第四章 Specter’s Shot

【四日後。 本土某所】

「…―――対象が、ビル内に入ってから、四十分が経過しました。現時点での、二人の行動を振り返っておきます。
 まずアケルさんが最初にビルに入り、ものの八分間で、ビルの窓のカーテンを全て降ろし、外から内部の様子を伺わせないように、細工をしました。
 それから更に三分後。メリスちゃんと思しき女性が、大きなトランクケースを引きながら、ビルの中に入りました。
 残念ながら管理会社からの協力が得られなかったため、内部に盗聴器やカメラが仕込めなかった今、依然として、ビル内の状況は不明です」

琉一は手元の時計を見ながら、淡々と、しかし決して簡素ではない説明をした。彼の言う通り、アケルとメリスちゃんの密会の現場は、このビルで間違いない。
顔色が悪いさくらの背中を優しくさすりながらも、今日はオフィス用のドレススーツに身を包んだローザリンデが、イマイチ不満げな表情で、琉一に問いかける。

「…なあ?おかしくねえか?何で、弁護士の琉一が「不倫の現場を押さえるため」っていう言葉と、オマエとさくらが集めてきた不倫確定の証拠類まできちんと提出したうえで、「協力してくれ」って頼んだってのに、…管理会社は協力を拒んだ?
 いざってときの担保目的とか、そんなテキトーな理由で、お前から管理会社がカネを巻き上げてから、機械を取り付けさせる…、って言うなら、まだまだ想像の範囲なんだけどよぉ…」

ローザリンデが本当に言いたいことは分かっている。だがしかし、言外に告げられている以上、琉一は黙って首を横に振ることしか出来なかった。そして、二人のやり取りを聞いたさくらがますます不安そうな顔をしたのを見て、琉一は決断する。

「…良い頃合いでしょう。ただいまより、ビル内部へ突撃します。
 前にお話した『保険』からは、今朝五時の時点で、「気が向いたら行く」とだけ返事を貰っているので、まあ、来るのではないのでしょうか。…別に来なかったとしても、この状況下であるなら、何とかなるでしょう」
「その『保険』ってさあ…、…まあいっか、此処まで来たんだ、もうみなまで言わねえ。なんとなく誰か分かったし…」

ローザリンデが『保険』について言及しようとしたものの、…止めた。この判断力は、やはり五級高等幹部であり、現社長・レイジの秘書を兼務しているだけの女性たる能力の高さだろうか。

「では、各自準備を始めてください。今より、作戦を開始します」

琉一がそう告げると同時に。ローザリンデは拳を握り締め、さくらは防犯用のスタンガンを手に持った。―――…琉一は、ユースティティアこそ構えなかったものの。その指先は、有事の際はいつでもホルスターに伸ばせるようにと、ひりつく空気を放っていた。




――――…。

【ビル内】

三人が入り込んだビル内は、異様なほどの静寂に包まれていた。違和感を抱きつつも、突き進んでいくと。その違和感は、ビルの三階に達した時点で、確信へと変わる。

廊下に、壁に、果ては天井にまで。何かに抉られたかのような傷跡がついており、その跡がある周囲には微量な血痕が散っている。―――明らかに致命傷ではない量ではあるものの。琉一たちが突入する前に、此処で何かの騒ぎが起きていて。それに巻き込まれたか、或いは巻き込んだかで、生きている人間が血を流している、という事実が示されている、ということだ。

全員がそれぞれの緊張感を持ったまま、とうとう、ビルの一番上にあたる五階まで辿り着く。
電源の切られている、すりガラス製の自動ドアが、大きく歪んだ状態になっている一画があった。おそらく本来はテナント用の区画であり、壊されたドアは客を迎え入れるためのモノなのだろう。…だが、今はそこが地獄への入り口であることを示唆している。

「…、…ひ、引き返した方が…ッ」
「否定します。このまま突入します」

すっかり怯え切ったさくらの声を遮り、琉一は壊れた自動ドアを、片手で難なく開いたうえに、後続の女性二人が怪我をしないようにと、すぐ横へとそれを立てかけた。

中へと足を踏み入れると、更に様相が激しくなる。壁と床についている抉られた痕跡は、三階で見たものより深く長くなっており、付着している血痕もひとつずつは微量なのは変わらないものの、明らかに飛び散っている数が多い。

