第四章 Specter’s Shot
飛騨さくら。旧姓・野崎さくら(のざき さくら)。彼女を一目見たひとたちは、皆、同じことを言う。「名前の通り、桜の花のように、控えめで可憐なひとだ」と。―――所謂、第一印象、というモノである。
他人は誉め言葉として言い放ってくるそれは、さくらにとって、レッテルだった。皆が、誰もが、さくらを表面上しか見てくれない。
『控えめ』? ―――地味って言いたいのよね?
『可憐』? ―――場繋ぎをするのには、便利な言葉でしかないわ。
『桜の花のように』? ―――……ほら。親が勝手につけた名前しか、見てくれようとしない…。
確かに、さくらは、平均的な容姿という点では、そちらに恵まれた方ではなかった。何処に行っても、教室の隅っこに居るだけの存在。
学生時代。恭子がさくらに声を掛けて、自分が中心になっているグループへ招き入れたのは、…恭子がさくらを引き立て役にするのは勿論、彼女を『便利役』にしたかったからだ。
さくらは勉強がそこそこ出来た。読書や音楽が好きなので、知性があった。なので、恭子が苦手とする、数値的な計算事や、グループの活動(遊び)に必要な物資・アイテムの補充、時に会場を押さえるため、等々…。グループのリーダーだった恭子が、アレコレと指示を出すだけで、さくらは従順に、彼女の便利役として働いた。尽くすさくらに支払われていた報酬は、恭子たまに自ら奢る、飲み会でのデザート一皿や、カクテル一杯、…その程度である。
出逢ってすぐに意気投合したアケルとの結婚を選んだのは、「一番身近な悪い例(=恭子)から、脱却したかった」の一点に尽きた。その頃、恭子はコスプレイヤーとして知名度を爆上げしていたと共に、生来の奔放さもまた倍増していたのである。…端から見ていたさくらは、彼女を唾棄する思いで、結婚式には招待せず、そのまま縁を切った。
そこから、アケルとの夫婦生活が始まる。高収入にして、若き出世頭のアケルは、良く言えば正直、悪く言えば愚直な男だった。「休日の自分のゲーム時間さえ確保させてくれれば、後はさくらが好きに過ごしてくれ」と言いながら、アケルは自分の名義のクレジットカードを一枚だけ、さくらの自由にさせてくれた。月末に届くカードの明細を見ても、アケルは何一つ、文句は言ってこなかった。……その代わり、さくらはアケルに尽くす。
アケルが、週末にゲームに没頭できるように。アケルが、平日に思う存分、働けるように。アケルが、起きてから寝るまで、さくらに微笑みかけてくれるように。
―――…。結局、さくらの立場は、変わらなかった。
舞台を変えても、演目を揃えても、脚本を書き直しても。……結局、さくらは『主人公になれない自分』に、気が付いた。
大きな労働に、小さな対価で、便利役として扱った、恭子。
大きな愛に、小さな無関心で、専業主婦という椅子を与えた、アケル。
さくらは、嘆く。
――――…どうせ、私は、誰かの脇役にしかなれないってこと…?都会の隅っこに咲いただけで、誰にも見向きもされず、独りで枯れていくだけの、野生の花ってこと…?
そんなときだった。
ふと、眼に入った、幸福劇場の広報。彼らが敷いた第二脚本『ペルソナ・システム』の概要。その中にあった、新型SNS『ペルシ』の文字が、さくらの気を惹く。
さくらは、SNSは、恭子のような頭の悪い俗人が使うものであると判断しており、己は基本無視を決め込んでいた。欲しい情報は、アケルが自由にさせてくれているカードで契約している、書店サービスのサブスクリプションで届く、専門の情報雑誌類から貰っていたから、というのもある。
さくらが、ペルシを覗き込んだとき。世界が、ぞわり、と変わった。
憎悪が渦巻き、根も葉もない噂が蔓延り、不幸と俗物が信仰されている。此処に跋扈するモノたち皆々が、全て、人間の汚い部分を晒しあっては、互いに助長していて、それを理解もせずに勝手に言語と言う名の拳を振り被っているではないか。
ああ、これだ。これだわ。これを利用すれば、―――私は、主人公になれる―――!!
