。何でも言ってくれたまえよ』。―――…精緻な細工の杖を持ったあの男は、いつもそう苦笑交じりながら、詳細で正確な助言をくれた。私は何か困るとすぐ彼に頼るクセを直したい、…とは思ってはいたが…。
『ユナよ!また泣いているのか?!どーれ!儂がその涙の原因を根こそぎ殴り飛ばしてきてやろう!ほら言え!どこの馬の骨だぁ?!がははは!』。―――…眼帯を嵌めた古傷だらけのあの男は、豪快に笑い飛ばしながらも、いつも私を陰で貶す輩を、彼自らが手打ちにしに行ってくれた。ごく稀に、その過程で過剰防衛で懲罰されそうになった彼を、逆フォローすることも多かったが…。
『あら?ユナさん。そこの帳簿の数字、ズレていてよ?…ああ、駄目よ、そのままではズレた状態で全部が…、…いいわ、私に任せてくださらない?ズレた根本から、完璧に直してさしあげるわ』。―――…企業間で女帝と名高ったあの女は、やはりいち社会人として非常に有能だった。社会的知識は彼女から教授したモノも多いが、同時に闇が渦巻く現代社会で生きるための彼女の狡猾さが、酷く恐ろしく感じることもあった…。
本当は不要な杖を突きながらも、しかと前を見据えて歩む男。―――…ユキサカ製薬、代表取締役社長『雪坂玄一』。
眼帯と古傷を纏いながら、傭兵から銀行の頭取へと立場を変えた今も尚、戦いを止めない男。―――…サクラメンス・バンクの頭取『乙女樹バルドラ』。
成り上がりとはいえ、極地から得た知恵と経験と、たった一粒の幸運で、社会的地位を盤石にした女。―――…現トルバドール・セキュリティー名誉会長『イヴェット・リーグスティ』。
「この国の総理になるために!」と息巻いていた若きユナの前に現れて、彼女のことを、それぞれをやり方で支えてくれたと同時に。国の頂点に立つには未熟で無知すぎたユナに、様々な戦略と選択肢と、それを練るための道筋を考える頭脳を授けてくれた人間たち…―――。
私は彼らから学んだ。夢しか語れなかった無知だった私に、彼らは夢を実現するための計画を描く筆を執る手を、与えてくれた。
だから、感謝と、恩を返す意味を込めて。『招待した』というのに。―――…三人は、皆、首を横に振った。
玄一は言った。「ユナ、考え直しなさい。今ならまだ、そのような愚策の撤回は間に合うはず…。作戦や手順が必要ならば、私も考える。大丈夫だ。まだ立ち回れる」
バルドラは言った。「己の立場と責任を忘れたか、ユナ!もうろくするには早いぞ!儂に語ってくれたかつての夢の話は、一体、何処へやったと言う?!」
イヴェットは言った。「到底、同意も賛成も出来ませんわ。…大体、ユナさんは国の総理であると同時に、一人の女なのでしてよ?その尊厳を捨てるような真似までして、それは本当に得たいモノなのかしら?」
道を示してくれたはずの三人は、いざ私が自分の道を歩むためにと、その手を取ろうとした瞬間、それを払った。
否、違う。―――…私が、三人より、高みに至ったからだ。
かつて、『与えてあげる側』だった私が、いざ、『与えてくる側』になったと認識したから。上から見下ろして満足することが出来なくなったから。もう、私に適うわけがないと、本能で悟ったから。
……よろしい。それならば、見捨ててやる。せっかくの私から与えられるはずの特権を、その招待の声を、あなたたちは無碍にした。
彼らが後悔したって、全てが終わったときに縋ったって、命乞いしたって。もう、引き返せない道を歩く私には、そんなモノ、ひとかけらも関係ないのだわ…―――……
ピピピッ!ピピピッ!
