第二章 Rumble Angel, Silent Devil

【ヒルカリオ 繁華街】

その夜、クラブ「ROYALBEAT」は異様な空気に包まれていた。常連たちが泡を飲み、店員が不自然に目を逸らすのは、一組の「異物」が足を踏み入れたからだ。
二人連れの男性。美しすぎるその無表情に映える、冷たい翡翠の双眸。理知的な眼鏡と出で立ちに反する、両脚の二挺拳銃。二人揃って、まるで死線をくぐってきたような歩き方をする。
―――ここが、ただの遊び場ではなくなる夜が、始まった。


ソラは、ドライマティーニ。琉一は、ミモザ。それぞれの酒が入ったグラスを片手に、重低音が鳴り響くクラブの隅っこのテーブルで、二人は店内を見やっている。男女構わず、ナンパ目的の人間たちは、ソラと琉一の隙を伺おうとはしているが。眼が合う度に、二人の冷たい視線に撃沈されていく。やがて、クラブのステージ回りでは、ソラと琉一が「異物」である認識が広まった。


ステージ上のDJが、一瞬だけ音を切り替えたのが、分かった。その刹那、ソラの視線がぴくりと動き、琉一が眼鏡をくいっと上げる。

「…思ったより早かったな」
「肯定します。とはいえ、これだけ「自分たちが異物である」と主張すれば、相手も放置が出来ないと判断したのでしょう」

ソラと琉一がそうやり取りをしている合間に、ステージの人混みが割れて出来た道から、柄の悪い男たちが、こちらに向かって歩いてくる。二人ががテーブルから立ち上がると同時に、柄の悪い男たちがニヤニヤと笑いながら、口を開いた。

「よぉ、そこのキレーなお兄ちゃんたち。ちょいと、おいちゃんたちとトークしようぜ」
「何処から来たのかな~?おうちの住所、分かるかな~?」
「てめー、二挺拳銃なんぞぶら下げて、何様のつもりだよ」
「酒のセンスだけは認めてやっていいが、うちの店を荒らしに来たのは感心しねえなあ」

からかい、煽り、苛立ち、勝手なマウント。男たちは揃いも揃って、ソラと琉一を下に見ている。だが、肝心の二人は、各々のグラスに口を付けてから、互いに視線を交わして。

「聞け、琉一。コイツ、ドライマティーニのくせに薄いぞ」
「肯定します。自分のミモザには、どうやらオレンジジュースが使われているようです」
「レシピ通りの量のジンも入れられないうえに、生のオレンジすら使えないとはな?
 それはそれは、かつての上客だった男の家に、わざわざツケを取り立てにいく必要が出てくるわけだ」
「否定します。帳簿や出納帳を検めるまでは、客につけた売掛金に対する野蛮な徴収行為が常習的だったのかどうか、確定は出来かねます」

ソラと琉一の会話を聞いた男たちの顔色が、みるみるうちに変わっていって。そして。

ソラのグラスの中のオリーブが、音もなく沈んだ、そのとき。

―――DJが、ステージの音楽を止めた。

踊っていた客たちが、一斉に何処ぞへと引いていく。かと思いきや、その中の何人かは、二人に向かって歩いてくる。どうやら、「お仲間」が紛れ込んでいたようだ。

男たちが懐、ポケット、スーツの袖、はたまたその辺のオブジェの陰など、それぞれの場所から、各々の得物を取り出す。―――と思えた、その前に。

―――ソラのバタフライナイフが早かった。
拳銃を出しかけていた男の利き腕を切りつけて、無効化させる。腕を切られた男の悲鳴を合図に、ROYALBEATの店内BGMが、喧嘩の阿鼻叫喚へと切り替わった。