どうやら、此処が『最終防衛線』だったようだ。

いよいよと気分が悪くなってきたさくらが、咄嗟にローザリンデの腕を掴んで、引っ張ろうとしたとき。…先陣を切っていた琉一の歩みが、唐突に止まる。後ろの女性二人も、つられて進むのをやめて、――――…二人同時に、息を呑んだ。琉一の背中越しに見えた光景が、あまりにも鮮烈過ぎて…。

黒い山。…つまり、人間たちでできた、山。そして、その山の周辺に、更に他の人間たちが倒れ伏している。

山の頂上に腰かけている人影が在った。左手に持った手斧を、ぷらぷら…、と揺らしながら。空いた右手でスマートフォンを弄っている。音量を大きくしているせいで、それがプリテトオンライン内で常設されている、オマケ要素の色塗りゲームであることを、ローザリンデはすぐに理解した。

「…やっぱし、琉一の掛けた『保険』って、オマエだったのかよ…。――――…ソラ」

ローザリンデの呟いた声は、塗り絵ゲームをクリアしたファンファーレに掻き消えた気がした。…が、ソラは正確にそれを聞き取り、三人の方を見やる。
いつもは仕事一辺倒の冷たい翡翠の両眼が、今日だけは一等「退屈だ」と言わんばかりの気だるげな感情を乗せていた。現に、ソラの恰好は、本社で良く見るグレーのスーツではなく、隠密行動用に調整されたであろうブルースケールの特殊レザー製ボディスーツである。ヘアスタイルだって、いつものハーフアップとは違う、スポーティーなポニーテール。得物も『斧』という括りは一緒でも、大ぶりな戦斧のアストライアーではなく、今日はコンパクト重視の手斧だ。右太腿のバタフライナイフだけが、ソラという人間が、オーラこそ違えど、スタンスそのものを崩していないことを、静かに主張している。

ただし、ローザリンデの呼びかけに応じたものの、視線だけを寄越しただけのソラは、沈黙したままだった。元々、そこまで口数の多い男ではないにせよ、―――…正直、この手のサイレントモードは、心臓に悪いものがある。何故なら、ローザリンデは知っているからだ。ソラの幼馴染たる彼女だからこそ、この男が、退屈故の沈黙を選ぶ、その意味が…――ー。

「ソラ。貴方に「本作戦の保険になれ」と指示をしたのは、確かに自分です。しかし、本陣が作戦を実行する前に敵を掃討するのは、流石に無軌道が過ぎます。
 貴方の気まぐれを許した手前を承知で発言しますが、…普段とは別陣営の作戦に組み込まれた以上、そこに所属する一兵士として行動してください。……炙り出したい目標が逃げたら、どう責任を取るつもりですか?」

琉一がそう言いながら、一歩、二歩と、前に出る。彼は、自分から一番近くの位置に倒れている人間―――どうやら敵兵らしい―――…に向かって、おもむろに手を伸ばそうとして。そのとき。

その手を引っ込めると同時に、高速のバックステップで琉一が床に倒れていた敵兵から距離を取る。同時に、右手にユースティティアが握られて、その銃口が向けられた。―――ソラに向かって。
睨む琉一だったが、―――、即座にその視線は床に倒れていたはずの敵兵に向かい、彼は自分のブーツのゴム底で、投擲ナイフが握られた手を踏む。「ぐえぇ!」と情けない悲鳴を上げた敵兵から、一旦、視線をずらした琉一は。再び、ソラを見やる。
ソラは塗り絵ゲームの次のステージを始めながら、相変わらずの怠そうな態度のまま、口を開いた。

「……神経質なヤツめ。
 その床のゴミは、適当に踏みつけて、さっさと他のゴミ同様、意識を失わせてやれ。俺はもう飽きた。退屈が過ぎる」

言うだけ言って、ソラは塗り絵ゲームを操作し始める。仕方なく、琉一は恨み言を呻くしか出来ない哀れな敵兵の脇腹に一発だけ蹴りを叩き込み、その意識を飛ばさせた。骨までは行っていない。…はず。
すると、ソラの報告半分、独り言半分程度の台詞が、聞こえてきた。

「お前の突入を待たずに突っ込んだ成果さえも出さない俺だと思っているのか?
 そうだと思っているなら、甘い。お前の紅茶の砂糖の量より甘い。
 そこの扉の向こうが、パントリー的空間になっている。中に標的が転がしてあるから、さっさと確認して来ると良い。……はぁ、退屈だ…。塗り絵はパターンに支配されると、途端につまらなくなるな…」

