第五章 哂納通牒
ユナが報せを受けたのは、遅めのランチを食べていたときであった。
出前で届けさせた和牛ステーキ弁当に舌鼓を打っていると、秘書が、す…、と近付いてきて、ユナに囁く。
「二日前、『ポーン』が敵の手中に堕ちたようです。未だに総理の名前は頑なに出してはいないようですが…、…救出させますか?」
秘書が言った『ポーン』とは、恭子のことだ。つまり、恭子が琉一たちに悪事を暴かれ、ローザリンデによってRoom EL管轄の隔離シェルターに繋がれてから、…あれから二日は経っているのが現在、ということ。
口に含んでいたステーキの一切れを飲み込んでから、ユナはナプキンで口元を拭う。そして、秘書に向かって答えた。
「はあ、面倒なポーン…。適当に三十億で高飛びしてくれれば、まだ安かったものを…。まあ、いいわ。あの頭の悪さを見込んで、今回の計画に加担させたは、私の判断。
とはいえ、ポーンの回収はしない。魔窟の中心部に、私の部下を潜入させるなんて、以ての外だわ。いくらあの軍事兵器が不在だからと言えども、ね」
ユナの発言は、一見すると、ただの悪役の台詞。だが、よく読み解けば、その奥に隠された悪魔的な本性が垣間見える。
恭子のことをポーン呼びするのは、ただの暗号だ。完全な外野が聞けば、チェスの話か、はたまた何かのドラマか映画の設定の話でもしていると勘違いさせられる。…だが、三十億という巨額のカネを『適当』と称している。そのうえ、恭子の思慮の足りなさは、もう誰もが認める事実にせよ、それを『見込んだ』とのうえで、あの不倫捏造計画を乗っ取った。
そして、次。『ポーンの回収はしない』。すなわち、現在、ROG. COMPANY有する隔離シェルターに繋がれている恭子を救出する気が無い、ということ。しかもその理由は、恭子が自分の名前を口走ることを恐れているのではなく、ROG. COMPANYに、ユナ直属の部下を潜入させる危険性を見越した。つまり、ユナにとって大事なのは、恭子の身の安全ではなく、己に直接関係する人材が傷付くことである。
此処までも見れば、ユナにとって、恭子のことも、彼女を釣るために用意した三十億というカネも。いざ、恭子そのものに利用価値がなくなったと判断した瞬間、ユナにとってはもう不要な存在でしかないことが伺えるだろう。むしろ、ユナは胸中で、恭子がシェルター内での尋問に耐え切れず、人事不省にでも陥ってくれれば良いのに…、とすら思っている。
――――…。
ランチを終えたユナの執務室に、程なくして現れたのは。―――百合花であった。ユナが公務に関係する指示を飛ばすという名目と同時に、とある隠された目的で呼びつけたのである。
ユナの目論見通り、百合花の傍には、警護役を示すための腕章をつけた輝がついていた。わざわざ輝だけに腕章が発行されているのは、彼が国会議事堂や、百合花のに本来ついているSPではない人間だから。つまり、『警護はしているものの、所詮は部外者である』ということを、内部に知らせるためだ。おまけに輝には、正式に武装許可が降りている身。彼の腰からは、剣型に変形して下げている愛弓の雷翅が、今日も静かに存在感を放っていた。
ユナは公務の指示を百合花に向かって飛ばしながら、さり気なく、輝のことを観察する。姪っ子から的確な距離と角度で位置を取り、この室内全体を警戒している輝は。それだけで彼の手腕の高さが伺えるというものだ。…流石、あの国会議事堂のテロ事件を、一人で制圧せしめただけのことはある。勿論、強力な武器を持っていたこともあろうが、重要なのは武器ではなく、それを正しく扱うスキルだ。輝の戦士としての技量が高かったからこそ、あの事件は彼一人で鎮圧された。
そしてそれは、ユナにとっての政治も同じこと。どれだけ志の高い公約や政策、額面の多い予算案を掲げようと、それを実現するだけの人材、実力、人望、魅力etc... それらを持てなければ、所詮は、絵に描いた餅。―――…、そう。支配者にとって、真に必要なモノは、『自分が揃えた武器を、上手く扱う駒』と、『採用した駒を、如何様に運用していくかの、己のスキル』である、…と、ユナ個人は常々と考えている。
話を戻そう。