さくらの脳内に、天啓が降りてきた。
ペルシの完全匿名性を利用して、不倫された女、所謂『サレ妻』になってしまおう。アケルに対して、特に大きな恨みは無いが、…自分が輝き、咲き誇るための養分となって貰うしかない。どうせ慰謝料だなんて幾らもぎ取っても、あの男の稼ぎを考えれば、痛くも痒くもないだろうし…。それにもし支払いが難しいなら、仮にもアケルは出世コースを走っているのだから、その分、働けばいいだけの話。…妻である自分を、週末に放置するのだから、それくらいのパワーは有り余っているはず。
そこから、さくらはシナリオを描き始めた。
手始めに、共通の知人を頼って、恭子に連絡を入れた。ペルシ内で使っている『メリスちゃん』というハンドルネームは、学生時代のそれと変わらなかったし。投稿されていたコスプレ写真の角度や、加工の仕方、投稿文の筆致、……全て、このメリスちゃんが恭子であることを、さくらに教えてくれていた。それこそ、便利役として引き立て役として、彼女にこき使われていたさくらだからこそ、辿り着いた答えでもあった。
さくらは恭子に、メリスちゃんとしての彼女の活動を褒めそやす文章をしたため、そこから彼女をご機嫌をと共に、個人の連絡先をもぎ取った。それから、アケルから渡されているカードを使い、SNSで話題沸騰中だった完全個室の高級焼肉店を予約し、恭子をそこへ「大切な話をしたいから、代わりにご馳走する」と言って、招待した。
一方。「他人の、しかも、さくらのカネで、映え必須の極上焼き肉が食べられる!」と喜んだ恭子は、ウキウキと店に到着し、部屋に通されるのもそこそこに。先に来ていたさくらに、当然とばかりに肉を焼かせていた矢先、―――…さくらから、『不倫捏造の計画』を提案される。
計画の全体図は、こうだ。
メリスちゃんとして、ペルシ内でアケルと接触してほしい。
アケルが好んで遊んでいるゲームの初心者として、友人関係を築き、カメラの趣味がある彼を個人撮影と称して、誘い出す。
そして、その現場と、それに至る過程を『不倫の証拠』として集め、さくらが弁護士に提出する。
それから、タイミングを見計らって、アケルとメリスちゃんの密会現場を、さくら本人が押さえに行く。
現場でメリスちゃん、すなわち恭子が、「アケルに性的なことを強要されていた」と、うそぶけば、大抵の人間は信じてくれるだろう。
計画の本筋を説明したさくらは、ミスジを頬張る恭子に対して、更に具体的なアイデアを付け足す。
「そのためにも、『メリスちゃんのセンシティブなコスプレ写真』が必要なの。…私に渡してくれれば、アケルさんのスマホの、彼が開かないような場所にフォルダを作っておいて、そこに保存しておくわ。そうすれば、現場を押さえに行った私が、アケルさんにスマホを要求して、その場で写真を晒してしまえば…、ね?」
さくらはそう言いながら、恭子の取り皿に、良い火加減で焼けたミスジのおかわりを置いた。恭子はそれをわさび醤油の小皿に入れてから、口の中に残っていた肉を嚥下して、さくらを不敵な笑みで見やる。
「…へぇ、さくら、アンタ、なかなか知恵が回るじゃん?
いいわ。自分のベッドの上で、機材セットして、さも他撮りのようにやっておくわ。…その代わり、私にこれだけの労力を強いるんだから、…アンタからの分け前も、直接、寄越しなさいよ?」
恭子はそこで言葉を切って、一旦、ビールを一口飲んだ。そして、さくらが先ほどよそってくれたミスジをもう一切れ、口に放り込む。さくらはそれを見ながら、今度は壺漬けハラミを、網の上に乗せた。じゅうじゅう、と焼ける肉の音は、女二人の歪な絆が成立していくディスコードであることを、―――この時点で、二人共、未だ理解していない。
「ええ、勿論。…アケルさんから搾り取る慰謝料の、三分の一、…いいえ、半分は、恭子にあげるわ。それに、信頼の証として、前金で十万も渡すし、成功すれば、更に八十万を贈ることを約束する。これはおカネで釣るわけじゃない。私が恭子の本当の価値を、知っているから…」
「…! いいわ、いいわ…!乗った!そのカネがあれば、海外イベントでデビューが飾れる…!