ソラは視線をスマートフォンに落としたまま、右手に持った手斧の先で、小さな扉を指し示す。琉一は手だけでローザリンデとさくらに待機するように命じてから、自らその扉の中を確認しに向かった。扉に近付くと、…確かに、室内から生きている人間の気配がする。

右手に握ったユースティティアはそのままに、左手でドアノブを捻り、開けた。すると、二人分の人影が、ごろごろ!っと言わんばかりに、転がり出てくる。男女だ。―――男の方は、アケルで間違いない。女の方は、際どいデザインの衣装に身を包んでいるところを見ると、これがコスプレ。…ということは、こちらがメリスちゃんであろう。
二人共、強化結束バンドで両手両足を拘束されているうえに、布で猿ぐつわまでされていた。だが、恐怖に支配され、とめどなく涙と呻き声を出すアケルとは違い、…メリスちゃんたる女性は、涙こそ薄らと滲んでいるものの、反抗心が燃え滾っている眼をしている。

それすなわち、この密会騒動の『主犯に相当する』のはアケルではなく、―――メリスちゃんということだ。

…。
その一連の流れを見ていたさくらは、そ…、と。足音も呼吸も限界まで潜めてから、…ローザリンデの傍から離れ、この区画の出入り口に向かおうとする。
気取られないうちに、此処から離れなければ―――、

「―――まあ、待てよ。袖に控えるには早いぜ、さくら?」
「…!!」

ローザリンデの声が聞こえたと同時に、彼女が護身用として持っている小型拳銃が、さくらに差し向けられた。そのとき、硬直した彼女の背後から、少数精鋭のロボット兵士の隊列が入り込み、一部がさくらを囲んで牽制し、残りの兵士たちは室内の気絶した敵兵たちと、パントリー内に押し込められていたアケルとメリスちゃんの確保へと走り出す。

「紹介するぜ。コイツらは、セリカ隊。今回の騒動を片付けるために、ウチの若社長から、おれに正式に指揮権が与えられた、ROG. COMPANY本社の新しいロボット兵団だ。
 汎用性の高いグレイス隊、警らと市民の救援に長けたレオーネ隊、攻撃と防御のバランス型のイルフィーダ隊とは、また一味違った特性のヤツらさ」

『ラーニング不足な点も多いですが、どうぞ今後ともよろしくお願い致します。―――それでは、ローザリンデ様のご指示通り、飛騨さくらさんを拘束します』

ローザリンデに紹介されたセリカ隊の一体が、さくらへ向かって、丁寧な挨拶を述べた後、すぐさま拘束措置へと入った。その温度差は、実に不気味。あまりにも気味が悪すぎて、さくらは「抵抗する」の選択肢すら、己の脳内に浮かばなかった。

セリカ隊兵に連れられるカタチで室内に入ってきたさくらを見たアケルが、心底驚いた表情をした後、うー!うー!!、と猿ぐつわが嵌められた口で、彼女に向かって、何事かと主張しようとしている。すると、手元のスマートフォンから、ステージクリアを告げるファンファーレの音が鳴っていた塗り絵ゲームから顔を上げたソラが、気絶した敵兵の山の頂上から、ひょいっ、と身軽な動きで飛び降りた。そして、アケルとメリスちゃんに近付くと、右手の手斧の刃先だけで、アケルの猿ぐつわのみを断ち切る。

「発言を許す。…というより、さっさと『正解』を言え。俺はもう帰りたいんだ」

ソラが裁定者の如く、アケルに命令した。すると、涎まみれになった口元など構いもせず、アケルがさくらに向かって、叫び始めた。

「さくら!!俺はこの子と不倫なんかしてない!!これは本当に撮影会、てか、撮影の練習なんだって!!
 前々からさくらに似合うコスプレをいくつか見繕ってたんだけど、俺は同好会時代は背景写真ばかりで、人間は興味なくて…!!でも、大好きな妻に…、さくらに絶対に似合う衣装を見つけたとき、着てほしい!これを撮影してアルバムにして宝物にしたい!って、心の底から思ったんだ!!」

アケルの発言は、世間的な信憑性の高さから見ると、未だ低い。だが、新たな視点の情報としては、上出来である。「続けろ」と、ソラが促せば、アケルは『彼の正解』を言い続ける。