要するに、ユナは。輝のことを利用しようと考えている。それと同時に、百合花に対して考えあぐねていた『とある対応策』についても、目途が立った。
ユナが考えていた百合花への対応策とは。―――、何を隠そう。『百合花の失脚』を狙うための計画だ。
恭子に三十億をチラつかせ、彼女のメリスちゃんとしての名声を利用し、百合花のネガキャンを促して、煽らせたことで。現在、ペルシ内は勿論、他SNS内でも、百合花に対する誹謗中傷とヘイト感情が、湯水のように噴出している日々だ。おまけに百合花主導で招致した幸福劇場への信奉者めいた人間たちも、そこへマイナスイメージも持つ人間たちも巻き込み、どこもかしこも、百合花への批判投稿に関連したプチ炎上騒ぎが尽きない。
百合花は、強い。肉体は所詮、若い女。だが、精神面はそれを凌駕する堅牢さを持つ。だからこそ、この若さで、此処まで昇り詰めてきた。それは評価する。…しかし、邪魔くさい。さっさと失脚させなければ、ユナの椅子が危ない。
だが、やはり百合花の凋落を狙うならば、精神面から狙うしか出来ない。表立って暗殺などしてしまえば、逆に事後処理が面倒な世の中だ。ならば、多角的に失脚のための『傷』を作っていくしかないのだ。
なので。そこで、次にユナが狙う駒が、輝である。
たった十六歳の戦士。トルバドール・セキュリティーの次期社長候補。選ばれた武器の使い手。何より、彼の母親であるイヴェット・リーグスティ譲りの美貌を持つのが、ユナが掲げている条件にピッタリだ。
ユナの計画の本題は、―――『百合花と輝のスキャンダルを狙う』。この一点集中型。
ユナは既に、百合花の叔母という立場を利用して、彼女の趣味が『恋愛シミュレーションゲーム、通称:乙女ゲームを楽しむこと』であるのは掌握済みだ。今回は、そこを突け狙うことにする。
市井では、こういう乙女ゲームに没入する女性には、ごく一定のパターンがあるらしいと、ユナは聞きかじっていた。
自分好みのイケメンに弱い。現実の男性に慣れおらず、恋愛経験が極端に少ない。頑なに異性を拒絶するものの、一度でも心を許してしまうと、何処までも沼に嵌っていく。等々…。
どれもこれば、サンプルデータに過ぎないが。ユナから見た百合花は、上記のどれにも当て嵌まる。
そして、肝心の輝のスペックはというと。
母親譲りの生来の美貌に加えて、自己研鑽も欠かしていないであろう端麗な容姿。たった十六歳でありながら、稀代の戦士。白色の騎士服の装いで、武器は弓。百合花を眼の前で助けた経験がある。それを踏まえたうえで、百合花は彼を信用し、警護として傍に置くことを許可している。
……ここまで、『乙女ゲームにハマる女』のハートを射抜く男も、そうそういないだろう。そして、百合花はまさしく、輝に個人的な感情を抱いているのが、ユナが同じ女として、直感的に把握している。
百合花は政治家としては優秀だが、一人の人間としては単純だ。現に『総理としてのユナの指示』より、『叔母であるユナの言うこと』の方に、比率を置きがちである。その証拠に、先日の輝との面会だって、百合花自身が撤回しようとしていたのを、ユナは総理としてではなく、叔母として、面会を執り行うよう進言した。結果、今に繋がっている。
この構図を利用すれば、百合花を輝に当てつけることなど、造作もないだろう。輝も輝とて、どれだけ戦士として強かろうが、中身は十六歳の子ども。大人の巧妙な思惑による演出など、見抜けるわけがない。
百合花も輝も。そう、子どもは大人に逆らえないのだ。絶対に。
ユナはそこまで思い至った瞬間。内心で、ほくそ笑んだ。
そして、最初の一手を打つ。駒を進める。
ユナからの指示内容を確認し、反芻し終えた百合花の様子を見たユナは。おもむろに湯呑みを持ち上げて、少し冷めた玉露を飲みながら、「そう言えば」と不意に思い立ったかのように、口を開いた。
「百合花。そこの若い警備役さんを、是非、この叔母に紹介してちょうだい」
「え?あ、はい。…輝さん、こちらへどうぞ」
やはり、百合花は、叔母としての自分の言うことの方を優先したがる。同じ血族の一員であり、身内の情。実に利用しやすい。
