第四章 Specter’s Shot

【数日後。 河崎法律事務所 面談室】

「アケルさんと、例の『メリスちゃん』のやり取りは、確かにペルシ内が拠点でありました。しかし、ペルシには『完全匿名性』を約束する代わりに、ダイレクトメッセージ機能、通称DMが備わっていません。それにも関わらず、二人はペルシ内で「会おう」という会話も無しに、現実世界で密会をしているという情報があります。なので自分は、アケルさんとメリスちゃんの両者の間には、その密会のタイミングを知らせる何らかの合言葉、ないし、記号、暗号めいたものが存在するという仮説を立てました。
 結果は、正解でありました。メリスちゃんが、『定期投稿』と銘打って、同じ写真を何度も新規投稿をしているのが、アケルさんとの密会への合図、つまり合言葉として使われているようです」

眼を白黒させているさくらの前で、琉一が淀みなく喋っている。彼の説明と共に、次々と差し出されてくる書類にも、さくらはあたふたとしながらも、一生懸命、読み込んでいた。さくらの隣に座っているローザリンデも、慌てる様子こそ見せないものの、眼帯の無い左眼を忙しなくスライドさせている。琉一は、続けた。

「過去のログを遡れるだけ遡ったところ…、密会のタイミングを出す合言葉を発信する権限は、メリスちゃんが握っているようです。彼女が合言葉を言ったのをアケルさんが確認すれば、彼がその投稿に、青色のハートマークの絵文字を三個並べただけのコメントを送ります。その返信が「密会へのOKサイン」として、メリスちゃんに受理されます。
 その後、二人は、アケルさんが週末のゲーム時間―――…つまり、自分の部屋に籠れる時間帯になるのを待ってから、パソコンゲームと通話用アプリを立ち上げて、ゲームをしながら会話してるフリをしつつ、密会の日程をすり合わせているのでしょう」

そこまで言い切った琉一は、最後の一枚とばかりに、さくらの前に書類をまたしても差し出す。それは、ペルシ内のアケルとメリスちゃんのやり取りを、スクリーンショットした複数枚の画像を、一枚の紙面にまとめて印刷がしてあるモノ。枠外には赤ペンで補足説明まで書きこまれている。非常に分かり易い。

さくらは焦りを覚えつつも、しかし、じっくりと、琉一の用意してくれた数々の証拠と成り得るモノたちを読み進み、―――…そして、それを終えたと同時に、鞄から小さなタンブラーを取り出してから、その中身を呑み始めた。

「素敵なタンブラーですね。確か、ROG. COMPANYが一時期だけ取り扱っていた、プリンス・テトラの限定商品だったでしょうか?」

琉一が自分のコーヒーカップに手を伸ばしながら、さくらのタンブラーについて言及する。不意のことに吃驚したのか、どもってしまったさくらに代わって、ローザリンデが笑いながら答えた。

「お、流石じゃねえか。おれの執務室に眠っていたサンプル品だったんだけど、…おれの推しであるサファイア様のグッズじゃなければ、他の誰かが使う気配もなくて…。だから、せっかくだし、さくらにあげちまおうって思ってさ。ウチの若社長に許可貰ったうえで、贈ったんだよ。
 この柄だったら、ぱっと見じゃあ、プリテトのグッズってわかんねーし。色味がさくらのイメージだと思ったんだよな~。どうよ?この淡いクリーム色、さくらっぽいと思わねえか?琉一?」
「肯定します。ローザリンデ五級高等幹部の審美眼に、狂いはありません。大変、素晴らしいです」
「…結構、ド直球に褒めてくるんだな…。同じ天才児同士っていう理由でつるんでるって言うから、てっきりソラの同類だと思ってたが…、意外と捻くれた物言いするアイツとは、お前はまるで正反対じゃねえか」
「…、自分とソラと一緒くたにしないでください。あちらは捻くれているうえに、嫉妬深いという、面倒くさい属性が過剰に実装されていますし」
「それはそうー。全然フォローできねー。すまねー、ソラー」

ローザリンデと琉一の会話は、あくまで二人の間に生まれた日常的なレベルのモノではあったにせよ。…その中心に急に現れたソラの存在感が凄まじい。さくらはその『ソラ』なる名前の人物が気にはなったものの…、今は夫の不倫問題に注力するべきだと、気持ちを切り替える。

タンブラーを鞄へと仕舞ったさくらを見て、琉一が逸れていた話題を、元の位置に戻す。

「では、続きを。
 このメリスちゃんですが…、彼女はクォリティーの高いコスプレイヤーとしても、ペルシ内では高名であると同時に、…もうひとつ、別の側面の発信力を持っています」
「別の…、発信力…?」

琉一の言葉を、さくらが反芻した。どうやら、意味が分かっていない様子である。琉一は、また別の書類を差し出しながら、説明を始めた。

「政治に対する疑念を呈している、とでも言えば、聞こえは良いでしょうが…。要するに、とある政治家と、その政治家が掲げている現行の政策に向けて、強いヘイト感情を煽る投稿を繰り返しています」

そう言いながら、琉一が出してきた書類には。先ほどのアケルとメリスちゃんのやり取りのスクリーンショットを纏めたモノと同じように。今度はメリスちゃん自身の、政治批判に関する投稿のスクリーンショットが、時系列と内容で、綺麗にカテゴライズされている。その投稿文の全てに書かれている、ふたつの単語…―――、それは。

