第七章 再始動

「ルカ、出撃」

ツバサの声が、静まった埠頭に響いた。途端、ルカはバラバラになった鉄蜘蛛の破片たちに手を当てて、同調変換で、自身が武装するための兵器を創り上げる。その様子を見たソラが、すぐさま声を掛けた。

「ルカ!グレイス隊なら使ってくれて構わない!何としても、あの化け物を完全に葬ってくれ!俺たち人間側は、もうお前しか頼れん状態だ!
 ―――グレイス隊、前へ!ルカ三級高等幹部の礎となれ!」
『了解しました。ソラ様、我々は貴方と戦えたことを誇りに思います』
「…ああ、俺は決して忘れはしない。―――行ってくれ!」

ソラの命令を受けたグレイス隊兵たちが、イルフィーダ隊とレオーネ隊による、最終防衛ラインを越えて、ルカの傍まで歩いていく。それに対するように、ツバサがグレイス隊に会釈をしながら、防衛ラインの中へと戻ってきた。そして、その様子を見たルカは、にこり、と笑って。我らが身を捧げに来てくれたグレイス隊兵たちを、次々と同調変換で、別物質・物体へと変化させていく。

その間。海の上を占拠した、マム・システムの核は、目まぐるしい変貌を遂げていた。磁場でも発生させているのか。海水を轟轟と巻き上げ、核自らをそれらに呑み込ませて、表面を硬化させてから、巨躯の影を生み出す。
頭が付き、両の手が生え、四つの眼が開いた。最後に頭部の頭上に、黄金色の光輪を頂いて、―――『それ』は顕現した。

ルカの同調変換は未だ終わらない。いくらルカとて、創るモノの規模が大きくなればなるほど、時間は掛かる。だが、マム・システムの方は、当然、待ってはくれない。システムの統制そのものを担っていたアンジェリカから切り離されたマム・システムは、核に残された攻撃と防衛本能のみを以て、ルカを脅威とみなして、襲い掛かろうとする。

まさかの先手を取られる!?あのルカが?!、と誰もが思ったときだった。

「オレが何の手札も用意せず、キミに挑むと思ってたの?浅はかだねえ。そうだ。一つ、助言をしてあげる。
 戦場では、自分の背後には、くれぐれも気を付けた方がいいよ。
 そう、例えば?キミの後ろに、オレが用意してた玩具が、既に配備されるなんてコト、予想してなかったのかなあ?」

ルカは悠々をそう宣言して、徐に言葉の続きを紡いだ。それこそ、この場に居る人類を震撼させる台詞になると知っていて―――。

「―――落月(らくづき)、撃星(ゲキセイ)、起動。マム・システムへの攻撃を開始」

ルカの声に、ソラが、びくり、と両肩を震わせた。それと同時に、マム・システムの背後から、落月と撃星が、海を割って出現する。今や隠遁された刑務所暮らしの前岩田ジョウがかつて発動させた『大身槍作戦』で、落月は「人間の身勝手な欲望の象徴」、撃星は「軍事兵器が人間に反抗した証」として、激しく火花を散らした。その両機体が、今度はルカの支配下に置かれた状態で、マム・システムの破壊を担う兵器という役割を任ぜられている。―――…あのとき、たった独りで人間の業を背負い尽くしていたソラにとっては、この光景は、少々トラウマめいているとも言えた。だが、もうソラは独りではない。血を分けた妹が居て、信頼を預けた部下と親友が居て、…そして、この場でたくさんの戦友が出来た。裏を返せば、―――それだけの数の人間が、眼前におわすルカという、人間のカルマそのものを分け合ってくれるとも、表現が出来よう。皆、その覚悟を持って、この場に戦いを挑みに来たのだから。

異変に気が付いたマム・システムが両手を振り被ろうとする。しかし、落月の槍が真横から、撃星の剣が斜め上から、それぞれ突進してきて、マム・システムの巨体の動きを止めた。三者が接触した瞬間、波形という概念の轟音と、それを超過した空気を切り裂くだけの衝撃波が、最終防衛ラインにまで殴り込みをかけてくる。ロボット兵を除く、人間全員が耳を塞ぎ、身を屈めた。が、それもイルフィーダ隊とレオーネ隊の堅牢な盾兵たちが、全面的に防御のシールドを展開しているうえでの光景である。要するに、トルバドール・セキュリティー有する叡智を以て開発されて、ROG. COMPANYという前身は軍事機関、現代は玩具会社である『ルカを繋ぐ檻』たる大規模組織が全力で運用する、このロボット兵たちの防御力が全開になっている現状になっても、尚、あのマム・システムの本性には勝てっこない、という証明にしかなっていない。ソラの言う通り、この場の人間たちはもう、ルカに頼み、縋り。彼にマム・システムの完全破壊を、託すしかないのだ。

轟音と衝撃波が鳴り止み、人間たちが顔を上げたとき。希望はそこに在った。ルカが両手に身の丈を越えるほどの二門のキャノン砲を装備して、埠頭の先から、飛び立って行ったからである。―――あの慰霊碑に祀られた、かつての英霊たちがそうしたように。しかし、あの悲劇を繰り返すことなど、しないように―――。今まさに、ルカは人類の希望として、マム・システム破壊のため、上空へと舞い踊った。