耳元で鳴った音で、ユナはまどろみから浮上した。仮眠用に設定した、スマートフォンのアラームだ。時間にすれば、ものの四十分ほどだが、多忙極めるユナにとっては、充分な休憩と言える。
起き上がったユナが、眠っていたソファーベッドの傍に置いていたタンブラーから、水出し専用のルイボスティーをごくごくと飲んでいると。すぐ近くで警護にあたっていた女性の黒服が近寄ってきて、報告を始める。
「総理。つい先ほど、輝・リーグスティが目覚めました。総理のご指示通り、例の薬は既に投与してある状態ですが…、その、どうも様子がおかしいのです」
黒服が言い淀んだことに、ユナはタンブラーの飲み口から外した唇を、すぐさま動かす。
「どういうこと?説明してちょうだい」
催促された黒服は、すぐさま続きを報告した。
「投与した薬の効果は、監視カメラ越しからでも、明らかに輝の身体に出ていることが確認が出来ます。ですが、…本人が、かなり強い意志で抗っている、というか、その、…むしろ精神的には効果が無いのでは、と…」
「…? まるで、状況が分からないわ。まあ、良いでしょう。百聞は一見に如かず。監視カメラを、此処に繋いでちょうだい。この眼で直接、確認するわ」
「かしこまりました」
黒服の説明にピンと来なかったユナだったが、すぐさま思考を切り替えて、新しい指示を飛ばす。ユナからの指示を受理した黒服が、彼女の前にある大型モニターと繋がっているノートパソコンを操作して、監視カメラの映像を共有するよう設定すれば、―――…モニター内に、仄かに暗い室内が映り込んだ。照明こそ控えめな部類だが、そこに放り込まれているのが、拉致してきた百合花と輝であることは、ハッキリと判別が出来る。高性能集音マイクも設置しているので、二人がどのようなやり取りをしているのかも、良く聞こえてくる。
輝の身を案じる百合花の不安な声と。それに応答しつつも、荒っぽい口調で薬に抗う自分を叱咤する輝の声が、それぞれ聞こえてきた。
ユナはその光景を、じっくりと観察することと決めてから。黒服に向かって、暖かい紅茶と、軽食を用意するよう、命令したのである。
――――…。
輝は意識を取り戻してから、自分の身体の異変と、その正体と原因を感じ取った、その後。すぐさま、この室内の監視カメラと、集音マイクの位置を、目視で確認していた。……むしろ、輝にその位置を悟られるのを前提にしているかのような配置に見えて、正直、輝は苛立ちを隠せない。自分がユナから完全にナメられているのが、分かったからだ。現に、自分は縄の一本も掛けられていない。…まあ、これには理由があるのだが…。
苛立つ輝が、割と無意識に、大きな舌打ちをした。直後、彼はすぐにハッと我に返ってから、自分の視線の先、…距離にして二メートルほど離れた場所に座り込んでいる百合花に向かって、「すみません、つい…」と謝った。その声は上擦っており、呼吸は荒いが。輝が百合花に払うべき敬意と、彼女の身を案じる情が、確かに宿っている。
対して、百合花はというと。両手に手錠が嵌められている。そのうえ、着ているシャツのボタンは全て外されており、スラックスのチャックまで限界までおろされていて、上下諸共、下着が丸見えだ。当然、スラックスとセットで仕立ててあるジャケットも脱がされていたが、…こちらは部屋の隅に適当に放り投げられている。
この状況、一体、どういうことなのか。
拉致された後。輝に投与された薬は、所謂、『媚薬』と呼ばれる類のモノだ。名前だけ聞けばフィクションの世界のモノだと認識できるが、輝に打ち込まれたのは、謂わば、強制的に身体を発情させる薬、とでも言えば伝わるだろうか。そして、それを投与されて、今、薬の効果が出ている輝は、武装や連絡機器こそ取り上げられているものの、拘束はされていない。
一方で、百合花は両手を縛られているうえに、拉致した手のモノによって、衣服を乱された状態で、強制的に発情させられた輝と同室に放り込まれている。
つまり、此処から。ユナの目論見が見えてくる。――――…百合花を、輝に襲わせたいのだ。そして、その映像と音声を、設置したカメラとマイクで写し取り、今度こと、揺るぎないスキャンダル情報として使うつもりなのだ。
故に、誓って、―――今更、誓う相手も居ない気もするが―――、ユナは此処に来るまで、百合花に無体は働かなかった。憎たらしいからと、せっかく用意した駒を使わない、むしろ、自分の手が必要のない場面でそれを行使するのは、非常にもったいない。
だからこそ。ユナのその目論見が分かったからこそ。輝は苛立ちが止められない。
「…襲うわけねーだろ、このバカッ!…ああもう!…めんっどくせーモン、俺に盛りやがって…!」
輝はそう悪態を吐きつつも、なるべく百合花に眼を向けないようにしながら、横に無造作に置いてあるプラ製の折り畳み式コンテナの山を、拳でガンガン!と叩き続ける。
発情しているため本能が剥きだしになっているにせよ、素の状態に戻っているにせよ。輝自身が、薬の効果に屈しないあたり、その方面には全くの素人の百合花であっても、彼がかなり強靭なメンタルの持ち主であることを、再認識する。…それと同時に、輝が百合花を、本当に、大切な存在として―――勿論、警護対象として…―――、扱ってくれていることを、百合花は肌で感じるのであった。故に、百合花は、声を掛けずには言られない。
「あの、このような状態の私が言うのもおかしいでしょうが…、…何か、私がお手伝いしたり、輝さんの助けになることは…、ありますか…?」
そう言った百合花の台詞は、フィクションの世界ならば、確実に「そういう場面」に突入する前振り以外の何者でもなかったが。…輝が、その考えに至らないため、何も起こりはしない。