「紫雨百合花…、幸福劇場…。
 このメリスちゃんってのは、…あの女政治家と、彼女が招いた使徒様たちが、大層、お気に召さないようじゃねえか」

絶句したさくらの代わりとばかりに、ローザリンデがそれを呟く。そして彼女は、隣で小刻みに震え出したさくらの背中を、優しい手つきでさすりながら、琉一へ問いかけた。

「お前のことだ。アケルとメリスちゃんの不倫の現場を、直接、押さえに行きたいって言いだすんだろ?…それ、おれも同行させてくれよ。ボディガードなら必要ない。自分の身は自分で守れるし、いざとなったら、お前を残して撤退することも、おれは出来る。決して、お前の仕事の邪魔にはならねえって約束するぜ?どうだ?」

ローザリンデの申し出は、琉一にとって、想定内だったようだ。その証拠に、彼は元々ころころ変わることもない顔色ひとつ、このときになっても全く変えず、淡々と答える。

「肯定します。戦略的撤退が選べる人間を、戦場に連れていくことに関して、自分は基本的に反対はしません。
 それに、いざというときの『保険』も、現段階で準備中です。…保険となるべき相手からの返事が、未だ来ていないのですが…。まあ、十中八九、「参加する」と言うでしょう」

琉一のその言葉を聞いて、咄嗟とばかりの反応を示したのは、今度はさくらだった。彼女は声を震わせながらも、自分の主張を振り絞る。

「あの、わ、私も…連れて行ってください…!本当にその場にアケルが来るのか…、メリスちゃんって何者なのか…、全部、この眼でちゃんと見たい…ッ!
 催涙スプレーとか、小さなスタンガンとか、そういうの、防犯目的で持っているので…!あの、お願いします…!!」

さくらの台詞に対して、ローザリンデはギョッとしたが。相反するかのように、琉一は「それも想定内」だと言わんばかりの顔で、頷きながら、返事を出す。

「肯定します。ただし、さくらさんの場合は、条件があります。
 それは、現場では自分の指示に、そしてローザリンデ五級高等幹部が撤退を選択した場合は、それぞれ従うことを、お約束してください。でなければ、到底、連れては行けません」

ローザリンデが渋い表情をするのは見えていたが、琉一はそれを流して、さくらを真っ直ぐに見やった。そして、彼の射抜くような視線と台詞を受け止めたさくらは、今一度、一呼吸を置いてから、改めて、決意した。

「…お約束します。先生と、ローザリンデの指示に従います。だから、私も、連れて行って…!」

さくらの態度は、覚悟を決めた、というよりは、些か無鉄砲なそれに見える気もしないが…、琉一はそこは敢えて不問とし、了承の上、話を続ける。

「では、アケルさんとメリスちゃんの密会の日程と、当日の我々の作戦内容について、お話をしましょう。
 最初に自分からお話した、二人の密会内容は、あくまで、ペルシ内の各種投稿の時間と、さくらさんが提供してくださった音声ファイルの日付と、録音された会話の内容を掛け合わせて推測したものになりますが。…逆に言えば、これらのデータを転用し、メリスちゃんの投稿頻度やパターンを掴めば…、次の二人の密会のタイミングを計れます。
 それにより割り出された、次の密会は、…本日から四日後の、午後二時。場所は、都市部近郊にある、テナント数ゼロの小規模ビル内になります。該当するビルの管理会社に問い合わせたところ、…その日付と時間帯で、『個人撮影目的』という名目で、ビル全体を管理会社に借りている人物が居ました。
 お分かりですね?借りているのは、アケルさんです。同行者ありとのことなので、間違いなく、アケルさんとメリスちゃんの密会の場として、その場が使用されるでしょう。
 我々は、そこに乗り込み、現場として押さえます。アケルさんはともかく、メリスちゃんについては現時点で人物像が見えませんので、我々に対して、どのような抵抗を見せるのかが不透明です。なので、各自、用意は怠らず…。
 そして、自分が掛けている、且つ、未だだんまりを決め込んでいる『保険』については、…まあ、当日の朝に「やっぱり行く」と返事をされたとしても、特に問題はありませんので、気にしないでください。来たら来たで、きちんと向こうは仕事はしますから」

淀みのない琉一の説明は、非常に分かり易い。そして、その内容を聞いたさくらは、顔を青くして、ぼそり、と零し始める。

「四日後の、午後二時って…。確か、その日は、アケルさんは有給休暇を取ってて…、昔の友達とカメラを持って遊びに行くって…。
 …写真同好会時代の名残で、同人イベントで背景写真集を出すからって…、そう言ってたのに…!」

さくらの言葉には信ぴょう性がある。…どうやら、ビルを借りる際の『個人撮影目的』の理由として、高性能カメラを持っていることも、過去に写真関係のサークルに所属していたことも、丸ごと利用しているらしい。

これで、はっきりした。―――…アケルは、この騒動の当事者だ。
琉一の中で、答えが出る。自分が撃ち抜くべき相手が、ハッキリと見えた。―――逃がさない。逃げられると思うな。

「それでは、当日まで、各位、ゆっくりとお過ごしください。あと、何度も申し上げています通り、身辺にはお気を付けて」

琉一がそう言ったのを合図にするかのように、面談は終わったのであった。



to be continued...
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