第四章 Specter’s Shot

【某日。 本土 河崎法律事務所】

琉一は、Room ELの顧問弁護士である。しかし、今の彼にとって、ROG. COMPANYとは、あくまで『出向先』だ。つまり、琉一の真の職場とも言える場所こそ、―――この『河崎法律事務所』である。

所長の、河崎染子(かわさき そめこ)は、この法律事務所を引き継いだ五代目。細々と弁護士を育て、輩出してきた、河崎家の長女である。弁護士であった亡き父の背中を見て育った染子は、彼と同じ道を選び、―――そして、今より数えるこそ、およそ二十年前。亡父の遺言状により、正式に所長となった。
それからというもの。染子自身の実力の高さは勿論、彼女の真面目で誠実、且つ、優しい人となりは、この事務所へ数多の弁護士たちを導いた。結果、今や、河崎法律事務所が抱える弁護士の数たるや、十三名と、中々の大所帯である。此処から独立した者も多いため、実質、染子が面倒をした後輩弁護士の数は、文字通り、数えきれないと表現しても過言ではない。

そんな染子と、彼女が有する部下たちの前に、彗星の如く現れた男が、一人。―――…『法曹界の釘』と名高い、あのステルバス一族から輩出されてきた、琉一=エリト=ステルバスである。

去る、数年前。
国が発行した武装許可証と共に、両太腿のホルスターの中の二挺拳銃と、最低限の荷物と、天才児たる頭脳を引っ提げて、琉一は、本当に突然、染子の前にやってきた。
動揺する部下を宥めながら、染子はとりあえず、琉一に対して「お話だけは聞きます」と言い、彼を応接室へと通した。腰を落ち着けた染子が、琉一へ急な訪問の理由を尋ねると、彼は涼しい顔のまま、素直に話す。

「海外留学中に弁護士の資格を取得し、先日、帰国した次第ではありますが、…どこもかしこも自分の武装を理由に、既に三十件以上の門前払いを仕向けてきました。
 正直、他者の事務所に所属するのは、一族からの最低ラインの条件でしかないので…、万が一、こちらからもお断りを受ければ、…まあ、自力で事務所を立ち上げることも視野に入れております」
「…、…。」

染子、絶句。
琉一の言い方は、あまりにも不遜が過ぎた。法曹界は、長く、そして堅い歴史を築いていることで、上下関係に厳しい一面がある。そのうえ、琉一自身が、あのステルバス一族から出てきた弁護士とはいえ、こうも高見からの物言いであれば、…正直、「二挺拳銃が怖い」というのは建前で、彼の入門を断ってきた皆が皆、「この男は、生意気が過ぎる」という本音を飲み込んできたに違いない。

だが、その一方で。染子の中には、「琉一に評価を下すには、未だ早い」という警鐘めいた本能的行動が、走り始めていた。

染子自身が弁護士として積み上げてきた実績の数々。この手で、この眼で、面倒を見て、育ててきた後輩たちの数列。独立祝いと共に見送った、若い背中の走姿。

染子のこれまでの過去を振り返ると見えてくる全てが、彼女へ告げてくる。―――「この男を、その手で、その眼で、この場で、育ててみないか?」と―――…!

国から武装許可を取得してまで引っ提げている二挺拳銃には、意味があるはず。…しかし、それは個人の事情だ。
あの高名なステルバス一族から輩出された、新人弁護士。されど、物言いに難あり。…だが、天才児(ギフテッド)故に、周囲とのギャップの可能性があるのでは?
この神経質そうな瞳には、一見、冷たい打算めいた、そう何処か「人間味の薄さ」を感じる。…されとて、隠しきれない信条が、読み取れる。

染子は、確信した。この男は、琉一は、きっと「化ける」。…否、既に化けた後か、或いは、化けた自覚無くして。こうして染子の前に座っているのすら、無意識・有意識、関係なく、厚い化けの皮を被っている真っ最中かもしれない。

どちらにせよ。このまま沈黙したまま、自分で見聞きもしなかった『前例たち』に倣って、此処の門前から追い払うにしては、…惜しい…―――!
気が付けば、染子は、口を開いていた。

「琉一=エリト=ステルバスさん。…マニュアルに則り、試験期間は設けさせて頂きますが…、貴方の採用に関して、私は此処の所長として、非常に前向きに検討したいと思います。
 ですが、一つだけ、約束してください。……―――その二挺拳銃を、絶対に『司法の場』で振るわない、と」

染子はそう言いながら、傍らに「一応…」と置いていた雇用契約書のテンプレートに、然るべき役割を与えて、琉一の前に置く。
それを一瞥した琉一は、ズレた眼鏡のフレームを指先で押し上げながら、冷静な声で答えた。