丁度、資金繰りに困っていたの。でも、さくらのおかげで何とかなりそう。流石、さくらってば、ここぞのと言うときに頼りになれる女ね」
そこまで言って、恭子は飲みかけのビールを、さくらは手付かずだったカンパリソーダを、それぞれ手に持って、掲げる。そして。
「「乾杯」」
と、同時に呟いたのであった。
――――…。
全ては、それで完璧だと。さくらは、思っていた。だが、恭子は、裏切っていた。
ペルシ内でアケルと接触し、密会という名の証拠作りを二回終えた頃である。メリスちゃんとして活動しているペルシではない方の、謂わば、旧型SNSと言っても差し支えない方のアカウントのDMに、一通のメッセージが入ってきた。
『メリスちゃんの知名度と、コスプレイヤーとしての高い完成度を見て、お願いがあります。とある啓蒙活動に、ご協力をお願いします。勿論、報酬はお支払いします。』
そのメッセージ自体は、安っぽい詐欺メールの文章でしかない。しかし、恭子がそのメッセージをすぐに破棄しなかったのは、―――添付されていた写真に、非常に興味をそそられたからだ。
恭子が画像に映っている人間が、本当に本人かどうかを問い質すと、すぐに返事が送られてくる。
『お疑いでしたら、明後日の夜に、ステラ・ホテルの貸し切りディナーをご用意します。貴女と私、二人だけの取引の場所です。いかがでしょうか。』
ステラ・ホテル、と言えば。本土では上位三本指に入る、外資系の規格外の高級ホテルだ。ツインで一泊するだけでも、三桁は飛ぶ。故に、要人専用だったり、外遊中の大富豪の止まり木と化している。
一般人が入るには、それこそ、ホテルロビーのすぐ横にある、ちっぽけなバーカウンターに、一年待ち覚悟の予約を入れることさえ出来れば、…まあ、可能。くらいには語れる、夢のまた夢の地。
承認欲求の塊である恭子が、その『餌』に食い付かないわけがなかった。
恭子は涎を垂らすような勢いで、了承の返事を出した。対して、相手は既読の報せは付くものの、なかなか答えを送信してこない。
七分後。とうとう焦れそうになった恭子が、返事を急かす旨のメッセージ文を打ち始めたとき。相手から、『公務中なものでして、片手間で申し訳ございません。では、お約束通り、明後日の十八時より、ステラ・ホテル最上階のレストラン「ラ・ビュータ」でお待ちしております。』という文章が届いた。それと同時に、また新しい本人画像が、添付される。
綺麗に染め上げた黒髪を、後ろで一つに束ねている。知性を漂わせるパープルグレーの眼鏡フレームは、天使の羽を思わせる印象的な弦のデザイン。品格を思わせるベージュのスーツ。その襟元に光る、議員バッジ。
そう、恭子の欲望を突いて暴き、上手く誘い出してから、自分の計画の方へと鞍替えさせた張本人、すなわち、この事件の黒幕こそが。その写真で、微笑んでいる女――――…
……――――、我が国の現トップ・紫雨ユナ首相、そのひとである…―――!
to be continued...
他人は誉め言葉として言い放ってくるそれは、さくらにとって、レッテルだった。皆が、誰もが、さくらを表面上しか見てくれない。
『控えめ』? ―――地味って言いたいのよね?
『可憐』? ―――場繋ぎをするのには、便利な言葉でしかないわ。
『桜の花のように』? ―――……ほら。親が勝手につけた名前しか、見てくれようとしない…。
確かに、さくらは、平均的な容姿という点では、そちらに恵まれた方ではなかった。何処に行っても、教室の隅っこに居るだけの存在。
学生時代。恭子がさくらに声を掛けて、自分が中心になっているグループへ招き入れたのは、…恭子がさくらを引き立て役にするのは勿論、彼女を『便利役』にしたかったからだ。
さくらは勉強がそこそこ出来た。読書や音楽が好きなので、知性があった。なので、恭子が苦手とする、数値的な計算事や、グループの活動(遊び)に必要な物資・アイテムの補充、時に会場を押さえるため、等々…。グループのリーダーだった恭子が、アレコレと指示を出すだけで、さくらは従順に、彼女の便利役として働いた。尽くすさくらに支払われていた報酬は、恭子たまに自ら奢る、飲み会でのデザート一皿や、カクテル一杯、…その程度である。
出逢ってすぐに意気投合したアケルとの結婚を選んだのは、「一番身近な悪い例(=恭子)から、脱却したかった」の一点に尽きた。その頃、恭子はコスプレイヤーとして知名度を爆上げしていたと共に、生来の奔放さもまた倍増していたのである。…端から見ていたさくらは、彼女を唾棄する思いで、結婚式には招待せず、そのまま縁を切った。
そこから、アケルとの夫婦生活が始まる。高収入にして、若き出世頭のアケルは、良く言えば正直、悪く言えば愚直な男だった。「休日の自分のゲーム時間さえ確保させてくれれば、後はさくらが好きに過ごしてくれ」と言いながら、アケルは自分の名義のクレジットカードを一枚だけ、さくらの自由にさせてくれた。月末に届くカードの明細を見ても、アケルは何一つ、文句は言ってこなかった。……その代わり、さくらはアケルに尽くす。
アケルが、週末にゲームに没頭できるように。アケルが、平日に思う存分、働けるように。アケルが、起きてから寝るまで、さくらに微笑みかけてくれるように。
―――…。結局、さくらの立場は、変わらなかった。
舞台を変えても、演目を揃えても、脚本を書き直しても。……結局、さくらは『主人公になれない自分』に、気が付いた。
大きな労働に、小さな対価で、便利役として扱った、恭子。
大きな愛に、小さな無関心で、専業主婦という椅子を与えた、アケル。
さくらは、嘆く。
――――…どうせ、私は、誰かの脇役にしかなれないってこと…?都会の隅っこに咲いただけで、誰にも見向きもされず、独りで枯れていくだけの、野生の花ってこと…?
