第四章 Specter’s Shot

とりあえず、琉一は。さくらからは一旦、視線を逸らして、未だ床に転がされたままのメリスちゃんを見下ろした。
彼女は相変わらず、ソラによって凶悪犯レベルに相当するような拘束を掛けられているにも関わらず、その瞳に激しい反抗心を燃やし続けている。

「さて…、貴女は何者ですか?こちらは既に表面だけは把握していますが…、裏取りも兼ねて、証言をして頂きましょう」

琉一はそう言いながら、ブーツの中から取り出したサバイバルナイフで、メリスちゃんの猿ぐつわのみを斬った。
口元が自由になったメリスちゃんは、大きな呼吸を数回した後、さくらに向かって、怒鳴り始める。

「この陰キャ!!芋女!!よくもしくじりやがって!!おかげで全部が台無しになったじゃん!!どーしてくれんの?!アンタからのカネさえ入れば、海外の大型コスプレイベントにギリ行けたのに!!私の海外デビューのチャンスを潰しやがって!!」

メリスちゃんの証言もとい、恨み節が紡がれ始める。さくらへの暴言は、この際、横に置いていく。メリスちゃんは続けた。

「その芋女だけじゃない!!此処に居る他の連中だって、全員許さない!!今に見てろ?!私の背後には超VIPな大物がいるんだ!!アンタたちなんてすぐに社会的に抹殺されるんだから!!
 正社員とは名ばかりの薄給社畜とか、男に媚びるしか能のない主婦とか!!そんなクズみたいなアンタたちと違って!!私は選ばれた人間なんだから!!分かる?!アンタたちはもうすぐ殺さr―――~~~~ッッ!!??」

メリスちゃんの一方的な主張、もとい、好き放題な言い分は、一発の銃声と共に堰き止められて、消える。誰が発砲したか、だなんて。そんなこと、分かりきっていた。

琉一の右手用のユースティティアの銃口が、煙を上げている。左手には、メリスちゃんの猿ぐつわを斬っただけで役割を終えたはずのサバイバルナイフが、まるで事務作業中のペン回しのように、くるくるくる、と弄ばれていた。

発砲したのは、琉一だ。しかし、ユースティティアのが発するエネルギーバレットは、メリスちゃんではなく、まるで明後日の方向にある窓の向こうへと飛んで行った。その証拠に、アケルによって閉め切られていたカーテンには、エネルギーバレット一発分の穴が空いており、穴の周囲には、その弾の特異性を示す焦げが僅かに付着している。窓ガラスには、当然、派手にヒビが入っていた。

口をぱくぱくとさせて、顔を真っ青にしたメリスちゃんに向かって、琉一が告げる。

「メリスちゃん、もとい、本名『栗栖恭子(くるす きょうこ)』さん。自分は貴女に「証言をしろ」と言ったのであって、恭子さん自身の都合や、我々への殺害宣言を聞きたいのではありません。きちんと話してください、いいえ、最早、質問の仕方を変えた方が良いでしょう。
 恭子さん、貴女はさくらさんと共犯になった目的は、―――…さくらさんから、「夫・アケルに不倫疑惑を掛けられるよう、仕組んで欲しい」と、「前金で十万、成功報酬として八十万を渡す」という約束と共に、さくらさんの計画に加担するよう、お願いされたからですよね?」

琉一から明かされた真実を前にして、メリスちゃんこと、恭子は、首を縦に振り続けた。…しかし、直後。ニヤリ…、と嗤って、不遜な態度に戻る。

「……ははっ。だから?「それが真実だ」ってドヤッたって、もうすぐアンタたちは死ぬ!皆殺しにされる!!そして私はあのひとから三十億を手に入れて、夢のバカンス人生を――――」

「――――その皆殺しの人員、引いては、このビル内を虎視眈々と睨んでいたであろう狙撃手ですが。…先ほどの一発で、撃ち抜きました。
 とはいえ、容疑者として、リーグスティ会長に回収して貰う必要があるので、右肩のみの怪我となっております。ただし、現在のユースティティアのエネルギーバレットの攻撃力は対人用ではなく、主に暴走した機械や兵器に対する火力へ調整してあるので、…普通に考えても、あの狙撃手の右肩から下は無くなっていそうですが…」

