第六章 ヴァルキュリア・マナーズ
【二日後 Room EL】
各々が仕事に打ち込んでいるRoom EL内に、突如、聞き慣れぬ電子音が響いた。
「誰のナニが鳴ったの?」
「すまない。俺のスペア機だ」
ルカが問えば、ソラの冷静な声が返ってくる。ルカが深青の瞳を寄越せば、ソラは旧式型の携帯電話を広げているではないか。それを見たルカは、くす、と笑った後、言葉を紡ぐ。
「そこまでしちゃう~?ヒルカリオの回線を使えば、どんな型式の端末を使ったとしても、オレには筒抜けだよ?」
「お前には知られても良い。むしろ、知られていないと困るからな。だが、琉一とアンジェリカには尻尾を掴まれるわけにはいかない。
…でなければ、こんな旧型の携帯電話、わざわざ用意するものか」
そのやり取りの合間にも、ソラが携帯電話のボタンを指で押す度に、そこから、カチカチ、という、古めかしい音が響いた。そのうえ、液晶画面は黄ばんでおり、文字の判別がしにくい状態。だが、ソラの翡翠の眼には、そこに打たれた文字列を正確に読み取っている。
「琉一はともかく、母さんを警戒する必要はないと思うケドなあ」
「アンジェリカのあの左耳のデバイスのスペックは、『ルカに直通の無線が引かれている』という点以外、公開されていない。ましてや、今のアンジェリカの手元には、ヴィアンカの軌道情報が在る。…何処から侵入されても、文句は言えないようにしておきたいだけだ」
ルカの軽口めいた言葉にも、ソラは真面目な回答を寄越すだけ。この二千年に一人の天才児は、一度「やり込む」と決めたら、とことん突き進むのは、もうご存じの通り。
ツバサは(小腹が空いたな…)と考えながらも、ルカとソラの会話に口を挟むことはせず。今はソラから与えられた仕事をこなしていた。膨大な量のデータを捌かないといけない仕事だが、事務処理に長けた彼女にとっては、苦痛とも思わない。そもそも、ルカの直属の事務員として、彼女はRoom ELに所属しているのだ。
そんなツバサは自身の机の中から、一口羊羹を取り出してから、ラップを剥ぎ取り、むぐむぐ、と頬張る。ツバサは、どちらかというと洋菓子の方が好きなのだが、甘さの割には低カロリーなうえに長期保存も利く和菓子は、彼女にとってデスクワークにピッタリなお供だった。
すると、ルカの瞳が、微かに明滅する。それと同時に、彼のデスクから警告音が鳴った。どちらも、ルカが敷いているセキュリティーに異変があったときに見られるモノだ。
「警らの編成が崩れたっぽいね。…母さんかな?」
そう呟きながら、ルカは数回のマウスクリックで、すぐさま情報を割り出す。
「やっぱり。食料物資を持った支援兵を狙ってる。これは、母さんの仕業だね。食料目当てなところを見ると、もう暫く、ナオトのことも返してくれなさそ~」
のんびりとした口調で言うが、その内容は恐ろしいモノだ。ソラは眉を顰めるかのように眼を眇めて、ルカを見やりながら、口を開く。
「レオーネ隊の警らの巡回パターンが知られたということだろう?のんびりと放っておくと、どんどん物資を盗られていく羽目になるぞ?」
ソラの言うことは最もだ。アンジェリカは既に、街に放たれたレオーネ隊のパトロールチームを襲う算段を立てている。ルカの監視網を潜るサバイバル戦に、食料は必須だ。ソラからすれば、アンジェリカが買い物に行けないのならば、一般人を救護するためにレオーネ隊の支援兵が常時携帯している物資を狙い始めるのは、やはり必然と言えた。…だが、それは一見すると悪いニュースに聞こえて、実は良いニュースでもある。
「ソラも分かってるでしょ?母さん一人だけなら、固形食糧なんて無くても、ある程度は生き延びていられるけど。人質になったナオトは、至って普通の人間だからね。食料も水も無いと、あの子は数日で飢えて死んじゃう。つまり、母さんは少なくとも、ナオトを殺すつもりは無い、むしろ生かそうとしているんだ、って」