そんなときだった。
ふと、眼に入った、幸福劇場の広報。彼らが敷いた第二脚本『ペルソナ・システム』の概要。その中にあった、新型SNS『ペルシ』の文字が、さくらの気を惹く。
さくらは、SNSは、恭子のような頭の悪い俗人が使うものであると判断しており、己は基本無視を決め込んでいた。欲しい情報は、アケルが自由にさせてくれているカードで契約している、書店サービスのサブスクリプションで届く、専門の情報雑誌類から貰っていたから、というのもある。
さくらが、ペルシを覗き込んだとき。世界が、ぞわり、と変わった。
憎悪が渦巻き、根も葉もない噂が蔓延り、不幸と俗物が信仰されている。此処に跋扈するモノたち皆々が、全て、人間の汚い部分を晒しあっては、互いに助長していて、それを理解もせずに勝手に言語と言う名の拳を振り被っているではないか。
ああ、これだ。これだわ。これを利用すれば、―――私は、主人公になれる―――!!
さくらの脳内に、天啓が降りてきた。
ペルシの完全匿名性を利用して、不倫された女、所謂『サレ妻』になってしまおう。アケルに対して、特に大きな恨みは無いが、…自分が輝き、咲き誇るための養分となって貰うしかない。どうせ慰謝料だなんて幾らもぎ取っても、あの男の稼ぎを考えれば、痛くも痒くもないだろうし…。それにもし支払いが難しいなら、仮にもアケルは出世コースを走っているのだから、その分、働けばいいだけの話。…妻である自分を、週末に放置するのだから、それくらいのパワーは有り余っているはず。
そこから、さくらはシナリオを描き始めた。
手始めに、共通の知人を頼って、恭子に連絡を入れた。ペルシ内で使っている『メリスちゃん』というハンドルネームは、学生時代のそれと変わらなかったし。投稿されていたコスプレ写真の角度や、加工の仕方、投稿文の筆致、……全て、このメリスちゃんが恭子であることを、さくらに教えてくれていた。それこそ、便利役として引き立て役として、彼女にこき使われていたさくらだからこそ、辿り着いた答えでもあった。
さくらは恭子に、メリスちゃんとしての彼女の活動を褒めそやす文章をしたため、そこから彼女をご機嫌をと共に、個人の連絡先をもぎ取った。それから、アケルから渡されているカードを使い、SNSで話題沸騰中だった完全個室の高級焼肉店を予約し、恭子をそこへ「大切な話をしたいから、代わりにご馳走する」と言って、招待した。
一方。「他人の、しかも、さくらのカネで、映え必須の極上焼き肉が食べられる!」と喜んだ恭子は、ウキウキと店に到着し、部屋に通されるのもそこそこに。先に来ていたさくらに、当然とばかりに肉を焼かせていた矢先、―――…さくらから、『不倫捏造の計画』を提案される。
計画の全体図は、こうだ。
メリスちゃんとして、ペルシ内でアケルと接触してほしい。
アケルが好んで遊んでいるゲームの初心者として、友人関係を築き、カメラの趣味がある彼を個人撮影と称して、誘い出す。
そして、その現場と、それに至る過程を『不倫の証拠』として集め、さくらが弁護士に提出する。
それから、タイミングを見計らって、アケルとメリスちゃんの密会現場を、さくら本人が押さえに行く。
現場でメリスちゃん、すなわち恭子が、「アケルに性的なことを強要されていた」と、うそぶけば、大抵の人間は信じてくれるだろう。
計画の本筋を説明したさくらは、ミスジを頬張る恭子に対して、更に具体的なアイデアを付け足す。
「そのためにも、『メリスちゃんのセンシティブなコスプレ写真』が必要なの。…私に渡してくれれば、アケルさんのスマホの、彼が開かないような場所にフォルダを作っておいて、そこに保存しておくわ。そうすれば、現場を押さえに行った私が、アケルさんにスマホを要求して、その場で写真を晒してしまえば…、ね?」
さくらはそう言いながら、恭子の取り皿に、良い火加減で焼けたミスジのおかわりを置いた。恭子はそれをわさび醤油の小皿に入れてから、口の中に残っていた肉を嚥下して、さくらを不敵な笑みで見やる。
「…へぇ、さくら、アンタ、なかなか知恵が回るじゃん?
