第一章 メガロポリスの徒

【ROG. COMPANY本社内 十二階廊下】

ROG. COMPANYの本社ビルの十二階は、現在、法務部が丸ごと使用している状態だ。
大身槍作戦が実行される前まで、そこにはルカを制御するための秘密のラボがあったらしいが…。結局、ルカには全て見透かされていたうえに、肝心の大身槍作戦が失敗に終わったことに加え、ジョウの失脚もあり…、と。度重なる汚点の結果、ラボは全面解体。そして、がらんどうの空白地帯となっていた十二階に、レイジが予算をつけて拡充したことで新体制となった法務部が、意気揚々と入ったのである。

そして。そんなピカピカな法務部から出てきた人影が二人分。ツバサと琉一であった。
ツバサが、ソラから頼まれたデータを届けに来たとき。ちょうど、Room ELへ出勤前に、法務部へ顔を出しに来た琉一が鉢合わせしたである。曰く、琉一は。先日、法務部へ託した事案があったらしく、その進捗を聞きに来たとのこと。そして、対応した社員から、無事に報告を聞いた彼は。律儀にツバサのデータの手渡しと、それを確認する書類にサインをするのを待って。そうして、二人で仲良く法務部を後にした…、という絵図である。

こうした『ちょっとした場面』にも言えるが。琉一がツバサに対して、未だ庇護の心を見せているのは、変わらない。その光景に対して、ソラは時折、難色を示している節が見受けられる。しかし、それはあくまでツバサの兄としての感情に依るところが大きい。現に肝心のルカが全く咎めないところを見ると、彼は少なからず、琉一に関しては「自分のホルダーを護る武力」として評価しているのが分かる。勿論、あのルカが手放しで花丸を付けているわけでもない。琉一は、戦闘特化型の改造人間としても秀逸だが、彼のRoom ELの顧問弁護士としての業績による評価値は、非常に高いレベルにある。そのしごできぶりは、既に本社内に響き渡っているほどであり、端々で「あのソラ秘書官に並ぶ、一流の仕事人間(※ただし感情が無い)」という、ある種の名誉を賜っているとか何とか。ついでに、琉一の美貌に釣られた面食いが数名ほど、ワンチャン狙いで愛の言葉を告げたものの。本人から「自分には、妻が居りますので」とカミングアウトされて玉砕した、というのも、そろそろテンプレートになりつつある。

「見慣れない兵装ですね。この法務部の廊下を警護しているのは、何処の隊でしょうか?」

ふと、琉一が廊下に立っているロボット兵たちを見やって、呟いた。ツバサが隣を歩きながら、答える。

「あれは新配備される予定の『セリカ隊』だと聞いています。今は試験運用中で、とりあえず社長が指揮していますが…、ゆくゆくはローザリンデ五級高等幹部の専属部隊となるのだそうです…。トルバドール・セキュリティーが新開発した兵装を積んでいるので、私たちが良く見知ったグレイス隊やレオーネ隊とは、違って見えるのかも…?」

ツバサの説明が廊下に小さく木霊した。セリカ隊と呼ばれたロボット兵たちは、ピクリとも動かない。無機質なアイカメラは、直立不動の視線のまま、眼前を過ぎ行く光景を映しているだけだ。

「なるほど。丁寧なご説明をありがとうございます。
 しかし、こうして俯瞰すると…、外敵を警戒して、内部の軍備増強をすればするほど、肝心の本庭付近の護りが甘くなるのは、要塞としては致命的な欠陥と言えましょう。
 
 ―――貴方も、そう思いませんか?」

途中まで、琉一はツバサに語り掛けていたように見えたのに。彼は唐突に、彼女ではない誰かに向けて、言葉を発した。途端、琉一は自分の両太腿のホルスターから、二挺一対の銃武器『ユースティティア』を引き抜き、右の銃口だけを前に向けた。ツバサもつられて、視線を寄越す。そこには、―――灰色の外套を羽織った、謎の人影が、静かに立っていた。

あり得ない光景に、緊張が走る。今日はルカが居ないとはいえ、ROG. COMPANYの厳重なセキュリティーは常に動いているはずであり、例えそこに隙を生みだそうとも。社内に関係の無い闖入者は、すぐさま監視網に引っかかって、炙り出され、―――最終的に、然るべき処断をなされる。