ルカの言う通りであった。アンジェリカには、ナオトを人質として摩耗させてから、果ては殺すという意思は無い。むしろ、懐に入れた人間を庇護することこそ、マム・システムたる彼女の基本プログラムである。そこを悟れないほど、ソラは琉一の背景情報を洗う行為に夢中になっているわけではなかった。
「人質としてナオトを『奪う』行為をしておきながら、いざ人命の危機となると、『庇護』の行為に走る、か。
…難儀なモノだ、マム・システムというのは。理解は出来るが、納得は出来そうにない」
ソラのその台詞に、ルカは、きゃら、と笑った後。頬杖を突いて、彼の方を見ながら、言葉を返す。
「それで正解だよ。マム・システムを受け入れるって、無理、無理。人間にマトモに扱えるわけないって。
だって、オレの母さんだよ?この史上最強の軍事兵器を、母性で統制しようとした計画の成れの果てなんだからさ。そりゃあ、現代の人間から見たら、謂わば『バグった家族計画』だしね。「解せぬ」と思われても当然と、オレは考えてるよ」
ルカの説明は空恐ろしい内容ばかりだったが、これで怯んでいてはRoom ELのメンバーは務まらない。むしろ、これを日常とすることこそ、此処の成り立ちに帰結する。Room ELはルカを繋ぐ檻の中の、更なる深い檻。そうなれば、マム・システムのことを『バグった家族計画』など称する狂気のワードくらい、飛び交うモノだ。
現に、そんな会話の中でも、ソラは冷め切ったコーヒーを飲みながら、旧型の携帯電話で、画面の向こうの相手とやり取りを続けている。すると、不意に気配を感じ取り、ソラは視線を上げた。そこに立っていたのは、ツバサ。光の差さない陰鬱な緑眼が、静かにソラを見つめながら、口を開く。
「…お兄様」
「弊社内では、なるべく、ソラ秘書官と呼べ。Room ELであってもな。…それとも、何か不安なことがあったか?」
ソラがツバサの兄であることには変わりないが、これは社内で流布されるべき情報ではない。故に、ソラはきちんと注意を促す。だが、台詞の後半には明らかな甘さがあった。自他共に厳しい、むしろ冷酷な男が、実は身内には弱い。そんな典型例とも言える光景だった。
「申し訳ございません…。あの、お任せくださったデータ整理が終わりました。こちらに纏めてあります」
「もう終わったのか。流石だ。ありがとう、ツバサ。これで流れが引き寄せられる」
ソラがツバサからSDカードを受け取って、そのままパソコンへと差す。中身を検めながら、彼は有給休暇申請書を取り出して、秒速で必要な項目を埋めていき、ツバサに差し出した。ソラから書類を受け取った彼女は、拝命の意味の一礼をした後。そのまま、ルカのデスクへとそれを持って行く。
ツバサからソラの有給休暇申請書を貰ったルカは、それを一瞥して、ん~?、と声を上げる。
「あれ?一日で良いの?二日くらい取るもんだと思ってたのに」
「情報提供者との面会は三時間で終わる。その後は、ツバサのかつての顧問弁護士だった木島氏へと会いに行く。どちらも、此処の空席を長引かせる理由にはならない」
ソラの口から出た「木島氏」とは。覚えているだろうか。ソラと琉一が一晩で潰した、ヒルカリオのクラブ『ROYALBEAT』にて、四千万に及ぶ借金を拵えた男だ。そして、彼の言う通り、かつてのツバサの顧問弁護士でもある。今は借金を理由に退職し、本土の集合住宅で日雇い仕事で食い繋いでいる日々を送っているとのこと。思えば、この情報を取ってきたのも、琉一であった。
「あの借金、返してあげるんだ。優しいねえ。オレなら、サクラメンス・バンクの融資窓口まで木島氏を送り届けて、そのまま置き去りにするケド?」
「今回は、彼も貴重な情報源となる。四千万の弁済で、手元に切り札が揃うなら、安いものだ。
お前こそ、俺がただただ此処で、無駄に高い給料を貰っているだけと思っているのか?カネは死んでからは使えんからな」
ルカのからかうような口調に、ソラは敢えて生真面目な回答を寄越す。このやり取りですら、漫才とでも思わなければ、到底、やり切れないだろう。それほどまでに、今のRoom ELが抱える問題と、それに抗うメンバーの責務は重たいことを示す。とはいえ、何度も繰り返すが、これくらいでへこたれるようでは、此処ではやっていけない。むしろ、Room EL内はやる気に満ちているくらいで。