百合花からの呼びかけに応じた輝が、足音一つ立てずに彼女の傍まで近付いてきた。彼の眼が、ユナを見る。―――…未熟な自分を律し、限りなく誠実であろうとしている人間の視線だ。大人の社会に順応しようとする子どもは、こういう眼付きをしていることが九割と称しても過言ではない。…かつての、幼い頃の百合花を思い出すユナであった。
ユナが湯呑みを置くのと同時に、百合花が口を開く。
「こちらは、トルバドール・セキュリティーの、輝・リーグスティさんです。
ペルシ内での謂れなき誹謗中傷と、私の周辺に危害を加える予告の情報などに備えて、臨時で警備役として、個人契約を致しました」
「輝・リーグスティです。よろしくお願い致します、紫雨首相」
百合花が手短に紹介した後、輝自身がこれまた端的、…といえば聞こえは良いが、正直、かなり無駄を省いた挨拶だけを寄越してきた。端から見れば、我が国の頂点たる女性に対して、初対面の挨拶の典型から外れ過ぎ…、むしろ不遜とも取れる態度だ。とはいえ、そこを咎めることは誰もしない。むしろ、ユナからすれば、その輝の行動パターンこそ求めていたデータである。
(これは、操りやすい子ね。二人揃って、随分と優秀な駒だこと…)
ユナは胸中で、再びほくそ笑んだ。次いで、次の一手を進める。
「個人契約であるなら、せっかくの機会なのだし、一緒にお食事でもなさったらどうかしら?
ほら、百合花。貴女の腕の見せ所よ。このお若い騎士様に、丁重なおもてなしをして差し上げなさい」
ユナの流れるような指示に、百合花は即座に反応した。しかし、かなり困ったかのような表情も見せる。
数秒の後。慌てた様子で、百合花は鞄から私用のスマートフォンを取り出した。おそらく、ユナの言う通り、輝を食事に誘う店を検索と手配を試みようとしているのだろう。
そんな百合花を見ながら、ユナは己の計画が動く兆しを見出したのであった。
(そうそう。それでいいのよ…、百合花。
…今度は、―――『貴女の番なのだから』…!)
ユナはそう思いながら。胸中に渦巻くどす黒い感情が一ミクロンでも表に出ないように努めるのである。
to be continued...
出前で届けさせた和牛ステーキ弁当に舌鼓を打っていると、秘書が、す…、と近付いてきて、ユナに囁く。
「二日前、『ポーン』が敵の手中に堕ちたようです。未だに総理の名前は頑なに出してはいないようですが…、…救出させますか?」
秘書が言った『ポーン』とは、恭子のことだ。つまり、恭子が琉一たちに悪事を暴かれ、ローザリンデによってRoom EL管轄の隔離シェルターに繋がれてから、…あれから二日は経っているのが現在、ということ。
口に含んでいたステーキの一切れを飲み込んでから、ユナはナプキンで口元を拭う。そして、秘書に向かって答えた。
「はあ、面倒なポーン…。適当に三十億で高飛びしてくれれば、まだ安かったものを…。まあ、いいわ。あの頭の悪さを見込んで、今回の計画に加担させたは、私の判断。
とはいえ、ポーンの回収はしない。魔窟の中心部に、私の部下を潜入させるなんて、以ての外だわ。いくらあの軍事兵器が不在だからと言えども、ね」
ユナの発言は、一見すると、ただの悪役の台詞。だが、よく読み解けば、その奥に隠された悪魔的な本性が垣間見える。
恭子のことをポーン呼びするのは、ただの暗号だ。完全な外野が聞けば、チェスの話か、はたまた何かのドラマか映画の設定の話でもしていると勘違いさせられる。…だが、三十億という巨額のカネを『適当』と称している。そのうえ、恭子の思慮の足りなさは、もう誰もが認める事実にせよ、それを『見込んだ』とのうえで、あの不倫捏造計画を乗っ取った。
そして、次。『ポーンの回収はしない』。すなわち、現在、ROG. COMPANY有する隔離シェルターに繋がれている恭子を救出する気が無い、ということ。しかもその理由は、恭子が自分の名前を口走ることを恐れているのではなく、ROG. COMPANYに、ユナ直属の部下を潜入させる危険性を見越した。つまり、ユナにとって大事なのは、恭子の身の安全ではなく、己に直接関係する人材が傷付くことである。