「ペルシ内で「妻にコスプレさせたいけど許してもらえないかな…」的なことを、ずっとボヤいていたら…、ある日、メリスちゃんから「私でよければ撮影モデルの練習台になるよ。映え必至の色々なロケーションも知っているから、ガイドしてあげる。」って誘ってくれて…!
 だから、メリスちゃんにはその撮影の練習台兼予行演習として、各ロケーションでの撮影モデルを頼んでただけなんだって!!
 合意なんだ!!それに不倫なんて以ての外だ!!…確かに、俺が既婚者でありながら、家の外でさくら以外の女性と会っていたことが不倫だって言われるなら、ちゃんと罪は償う…!
 でも、でもぉ…!これだけは信じてくれぇ!!俺はメリスちゃんとセックスなんてしてないし、キスもハグも、何なら撮影に必要な距離以外は、ずっと離れていたんだ!!
 それに、お礼として俺が彼女に食事を奢るどころか、未だに彼女は無償で撮影モデルを請け負ってくれてる!!袖の下なんて何もないし、カネで買った関係でもない!!メリスちゃんからも、「これは私とアケルくんの友情の証だから!これからもゲーム仲間として仲良くしてくれれば、それで充分だよ!」って、いつも言われてて…!!」

アケルがそこまで言ったとき。隣で転がっていただけのメリスちゃんが、唐突に、その反抗心の燃えた瞳をアケルに向けて、彼に威嚇の如き唸り声を上げた。メリスちゃんの猿ぐつわは取り払われていないままだが、その迫力と、鬼気迫るオーラに圧されたアケルが、「ひぃぃ!」と情けない悲鳴を出す。
すると。「静かにしろ」とだけ告げたソラが。持っていた手斧をメリスちゃんの横っ面ギリギリの地点まで、落とした。顔のすぐ横の地面に、斧の刃先が落ちてきたメリスちゃんは、途端に、ぐぅぅ、と小さな一声を上げた後、…静かになる。

「それなのに!このソラって男が殴り込んできて、メリスちゃんが「今回は郊外だから、安全のために連れてきた」ていう『友達』を全員倒して、…で、この男が「お前とメリスちゃんは不倫しているのか?」ってワケわかんない質問してきたらさ…ッ、メリスちゃんの態度が急に変わったんだ!!「この変態撮影野郎!!セクハラで警察に突き出す!!私の背後にはもっと大物がいるから、ソイツに頼んで社会的に抹殺してやる!!」って…!!
 さくら!信じてくれ!さくらぁ!俺が愛してるのは、お前だけだよッ!!」

アケルは涙も鼻水も涎も垂れ流した状態でも、尚、自分側の正解を言うのを止めなかった。最後に、愛妻・さくらに掛けた言葉の中にも、嘘偽りや、命乞いめいたモノは見受けられない。…ということは。

琉一は、さくらを。ソラは、メリスちゃんを。そして、ローザリンデは、ソラが打ち負かした敵兵たちを運んでいくセリカ隊に。それぞれの視線を移して。
そうして、この場を支配しているこの三人が、一斉に、さくらを見る。セリカ隊兵に拘束されたさくらは、俯いていて、表情が伺えない。しかし、その薄い色の唇を、彼女は自ら嚙み千切らんとするほどのチカラで、引き結んでいる。
ただでさえ、普段から神経質な瞳をしているというのに、琉一は更に鋭い眼付きになって、真っ直ぐにさくらを、その双眸で射抜いた。そして、彼女に向かって、口を開く。

「さて、さくらさん。何か言いたいことはありますか?
 言い訳を許すのではありません。ましてや、この期に及んで、最初から並べ立てていた真っ赤な嘘を、更に上塗りすることも、もう見過ごしません。
 さあどうぞ、遠慮なく。…貴女のような卑劣極まりない人間が、我々に向かって、さも正当であるようなことを、まだ訴えられる余力があるのでしたら…、が前提条件ですが」
「…、……。」

琉一の追及に、さくらは押し黙っている。だがそれは、アケルの証言がまさしく『正解』であり、少なくとも、その正解がさくらにとっては、非常に立場が悪くなるモノだった、という事実の証左にしかならない。―――…と、わざわざ、此処で書き足さなくとも。琉一にとって、「さくらがアケルを陥れようとしている」と分かっているのは、依頼を受けて調査に入った段階で、大した苦労もなく掴めてきた情報の一つがもたらした結果に過ぎなかった。

つまり、ほぼほぼ最初から。琉一も、彼と裏で情報共有をしていたローザリンデも。『保険』として見出されたソラも。―――『今回の依頼人・飛騨さくら本人こそ、夫・アケルの不倫騒動を捏造しようとした主犯である』ということを、既に知っていたのである。