「オレの方でも、ちょっとずつ動いてるからね。だから、ソラは安心して、自分の仕事をこなしておいで~」
「分かっている。その気になったら、アストライアーを振り回すことくらい、容赦はしない」
ルカからのフォローは万全らしい。それを聞いたソラは、アストライアーの刃が仕舞ってある鞄を見やりながら、改めて、武器を持つ己を戒めるように宣言する。
「その意気、その意気~。…あ、でも、無事に仕事を納めた結果、オレのオフィスで首が転がってますっていう、オチはつけないでね?掃除が大変だからさ」
「そんなお粗末なことになるまで暴れるものか。俺を誰だと思っている。他でもない、お前の秘書官だぞ?戦場での礼儀作法も、当然、弁えている」
ソラの『戦場での礼儀作法』という言葉を聞いて、ルカは少し理解しがたいと言った風な表情をしながら、ピアスの赤い石を指先で、くるくる、と弄ぶ。軍事兵器のルカにとって、戦いに作法という言葉を持ち出す意義は、分からないらしい。現に、彼はこんなことを言う。
「戦うときにまで礼儀を尽くすってのが、無駄に線引きしたがりにしては、それに雁字搦めになりがちな人間たちらしいよね~。オレにはワカンナイや。事件の核を破壊することさえ出来れば、オレ的には問題ないもん」
「そこはさすがに、互いに生き物としての定義が、正反対だからな。主張が真っ向から食い違うのは当然だ」
「あれ?嫌味が通じてない?」
「残念ながら、ノーダメだな。嫌味とも思わなかった」
「うーわっ。さすが、鋼のメンタル」
ひゃは~、やられた~、と愉快そうに笑うルカ。対して、真面目で冷静な表情を崩さないソラ。
そんな光景を見ていたツバサは、自分のデスクに帰って、二個目の一口羊羹を頬張りながら、思う。
ヒルカリオの絶対的な安全地帯というのは、Room ELしかないんだなあ。…と。
to be continued...
各々が仕事に打ち込んでいるRoom EL内に、突如、聞き慣れぬ電子音が響いた。
「誰のナニが鳴ったの?」
「すまない。俺のスペア機だ」
ルカが問えば、ソラの冷静な声が返ってくる。ルカが深青の瞳を寄越せば、ソラは旧式型の携帯電話を広げているではないか。それを見たルカは、くす、と笑った後、言葉を紡ぐ。
「そこまでしちゃう~?ヒルカリオの回線を使えば、どんな型式の端末を使ったとしても、オレには筒抜けだよ?」
「お前には知られても良い。むしろ、知られていないと困るからな。だが、琉一とアンジェリカには尻尾を掴まれるわけにはいかない。
…でなければ、こんな旧型の携帯電話、わざわざ用意するものか」
そのやり取りの合間にも、ソラが携帯電話のボタンを指で押す度に、そこから、カチカチ、という、古めかしい音が響いた。そのうえ、液晶画面は黄ばんでおり、文字の判別がしにくい状態。だが、ソラの翡翠の眼には、そこに打たれた文字列を正確に読み取っている。
「琉一はともかく、母さんを警戒する必要はないと思うケドなあ」
「アンジェリカのあの左耳のデバイスのスペックは、『ルカに直通の無線が引かれている』という点以外、公開されていない。ましてや、今のアンジェリカの手元には、ヴィアンカの軌道情報が在る。…何処から侵入されても、文句は言えないようにしておきたいだけだ」
ルカの軽口めいた言葉にも、ソラは真面目な回答を寄越すだけ。この二千年に一人の天才児は、一度「やり込む」と決めたら、とことん突き進むのは、もうご存じの通り。
ツバサは(小腹が空いたな…)と考えながらも、ルカとソラの会話に口を挟むことはせず。今はソラから与えられた仕事をこなしていた。膨大な量のデータを捌かないといけない仕事だが、事務処理に長けた彼女にとっては、苦痛とも思わない。そもそも、ルカの直属の事務員として、彼女はRoom ELに所属しているのだ。
