第一章 復権の母性少女
『トルバドール・セキュリティーの代表取締役社長、ミセス・リーグスティ』と言えば。世間から、『シンデレラ女帝』と呼ばれているほどの、異様な存在感を放つ、女社長である。
まず、ミセス・リーグスティは、前任のトルバドール・セキュリティー社長であり、故人となった元旦那に見初められた。そのときのミセス・リーグスティの仕事は、本土の商業施設の掃除をするパートタイマー。彼女の元旦那は、脇目も振らずに一生懸命に掃除をする彼女に惚れて、その場で彼女を呼び止めて、求婚したという逸話が残っている。
だが、逸話はこれだけではない。ミセス・リーグスティは、ステージ4の癌が見つかった元旦那に、彼の病床にて、トルバドール・セキュリティーを託された。そのときのトルバドール・セキュリティーは、経営に若干の傾きが見受けられていて。それを何とか盛り返そうと、社内全体が、常に数字や実績を気にするような、ぴりぴりした空気が漂っていた。そのような中で起こった、トップの譲位。しかも、その相手は、経営の基本も知らなければ、その手腕に優れている素振りも見えない、ただの『社長の妻である女』と来た。それまさしく、「ただの掃除係だった小娘が、急に会社のトップに座る」という光景。上級の役員たちは元より、古くから会社に忠誠を誓っている社員たちからすれば、堪ったものではない。「埃かぶり風情が!」、「他人が使った便器を磨いていた手で、我が社のデータをいじるのか?」等々。それはもう、聞くも耐えない悪口が、役員会議内で飛び交ったという。だが、元旦那から全てを託されたミセス・リーグスティは、怯まなかった。
自分を見下したり、値踏みするかのような、役員たちの侮蔑的な視線を物ともせず、彼女は堂々と言い放ったのだ。
「夫から…、否、前任の社長様より託された、このトルバドール・セキュリティーを建て直したいというなら、私の下で働きなさい!それが出来ないというなら、この場で辞めておしまいなさい!その権力とカネとプライドに腐りきった、役員の椅子が惜しくないならばね!
…さあ、どうしたというの?!『埃かぶり』の下では働きたくないのでしょう?!我が社を出ていくなら、さっさと出ておいき!!
―――私こそ、社長!!この会社を建て直せるのも、今より私の指先ひとつの動き次第!!その覚悟に同調が出来ない腑抜けなど、こちらから願い下げ!!さあ、どうする?!社長の私についてくるか!?それとも、たかだが安っぽいプライドに縋って、此処を出ていくか!?選ぶがよろしい!!」
雷鳴の如き、一声。ミセス・リーグスティの、その凛然としたその佇まいは、『社長の妻が成り上がった小娘』ではなく。『心の底から愛するひとから託された会社を守ろうとする社長』であった。
以降、ミセス・リーグスティはROG. COMPANYに配備させるロボット兵の開発に、潤沢に予算を割いた。それをきっかけに、トルバドール・セキュリティーは、傾いていた業績を回復させて。華麗なる女社長の姿を旗印にして、その復活した権威と名声を、この国の至る所にまで響かせたのである。
商業施設の掃除係をしていたパートタイマーが、社長夫人に成り上がり。そして、病に伏した夫の代わりに社長に転身して、その会社は見事、繁栄を取り戻した―――。
――故に、ミセス・リーグスティは、『シンデレラ女帝』と呼ばれることに、至るのであった。
――――…。
【ROG. COMPANY本社 社長室】
新社長に就任したレイジの、初めての大仕事こそ。今まさに行われている、眼の前のトルバドール・セキュリティーの現社長、ミセス・リーグスティこと、『イヴェット・リーグスティ』との、二者対談式インタビューだった。正直が過ぎるレイジの内心を、先んじて明記しておこう。
(めんッッッッどくせぇぇーーーーーーーーーー!!!!)