だが、輝は無視したり、会話をズラすような真似はしなかった。彼はコンテナの山を叩いていた手をプラプラさせつつ、自分の脚の状態を見るかのような動きもさせてから。ほんの少し頼りない笑みを浮かべて、百合花に向かって、口を開く。
「…それじゃ、気分転換に、ちょっと自分語りしてもいいですか?どうせ時間は過ぎていくだけで、この状況を打開してくれる外部からの支援は望めないし…」
「ええ、聞かせて…。輝さんのこと、もっと知りたいわ」
百合花はそう答えながら、手錠の嵌った両手をぎこちなく動かし、なるべく輝を刺激しない姿勢と恰好になりたいという思いで、体育座りをした。
健気な姿を見せる百合花のことを輝はチカラなく微笑み眺めながら、しかし、すぐに視線は床に落として、―――…語り始める。
「…俺には、双子の妹が居るんです。名前は、優那。…ああ、諸悪の根源と、なんか響きが似てる…、腹立つぅ…。
あ、すみません。…それで、俺は妹とは訳あって、現在はほぼ疎遠状態になっているんです」
「ゆうな、という妹さんなのね。素敵な名前だと思うわ。…それで?」
輝の言葉を聞いた百合花は、優那とユナの名前の響きの似通いには、輝の言う通り、確かに腹の立つような思いはしたものの。…とはいえ、それは関係が無いということで、続きを促すことに徹した。輝は、傍らのコンテナの山に寄りかかって、自身と妹・優那との過去を話し始める。
「疎遠になった理由は、十割、俺のせいで…。…軽蔑してやってください。妹の顔写真と、ネットから適当に拾ってきたグラビア画像を、無料ソフトで合成したヤツを使って、…優那を母の眼の届かない場所で脅迫して、小遣いをカツアゲしてたんです。挙句、優那は絵が上手いのに、俺はそれを馬鹿にして、勝手に格下や陰キャ扱いして…。酷い言葉も、人格否定も、尊厳を踏み躙るような言葉も、たくさん投げつけていました…」
「…、…そう」
百合花は胸が苦しくなる思いを感じた。かつての輝は、今の彼とは相反する『悪ガキ』と呼ばれる存在だったこと、そしてその悪者感情の餌食になっていた彼の妹の、当時の精神状態などに、心を馳せたのである。誰にだって、イキがりたい年頃はある、とは言うものの…―――。
輝が、続ける。
「結局、俺は琉一さんに見出されたとはいえ、母の元から拉致られて、戦士として訓練と教育を施されました…。そして、ヒルタス湾の最東端で起こった、マム・システム暴走の事件…、…ああ、その顔は「知らない」って感じ…?…ま、いっか。とにかく、デカめの鉄火場が出来上がった際に、戦士としてデビューしました。
…それが収束した後。優那には謝罪を入れて、一応、許しては貰えたんです。
でも直後、優那にはこう言われました。…「直接的に謝って貰えたし、取られたおカネも返して貰えたから、とりあえずは許す。…でも条件があるの。今後、私に不必要に近付くのはやめて。用事があれば、私から連絡する。どうしても兄さんから私へ連絡を入れたかったら、一旦、お母様を通して。…これが、条件。」って…。
俺の謝罪は済んだけれど、未だに優那と和解したとは言い難くて…。…まあ、それもそうだよなって…。実の兄にエロ画像を捏造されて、好きなことを否定されまくって、オマケにカネまで取られてたんだから…」
輝の最後の自嘲気味の台詞で、百合花の反応も、完全に途切れた。だがしかし、それは輝のことを軽蔑したり、幻滅したとかでは、決してない。むしろ百合花は、逆のことを思っている。
輝は、過去の罪と向き合い、背負って生きている。ただの悪ガキだった子どもが、立派な戦士として生まれ変わっただけではなく、戦場に立つ意味も、武器を持つことの責任も理解して、―――…そうして今、自分の身体に異常をきたしている真っ只中だというのに、百合花のことを気遣うことを忘れないし、勿論、戦士としてのプライドも捨てないし、人間が本来持っている倫理観も維持している。
百合花の沈黙の意味を正しく理解した輝は、ふーーっ…、と少し長めの溜め息を吐いてから。寄りかかっていたコンテナの山を、今一度、コツン、と小突いた。そして、おもむろにその場に立ち上がる。そして、…次の瞬間。
まずは、部屋の隅まで俊足で駆け寄り、そこに置いてあった集音マイクの全てを、右足のブーツの踵で叩き潰す。そして、間髪入れず、今度はコンテナの山を足場にして飛び上がり、天井に取り付けられていた監視カメラも、同じく右足の踵で蹴り飛ばすようなカタチで、木っ端微塵にした。
輝が床に、すたん!、と降り立つ。よく見ると、彼がマイクとカメラを壊した右足の踵から、仕込み刃が飛び出している。どうやら、ユナは輝の武装、つまり愛弓やナイフは取り上げはしたものの、彼の装飾品そのものの細部までは調べなかったらしい。―――何より、先ほどまで、薬の影響で苦しんでいた様子は、輝にはもう無くて…―――。
突然のことに、百合花がぽかんとしていると、輝は「両手を出来る限り、横に引っ張って。そして、こちらに目いっぱい差し出して。そう、そのまま動かないで」とだけ言い、それに従った百合花の手錠の伸びきった鎖を、仕込み刃で真っ二つに斬った。すると、おかしな音を出した手錠の輪が、勝手に百合花の手から外れて、地面に落ちていった。
その様子を見た輝が、なるほど…、と呟いた後、喋り始めた。
「…鎖を斬っただけで誤作動を起こして、わっぱが外れる、か…。やっぱり、総理は此処にトルバドール・セキュリティーの過去製品を使ってるみたいだ。…俺を潰して、本社を接収したがったのも、それが誘因か…。
でもそれなら、まだ此処を抜け出すための突破口があるはず。…行きましょう、百合花先生。…あと、服の乱れを直してください…」
「え、あ、はい…!今すぐに…!