それなのに。眼の前には、明らかに外敵と思しき人影が立っており、目深に被ったフードの向こうから、こちらを射抜いているようだ。しかし、肝心のこの場に於ける警備担当であるセリカ隊は動いておらず、むしろ、外敵要因を検知していない可能性すらあった。所詮は、試験運用の域を出ていない、と片付けるには、些か苦しい。
琉一が口を開く。

「隠しもしない殺気を振り撒くのであれば、まずは手っ取り早くかかってくれば宜しいかと存じます。
 …それとも、自分は斥候である、とでもシラを切って、この場を無傷で去れるとでもお思いですか?」

外套の人影に向かって放たれた、琉一の言葉こそ丁寧だが。却って、そこに表面化された悪辣な挑発が際立つ。戦士である彼らしいと言えば、聞こえは良いが。要するに、目障りな敵ほど手ずから掃除してしまいたい、という心理の現れである。一流の顧問弁護士というホワイトカラーに見せかけて、実は琉一には傭兵由来から来る戦闘狂のきらいがあることが、此処で垣間見えるだろう。そのとき。

≪武装した侵入者を確認しました。危険です。≫

突然の沈黙を破った無機質な機械音声と共に、セリカ隊が動き出した。屋内戦に適した小型機関銃や戦斧、大盾を手に、前進してくる。―――そう、前進してくる。こちらに向かって。ツバサと琉一に向かって…!

≪非武装の一般社員はただちに、我々の後ろに避難してください。≫

大盾を持ったロボット兵がツバサと琉一の間に割り込む。琉一は咄嗟に距離を取ったものの、ツバサはセリカ隊の盾兵に護られるというカタチで、彼から引き離されてしまう。そのうえ、セリカ隊の銃兵や斧兵たちは、あろうことか、琉一に武器を向けているではないか。ロボットの無機質なボイスが鳴り響く。

≪武装を解除してください。我々に無用な危害を加える意思はありません。≫
≪侵入者が、ルカ三級高等幹部の部下であることを確認。―――保全侵害の可能性。ただちに武装を解除してください。≫

ロボット兵たちは次々に琉一へと敵意を寄越す。何故、このようなことになっているのかが、まるで分からない。そもそも、琉一がルカの部下であることを認識しておきながら、何故、彼に武器を向けようとしているのだろうか。そもそも、琉一が『侵入者』として扱われている前提がおかしい。侵入者は、あの外套の人影のはずだ。

「あ、ちょ…?!待って!琉一さんは違う!違うの!」

ツバサが何とか説得しようと、盾兵の背中を叩きながら、声を振り絞る。しかし。

≪女性社員の声紋を認証。彼女はルカ三級高等幹部のホルダー、『ALICE』です。
 最優先保護につき、これより武装勢力の排除に移行します。≫

セリカ隊が返してきた言葉は、残酷なほどに機械的で、且つ、合理性しかない攻撃宣言だった。

ツバサが琉一に向かって、叫ぶ。

「琉一さん!逃げて!セリカ隊はきっと何か深刻なバグかエラーを起こして―――」

「―――否定します。今の自分がするべきことは、その使い物にならないロボット兵士から、妹姫を取り戻すこと…!!」

琉一のその返答が、盾兵越しに聞こえたときには。もう遅かった。

どちらが先だったかは分からない。ロボット兵の機関銃が火を噴くのと、琉一のユースティティアから弾丸が放たれたのは。
決して広いとは言えない、廊下内。だからこそ、琉一は真っ先に銃兵たちの頭をぶち抜き、火点を潰していく。鉛玉をばら撒く音が沈黙したと同時に、戦斧を持った二体のロボット兵が、彼へと得物を振り被る。その斧の速度は、やはり人間ではあり得ないそれであるが、―――人間の規格を越えているのは、改造人間たる琉一も同じだ。彼は左右から迫る戦斧からは逃げもせず、むしろ、まずは左から来た斧を足蹴にして弾き飛ばした。よろめいた斧兵の頭を、琉一のユースティティアが撃ち抜くと同時に、彼は右から来ていた斧を、右手用のユースティティアの銃身で受け止めている。ぎりぎりぎり!、と金属同士が歯軋りするような音が響くが、それもすぐに鳴り止む。空いた左手用のユースティティアが銃弾が、残った斧兵の脳天を貫いたからだ。