琉一は二挺拳銃を抜くと、まず、左の銃口をステージ上方に向けて、二発。DJがいる方向だ。だがそこにいたのはDJではなく、先ほどから入れ替わっていた柄の悪い男たちの味方。アサルトライフルを構えていたはずの男は、ソラと琉一を狙撃するという作戦を、その琉一に撃ち抜かれた己の肩を釣り銭に、呆気なく潰される。
息を吐く間もなく、ソラが身軽な動きでステージの方角へと走って行った。わざわざ単騎で広いスペースに行くとは、と思えど、頭に血がのぼった男たちでは、今やソラと琉一を倒すことしか考えられない。ソラが背中から提げていた鞄から、愛用のバトルアクスの刃を取り出す。柄の部分が伸びて出てきたそれを持ち、向かってくる敵を峰打ちにしていった。
一方、メリケンサックを付けた拳を振り上げてきた敵の攻撃を躱した琉一は、空振りにより地団太を踏む羽目になった敵を足払いで転がしてから、太腿に一発。そして、ステージ方面でわざと派手に暴れるソラに向かって駆けていく男たちを、その背中や死角から、肩、足の関節部分だけを狙って、各一発ずつ撃ち抜く。右の銃の弾切れ。空になった弾倉をその場に落とし、脚のホルスターの新しい弾倉を叩き込んで、靴底でスライドを引く。新しく弾丸が装填された右の銃で、襲い掛かる敵を一発で沈めてから、次は左の銃の弾倉を交換する。が、そのリロードの瞬間に発生した、ほんの僅かな隙をついて、もうひとりの敵が急接近していた。琉一は銃使いだ。余りの至近距離となると、発砲を伴う瞬発的な対応は難しい。

「タマ貰ったァァ!!!!」

男が血走った眼で、得物である金属バットを振り翳す。だが。

「否定」

琉一がそれだけを呟くと同時に。男の顔面を、右の方の銃身で殴り飛ばした。吹っ飛んだ男は鼻血を噴き出し、金属バットを手から取り落としながら、バーカウンターのローテーブルに頭から突っ込み、そのまま意識を刈り取られて、終了。その殴打の衝撃は、銃身へ僅かに入ったひびが指し示している。

「まったく、何て場所だ。上等なクラブどころか、錆びた鉄火場じゃないか。
 後でルカに適当に叩かせれば、その辺からでも、おびただしい量の埃が出てきそうだな」

そう言うソラの声がして、琉一はステージの方向を向いた。ソラは、鎮圧された男たちが伏した中心で、騒動のせいで天井から落ちたらしい、派手にひび割れたミラーボールを踏みつけ、心底不快そうな表情を浮かべている。こういう眼に見える感情表現をソラがするのは、先の大身槍作戦以降の話である、というのは友人の琉一からも堂々と言える話題だ。
そんなことを考えながらも、喧嘩の鎮圧を確認した琉一が二挺拳銃を仕舞うと、表から靴音が響いてくる。間も無く、ホールに入ってきたのは、『ILFEDA』のロゴが入った防弾ジャケットを着込んだ、ロボット兵の軍団だった。

『イルフィーダ隊、現場に到着。』
『ソラ様、琉一様の安全を確保します。』
『現場で倒れている人間たちを救護。その後、随時収容。』

イルフィーダ隊の兵士たちが粛々と現場の処理を始める。だが、ソラはその光景に疑問を抱いた。
イルフィーダ隊とは。ルカのレオーネ隊、ソラのグレイス隊と同じ、ロボット兵で構成されている部隊。ROG. COMPANYにおいては、社長室に所属しており、その指揮権は、当然、社長であるレイジが握っている。より正確に言うと、「ルカが編成したイルフィーダ隊の指揮権を、彼がレイジに付与した」。故に、ソラの疑問は止まらない。

「社長のイルフィーダ隊だと?ルカのレオーネ隊ではなく、ましてや、俺のグレイス隊でもないと?
 おい、そこのお前、何故、イルフィーダ隊が来たのかを説明してくれ。俺は此処に来る前、ルカに「現場の事後処理には、レオーネ隊を寄越してくれ」と、きちんと申告したはずだ」
『ソラ様、申し訳ございません。現時点では、我々からは詳細は明かせません。』

ソラが問うても、ロボット兵は答えてくれない。どうやら、詳細を答えないように、レイジより命令されているらしい。

「我らがレイジ社長と、ルカ三級高等高等幹部は、「明日も無事に出社してこい」と、俺たちに言いたいらしい。
 仕方がない。今夜は帰るとしようか、我が友よ」
「肯定します。いくら相手がソラと言えど、血と硝煙の香りを纏わせての二次会など、野蛮極まりません」

ソラと琉一はそう軽口を叩き合いながら、ホールの出入り口で待機していたイルフィーダ隊のロボット兵に警護されて、ROYALBEATを後にした。
その足取りは、まるで定時退社のサラリーマン。修羅場の余韻もどこ吹く風とばかりに、コンビニエンスストアでアイスクリームでも買って帰ろうと言わんばかりの気軽さであった。



to be continued...
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