「……え…ッ?」

恭子の嘲笑は、琉一の下手なAI音声よりもずっと冷静な説明文により、あっという間に掻き消えた。

暫しの静寂。室内に混乱が極まる中、―――…遂に、爆発するべき人間の導火線に、炎が点く。

「――――全部、全部、全部…!!台無しになったのは私の方だわ!!しくじったのは私じゃないッ!!この計画を台無しにしたのは、全部あんたのせいよッ!!恭子ッッ!!
 恭子ってば、昔からそう!!エロい身体とエロいコスプレを利用して、男たちを漁りまくって!!囲いのファンもどきの親衛隊たちに取り巻かれて、チヤホヤされて、何の苦労もせずに簡単に他人の善意と好意だけをすすってばかり!!ついでに私が好きになった男たちを、何回も横から奪ったこと忘れたの?!ふざけないで!!」

さくらが、慟哭した。
さくらの感情が急激に昂ったことを検知したセリカ隊兵たちが、『落ち着いてください』、『お水はいかがですか?』などと言いながら、彼女を宥めつつも、拘束措置を固くする。

拘束を強められたさくらは藻掻きながらも、恭子に向かって、罵詈雑言を喚き散らす。対して、それを浴びた恭子もまた、ソラが施した拘束姿のまま、さくらへと応戦し始めた。

「さくらの分際で、私に言い返す気?!引き立て役として傍に置いてやってたのに、アンタがいつも挙動不審だったせいで、こっちは裏で評価値サゲられてて困ってたんだよ!!それでも、さくらにとっては『数少ない貴重な友達』してやってたんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ!!
 堅実だとか、料理上手だとか、初々しいだとか!!そんな売り方しか出来ない女なんて、女として終わってんのよ!!陰キャ芋女のぼっちだったからこそ、結婚とかいう墓場に行くことしか出来なかったくせに!!人生勝ち組を気取って、さくらのくせに「お金をあげるから、旦那を凋落させて」だなんて、フザケたこと言い始めちゃってさあ!!」
「なによ!なによ?!独身貴族で優雅にコスプレイヤー生活してるご身分の恭子に、私の何が分かるって言うの?!私には恭子のような美貌は無いけれど、貴女よりもずっと品格のある女のつもりよ!!少なくとも他人の劣情を煽って、承認欲求を得て、満足するような安っぽい人間なんかじゃない!!
 エロいことしか頭の中に無い恭子と違って、私が練ったこの計画は完璧だった…!!それなのに、先にこのガンマン弁護士に尻尾を掴まれたのは、恭子の方じゃない!!」

醜い女同士の喧嘩が、開戦する。それは留まることを知らず、あっという間に火の海となった。だが、二人を止めようとする者はおらず、むしろ傍観してやろうくらいの姿勢。
案の定、ストッパーが存在しないせいで、さくらがセリカ隊の拘束措置の範囲から身を乗り出さん勢いで、恭子へ更に激しい怒号を投げつける。

「『今回は上手くフォローしておくから』」とか自信満々に言ってのけたくせに、結局、フォローどころか、こっち側が現場に乗り込む前に総崩れしてたって、一体どういうこと?!…というか、恭子が繰り返す『大物』って誰のこと?!さっきの狙撃手って?!そんなの、私は貴女から何も聞いてない!!」

どうやら、さくらは恭子の実態や背景事情に関して、把握していない部分があるようだ。これは好機とばかりに、琉一が口を挟む。

「恭子さんは、共犯者であるさくらさんに明かしていない事実があるのですね。それが、『私の背後にいる超VIPな大物』とやらの存在、ということ。
 …つまり、此処を一掃する要員だった狙撃手や、ソラが先んじて掃除してしまった『メリスちゃんの友達』もとい、あの敵兵たちの攻撃範囲に、自分とローザリンデ五級高等幹部は勿論、共犯のさくらさん、そして共通の標的だったアケルさんも入っていたのでしょう」
「…! そ、それは…!」