床にくずおれていくロボット兵にはもう眼もくれず、琉一は盾兵に銃口を向けた。その神経質そうな瞳に、確かな怒気を孕んだまま、口を開く。

「妹姫を、…ツバサさんを返して貰いましょう。彼女は我々Room ELが囲い、ルカ三級高等幹部が庇護するべき人物であるからにして、貴方たちのようなジャンク品が気安く扱って良い立場の御方ではありません。
 聞こえませんでしたか?さっさと彼女を解放しないと、不燃ごみが増えていくだけだと申し上げているのです」

琉一はそう言いながらも、既にトリガーには指を掛けていた。発砲するのも時間の問題、というより、もう彼の中でセリカ隊兵を生かしておく理由は皆無だ。「プログラム通りに行動しなかった」。それだけで、琉一のロボット兵に対する殺意を示すには充分なのだから。

「お前のその言動、些かリスペクトに欠けると言えないか?」

ひりつく廊下の中心で、妙に聞き慣れた冷たい声が響いた。あの灰色の外套の人影が、琉一のすぐ後ろに立っている。コンマで反応した琉一は振り向きざまに、ユースティティアの銃身で相手を殴ろうとした。が、外套の男は、身軽な動きでそれを躱す。代わりに、その反動で煽られたフードが捲れ上がり、その下の顔を外気へと晒した。


―――翡翠の眼。黒髪のなかに混じる緑色のグラデーション。鋭い眼差しは、一度は捕らえると決めた獲物を決して逃がさない。


「……お兄様…?」

ツバサを息を呑み、僅かに震える声で呟いた。
そう。その男は、ソラとそっくりな顔。というより、もう本人と称しても差し支えの無い人相をしていた。
だが、二人が知るソラと、この闖入者の違いを挙げろと言うならば。まずは髪型だろう。闖入者はその珍しい色味の髪を、猫耳を連想させる形に結い上げている。その猫耳部分の下から、くるん、と飛び出している毛は、まさしく猫の尻尾だ。それから、アイラインとリップの色。本来のソラは目立つ色味など決して付けないが、こちらは薄暗さのある灰水色を塗っている。まるでフィクションの悪役に施されているメイクだ。

琉一が動きを止めたのに対して、ソラとそっくりの男は、ふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らした。灰水色のリップで彩られた唇が、言葉を紡ぎ始める。

「お前たちの国は、ロクに働けもしないロボットを軍備として使うのか。こんな幼稚な技術レベルで、よくも人間が機械を服従せしめると思い上がったものだ。そのうえ、言うことを聞かない機体は叩き壊す野蛮さと来たか。全く、思い上がりも甚だしいな。ノアは何故、こんな低能な奴らと契約なんぞ結んだのか…。まるで理解が出来ない」

その毒々しい物言いは、一見すると、ソラと良く似ているかもしれない。だが、圧倒的に、相手への敬意が足りない。むしろ、自分が上位の存在であるとばかりに、こちらを自然と見下す姿勢は、天才児故に理知的で、且つ、ひととして気位の高いソラとは、似ても似つかない。まるで正反対だ。

すると、琉一がユースティティアをホルスターを仕舞う。その流れるような所作は、文字通り、眼に見えない速度であった。

「…なるほど。自分は足止めをされただけですか。お見事です。此処は、素直に降参と致しましょう」
「ほう。状況の把握能力は、かなり早いな。それに、技巧的な戦術を使う割には、案外と素直な性格か?」

琉一の言葉に、ソラと同じ顔の男は、意外そうな表情を見せる。だが、返ってきた台詞は。

「否定します。此処で自分が武器を収めないと、妹姫を取り戻した状態で、本陣に帰還が出来ないからです」
「…頭の硬いヤツめ。俺が一番嫌いなタイプだ」
「肯定します。自分も貴方とは仲良くなれません。そもそも理屈でひとを殺せるならば、銃など持ち歩きませんね」

柔らかくなりかけた猫耳ヘアーが、警戒心を一層強めた気がした。




【Room EL】

法務部の廊下での惨状は、あの後、雪崩れ込んできたイルフィーダ隊に任せて。
ツバサと琉一は、ようやくRoom ELへと到着した。あの猫耳ソラも一緒である。むしろ、彼は自分が先頭に立って歩くことが当然であるとばかりの態度であった。その傲慢さに、琉一は内心で苛立ちながら、何度も無意識にホルスターに手を伸ばしかけて、直後に我に返って堪えたのは、六回ほど。