…あの、投与された薬の影響は…?あそこまで、口調も態度も荒れていたのに…?」
百合花はしかと返事をするものの、疑問は尽きない。輝に投与されたはずの強制的に発情させる薬の効果は、一体、何処へ?
すると、輝は、部屋の扉の仕様を見た後、すぐに百合花の傍まで帰ってきながら、彼女の質問に答える。
「ああ…、それなら話は簡単です。戦士として訓練を受けていた最中、「ついで」と言わんばかりに、対薬物訓練も受けたんです。当時の琉一さん曰く、「こんな中途半端な訓練なら却って面倒なことになりかねない」とか何とか言ってましたが…。まあ、百合花先生に、俺の荒っぽい姿を見せてしまったのは面倒だったかもしれないけど、結果オーライでしょう?結実したんですから」
「な、なるほど…。よし、直しましたわ。参りますか?」
百合花は手早く服装を直し、落ちていたジャケットも羽織った。此処から走るのかと構えたが、意外にも輝は、「まあ、落ち着いて」と彼女を宥める。逃げるのでは?と再び疑問符を飛ばす百合花に対して、輝はいたずらっ子のような顔をしながら、説明をした。
「カメラとマイクを壊せば、この部屋の様子は向こうに伝わらなくなる。そして俺はマイクから壊すのを、わざわざカメラに映させた。…つまり、向こうにはカメラが壊される寸前まで、俺が復活したことを確認しているはず。そうすれば、対策として切ってくるカードは、ただ一枚…」
そう言いながら、輝は手だけで百合花に下がるように示す。従った彼女は、三歩ほどの距離、輝の後ろまで下がった。そのとき。
部屋の扉がけたたましい音と共に開かれる。と、同時に、先頭に居た黒服の顔面に、輝のニーキックがめり込んだ。そして息つく間も無く、先頭の斜め後ろを固めていた者の顔面を殴り飛ばし、次いで、身長差を利用して飛び掛かってきた者の下側に回避すると、そのまま自分の脚で相手のそれを払う。発砲音が聞こえたが、それによって発射された麻酔矢が輝に命中することはなく、輝は矢が避けられたことに動揺した黒服の顎めがけて、アッパーカットで一閃。一瞬で昏倒したその黒服が取り落とした麻酔矢を拾い上げ、まだ意識のある先兵二人の太腿めがけて、一発ずつ、撃ち込んでいった。
それから輝は、制圧した黒服たちの携帯品から、拳銃一丁と弾倉三本、折り畳み式ナイフを二本。そして、建物の見取り図が内臓されている端末を、見事、鹵獲せしめたのである。
そう。輝が言った、「相手が切ってくる、ただ一枚のカード」こそが、彼の狙いだった。武力を持つ輝が復活したとなれば、相手は必ず、彼の無力化を再度はかろうとしてくる。そうなると、ぶつけてくる黒服も、武装勢力しかあり得ない。つまり輝は、わざとカメラに自分の復活状態を映すことで、相手の武装勢力を誘い込んだのだ。目的は勿論、脱出するために必要になる武器。そのうえ、今回はマップまで手に入った。運が良い。
そうこうしているうちに、輝は早速、建物の見取り図を眺め、ものの数十秒で全てを頭に叩き込んだ後。端末を床に落とすと、右の踵の仕込み刃で粉砕した。端末が電波を発している以上、これを持ち歩くのは、相手に自分たちの位置情報をリアルタイムで教えているのと同意義であるから。
輝は自分の後ろに立っている百合花の方を振り向く。眼が合った。強い意志が宿った瞳だ。―――…もう既に、此処まで来て、震えているだけの百合花ではない。
「さあ、行きましょう。道中の敵や、妨害用トラップは俺に任せて、貴女は後ろからついてきてください。…大丈夫です。貴女のことは、俺が最後まで守りますから」
輝がそう言いながら、百合花に折り畳み式ナイフの一本を投げて寄越す。正確な軌道で掌に収まった軽いナイフを一瞥した百合花は、いつもならば名刺ケースとボールペンが収まっているはずのジャケットの内ポケットに、それを仕舞いこんだのであった。
to be continued...