今度は撃星が、単体でマム・システムへと突進する。その鋭い剣が、マム・システムの左肩に相当する部分に重くのしかかった。すると、その隙に。一度、身を引くような仕草を見せた落月が、今度は、己の槍をマム・システムの胴体めがけて、振り被る。その意図を察知した防衛ラインの中の人間たちは、すかさず、耳を塞ぎ、身を屈めた。次の瞬間。

眠れる神々すら起こし得るような、雷鳴の如き一撃必殺の音が。既に覚醒しているはずの、この地の人間たちの頭上へと降り注ぐ。誰かが、意味の無い悲鳴をあげた気がした。防衛ラインの中では、互いに庇い合い、支え合い、手を握り合う、数多の戦士たちの姿しかない。そして、皆が、希望の青い月を探して、天を仰ぎ見た。そのとき。


――『Balkan Arrow』


明らかにルカのモノではない、女性のAI音声が聞こえてくると同じく。その発生源には、希望の青い月―――ルカが、両手のキャノン砲、その名も『バルカンアロー』にパワーをチャージさせながら、マム・システムめがけて、その身を滞空している姿が在った。


――『target, rock on. fire system, open. 』


AI音声が告げるなか、キャノン砲のバレルが開き、砲台が更に剥き出しになる。そこから青白い光を湛えたエネルギービームが、発射する準備が出来るときを、待ち望んでいた。

落月には貫かれ、撃星には圧し掛かれて、身動きの取れないマム・システムに向かって、ルカは不敵な笑みを浮かべる。その明滅する深青の瞳の中で、遂に、パワーゲージが満タンを告げた。


――『call me, sir.』 


そう言うバルカンアローのAI音声は、ルカという軍事兵器が創り出した武器だが。しかし、人間にとっては、何よりの希望の一矢。

「マム・システム。キミが抱え過ぎてきた、母性という名の純粋な闇の全部、オレがいま此処で壊してあげる。
 次に逢えたら、そのときは、前より愚鈍な光を宿しておいで?そうすれば、こんな結末は、二度と繰り返さないはずだから」 

ルカはそう告げながら、バルカンアローの柄を握り直し、トリガースイッチに指を掛ける。そして。

「―――バルカンアロー、ファイア!!」

瞬間。凄まじい熱量と物量、そして衝撃走る特大の二本のビーム光線が。音速でマム・システムの全身を焼き切る。だが、不思議と、ルカが背にしていた人間たちの防衛ラインには、彼らが先ほどまで感じ取っていた轟音や衝撃波は来なかった。故に、人間たちは。マム・システムの最期を、しかと見届ける。

傾きかけた陽光と、それを反射した海波の狭間に。きらきらと屑を放出しながら崩壊していく、マム・システムの巨躯。そして、それを足止めしていた落月と撃星も、同時にくずおれていく。誰もが息を呑む。決して美しいとは思わないが、その姿は、母性という王座の崩御に値すると思った。

誰かが、敬礼を捧げた。そして、それに倣うかのように。各々のやり方で、その場の戦士の皆が、音も無く崩れていくマム・システムへと敬意を示し始める。人間が産んだ業の一つ、究極の人造母性『マム・システム』。その罪を背負うならば、その覚悟を示すならば、という気持ちを、各自が胸に抱く。

崩れ切った巨体の中から、蠢く核が出てきた。それはチカラ無く明滅したかと思えば、―――刹那。硝子玉が弾けるような音と共に、跡形も無く砕け散る。

終わった。全てが、終焉を迎えたのだ。
だが、これは『人類の勝利』などではなく、ただの不純な歴史の一部の、そのまた一切れでしかないのである―――…。


――――…。

ルカは帰還した際。真っ先にその出迎えの最前列に並ぶべき女性、ツバサを見つけた瞬間。バルカンアローの砲台をパージして、彼女にぎゅむー!と抱き着いた。そして、その周囲を持て囃す戦士たちがわらわらと群がる。誰もが、この楽園都市が抱える暗闇と言える、ルカという名の史上最強の軍事兵器を讃えていた。

その輪からひっそりと外れた人影が、二つ。
己身体を引き摺るようにして歩いていく琉一と、その後ろを静かに追うソラであった。

琉一はナオトが待つ医療スペースに入るなり、近くの輸送コンテナで出来た壁に倒れ込むように寄り掛かる。にわかに慌てたソラは、それを何とか支えた。ナオトが医療物資を手にして、走ってくるのが見える。

「琉一!まだだ!まだ意識を手放すな!お前には聞きたいことがまだある―――」
「琉一さん!大丈夫ですか?!僕たちの声が聞こえますか?!もう少しですよ!今すぐ傷の手当てをしますから―――」

ソラとナオトの声が、琉一には遠く聞こえた。だが、彼には二人が何と言っているのか、理解が及ばないでいる。その時点で、琉一は、己の運命を察した。

「…もう、充分に、生きた…」

その言葉を呟いたのを最後に、琉一の意識は暗転する。
悲愴な結末を迎える羽目になった、自分の無二の親友と、かつての恩人である医者たる、二人の男の叫び声を前にして―――…。




to be continued...
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