すると。さくらに睨みを利かせていた琉一の隣に立ったソラが、塗り絵ゲームをしていたスマートフォンを腰のポーチに仕舞うと同時に、酷く気怠い声で、彼に話しかけてきた。

「…琉一。すまないが、俺は本当に、帰りたい。
 そもそも…、こんなつまらないうえに品格も無い、ましてや遊び心も皆無の現場に、よくも俺を『保険』などと謳って、投入したものだ。
 この俺を『無駄遣い』したのが、天才児同士であるお前でなければ、…その辺の壁の一枚は捲らないと気が済まないほどだ。今後はもうこんな仕事は寄越すな。俺はルカ不在のあれこれで忙しい。戦闘どころか、ストレスの発散すら叶わないストリートファイト以下の場などに、俺を武力として投げ込むんじゃない」

一応も何もクール系キャラの括りにカテゴライズされているソラではあるものの、…どうやら、メリスちゃんの友達こと、自分がぶちのめした敵兵の低レベルさ。そして、本来の業務であるRoom EL内での、幸福劇場がもたらした騒動の数々への処理に追われているのが原因で、ソラ本来の冷静な思考回路が忙殺されているらしい。余程のストレスを溜めているようだ。故に、此処まで言いたい放題になっている様子。
だが、天才児同士であるが為に、ソラへの理解が深い琉一だからこそ、彼は親友である眼前の秘書官兼斧使いである男の言葉に、的確なツッコミを入れざるを得なかった。

「貴方の役割は終えているので、帰宅して頂くのは構いませんが…。…ソラ?貴方をそこまで辟易させるほど、この現場はつまらなかったのですか?
 ソラの言いたいことは大いに分かりますが、この作戦を用意したのは自分なので、あくまで指揮と統括の権限はこちらにあります。なので、あまり文句ばかり投げられると、流石に今後の、我々の友情の在り方を考えますが…?」
「阿呆抜かせ。寝言は寝てから勝手に呟け。起きてから語るものは、生産性のある将来の話だけで良い」
「うわっシンプルに機嫌わるっ…。……まあ、良いでしょう。保険と銘打って、貴方を武力投入したのは事実ですし。
 …要するに、敵陣の戦士は素人だらけで、せっかくの『外勤』だったというのに、貴方は思うように満足が出来なかった。むしろイージーゲームが過ぎて退屈だった…。そういう話でしょう?」

職業病なのか、つい問題の本質を追求しかけた琉一だったが、…それが「藪から蛇」だと悟った瞬間、即座に会話のハンドルを切ってから、ホイールを正しい方向へ導く。
それを知ってか知らずか。否、おそらく知っているソラは、もうどうでもいい、と言わんばかりの、それはそれは大きな溜め息を吐いてから。靴の先を出入り口へと向けた。

「……帰る、もうホント帰る。帰って、猫たち撫でる。カレー食べて、風呂入って、寝る。猫たちと寝る」
「はい、どうぞ。報酬はお約束通り、後日お渡しします。お疲れさまでした」

琉一が最後まで言うのを聞いてはいるのだろうが。台詞の全てが終わる前に、ソラはさっさと歩き出しまう。そして、室内のセリカ隊の全兵士が見える位置に居るローザリンデの横を通り過ぎようとしたとき、―――彼女から声を掛けられる。

「おつかれ、ソラ。オマエの働きにはモチロン感謝はしているけど、…今回ばかりは本当に悪かったよ。
 おれからも、それなりのモノを届けさせるから、ちゃんと受け取ってくれ。オマエのためにも、おれのメンツのためにも、な?」
「別に。ローズから何か貰ってもな…。…まあ、いっか。じゃあ、いつもホリデーシーズンに贈ってくれる、あのメーカーの製品から、気の利いたモノをくれ」
「りょー。それじゃ、オマエの作ったあの絶品カレー食って、猫ちゃんたちとゆっくり休んでくれよ。またな」
「ああ…」

同じ親友という分野にあるとはいえ、『幼馴染・異性の友達』であるローザリンデの言葉は、最後まで立ち止まって聞くらしい。とはいえ、用事が済んだら、それまで。
そうして。ソラは今度こそ、その場を後にした。

残されたのは、不明瞭な真実を語るべき主犯と。その幕の内に立っている共犯者と。……未だに装填されたままの、銃弾だけである。



to be continued...
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