『ユナよ!また泣いているのか?!どーれ!儂がその涙の原因を根こそぎ殴り飛ばしてきてやろう!ほら言え!どこの馬の骨だぁ?!がははは!』。―――…眼帯を嵌めた古傷だらけのあの男は、豪快に笑い飛ばしながらも、いつも私を陰で貶す輩を、彼自らが手打ちにしに行ってくれた。ごく稀に、その過程で過剰防衛で懲罰されそうになった彼を、逆フォローすることも多かったが…。
『あら?ユナさん。そこの帳簿の数字、ズレていてよ?…ああ、駄目よ、そのままではズレた状態で全部が…、…いいわ、私に任せてくださらない?ズレた根本から、完璧に直してさしあげるわ』。―――…企業間で女帝と名高ったあの女は、やはりいち社会人として非常に有能だった。社会的知識は彼女から教授したモノも多いが、同時に闇が渦巻く現代社会で生きるための彼女の狡猾さが、酷く恐ろしく感じることもあった…。
本当は不要な杖を突きながらも、しかと前を見据えて歩む男。―――…ユキサカ製薬、代表取締役社長『雪坂玄一』。
眼帯と古傷を纏いながら、傭兵から銀行の頭取へと立場を変えた今も尚、戦いを止めない男。―――…サクラメンス・バンクの頭取『乙女樹バルドラ』。
成り上がりとはいえ、極地から得た知恵と経験と、たった一粒の幸運で、社会的地位を盤石にした女。―――…現トルバドール・セキュリティー名誉会長『イヴェット・リーグスティ』。
「この国の総理になるために!」と息巻いていた若きユナの前に現れて、彼女のことを、それぞれをやり方で支えてくれたと同時に。国の頂点に立つには未熟で無知すぎたユナに、様々な戦略と選択肢と、それを練るための道筋を考える頭脳を授けてくれた人間たち…―――。
私は彼らから学んだ。夢しか語れなかった無知だった私に、彼らは夢を実現するための計画を描く筆を執る手を、与えてくれた。
だから、感謝と、恩を返す意味を込めて。『招待した』というのに。―――…三人は、皆、首を横に振った。
玄一は言った。「ユナ、考え直しなさい。今ならまだ、そのような愚策の撤回は間に合うはず…。作戦や手順が必要ならば、私も考える。大丈夫だ。まだ立ち回れる」
バルドラは言った。「己の立場と責任を忘れたか、ユナ!もうろくするには早いぞ!儂に語ってくれたかつての夢の話は、一体、何処へやったと言う?!」
イヴェットは言った。「到底、同意も賛成も出来ませんわ。…大体、ユナさんは国の総理であると同時に、一人の女なのでしてよ?その尊厳を捨てるような真似までして、それは本当に得たいモノなのかしら?」
道を示してくれたはずの三人は、いざ私が自分の道を歩むためにと、その手を取ろうとした瞬間、それを払った。
否、違う。―――…私が、三人より、高みに至ったからだ。
かつて、『与えてあげる側』だった私が、いざ、『与えてくる側』になったと認識したから。上から見下ろして満足することが出来なくなったから。もう、私に適うわけがないと、本能で悟ったから。
……よろしい。それならば、見捨ててやる。せっかくの私から与えられるはずの特権を、その招待の声を、あなたたちは無碍にした。
彼らが後悔したって、全てが終わったときに縋ったって、命乞いしたって。もう、引き返せない道を歩く私には、そんなモノ、ひとかけらも関係ないのだわ…―――……
ピピピッ!ピピピッ!