そんなツバサは自身の机の中から、一口羊羹を取り出してから、ラップを剥ぎ取り、むぐむぐ、と頬張る。ツバサは、どちらかというと洋菓子の方が好きなのだが、甘さの割には低カロリーなうえに長期保存も利く和菓子は、彼女にとってデスクワークにピッタリなお供だった。
すると、ルカの瞳が、微かに明滅する。それと同時に、彼のデスクから警告音が鳴った。どちらも、ルカが敷いているセキュリティーに異変があったときに見られるモノだ。
「警らの編成が崩れたっぽいね。…母さんかな?」
そう呟きながら、ルカは数回のマウスクリックで、すぐさま情報を割り出す。
「やっぱり。食料物資を持った支援兵を狙ってる。これは、母さんの仕業だね。食料目当てなところを見ると、もう暫く、ナオトのことも返してくれなさそ~」
のんびりとした口調で言うが、その内容は恐ろしいモノだ。ソラは眉を顰めるかのように眼を眇めて、ルカを見やりながら、口を開く。
「レオーネ隊の警らの巡回パターンが知られたということだろう?のんびりと放っておくと、どんどん物資を盗られていく羽目になるぞ?」
ソラの言うことは最もだ。アンジェリカは既に、街に放たれたレオーネ隊のパトロールチームを襲う算段を立てている。ルカの監視網を潜るサバイバル戦に、食料は必須だ。ソラからすれば、アンジェリカが買い物に行けないのならば、一般人を救護するためにレオーネ隊の支援兵が常時携帯している物資を狙い始めるのは、やはり必然と言えた。…だが、それは一見すると悪いニュースに聞こえて、実は良いニュースでもある。
「ソラも分かってるでしょ?母さん一人だけなら、固形食糧なんて無くても、ある程度は生き延びていられるけど。人質になったナオトは、至って普通の人間だからね。食料も水も無いと、あの子は数日で飢えて死んじゃう。つまり、母さんは少なくとも、ナオトを殺すつもりは無い、むしろ生かそうとしているんだ、って」
ルカの言う通りであった。アンジェリカには、ナオトを人質として摩耗させてから、果ては殺すという意思は無い。むしろ、懐に入れた人間を庇護することこそ、マム・システムたる彼女の基本プログラムである。そこを悟れないほど、ソラは琉一の背景情報を洗う行為に夢中になっているわけではなかった。
「人質としてナオトを『奪う』行為をしておきながら、いざ人命の危機となると、『庇護』の行為に走る、か。
…難儀なモノだ、マム・システムというのは。理解は出来るが、納得は出来そうにない」
ソラのその台詞に、ルカは、きゃら、と笑った後。頬杖を突いて、彼の方を見ながら、言葉を返す。
「それで正解だよ。マム・システムを受け入れるって、無理、無理。人間にマトモに扱えるわけないって。
だって、オレの母さんだよ?この史上最強の軍事兵器を、母性で統制しようとした計画の成れの果てなんだからさ。そりゃあ、現代の人間から見たら、謂わば『バグった家族計画』だしね。「解せぬ」と思われても当然と、オレは考えてるよ」
ルカの説明は空恐ろしい内容ばかりだったが、これで怯んでいてはRoom ELのメンバーは務まらない。むしろ、これを日常とすることこそ、此処の成り立ちに帰結する。Room ELはルカを繋ぐ檻の中の、更なる深い檻。そうなれば、マム・システムのことを『バグった家族計画』など称する狂気のワードくらい、飛び交うモノだ。
現に、そんな会話の中でも、ソラは冷め切ったコーヒーを飲みながら、旧型の携帯電話で、画面の向こうの相手とやり取りを続けている。すると、不意に気配を感じ取り、ソラは視線を上げた。そこに立っていたのは、ツバサ。光の差さない陰鬱な緑眼が、静かにソラを見つめながら、口を開く。
「…お兄様」
「弊社内では、なるべく、ソラ秘書官と呼べ。Room ELであってもな。…それとも、何か不安なことがあったか?」
ソラがツバサの兄であることには変わりないが、これは社内で流布されるべき情報ではない。故に、ソラはきちんと注意を促す。だが、台詞の後半には明らかな甘さがあった。自他共に厳しい、むしろ冷酷な男が、実は身内には弱い。そんな典型例とも言える光景だった。