琉一の推論を正解だったようだ。恭子が明らかな動揺の姿勢を見せる。彼女の眼が極限まで見開かれ、動悸が早くなっているのか、呼吸が浅く繰り返されていた。琉一は、続ける。

「恭子さんが口走った「皆殺し」という言葉は、普通に生きている素人や一般人であるなら、まず口にするものではありません。…それこそ、自分のように、本物の戦場を知っている身の上か、或いは、その世界に見識のある人物から入れ知恵を授かりでもしない限り…。
 そして貴女は、こうも言っています。「私はあのひとから三十億を手に入れて、夢のバカンス人生を」と。…これが何を意味するのか。答えは一つです」

恭子が何かを言いかけたが、その口が音を発することは出来なかった。琉一が、右手のユースティティアの銃口を、彼女に差し向けたからである。恭子に「お前は今は喋るな」の言外命令を突き出した琉一は、表情を歪めて沈黙する彼女を見下ろしながら、更に推論という名の、正解に等しい言葉を連ねていく。
 
「恭子さんが共犯になっていたのは、さくらさんだけではありません。
 貴女はさくらさんの不倫捏造に加担する傍ら、別の人物、『大物』とやらとも共謀し、その大物から突き付けられた三十億の報酬を目当てに、この捏造計画諸共、我々を抹殺する、謂わば『裏の計画』の片棒も担いでいた。
 仮にも暗殺計画が成功していたとしても、一旦は、さくらさんは生かしておくでしょうが…、それは捕虜として置いておくだけで、命の危機を盾に脅迫し、本来の成功報酬八十万から更に上乗せしたカネを、彼女から巻き上げ、…最後は結局、大物とやらに、さくらさんの死体を始末して貰う算段だった。……此処まで、何か異論はありますか?」

琉一が銃口と共に突き出した真実は、恭子には勿論、さくらにも、アケルにも、極限の恐怖をもたらした。彼らを顔面蒼白にして、全身をガクガクと震わせる。
すると、それまで恭子、もとい室内全体を警戒していた琉一が、ふ、と視線を天井へと向ける。つられた他の皆も見上げるが、…何かがあるようには思えない。何の変哲もない、汚れた天井だ。

「…。ソラは見逃したようですが、残念ながら、自分は逃がしませんよ。降りてきなさい」

琉一がそう言うと、―――…天井の一部が外れて、そこから、白色の人影が、すたん、と静かに降り立ってきた。

「輝!?」

その姿を見た瞬間、ローザリンデが素っ頓狂な声を上げて、彼の名を呼ぶ。
そう。天井裏に隠れていたのは、輝だった。どうやら、ソラが掃除していた最中から潜んでいたようだが、…琉一曰く、「見逃されていた」らしい。ソラらしく無いと言えばそうでもあるものの、今の彼はストレスが限界値まで溜まっている様子だった。となると、これ以上のストレス源を避けたくて、敢えて、輝のことは知らぬ存ぜぬを貫き通したのだろう。
だが、琉一は輝の存在を無視しないらしい。その証拠に、彼は少し拗ねたような表情をしている、この少年騎士に対して、諭し半分・命令半分と言った口調で、話しかける。

「輝。少なくとも、このビル内での話を全て理解している前提で、貴方を会話の中に加えます。よろしいですね?」
「僕には拒否権が無いうえに、こちらの隠密行動はまだまた子どもレベルってことですか…。
 …分かりました。外で待機している矢槻さんに、リアルタイムで此処の状況が共有されていることを了承して頂けるなら、是非とも、僕もこの会話に混ぜてください。
 その代わり、僕と矢槻さんが、琉一さんに黙って此処に潜伏した理由を、こちらから開示させて頂きます」

意外にも、輝は素直だった。そのうえ、琉一側にとって有益になりそうな情報も提供してくれると言う。これには琉一も、賛辞を贈らざるを得ない。

「肯定します。良い条件です。戦士としては未熟ですが、社長候補としては一丁前に近付いていらっしゃるようですね」
「…、誉め言葉として、受け取っておきます。でないと、色々と納得が出来ないので…」