「肯定します。むしろ、自分としても前提条件、…いいえ、訂正します。契約内容として当然の一文、と考えます」

その言葉には、未だに高い位置からの物言いが含まれているが…。何だろう。受け入れると分かった途端、染子には「ちょっと灰汁の強い若人の自我」として処理が出来た。要するに、「若い子が、クセ強めな可愛い言動パターンを取っているだけ」と言いたい。

「…、ふふ、何だか、気が合いそう」
「…若干量、否定します。自分は経験上、「第一印象が良かったから」の類を、一切、信用していませんので」

染子が微笑むのに対し、琉一は少し苦味のある声音で、そう返したのであった―――…。



――――…それから。数年後。
現在、琉一は。河崎法律事務所に所属する弁護士の中では、ぶっちぎりで異質な存在感を放ちつつも、…案外と、皆に受け入れられている。

その証拠に、とでも言うべきか。
琉一の隣にデスクを置いている、彼の同僚――ー、名を、岩路(いわじ)という、その青年が。書類仕事にひと段落が着いたと、スマートフォンを突きながら、琉一に話しかけている。

「うげ…、充電やば…。琉一、モバイルバッテリー貸してくんね?」
「肯定します。しかし、珍しいですね。スマホ中毒に該当する岩路さんが、よりによって、充電を切らせるなど」

岩路は、今時の若者、と言った風体の青年だが。仕事の場では至って真面目な言動を取れるうえに、成績も宜しい、非常に優秀な弁護士だ。ただ単に、職場とはいえ、気の抜けた瞬間には、同僚であり、気の合う友人として見ている琉一のことを、岩路なりに平等に扱っているだけ。
例え、それを琉一が、冷めた口調で受け流しているように見えても、だ。

「なーんか、いつも一言多いんだよなあ、お前って…。…あ、さんきゅ。後でコーヒー買ってくるわ」

岩路はそう文句めいたことを垂れつつも、琉一から借り受けたモバイルバッテリーを、しかと自分のスマートフォンに繋げる。後でお礼をするという約束も、欠かさない。だが、琉一の声音は変わらず、フラットなモノだった。

「否定します。自分の一言が多いのではなく、貴方の行動パターンには、思わずこちらから物申したくなるほど、穴が多いということです」
「ハイッ、琉一弁護士名物『正論弾丸』、出ましたァー!いよっ!拍手!」
「その拍手した手で、今夜の飯が無事に食べられることを、祈っておきましょう」
「うわ、なにそれ、なにそれ?オモロすぎ!傭兵ジョークってやつ?今の戦場のトレンドか?それ系の専用タグ、つくろーぜ!」
「否定します。充電の心配が無くなったのであれば、早く仕事に戻ってください。
 それと、不意に視界に入ってくるのはやめろ、と、一体何度、こちらから忠告すれば、貴方は気が済むのですか?」

琉一の言動に人間味が薄すぎるのか。はたまた、岩路の陽キャが過ぎるのか。…何年、傍で見ていても、周囲は、この二人の関係値を正しく測れないでいる。とはいえ、皆が皆、微笑ましいものを眺めるような視線を送っていることは、変わりない。

ここぞとばかりに、わやわやと琉一を構ってやろうとする岩路を振り切った彼は、やれやれ、と言わんばかりの眼をしてから。その直後、何かを閃いたかのような素振りを見せて、岩路に向かって、口を開く。

「岩路さん。貴方の今後のスマートフォンの充電問題を解決するためのアイデアを、提示します」
「え?なに?聞かせて、聞かせて?ちょい興味ある見出しじゃん?」

琉一の言葉に乗った岩路が、身を乗り出すかのように、続きを促した。琉一が続ける。

「職場での充電問題は、職場で解決するのが早いです。よって今後は、岩路さんが退勤時に、ご自身のデスク上で、リチウムイオン電池を使用したモバイルバッテリーを充電します。そして、次の出社時に、フル充電されたそれを回収します。こうすることで、『職場内に於けるスマートフォンの充電問題』は、解決します。
 反面、このアイデアには、少しばかりにリスクも抱えてはいますが…」
「そうか?かなり良い、っていうか、隙の無い完璧なアイデアじゃね?…え?逆に、リスクって、何処?」

琉一のアイデアは、確かに完璧なモノに聞こえた。故に、岩路は、琉一自らが「リスク」と称した部分を追求する。

「微弱な統計的数値ではありますが、リチウムイオン電池を使用したモバイルバッテリーには、『充電時間中に発火及び、爆発した事例』が複数件、存在します」

琉一は淀みなく、答えた。その意味を脳内で噛み砕いた岩路は、―――…途端、顔を引き攣らせる。

「…えっ?…ちょ、ちょっ?ちょい待って?それって…?ちょっと?琉一?お前、もしかして、事務所が燃えろ、とか思っていたり…?!」
「さあ?自分個人の感情は知りませんが…、「職場なんて燃えてしまえ」と思っている会社員が多い、こんな世情です。…少なくとも、自分の出向先の、あの玩具会社内では、そう陰口を叩く社員が、一定数は居るようですし」
「全然笑えねぇ、…って?!ちょ?!何処行くの?!」
「仕事に決まっているでしょう。これから依頼人と面談ですから。どうかお静かに」
「待て待て待て待て、ねえ待って?!言い逃げ禁止ぃぃ!!」
「否定します。では、失礼します」
「琉一ぃぃぃ!!」