耳元で鳴った音で、ユナはまどろみから浮上した。仮眠用に設定した、スマートフォンのアラームだ。時間にすれば、ものの四十分ほどだが、多忙極めるユナにとっては、充分な休憩と言える。
起き上がったユナが、眠っていたソファーベッドの傍に置いていたタンブラーから、水出し専用のルイボスティーをごくごくと飲んでいると。すぐ近くで警護にあたっていた女性の黒服が近寄ってきて、報告を始める。
「総理。つい先ほど、輝・リーグスティが目覚めました。総理のご指示通り、例の薬は既に投与してある状態ですが…、その、どうも様子がおかしいのです」
黒服が言い淀んだことに、ユナはタンブラーの飲み口から外した唇を、すぐさま動かす。
「どういうこと?説明してちょうだい」
催促された黒服は、すぐさま続きを報告した。
「投与した薬の効果は、監視カメラ越しからでも、明らかに輝の身体に出ていることが確認が出来ます。ですが、…本人が、かなり強い意志で抗っている、というか、その、…むしろ精神的には効果が無いのでは、と…」
「…? まるで、状況が分からないわ。まあ、良いでしょう。百聞は一見に如かず。監視カメラを、此処に繋いでちょうだい。この眼で直接、確認するわ」
「かしこまりました」
黒服の説明にピンと来なかったユナだったが、すぐさま思考を切り替えて、新しい指示を飛ばす。ユナからの指示を受理した黒服が、彼女の前にある大型モニターと繋がっているノートパソコンを操作して、監視カメラの映像を共有するよう設定すれば、―――…モニター内に、仄かに暗い室内が映り込んだ。照明こそ控えめな部類だが、そこに放り込まれているのが、拉致してきた百合花と輝であることは、ハッキリと判別が出来る。高性能集音マイクも設置しているので、二人がどのようなやり取りをしているのかも、良く聞こえてくる。
輝の身を案じる百合花の不安な声と。それに応答しつつも、荒っぽい口調で薬に抗う自分を叱咤する輝の声が、それぞれ聞こえてきた。
ユナはその光景を、じっくりと観察することと決めてから。黒服に向かって、暖かい紅茶と、軽食を用意するよう、命令したのである。
――――…。
輝は意識を取り戻してから、自分の身体の異変と、その正体と原因を感じ取った、その後。すぐさま、この室内の監視カメラと、集音マイクの位置を、目視で確認していた。……むしろ、輝にその位置を悟られるのを前提にしているかのような配置に見えて、正直、輝は苛立ちを隠せない。自分がユナから完全にナメられているのが、分かったからだ。現に、自分は縄の一本も掛けられていない。…まあ、これには理由があるのだが…。
苛立つ輝が、割と無意識に、大きな舌打ちをした。直後、彼はすぐにハッと我に返ってから、自分の視線の先、…距離にして二メートルほど離れた場所に座り込んでいる百合花に向かって、「すみません、つい…」と謝った。その声は上擦っており、呼吸は荒いが。輝が百合花に払うべき敬意と、彼女の身を案じる情が、確かに宿っている。
対して、百合花はというと。両手に手錠が嵌められている。そのうえ、着ているシャツのボタンは全て外されており、スラックスのチャックまで限界までおろされていて、上下諸共、下着が丸見えだ。当然、スラックスとセットで仕立ててあるジャケットも脱がされていたが、…こちらは部屋の隅に適当に放り投げられている。
この状況、一体、どういうことなのか。
拉致された後。輝に投与された薬は、所謂、『媚薬』と呼ばれる類のモノだ。名前だけ聞けばフィクションの世界のモノだと認識できるが、輝に打ち込まれたのは、謂わば、強制的に身体を発情させる薬、とでも言えば伝わるだろうか。そして、それを投与されて、今、薬の効果が出ている輝は、武装や連絡機器こそ取り上げられているものの、拘束はされていない。
一方で、百合花は両手を縛られているうえに、拉致した手のモノによって、衣服を乱された状態で、強制的に発情させられた輝と同室に放り込まれている。
つまり、此処から。ユナの目論見が見えてくる。――――…百合花を、輝に襲わせたいのだ。そして、その映像と音声を、設置したカメラとマイクで写し取り、今度こと、揺るぎないスキャンダル情報として使うつもりなのだ。
故に、誓って、―――今更、誓う相手も居ない気もするが―――、ユナは此処に来るまで、百合花に無体は働かなかった。憎たらしいからと、せっかく用意した駒を使わない、むしろ、自分の手が必要のない場面でそれを行使するのは、非常にもったいない。
だからこそ。ユナのその目論見が分かったからこそ。輝は苛立ちが止められない。
「…襲うわけねーだろ、このバカッ!…ああもう!…めんっどくせーモン、俺に盛りやがって…!」
輝はそう悪態を吐きつつも、なるべく百合花に眼を向けないようにしながら、横に無造作に置いてあるプラ製の折り畳み式コンテナの山を、拳でガンガン!と叩き続ける。
発情しているため本能が剥きだしになっているにせよ、素の状態に戻っているにせよ。輝自身が、薬の効果に屈しないあたり、その方面には全くの素人の百合花であっても、彼がかなり強靭なメンタルの持ち主であることを、再認識する。…それと同時に、輝が百合花を、本当に、大切な存在として―――勿論、警護対象として…―――、扱ってくれていることを、百合花は肌で感じるのであった。故に、百合花は、声を掛けずには言られない。
「あの、このような状態の私が言うのもおかしいでしょうが…、…何か、私がお手伝いしたり、輝さんの助けになることは…、ありますか…?」
そう言った百合花の台詞は、フィクションの世界ならば、確実に「そういう場面」に突入する前振り以外の何者でもなかったが。…輝が、その考えに至らないため、何も起こりはしない。