そして。遅刻扱いの琉一が打刻をした後。Room ELの扉を潜り抜けた先に、待っていたのは。

ルカとツバサに良く似た顔と髪の色を持った男女が、ソラと向かい合う形で、応接用のソファーに腰かけている光景だった。ナオトは自分のデスクについたままで、いつもと変わらぬ表情で割り当てられている仕事をこなしている。

「あ!将軍、見てみて!あれが噂のお姫様だって!
 …でも、見た目はそっくりだけど、中身はまるで違うっぽいね。将軍より、彼女の方が強そうじゃない?」

ルカに似た男が、これまた彼に似通った声で喋った。こちらも眼に見える違いは髪型で、大振りの三つ編み風アレンジをしている。そして、彼もまた猫耳のソラ同様、相変わらず、言葉の中に他者への敬意が見受けられない。むしろ、隣に座っている女性のことを「将軍」と呼びながらも、下に見ている節すらあるではないか。

「ツバサは、俺の横へ。
 琉一は、社長から今回の遅刻を修正する臨時の証明書が発行されている。自分のデスクで記入した後、社長室のメールボックスへ送るように。
 ナオト先生には滞っているツバサの事務仕事を肩代わりして頂いてるので、更生プログラムのルールに則り、午後で帰宅して貰うことになった」

ソラが的確に指示を出し、現状も教えてくれる。それを受けたツバサはソラの隣へ座り、琉一は自分のデスクへと向かって行った。
猫耳ソラが、ルカとツバサに似た男女の後ろに控えたところで。本来、ツバサたちがソラと呼ぶべき、このRoom ELの『冷徹秘書官』が口を開く。

「さて、そちらの三人は―――…、当室にこれだけの業務妨害と損害を出しておきながら、未だへらへらとしているつもりか?
 琉一の喧嘩っ早い性格を見抜き、そこを逆手に取って、琉一を足止めし、当室の武力を削るという戦術を取ったのは褒めてやる。だが、その隙にと当室に入り込んだのは、悪手だ。最早、運の尽きと言っても良いだろう。
 おまけに、結果的には琉一が護り抜いたとはいえ、ツバサを危険に晒した罪は、充分に重い。例えセリカ隊のシステムエラーを盾にしようとも、俺たちの前で言い逃れは出来ないと知れ」

ソラがそこまで言い切ったと同時に。三つ編みのルカは、明らかに不愉快そうな表情を見せた。猫耳ソラと同じ灰水色のリップを塗った彼の唇が動く。

「んん?将軍、どうする?この子、めっちゃ怒ってるみたい。何かうざったいし、見せしめにヤッちゃってイイ?」
「……おやめなさい、ノア…。キャットも、その気になってはいけません…。
 無益な血を流すのは、我々の平和的価値を著しく下げるでしょう…。我々の目的は侵略ではなく、この世界に、新時代の風を吹かせることですから…」

三つ編みアレンジのルカは『ノア』、猫耳ヘアーのソラは『キャット』と、将軍たる女性に呼称された。この光景、表面上は彼女が言葉で宥めたようにも見えるが、…ツバサは見抜いている。―――この将軍は、肩書きの割には大した発言権を有していない。もしくは、それを行使しても、素直に聞き分けて貰えるほど、ノアとキャットが彼女に従順では無いことを。…要するに、権威を持たない、お飾りの指揮官だ。実働部隊兼現場指揮は、明らかにノアが握っているか、あるいは、キャットと二人で折半していると見て、妥当だろう。

「将軍から叱られちゃったら、此処は大人しくしておくしかないなあ。
 で?お怒りのキミは、オレたちに何がしたいの?随分と大見得を切ってくれたけど、結局、何も仕掛けてこないじゃん」

ノアの言葉は非常に挑発的だったが、それでペースを崩すようなソラでもない。現にソラは翡翠の眼差しで、ノアとキャット、そして将軍を見据えながら、淡々と返答する。

「そうしたいのは山々だが、残念ながら、その役割は俺ではなく、ルカのモノだ。
 ワーカホリックだの、いつか過労で死ぬだのと、日常的にルカから散々文句を言われている俺ではあるが…。生憎、会社から割り振られた仕事と、Room ELを回すための仕事、…それ以外だと、実は自分が気に入った仕事しかしない主義でな」