…である。
レイジの名誉のために擁護しておくと。彼は決して、仕事自体を面倒臭がっているわけではない。むしろ、ROG. COMPANYの前社長であり、自身の実父・前岩田ジョウが、社内の裏側に巻き散らしていた悪評を、少しでも後世に向けて返上していくのは。社長の椅子を引き継いだ息子である己の最初の仕事にして、最後まで貫く責務であることを、レイジは十二分に理解している。…要は、『そこ』ではないのだ。レイジが「面倒だ」と感じているのは。
イヴェットとの対談自体は、和やかなものだ。だが、レイジが気になっているのは、彼女の言葉の端々に垣間見える、ある種の気配。そう、例えば。
「社長として、そして母親として、数多く積み上げてきた私の信条の中で、特に『敢えて、競わせる』というのは、ビジネスシーンに、そして子育てに於いても、非常に有効的な手段となります。ですが、ただただ目的を高水準にするだけでは、意味がありません。高すぎるハードルは、越える前から威圧感を放ち、それを前にしては、ひとは挑戦する前からやる気を失いがちです。
ですから、小さな目標を少しずつ掲げて、それを達成させて、その度に、惜しみなく称賛する。そうすることで、社員も子どもも、絶えず努力することを怠らなくなります。要するに、モチベーションを与え続けることが、大事なのです。社長として、そして二児の母親として、私はそうやって、此処まで歩んできました」
堂々とそう言い切ったイヴェットの台詞に、周囲のインタビュアー関係者は、感激の溜め息を漏らす。だが、レイジは内心、「げ…」と思った。仮にも女性に対するリアクションではないが、顔色ひとつにも滲みださなかったことは、褒められるべきだ。何故、レイジがインタビュアー関係者とは、正反対の感情を抱いたのか。それは、レイジが飛ばした質問に対する、イヴェットの回答に寄るものだった。
レイジはこう問うた。
「ミセス・リーグスティは、会社と家庭で、同じルールを敷いているということでしょうか。ミセス・リーグスティの教育方針のもとで育ったお子様は、さぞかし…」
最後を濁したのは、レイジなりの嫌味のつもり。だが、イヴェットはごくごく当然とばかりの態度で、答えたのだ。
「ええ、若社長様の予想通り。私は社長としても、母親としても、冥利に尽きる景色を、いま、手にしていますとも。おかげ様で、とても幸せですわ」
イヴェットが、自信たっぷりとそう言った瞬間。レイジの中で下した彼女への評価は、世間に流れているイメージと真逆のものとなったである。
*****
対談が終わって。その後の『お茶会』という名の、『今後の互いの立場の確認行為』まで、きっちりとこなしたレイジは。正面ロビーから、懇切丁寧にイヴェットを乗せたトルバドール・セキュリティーのリムジンを見送って。そして、「麗しの若社長様」という憧憬と羨望の眼差しと同時に、「化け物の申し子」と恐怖される視線を一身に受けながら、社長室へと帰室して。
「むり…むりです…むりでした…。俺には手に負えない、あんな毒親社長は…」
執務机の椅子に座った途端。そう零しながら、セットされた髪の毛が崩れるのも厭わずに、両手で額を抑えたのだった。それを見た、五級高等幹部にして、社長秘書兼務を担うローザリンデが、がはは!、と豪快に笑う。
「若社長!オマエはよくやったよ!毒親の片鱗を見せられるなんて、オマエからしたらトラウマもんだ!なのに、調子崩すことなく、それどころか嫌味まで飛ばしやがって!本当、よくやったよ!
でもまさか、噂の『シンデレラ女帝』が、あーーんな本性を隠していたなんてなァ!
だが、対談形式インタビューとしては、大傑作中の傑作になるだろうよ!!あっはっはっ!!」
豪快に笑うローザリンデは、こう見えても、社内では「薔薇の淑女」として高名である。「薔薇のように美しく、上品で、気高い。」という普段の彼女の所作から来ているものだが。ローザリンデは本来、自分のことを「おれ」と呼び、身内の前ではこうして豪傑な振る舞いを見せる女性であった。
「姉御ー、大笑いしてるとこ、失礼しまっす。ココアが通るんでー」
「おう、セイラ。すまん、すまん」
ローザリンデにセイラと呼ばれたのは、ジャージメイド風の装いをした女子。彼女は、この社長室で雑用として雇われている、アルバイトだ。
「若社長サマ、敏腕メイドのアタシが淹れたココアっすよー?ほらほら、元気だしてこー?」
何処かダウナー気味の崩れた口調で、セイラがレイジの前にビターココアの入ったマグカップを置く。
レイジはそれに口を付けると、ふぅ…、と一息ついた。丁度いい温度に調節されたビターココアが、レイジの凝り固まった全身から、緊張を解いていく。すると。
「ただいま帰りました~。ねえ、ちょっち聞いてよ!ウチ、喧嘩売られたっぽい!」
社長室に入ってくるなり、良く通る若い女声が響いた。
彼女は、鈴ヶ原鞠絵。ナオトの妹で、セイラ同様、社長室に雑用として雇われた新米アルバイト。ただ、掃除や給仕をメインの仕事にするセイラとは違って。鞠絵の仕事は、事務書類やデータを各部署に届けたり、ちょっとした買い出しに行ったりというものだ。まだまだ「お遣い役」の範疇を越えてはいない。
そんな鞠絵は、ピンク色に染めた髪の毛が特徴的で、派手な印象のギャルだが。指先の爪は綺麗に整えられているし、メイクもよく見ればナチュラルの範囲で収まっている。むしろ、セイラと並び、華の女子高生にしては、大人しめな方向。だが、どうやら、見た目の下馬評に釣られた有象無象が、鞠絵に心無い言葉をかけたようだ。
「どうしたよ?」と、証言を促すローザリンデの言葉に甘えた鞠絵が、この社長室のアルバイトの初給料で買ったという発色の良いグロスを塗った唇を、開く。
「ウチ、なーんもしてないのに、すれ違いざまにさ、「うげ…、社長室の子猿だ…」って、全く知らん社員に言われたんだけど?!しかも、舌打ちまで!