だが、輝は無視したり、会話をズラすような真似はしなかった。彼はコンテナの山を叩いていた手をプラプラさせつつ、自分の脚の状態を見るかのような動きもさせてから。ほんの少し頼りない笑みを浮かべて、百合花に向かって、口を開く。
「…それじゃ、気分転換に、ちょっと自分語りしてもいいですか?どうせ時間は過ぎていくだけで、この状況を打開してくれる外部からの支援は望めないし…」
「ええ、聞かせて…。輝さんのこと、もっと知りたいわ」
百合花はそう答えながら、手錠の嵌った両手をぎこちなく動かし、なるべく輝を刺激しない姿勢と恰好になりたいという思いで、体育座りをした。
健気な姿を見せる百合花のことを輝はチカラなく微笑み眺めながら、しかし、すぐに視線は床に落として、―――…語り始める。
「…俺には、双子の妹が居るんです。名前は、優那。…ああ、諸悪の根源と、なんか響きが似てる…、腹立つぅ…。
あ、すみません。…それで、俺は妹とは訳あって、現在はほぼ疎遠状態になっているんです」
「ゆうな、という妹さんなのね。素敵な名前だと思うわ。…それで?」
輝の言葉を聞いた百合花は、優那とユナの名前の響きの似通いには、輝の言う通り、確かに腹の立つような思いはしたものの。…とはいえ、それは関係が無いということで、続きを促すことに徹した。輝は、傍らのコンテナの山に寄りかかって、自身と妹・優那との過去を話し始める。
「疎遠になった理由は、十割、俺のせいで…。…軽蔑してやってください。妹の顔写真と、ネットから適当に拾ってきたグラビア画像を、無料ソフトで合成したヤツを使って、…優那を母の眼の届かない場所で脅迫して、小遣いをカツアゲしてたんです。挙句、優那は絵が上手いのに、俺はそれを馬鹿にして、勝手に格下や陰キャ扱いして…。酷い言葉も、人格否定も、尊厳を踏み躙るような言葉も、たくさん投げつけていました…」
「…、…そう」
百合花は胸が苦しくなる思いを感じた。かつての輝は、今の彼とは相反する『悪ガキ』と呼ばれる存在だったこと、そしてその悪者感情の餌食になっていた彼の妹の、当時の精神状態などに、心を馳せたのである。誰にだって、イキがりたい年頃はある、とは言うものの…―――。
輝が、続ける。
「結局、俺は琉一さんに見出されたとはいえ、母の元から拉致られて、戦士として訓練と教育を施されました…。そして、ヒルタス湾の最東端で起こった、マム・システム暴走の事件…、…ああ、その顔は「知らない」って感じ…?…ま、いっか。とにかく、デカめの鉄火場が出来上がった際に、戦士としてデビューしました。
…それが収束した後。優那には謝罪を入れて、一応、許しては貰えたんです。
でも直後、優那にはこう言われました。…「直接的に謝って貰えたし、取られたおカネも返して貰えたから、とりあえずは許す。…でも条件があるの。今後、私に不必要に近付くのはやめて。用事があれば、私から連絡する。どうしても兄さんから私へ連絡を入れたかったら、一旦、お母様を通して。…これが、条件。」って…。
俺の謝罪は済んだけれど、未だに優那と和解したとは言い難くて…。…まあ、それもそうだよなって…。実の兄にエロ画像を捏造されて、好きなことを否定されまくって、オマケにカネまで取られてたんだから…」
輝の最後の自嘲気味の台詞で、百合花の反応も、完全に途切れた。だがしかし、それは輝のことを軽蔑したり、幻滅したとかでは、決してない。むしろ百合花は、逆のことを思っている。
輝は、過去の罪と向き合い、背負って生きている。ただの悪ガキだった子どもが、立派な戦士として生まれ変わっただけではなく、戦場に立つ意味も、武器を持つことの責任も理解して、―――…そうして今、自分の身体に異常をきたしている真っ只中だというのに、百合花のことを気遣うことを忘れないし、勿論、戦士としてのプライドも捨てないし、人間が本来持っている倫理観も維持している。
百合花の沈黙の意味を正しく理解した輝は、ふーーっ…、と少し長めの溜め息を吐いてから。寄りかかっていたコンテナの山を、今一度、コツン、と小突いた。そして、おもむろにその場に立ち上がる。そして、…次の瞬間。
まずは、部屋の隅まで俊足で駆け寄り、そこに置いてあった集音マイクの全てを、右足のブーツの踵で叩き潰す。そして、間髪入れず、今度はコンテナの山を足場にして飛び上がり、天井に取り付けられていた監視カメラも、同じく右足の踵で蹴り飛ばすようなカタチで、木っ端微塵にした。
輝が床に、すたん!、と降り立つ。よく見ると、彼がマイクとカメラを壊した右足の踵から、仕込み刃が飛び出している。どうやら、ユナは輝の武装、つまり愛弓やナイフは取り上げはしたものの、彼の装飾品そのものの細部までは調べなかったらしい。―――何より、先ほどまで、薬の影響で苦しんでいた様子は、輝にはもう無くて…―――。
突然のことに、百合花がぽかんとしていると、輝は「両手を出来る限り、横に引っ張って。そして、こちらに目いっぱい差し出して。そう、そのまま動かないで」とだけ言い、それに従った百合花の手錠の伸びきった鎖を、仕込み刃で真っ二つに斬った。すると、おかしな音を出した手錠の輪が、勝手に百合花の手から外れて、地面に落ちていった。
その様子を見た輝が、なるほど…、と呟いた後、喋り始めた。
「…鎖を斬っただけで誤作動を起こして、わっぱが外れる、か…。やっぱり、総理は此処にトルバドール・セキュリティーの過去製品を使ってるみたいだ。…俺を潰して、本社を接収したがったのも、それが誘因か…。
でもそれなら、まだ此処を抜け出すための突破口があるはず。…行きましょう、百合花先生。…あと、服の乱れを直してください…」
「え、あ、はい…!今すぐに…!