いいわ。自分のベッドの上で、機材セットして、さも他撮りのようにやっておくわ。…その代わり、私にこれだけの労力を強いるんだから、…アンタからの分け前も、直接、寄越しなさいよ?」
恭子はそこで言葉を切って、一旦、ビールを一口飲んだ。そして、さくらが先ほどよそってくれたミスジをもう一切れ、口に放り込む。さくらはそれを見ながら、今度は壺漬けハラミを、網の上に乗せた。じゅうじゅう、と焼ける肉の音は、女二人の歪な絆が成立していくディスコードであることを、―――この時点で、二人共、未だ理解していない。
「ええ、勿論。…アケルさんから搾り取る慰謝料の、三分の一、…いいえ、半分は、恭子にあげるわ。それに、信頼の証として、前金で十万も渡すし、成功すれば、更に八十万を贈ることを約束する。これはおカネで釣るわけじゃない。私が恭子の本当の価値を、知っているから…」
「…! いいわ、いいわ…!乗った!そのカネがあれば、海外イベントでデビューが飾れる…!
丁度、資金繰りに困っていたの。でも、さくらのおかげで何とかなりそう。流石、さくらってば、ここぞのと言うときに頼りになれる女ね」
そこまで言って、恭子は飲みかけのビールを、さくらは手付かずだったカンパリソーダを、それぞれ手に持って、掲げる。そして。
「「乾杯」」
と、同時に呟いたのであった。
――――…。
全ては、それで完璧だと。さくらは、思っていた。だが、恭子は、裏切っていた。
ペルシ内でアケルと接触し、密会という名の証拠作りを二回終えた頃である。メリスちゃんとして活動しているペルシではない方の、謂わば、旧型SNSと言っても差し支えない方のアカウントのDMに、一通のメッセージが入ってきた。
『メリスちゃんの知名度と、コスプレイヤーとしての高い完成度を見て、お願いがあります。とある啓蒙活動に、ご協力をお願いします。勿論、報酬はお支払いします。』
そのメッセージ自体は、安っぽい詐欺メールの文章でしかない。しかし、恭子がそのメッセージをすぐに破棄しなかったのは、―――添付されていた写真に、非常に興味をそそられたからだ。
恭子が画像に映っている人間が、本当に本人かどうかを問い質すと、すぐに返事が送られてくる。
『お疑いでしたら、明後日の夜に、ステラ・ホテルの貸し切りディナーをご用意します。貴女と私、二人だけの取引の場所です。いかがでしょうか。』
ステラ・ホテル、と言えば。本土では上位三本指に入る、外資系の規格外の高級ホテルだ。ツインで一泊するだけでも、三桁は飛ぶ。故に、要人専用だったり、外遊中の大富豪の止まり木と化している。
一般人が入るには、それこそ、ホテルロビーのすぐ横にある、ちっぽけなバーカウンターに、一年待ち覚悟の予約を入れることさえ出来れば、…まあ、可能。くらいには語れる、夢のまた夢の地。
承認欲求の塊である恭子が、その『餌』に食い付かないわけがなかった。
恭子は涎を垂らすような勢いで、了承の返事を出した。対して、相手は既読の報せは付くものの、なかなか答えを送信してこない。
七分後。とうとう焦れそうになった恭子が、返事を急かす旨のメッセージ文を打ち始めたとき。相手から、『公務中なものでして、片手間で申し訳ございません。では、お約束通り、明後日の十八時より、ステラ・ホテル最上階のレストラン「ラ・ビュータ」でお待ちしております。』という文章が届いた。それと同時に、また新しい本人画像が、添付される。
綺麗に染め上げた黒髪を、後ろで一つに束ねている。知性を漂わせるパープルグレーの眼鏡フレームは、天使の羽を思わせる印象的な弦のデザイン。品格を思わせるベージュのスーツ。その襟元に光る、議員バッジ。
そう、恭子の欲望を突いて暴き、上手く誘い出してから、自分の計画の方へと鞍替えさせた張本人、すなわち、この事件の黒幕こそが。その写真で、微笑んでいる女――――…
……――――、我が国の現トップ・紫雨ユナ首相、そのひとである…―――!
to be continued...