なになに?!ウチが子猿だって?!失礼すぎるくない?!てか、ウチを子猿呼ばわりするってことはさ!ここにいるひとたち全員、猿として認定してね?!って感じ!失礼すぎる!てゆーか、自分の職場で舌打ちなんかすんな!大人のくせに!」
鞠絵はそこまで一気に言うと、思い出したことで腹が立ってきたのか。ぬーっ!!と呻きながら、頬を膨らませる。
ローザリンデとセイラが、ほぼ同時に、レイジの方へと視線を寄越した。ふたりに促されなくとも、レイジの中で決断は、とうに下っている。
「マリー。それ、何階の、どの方角の、どの課の辺りで言われた…?」
レイジがマグカップを置きながら、鞠絵に質問した。彼の水色がかった瞳は、既に本来の理性が戻っている。問われた鞠絵は、えーと、と思い出しながらも、的確に答えた。
「ウチが十七階の秘書課に書類を届けに行った帰りだから~…、十七階の特別エレベーターに向かう、途中の共用廊下で、…あ!すぐ傍に消防用の非常ベルがあった!あのホースが仕舞ってあるヤツ!」
「よし、それだけ情報があれば、あとはルカ兄に告げ口して、特定してやろーぜ。
社長である俺の直属の部下に、悪口言うなんて、まあ大した度胸はあるんだろうし、そこだけは評価してやってもいいよ。だけどさ、相手を確実にミスったってことは、思い知らせるわ…」
レイジは鞠絵の証言をメモに取ったものを見ながら。それをもとに、ルカのデスクへ送るメールを作成し始めるのだった。
to be continued...
まず、ミセス・リーグスティは、前任のトルバドール・セキュリティー社長であり、故人となった元旦那に見初められた。そのときのミセス・リーグスティの仕事は、本土の商業施設の掃除をするパートタイマー。彼女の元旦那は、脇目も振らずに一生懸命に掃除をする彼女に惚れて、その場で彼女を呼び止めて、求婚したという逸話が残っている。
だが、逸話はこれだけではない。ミセス・リーグスティは、ステージ4の癌が見つかった元旦那に、彼の病床にて、トルバドール・セキュリティーを託された。そのときのトルバドール・セキュリティーは、経営に若干の傾きが見受けられていて。それを何とか盛り返そうと、社内全体が、常に数字や実績を気にするような、ぴりぴりした空気が漂っていた。そのような中で起こった、トップの譲位。しかも、その相手は、経営の基本も知らなければ、その手腕に優れている素振りも見えない、ただの『社長の妻である女』と来た。それまさしく、「ただの掃除係だった小娘が、急に会社のトップに座る」という光景。上級の役員たちは元より、古くから会社に忠誠を誓っている社員たちからすれば、堪ったものではない。「埃かぶり風情が!」、「他人が使った便器を磨いていた手で、我が社のデータをいじるのか?」等々。それはもう、聞くも耐えない悪口が、役員会議内で飛び交ったという。だが、元旦那から全てを託されたミセス・リーグスティは、怯まなかった。
自分を見下したり、値踏みするかのような、役員たちの侮蔑的な視線を物ともせず、彼女は堂々と言い放ったのだ。
「夫から…、否、前任の社長様より託された、このトルバドール・セキュリティーを建て直したいというなら、私の下で働きなさい!それが出来ないというなら、この場で辞めておしまいなさい!その権力とカネとプライドに腐りきった、役員の椅子が惜しくないならばね!
…さあ、どうしたというの?!『埃かぶり』の下では働きたくないのでしょう?!我が社を出ていくなら、さっさと出ておいき!!