「申し訳ございません…。あの、お任せくださったデータ整理が終わりました。こちらに纏めてあります」
「もう終わったのか。流石だ。ありがとう、ツバサ。これで流れが引き寄せられる」
ソラがツバサからSDカードを受け取って、そのままパソコンへと差す。中身を検めながら、彼は有給休暇申請書を取り出して、秒速で必要な項目を埋めていき、ツバサに差し出した。ソラから書類を受け取った彼女は、拝命の意味の一礼をした後。そのまま、ルカのデスクへとそれを持って行く。
ツバサからソラの有給休暇申請書を貰ったルカは、それを一瞥して、ん~?、と声を上げる。
「あれ?一日で良いの?二日くらい取るもんだと思ってたのに」
「情報提供者との面会は三時間で終わる。その後は、ツバサのかつての顧問弁護士だった木島氏へと会いに行く。どちらも、此処の空席を長引かせる理由にはならない」
ソラの口から出た「木島氏」とは。覚えているだろうか。ソラと琉一が一晩で潰した、ヒルカリオのクラブ『ROYALBEAT』にて、四千万に及ぶ借金を拵えた男だ。そして、彼の言う通り、かつてのツバサの顧問弁護士でもある。今は借金を理由に退職し、本土の集合住宅で日雇い仕事で食い繋いでいる日々を送っているとのこと。思えば、この情報を取ってきたのも、琉一であった。
「あの借金、返してあげるんだ。優しいねえ。オレなら、サクラメンス・バンクの融資窓口まで木島氏を送り届けて、そのまま置き去りにするケド?」
「今回は、彼も貴重な情報源となる。四千万の弁済で、手元に切り札が揃うなら、安いものだ。
お前こそ、俺がただただ此処で、無駄に高い給料を貰っているだけと思っているのか?カネは死んでからは使えんからな」
ルカのからかうような口調に、ソラは敢えて生真面目な回答を寄越す。このやり取りですら、漫才とでも思わなければ、到底、やり切れないだろう。それほどまでに、今のRoom ELが抱える問題と、それに抗うメンバーの責務は重たいことを示す。とはいえ、何度も繰り返すが、これくらいでへこたれるようでは、此処ではやっていけない。むしろ、Room EL内はやる気に満ちているくらいで。
「オレの方でも、ちょっとずつ動いてるからね。だから、ソラは安心して、自分の仕事をこなしておいで~」
「分かっている。その気になったら、アストライアーを振り回すことくらい、容赦はしない」
ルカからのフォローは万全らしい。それを聞いたソラは、アストライアーの刃が仕舞ってある鞄を見やりながら、改めて、武器を持つ己を戒めるように宣言する。
「その意気、その意気~。…あ、でも、無事に仕事を納めた結果、オレのオフィスで首が転がってますっていう、オチはつけないでね?掃除が大変だからさ」
「そんなお粗末なことになるまで暴れるものか。俺を誰だと思っている。他でもない、お前の秘書官だぞ?戦場での礼儀作法も、当然、弁えている」
ソラの『戦場での礼儀作法』という言葉を聞いて、ルカは少し理解しがたいと言った風な表情をしながら、ピアスの赤い石を指先で、くるくる、と弄ぶ。軍事兵器のルカにとって、戦いに作法という言葉を持ち出す意義は、分からないらしい。現に、彼はこんなことを言う。
「戦うときにまで礼儀を尽くすってのが、無駄に線引きしたがりにしては、それに雁字搦めになりがちな人間たちらしいよね~。オレにはワカンナイや。事件の核を破壊することさえ出来れば、オレ的には問題ないもん」
「そこはさすがに、互いに生き物としての定義が、正反対だからな。主張が真っ向から食い違うのは当然だ」
「あれ?嫌味が通じてない?」
「残念ながら、ノーダメだな。嫌味とも思わなかった」
「うーわっ。さすが、鋼のメンタル」
ひゃは~、やられた~、と愉快そうに笑うルカ。対して、真面目で冷静な表情を崩さないソラ。
そんな光景を見ていたツバサは、自分のデスクに帰って、二個目の一口羊羹を頬張りながら、思う。
ヒルカリオの絶対的な安全地帯というのは、Room ELしかないんだなあ。…と。
to be continued...