岩路のツッコミと、真実へ追求は虚しく空回りして。その悲鳴を背中で受け流しながら、琉一は面談室へと、何処吹く風とばかりに歩いて行ったのであった。



【面談室】

琉一が面談室に入ると、二人の女性が既に待っていた。彼女たちは立ち上がり、琉一へ一礼をする。それに会釈程度で返しながら、「どうぞ、お座りください」と言葉少なに促した。

この女性二人のうち、片方は、琉一とは顔見知りである。何を隠そう、ローザリンデ・テイスワートそのひとだ。今日は休みを取っているのか、ROG. COMPANY本社内で見るような、あのドレス風スーツではなく、完全なる私服姿であった。いつもはおろしてある、あの美しいロングヘアーも、今は後ろで一つに纏めてある。

「弁護士の、琉一=エリト=ステルバスです。本日は、よろしくお願いいたします」

琉一がそう言うと、ローザリンデの隣で、小さくなっていた女性が、おずおず…、とした動作で、彼と視線を合わせた。一呼吸を置くようにして、口を開く。

「はじめまして…、飛騨さくら(ひだ さくら)と申します。あの、よろしくお願いします…。えと、その、本当に夫にはバレていない…?」

さくらと名乗ったその女性は、琉一に自己紹介をするのもそこそこに、途端に、怯えた表情をして、きょろきょろと周囲を見回し始めた。すると、彼女の隣に座っていたローザリンデが即座に宥める。

「安心しな、さくら。この事務所の歴史は確かなものだし、何より、事前に伝えた通り、この琉一先生の腕前は一級品だ。このおれが紹介するんだ、当たり前だろ?」
「うう…、ローザリンデ…。でも、怖いわ…。あのひとが私につけていたGPS、本当にあれだけだったのかしら…?実は見つけていないだけで、他にもつけられていて、今この場所に居ることを監視されているんじゃ…?」

さくらにはどうやら、現状に強い不安感があるようだ。そして、ローザリンデは素の状態で、彼女と接している。ローザリンデがさくらに言った通り、今日の面談を申し込んできたのは、ローザリンデであった。しかしあくまで彼女は仲介と見届け人をするだけで、本当の依頼人はさくらであると、琉一は聞いている。…実態は、見届けという名の、宥め役といったところだろう。少なくとも、あのローザリンデが「おれ状態」で自然と接している人間=彼女がさくらを友人として扱ってる人間、というだけで、社会的な信頼値は高めだ。

――――…『第一印象が良い』だなんて、ロクに信じてはいないけれど…。

琉一はそこまで考えつつ、ノートパソコンに「所感」として書き連ねてから、怯えるさくらが落ち着きを取り戻してきたのを見計らって、即座に本題へと移る。

「今回の依頼は、「旦那との離婚の準備を手伝ってほしい」と伺っております。
 飛騨さん。貴女は弁護士としての自分に、どのような準備のお手伝いをしてほしいのか…、具体的なお話をすることは可能でしょうか?」

琉一の言葉を聞いたさくらが、使いこまれたトートバックから、自分のモノらしいタブレット端末を取り出した。そして画面の電源を入れて、数あるアイコンの中から、一つのそれを指さして、琉一へと語り出す。

「あの、『ペルソナ・システム』ってご存じですか…?あの幸福劇場が始めたらしい、IPアドレス非公開型のSNS…。このアイコンが、それなんですけど…。
 …私の夫は、これを使って、不倫をしているみたいで…。今回は、その不倫の証拠集めを手伝って欲しいんです…」

幸福劇場。その単語を聞いた琉一の脳裏に、ROG. COMPANY本社内で初めて遭遇した、あの猫耳ヘアーの暗殺者―――…キャットの強い警戒心が滲んだ瞳が、浮かんだ。しかし、それはすぐに掻き消える。今は眼の前の依頼人のことを考えるべきだ。

一方で。ローザリンデはというと。
ペルソナ・システムが演出を開始した、あの光景をフラッシュバックさせられているかのような気持ちに陥ってはいたものの。……彼女は、五級高等幹部としてのプライドを崩すことを阻止するため、誰にも見えていない机の下で、己の拳を握り締めていたのであった。



to be continued...
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