此処までも見れば、ユナにとって、恭子のことも、彼女を釣るために用意した三十億というカネも。いざ、恭子そのものに利用価値がなくなったと判断した瞬間、ユナにとってはもう不要な存在でしかないことが伺えるだろう。むしろ、ユナは胸中で、恭子がシェルター内での尋問に耐え切れず、人事不省にでも陥ってくれれば良いのに…、とすら思っている。
――――…。
ランチを終えたユナの執務室に、程なくして現れたのは。―――百合花であった。ユナが公務に関係する指示を飛ばすという名目と同時に、とある隠された目的で呼びつけたのである。
ユナの目論見通り、百合花の傍には、警護役を示すための腕章をつけた輝がついていた。わざわざ輝だけに腕章が発行されているのは、彼が国会議事堂や、百合花のに本来ついているSPではない人間だから。つまり、『警護はしているものの、所詮は部外者である』ということを、内部に知らせるためだ。おまけに輝には、正式に武装許可が降りている身。彼の腰からは、剣型に変形して下げている愛弓の雷翅が、今日も静かに存在感を放っていた。
ユナは公務の指示を百合花に向かって飛ばしながら、さり気なく、輝のことを観察する。姪っ子から的確な距離と角度で位置を取り、この室内全体を警戒している輝は。それだけで彼の手腕の高さが伺えるというものだ。…流石、あの国会議事堂のテロ事件を、一人で制圧せしめただけのことはある。勿論、強力な武器を持っていたこともあろうが、重要なのは武器ではなく、それを正しく扱うスキルだ。輝の戦士としての技量が高かったからこそ、あの事件は彼一人で鎮圧された。
そしてそれは、ユナにとっての政治も同じこと。どれだけ志の高い公約や政策、額面の多い予算案を掲げようと、それを実現するだけの人材、実力、人望、魅力etc... それらを持てなければ、所詮は、絵に描いた餅。―――…、そう。支配者にとって、真に必要なモノは、『自分が揃えた武器を、上手く扱う駒』と、『採用した駒を、如何様に運用していくかの、己のスキル』である、…と、ユナ個人は常々と考えている。
話を戻そう。
要するに、ユナは。輝のことを利用しようと考えている。それと同時に、百合花に対して考えあぐねていた『とある対応策』についても、目途が立った。
ユナが考えていた百合花への対応策とは。―――、何を隠そう。『百合花の失脚』を狙うための計画だ。
恭子に三十億をチラつかせ、彼女のメリスちゃんとしての名声を利用し、百合花のネガキャンを促して、煽らせたことで。現在、ペルシ内は勿論、他SNS内でも、百合花に対する誹謗中傷とヘイト感情が、湯水のように噴出している日々だ。おまけに百合花主導で招致した幸福劇場への信奉者めいた人間たちも、そこへマイナスイメージも持つ人間たちも巻き込み、どこもかしこも、百合花への批判投稿に関連したプチ炎上騒ぎが尽きない。
百合花は、強い。肉体は所詮、若い女。だが、精神面はそれを凌駕する堅牢さを持つ。だからこそ、この若さで、此処まで昇り詰めてきた。それは評価する。…しかし、邪魔くさい。さっさと失脚させなければ、ユナの椅子が危ない。
だが、やはり百合花の凋落を狙うならば、精神面から狙うしか出来ない。表立って暗殺などしてしまえば、逆に事後処理が面倒な世の中だ。ならば、多角的に失脚のための『傷』を作っていくしかないのだ。
なので。そこで、次にユナが狙う駒が、輝である。
たった十六歳の戦士。トルバドール・セキュリティーの次期社長候補。選ばれた武器の使い手。何より、彼の母親であるイヴェット・リーグスティ譲りの美貌を持つのが、ユナが掲げている条件にピッタリだ。
ユナの計画の本題は、―――『百合花と輝のスキャンダルを狙う』。この一点集中型。
ユナは既に、百合花の叔母という立場を利用して、彼女の趣味が『恋愛シミュレーションゲーム、通称:乙女ゲームを楽しむこと』であるのは掌握済みだ。今回は、そこを突け狙うことにする。
市井では、こういう乙女ゲームに没入する女性には、ごく一定のパターンがあるらしいと、ユナは聞きかじっていた。
自分好みのイケメンに弱い。現実の男性に慣れおらず、恋愛経験が極端に少ない。頑なに異性を拒絶するものの、一度でも心を許してしまうと、何処までも沼に嵌っていく。等々…。