―――私こそ、社長!!この会社を建て直せるのも、今より私の指先ひとつの動き次第!!その覚悟に同調が出来ない腑抜けなど、こちらから願い下げ!!さあ、どうする?!社長の私についてくるか!?それとも、たかだが安っぽいプライドに縋って、此処を出ていくか!?選ぶがよろしい!!」
雷鳴の如き、一声。ミセス・リーグスティの、その凛然としたその佇まいは、『社長の妻が成り上がった小娘』ではなく。『心の底から愛するひとから託された会社を守ろうとする社長』であった。
以降、ミセス・リーグスティはROG. COMPANYに配備させるロボット兵の開発に、潤沢に予算を割いた。それをきっかけに、トルバドール・セキュリティーは、傾いていた業績を回復させて。華麗なる女社長の姿を旗印にして、その復活した権威と名声を、この国の至る所にまで響かせたのである。
商業施設の掃除係をしていたパートタイマーが、社長夫人に成り上がり。そして、病に伏した夫の代わりに社長に転身して、その会社は見事、繁栄を取り戻した―――。
――故に、ミセス・リーグスティは、『シンデレラ女帝』と呼ばれることに、至るのであった。
――――…。
【ROG. COMPANY本社 社長室】
新社長に就任したレイジの、初めての大仕事こそ。今まさに行われている、眼の前のトルバドール・セキュリティーの現社長、ミセス・リーグスティこと、『イヴェット・リーグスティ』との、二者対談式インタビューだった。正直が過ぎるレイジの内心を、先んじて明記しておこう。
(めんッッッッどくせぇぇーーーーーーーーーー!!!!)
…である。
レイジの名誉のために擁護しておくと。彼は決して、仕事自体を面倒臭がっているわけではない。むしろ、ROG. COMPANYの前社長であり、自身の実父・前岩田ジョウが、社内の裏側に巻き散らしていた悪評を、少しでも後世に向けて返上していくのは。社長の椅子を引き継いだ息子である己の最初の仕事にして、最後まで貫く責務であることを、レイジは十二分に理解している。…要は、『そこ』ではないのだ。レイジが「面倒だ」と感じているのは。
イヴェットとの対談自体は、和やかなものだ。だが、レイジが気になっているのは、彼女の言葉の端々に垣間見える、ある種の気配。そう、例えば。
「社長として、そして母親として、数多く積み上げてきた私の信条の中で、特に『敢えて、競わせる』というのは、ビジネスシーンに、そして子育てに於いても、非常に有効的な手段となります。ですが、ただただ目的を高水準にするだけでは、意味がありません。高すぎるハードルは、越える前から威圧感を放ち、それを前にしては、ひとは挑戦する前からやる気を失いがちです。
ですから、小さな目標を少しずつ掲げて、それを達成させて、その度に、惜しみなく称賛する。そうすることで、社員も子どもも、絶えず努力することを怠らなくなります。要するに、モチベーションを与え続けることが、大事なのです。社長として、そして二児の母親として、私はそうやって、此処まで歩んできました」
堂々とそう言い切ったイヴェットの台詞に、周囲のインタビュアー関係者は、感激の溜め息を漏らす。だが、レイジは内心、「げ…」と思った。仮にも女性に対するリアクションではないが、顔色ひとつにも滲みださなかったことは、褒められるべきだ。何故、レイジがインタビュアー関係者とは、正反対の感情を抱いたのか。それは、レイジが飛ばした質問に対する、イヴェットの回答に寄るものだった。
レイジはこう問うた。
「ミセス・リーグスティは、会社と家庭で、同じルールを敷いているということでしょうか。ミセス・リーグスティの教育方針のもとで育ったお子様は、さぞかし…」
最後を濁したのは、レイジなりの嫌味のつもり。だが、イヴェットはごくごく当然とばかりの態度で、答えたのだ。
「ええ、若社長様の予想通り。私は社長としても、母親としても、冥利に尽きる景色を、いま、手にしていますとも。おかげ様で、とても幸せですわ」
イヴェットが、自信たっぷりとそう言った瞬間。レイジの中で下した彼女への評価は、世間に流れているイメージと真逆のものとなったである。
*****
対談が終わって。その後の『お茶会』という名の、『今後の互いの立場の確認行為』まで、きっちりとこなしたレイジは。正面ロビーから、懇切丁寧にイヴェットを乗せたトルバドール・セキュリティーのリムジンを見送って。そして、「麗しの若社長様」という憧憬と羨望の眼差しと同時に、「化け物の申し子」と恐怖される視線を一身に受けながら、社長室へと帰室して。
「むり…むりです…むりでした…。俺には手に負えない、あんな毒親社長は…」
執務机の椅子に座った途端。そう零しながら、セットされた髪の毛が崩れるのも厭わずに、両手で額を抑えたのだった。それを見た、五級高等幹部にして、社長秘書兼務を担うローザリンデが、がはは!、と豪快に笑う。
「若社長!オマエはよくやったよ!毒親の片鱗を見せられるなんて、オマエからしたらトラウマもんだ!なのに、調子崩すことなく、それどころか嫌味まで飛ばしやがって!本当、よくやったよ!