…偽りのない賛辞のつもりが、捻くれて受け取られてしまった。が、もうそこは良い。

琉一が視線だけで、輝を促すと。彼は、潜伏と隠密行動の理由を述べ始めた。

「僕が別件で抱えている捜査線上に、そこのメリスちゃん、えと、本名は、恭子さんでしたっけ?とにかく、彼女が重要な容疑者として上がってきたんです。そして、ペルシ内で情報収集をしていくと、恭子さんが今日、このビルに出現するという推測が浮かんできて、…確保しようと潜んでいたら、このザマです。
 うちの案件に加えて、そちらはそちらで別件同士が絡み合っているようですね…。一体全体、この事件、何がどうなっているんでしょうか?
 あ、ちなみに、こちらの捜査線上というのは、恭子さんが、ペルシ内で『メリスちゃん』として発信している政治的内容に関する投稿について、です」

恭子に対して、またしても怪しい雰囲気の容疑が降ってくる。否、むしろ、これは新しい糸口が見えたのでは?と、琉一は思った。しかし、厄介レベルが深まっていくのは変わりない。その証拠に、琉一は些か面倒臭そうな素振りを見せながら、恭子を再度、見下ろす。

「…政治、と来ましたか…。自分も調査過程でいくつか拝見しましたが、…あの国会議員の、紫雨百合花先生について、恭子さんは不必要に誹謗中傷の言葉を投げたり、自分のファンに対して、紫雨先生にヘイトやアンチ感情を仕向けるよう煽っていたりはしていました。…此処が、繋がってきましたか…。厄介ですね…」

琉一にそう言われながら見下ろされた恭子は、最早、発言する気力を失っているらしい。一方で、ある種の主犯だったさくらもさくらで、―――…自分こそが黒幕を気取っていたどころか、…実は更に別の人物が、本物のカーテン裏で、真のフィクサーとして嘲笑っている可能性がある、という事実に打ちひしがれている。

だが輝は、さくらには全く興味が無いようで。変わらず、琉一と視線を合わせたまま、続けた。

「その紫雨百合花先生は、僕の警護対象です。
 先生は自分と、自分の周囲の人間たちに危害が及ばないよう、出来る限り対策をしてほしいと仰ってきましたので。…こうして色々と未然に防ぐ目的で、恭子さんを確保しに来たのに…。……蓋を開ければ、夫への不倫捏造、多額の裏のカネ、女同士の泥沼劇場、……ああ、現代社会の嫌な縮図……」
「純情な十六歳には、刺激が強すぎましたか?」
「うわ、やかましっ…」
「え、こっちも機嫌が悪い?反応がソラと同じ?」

琉一のジョークは通じなかった。元々センスを持ち合わせていないのも確かだが、今は何よりも、タイミングが悪すぎる。

そのとき。乾いた笑い声が、室内に響き始めた。皆が一斉に発生源を見やると、……笑っていたのは、さくら。

「はは、あはは…、私、また主人公になれなかったの…?…はははッ、あははははッ!」

乾いていた嘲笑は、瞬時に狂気へと変わり果てて。さくらは自分と、自分を取り巻いていた人間たちを、誰よりも見下しながら、狂った笑顔と哂声を奏でる。

「いつまで経っても、私を引き立て役にしかしない恭子!!有益な人脈だと思ってキープしてたけど、ここぞというときに使えなかったローザリンデ!!専業主婦のステータスが欲しかったのに、現実は家政婦扱いと変わりなかったアケル!!
 ―――そして、私の完璧な計画をぶち壊した、そこのイカレガンマン弁護士!!そう貴方のことよ!!琉一=エリト=ステルバス!!
 全員!!どうして私を主人公にしてくれないの?!どうして私はいつも誰かの陰でしか生きられないの?!ふざけないでよ!!野生の花の方がたくましいとか、そんな少女漫画の中だけの寒い言葉はいらないわ!!私は品種改良と共に温室で育てられて、永遠に枯れないように加工された、世界で一番美しい花になりたいの!!」

さくら。―――『桜』の名を冠した女の、発狂的告白が、遂に始まった。



to be continued...
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