そのソラの言葉を聞いたノアは、実に不遜な笑顔を浮かべた。

「ルカ、だっけ?この世界を揺るがすほどの軍事兵器っていうのは、未知に対して怖がるってこと、知らないの?防衛能力、低そーだね」

不遜にして尊大。蛇足程度に、不敬。…だが、それだけの振る舞いが出来る実力も、ノアには在るのだろう。


―――しかし、忘れてはいけない。此処が、どこで。如何なるモノを中心に、全てが動いているのかを。―――


「オレのために造られた仕事部屋に帰ってくるだけなのに、どうしてオレが怖がらないといけないの?恐怖という言葉を使うなら、むしろ、オレの不在につけ込むしかRoom ELに侵入する手立てが無かったキミたちの方だよね。
 あと、オレの防衛能力が低いという点に関しては、心配ご無用だよ。むしろ後付けされた下手な攻撃能力より余程高いくらいで、自分でも最近はどう扱えば良いか、考えていた真っ最中~」

艶のある低い声。通りが良く、室内に伸びやかに響き渡る。景気の良さそうな言葉に聞こえてしまうのは、台詞回しのテンポに騙されてしまっているだけで、その実態は、実に痛烈な皮肉。しかし、このルカという男は『正解』しか言わない。言うつもりがない。

ツバサがソファーから立ち上がり、ルカを出迎える。彼のホルダーとしてではなく、紛れもない、このRoom ELで、ただ一人の直属事務員として―――。

「おかえりなさいませ、ルカ三級高等幹部」
「ただいま、アリスちゃん。早速だけど、そこの席を譲って貰うね。
 あと、お茶をお出ししてあげて。せっかくだから、この前、セイラが仕入れてくれた九花亭の玉露と羊羹にしちゃおっか」
「かしこまりました」

事務員として完璧な所作を見せたツバサは、その場を後にして、給湯室へと消えていく。その後ろ姿を、将軍が何処か呆気に取られたかのように見詰めていた。しかし、今のルカにとって、それはどうでも良い。

「改めまして。ようこそ、ヒルタス湾の悲劇を下敷きにした、この楽園都市・ヒルカリオへ。
 本土の人間たちではなく、真っ先にオレの足元まで来たコト、まずは評価してあげるよ。誰に挨拶するかの順番は、事前にちゃんと決めておいたみたいだね。ビジネスの基本はなってるんだ?自我の在る生物としては、まあまあ終わってそうだケド。

 それで?オレの高度な防衛能力の制御案について、キミたちには何か良いアイデアがあったりするワケ?
 せっかくだから、この世界の錆び付いた常識を覆すような斬新で、逸脱した、且つ、ユーモアも含めたようなコト、オレにプレゼンしてみせてよ。
 
 ―――ねえ?別世界からの使者たち?」

ルカの言葉に、ナオトのオッドアイの双眸が僅かに動いた。今朝、地下鉄駅構内のスタンドで購入した朝刊で読んだ記事のことだ。本土のうら若き女性政治家・紫雨百合花が、現総理と手を組んで、秘密裏に動かしていた特大級の政治的プロジェクトの成功だ、と書いてあったが―――…?

「喋ってくれないの?将軍さん?
 まずはキミが自己紹介してくれないと、トップ会談は始まらないケド?」

ルカが将軍を見やって、微笑んで見せた。そして、ツバサに良く似た顔をした彼女が、遂に、重たい口を開く。

「……まずは、ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。
 改めまして…、お初にお目にかかります、ルカ三級高等幹部殿。我々は、この地より別世界、すなわちマルチバースに値する惑星から参りました、『劇場型幸福舞台演出隊列』。通称・『幸福劇場』でございます。 
 私は、マルギット特務将軍。本隊の指揮官であります。どうぞよろしくお願い致します」



―――仮初の幸福に溺れるのは、もうお終いにしよう。これからは新時代の風と共にもたらされる、真の幸福の中で。永遠に歌って踊るための脚本が、人間たちを待っている。

さあ、この物語は、世界の頂点から始まるのだ。



to be continued...
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