でもまさか、噂の『シンデレラ女帝』が、あーーんな本性を隠していたなんてなァ!
だが、対談形式インタビューとしては、大傑作中の傑作になるだろうよ!!あっはっはっ!!」
豪快に笑うローザリンデは、こう見えても、社内では「薔薇の淑女」として高名である。「薔薇のように美しく、上品で、気高い。」という普段の彼女の所作から来ているものだが。ローザリンデは本来、自分のことを「おれ」と呼び、身内の前ではこうして豪傑な振る舞いを見せる女性であった。
「姉御ー、大笑いしてるとこ、失礼しまっす。ココアが通るんでー」
「おう、セイラ。すまん、すまん」
ローザリンデにセイラと呼ばれたのは、ジャージメイド風の装いをした女子。彼女は、この社長室で雑用として雇われている、アルバイトだ。
「若社長サマ、敏腕メイドのアタシが淹れたココアっすよー?ほらほら、元気だしてこー?」
何処かダウナー気味の崩れた口調で、セイラがレイジの前にビターココアの入ったマグカップを置く。
レイジはそれに口を付けると、ふぅ…、と一息ついた。丁度いい温度に調節されたビターココアが、レイジの凝り固まった全身から、緊張を解いていく。すると。
「ただいま帰りました~。ねえ、ちょっち聞いてよ!ウチ、喧嘩売られたっぽい!」
社長室に入ってくるなり、良く通る若い女声が響いた。
彼女は、鈴ヶ原鞠絵。ナオトの妹で、セイラ同様、社長室に雑用として雇われた新米アルバイト。ただ、掃除や給仕をメインの仕事にするセイラとは違って。鞠絵の仕事は、事務書類やデータを各部署に届けたり、ちょっとした買い出しに行ったりというものだ。まだまだ「お遣い役」の範疇を越えてはいない。
そんな鞠絵は、ピンク色に染めた髪の毛が特徴的で、派手な印象のギャルだが。指先の爪は綺麗に整えられているし、メイクもよく見ればナチュラルの範囲で収まっている。むしろ、セイラと並び、華の女子高生にしては、大人しめな方向。だが、どうやら、見た目の下馬評に釣られた有象無象が、鞠絵に心無い言葉をかけたようだ。
「どうしたよ?」と、証言を促すローザリンデの言葉に甘えた鞠絵が、この社長室のアルバイトの初給料で買ったという発色の良いグロスを塗った唇を、開く。
「ウチ、なーんもしてないのに、すれ違いざまにさ、「うげ…、社長室の子猿だ…」って、全く知らん社員に言われたんだけど?!しかも、舌打ちまで!
なになに?!ウチが子猿だって?!失礼すぎるくない?!てか、ウチを子猿呼ばわりするってことはさ!ここにいるひとたち全員、猿として認定してね?!って感じ!失礼すぎる!てゆーか、自分の職場で舌打ちなんかすんな!大人のくせに!」
鞠絵はそこまで一気に言うと、思い出したことで腹が立ってきたのか。ぬーっ!!と呻きながら、頬を膨らませる。
ローザリンデとセイラが、ほぼ同時に、レイジの方へと視線を寄越した。ふたりに促されなくとも、レイジの中で決断は、とうに下っている。
「マリー。それ、何階の、どの方角の、どの課の辺りで言われた…?」
レイジがマグカップを置きながら、鞠絵に質問した。彼の水色がかった瞳は、既に本来の理性が戻っている。問われた鞠絵は、えーと、と思い出しながらも、的確に答えた。
「ウチが十七階の秘書課に書類を届けに行った帰りだから~…、十七階の特別エレベーターに向かう、途中の共用廊下で、…あ!すぐ傍に消防用の非常ベルがあった!あのホースが仕舞ってあるヤツ!」
「よし、それだけ情報があれば、あとはルカ兄に告げ口して、特定してやろーぜ。
社長である俺の直属の部下に、悪口言うなんて、まあ大した度胸はあるんだろうし、そこだけは評価してやってもいいよ。だけどさ、相手を確実にミスったってことは、思い知らせるわ…」
レイジは鞠絵の証言をメモに取ったものを見ながら。それをもとに、ルカのデスクへ送るメールを作成し始めるのだった。
to be continued...