どれもこれば、サンプルデータに過ぎないが。ユナから見た百合花は、上記のどれにも当て嵌まる。
そして、肝心の輝のスペックはというと。
母親譲りの生来の美貌に加えて、自己研鑽も欠かしていないであろう端麗な容姿。たった十六歳でありながら、稀代の戦士。白色の騎士服の装いで、武器は弓。百合花を眼の前で助けた経験がある。それを踏まえたうえで、百合花は彼を信用し、警護として傍に置くことを許可している。
……ここまで、『乙女ゲームにハマる女』のハートを射抜く男も、そうそういないだろう。そして、百合花はまさしく、輝に個人的な感情を抱いているのが、ユナが同じ女として、直感的に把握している。
百合花は政治家としては優秀だが、一人の人間としては単純だ。現に『総理としてのユナの指示』より、『叔母であるユナの言うこと』の方に、比率を置きがちである。その証拠に、先日の輝との面会だって、百合花自身が撤回しようとしていたのを、ユナは総理としてではなく、叔母として、面会を執り行うよう進言した。結果、今に繋がっている。
この構図を利用すれば、百合花を輝に当てつけることなど、造作もないだろう。輝も輝とて、どれだけ戦士として強かろうが、中身は十六歳の子ども。大人の巧妙な思惑による演出など、見抜けるわけがない。
百合花も輝も。そう、子どもは大人に逆らえないのだ。絶対に。
ユナはそこまで思い至った瞬間。内心で、ほくそ笑んだ。
そして、最初の一手を打つ。駒を進める。
ユナからの指示内容を確認し、反芻し終えた百合花の様子を見たユナは。おもむろに湯呑みを持ち上げて、少し冷めた玉露を飲みながら、「そう言えば」と不意に思い立ったかのように、口を開いた。
「百合花。そこの若い警備役さんを、是非、この叔母に紹介してちょうだい」
「え?あ、はい。…輝さん、こちらへどうぞ」
やはり、百合花は、叔母としての自分の言うことの方を優先したがる。同じ血族の一員であり、身内の情。実に利用しやすい。
百合花からの呼びかけに応じた輝が、足音一つ立てずに彼女の傍まで近付いてきた。彼の眼が、ユナを見る。―――…未熟な自分を律し、限りなく誠実であろうとしている人間の視線だ。大人の社会に順応しようとする子どもは、こういう眼付きをしていることが九割と称しても過言ではない。…かつての、幼い頃の百合花を思い出すユナであった。
ユナが湯呑みを置くのと同時に、百合花が口を開く。
「こちらは、トルバドール・セキュリティーの、輝・リーグスティさんです。
ペルシ内での謂れなき誹謗中傷と、私の周辺に危害を加える予告の情報などに備えて、臨時で警備役として、個人契約を致しました」
「輝・リーグスティです。よろしくお願い致します、紫雨首相」
百合花が手短に紹介した後、輝自身がこれまた端的、…といえば聞こえは良いが、正直、かなり無駄を省いた挨拶だけを寄越してきた。端から見れば、我が国の頂点たる女性に対して、初対面の挨拶の典型から外れ過ぎ…、むしろ不遜とも取れる態度だ。とはいえ、そこを咎めることは誰もしない。むしろ、ユナからすれば、その輝の行動パターンこそ求めていたデータである。
(これは、操りやすい子ね。二人揃って、随分と優秀な駒だこと…)
ユナは胸中で、再びほくそ笑んだ。次いで、次の一手を進める。
「個人契約であるなら、せっかくの機会なのだし、一緒にお食事でもなさったらどうかしら?
ほら、百合花。貴女の腕の見せ所よ。このお若い騎士様に、丁重なおもてなしをして差し上げなさい」
ユナの流れるような指示に、百合花は即座に反応した。しかし、かなり困ったかのような表情も見せる。
数秒の後。慌てた様子で、百合花は鞄から私用のスマートフォンを取り出した。おそらく、ユナの言う通り、輝を食事に誘う店を検索と手配を試みようとしているのだろう。
そんな百合花を見ながら、ユナは己の計画が動く兆しを見出したのであった。
(そうそう。それでいいのよ…、百合花。
…今度は、―――『貴女の番なのだから』…!)
ユナはそう思いながら。胸中に渦巻くどす黒い感情が一ミクロンでも表に出ないように努めるのである。
to be continued...