…あの、投与された薬の影響は…?あそこまで、口調も態度も荒れていたのに…?」
百合花はしかと返事をするものの、疑問は尽きない。輝に投与されたはずの強制的に発情させる薬の効果は、一体、何処へ?
すると、輝は、部屋の扉の仕様を見た後、すぐに百合花の傍まで帰ってきながら、彼女の質問に答える。
「ああ…、それなら話は簡単です。戦士として訓練を受けていた最中、「ついで」と言わんばかりに、対薬物訓練も受けたんです。当時の琉一さん曰く、「こんな中途半端な訓練なら却って面倒なことになりかねない」とか何とか言ってましたが…。まあ、百合花先生に、俺の荒っぽい姿を見せてしまったのは面倒だったかもしれないけど、結果オーライでしょう?結実したんですから」
「な、なるほど…。よし、直しましたわ。参りますか?」
百合花は手早く服装を直し、落ちていたジャケットも羽織った。此処から走るのかと構えたが、意外にも輝は、「まあ、落ち着いて」と彼女を宥める。逃げるのでは?と再び疑問符を飛ばす百合花に対して、輝はいたずらっ子のような顔をしながら、説明をした。
「カメラとマイクを壊せば、この部屋の様子は向こうに伝わらなくなる。そして俺はマイクから壊すのを、わざわざカメラに映させた。…つまり、向こうにはカメラが壊される寸前まで、俺が復活したことを確認しているはず。そうすれば、対策として切ってくるカードは、ただ一枚…」
そう言いながら、輝は手だけで百合花に下がるように示す。従った彼女は、三歩ほどの距離、輝の後ろまで下がった。そのとき。
部屋の扉がけたたましい音と共に開かれる。と、同時に、先頭に居た黒服の顔面に、輝のニーキックがめり込んだ。そして息つく間も無く、先頭の斜め後ろを固めていた者の顔面を殴り飛ばし、次いで、身長差を利用して飛び掛かってきた者の下側に回避すると、そのまま自分の脚で相手のそれを払う。発砲音が聞こえたが、それによって発射された麻酔矢が輝に命中することはなく、輝は矢が避けられたことに動揺した黒服の顎めがけて、アッパーカットで一閃。一瞬で昏倒したその黒服が取り落とした麻酔矢を拾い上げ、まだ意識のある先兵二人の太腿めがけて、一発ずつ、撃ち込んでいった。
それから輝は、制圧した黒服たちの携帯品から、拳銃一丁と弾倉三本、折り畳み式ナイフを二本。そして、建物の見取り図が内臓されている端末を、見事、鹵獲せしめたのである。
そう。輝が言った、「相手が切ってくる、ただ一枚のカード」こそが、彼の狙いだった。武力を持つ輝が復活したとなれば、相手は必ず、彼の無力化を再度はかろうとしてくる。そうなると、ぶつけてくる黒服も、武装勢力しかあり得ない。つまり輝は、わざとカメラに自分の復活状態を映すことで、相手の武装勢力を誘い込んだのだ。目的は勿論、脱出するために必要になる武器。そのうえ、今回はマップまで手に入った。運が良い。
そうこうしているうちに、輝は早速、建物の見取り図を眺め、ものの数十秒で全てを頭に叩き込んだ後。端末を床に落とすと、右の踵の仕込み刃で粉砕した。端末が電波を発している以上、これを持ち歩くのは、相手に自分たちの位置情報をリアルタイムで教えているのと同意義であるから。
輝は自分の後ろに立っている百合花の方を振り向く。眼が合った。強い意志が宿った瞳だ。―――…もう既に、此処まで来て、震えているだけの百合花ではない。
「さあ、行きましょう。道中の敵や、妨害用トラップは俺に任せて、貴女は後ろからついてきてください。…大丈夫です。貴女のことは、俺が最後まで守りますから」
輝がそう言いながら、百合花に折り畳み式ナイフの一本を投げて寄越す。正確な軌道で掌に収まった軽いナイフを一瞥した百合花は、いつもならば名刺ケースとボールペンが収まっているはずのジャケットの内ポケットに、それを仕舞いこんだのであった。
to be continued...
