第一章 復権の母性少女

【翌週 Room EL】

月曜日が、…すなわち、新しい一週間がやってきた。
そして、Room ELに参陣する、新しい影もまた、やってくる。

眼鏡の向こうの双眸が、Room ELのメンバーを射抜いていた。その瞳は、何処か神経質そうな感情を宿しており。このRoom ELの「化け物」と名高い四人を前にしても「こちらは、そちらを観察している」という思惑を隠しもしていない。だが、悪意の欠片が見えないのも、また然り。何故なら、この人物は―――…

「紹介する。こちら、特殊対応室に出向なさる、顧問弁護士の先生だ。俺の個人的な友人でもある」

ソラがそう言って、自分の隣に立つ青年を見やる。紹介された青年は、眼鏡の奥の視線をメンバー全員に回しながら、色素の薄い唇を開いた。

「本日付けで、こちらの顧問弁護士を拝命いたしました、琉一=エリト=ステルバス(りゅういち=えりと=すてるばす)です。合理性に基づき、「先生」などという、余計な呼称は不要と判断します。なので、どうぞ、琉一とお呼びください。
 尚、現在契約している弁護士事務所との兼ね合い上、こちらに常駐はいたしません。その代わりに、社内携帯には二十四時間対応いたします」

弁護士の青年―――、琉一は、愛想笑いのひとつも浮かべず、淡々と己のことを喋る。立っている姿勢の良さ、口調、視線の上げ下げまで、…まるで鍛え上げられた軍事士官のような、それ。見れば分かる。「クールで真面目一辺倒な、鉄壁のインテリジェンス系男子」という属性が、ありありと。

だが、先述の通り、琉一にはRoom ELへの悪意を感じない。その理由は、紹介したソラ本人にある。そう、ソラは言った。「俺の個人的な友人」だと。

「ソラの学生時代の友達だって聞いてたから、どんな愉快な子が来るのかワクワクしてたケド。
 存外、普通な子だったね。先生と呼ばれるのは、まだ恥ずかしい、なんて?」

ルカがそうコメントを飛ばすが、琉一を茶化す意図は見受けられない。ルカは正解しか言わないことと同時に、自分の中の正解を求めているからだ。故に。

「否定します。そちらの鈴ヶ原ドクターも、「先生」と呼ばれる立場でありますから、同じ呼称が、同じ室内で入り乱れては、余計な混乱を招きかねない、と判断したからです」

その台詞だけでも、理知の塊、引いては、少々頭脳派に傾倒している節が見受けられる琉一の答えを聞いたルカは、「あーね」と、案外、満足げに返す。次いで、ツバサが控えめに挙手をした。ソラが「発言を許す」と言えば、彼女は琉一に質問を投げる。

「室内では敬称付きであっても、お名前でお呼びすることは可能ですが…。さすがに室外では、…ここにも体裁がありますので、琉一先生、とお呼びせざるを得ないと思います…。その点については、問題ございませんか?」

ツバサのその問いは、一種、回りくどいと言うべきか、この場で改めて質す内容にも思えないものであったが。

「肯定します。こちらの部署の特異性は、ソラより前もって、念入りに伺っております。室外では、保つべき体裁を保ってください。人間の心証は、相手の態度で簡単に移ろいます」

琉一は、特に気に留めていない様子で、的確に答える。何なら、ごく一般的、且つ、理論的な理由まで添えて。
…どうやら、ツバサが意図した『どの程度のお役所仕事までなら、許してもらえるのか?』という測り方をしたことを、見抜いているのか、それとも知らずとしても、自然体で受け流したのか。頭が硬そうに見えるが、割とフレキシブルな対応だ。まあ、どちらにせよ、只者の風格ではないことは確かである。

ソラの友人という肩書き、Room ELの顧問弁護士を拝命する度胸、あの『ルカ』を前にしても慄かない冷静さ、口から自然と紡がれる理知の言葉、―――これだけ並べても、琉一の凄さが分かるものだ。…だが、たったひとり、ナオトだけ、あることに突っ込む。

「琉一さん、武装配備が許可されているのですね。医者の僕が言うと煩わしいかもしれませんが…、弁護士の御方が持つようなモノには、到底、思えないレベルの装備品です。何かお悩みでしょうか?」

そう言うナオトのオッドアイは、琉一が太腿のホルスターに収めている二挺拳銃に向いていた。琉一は、ナオトのその視線と疑問視を受け止めながら、淡々と答える。

「否定します。鈴ヶ原ドクターの疑念はごもっともであり、自分にとって煩わしいことは、何ひとつありません。
 繁栄の影で、確実にひとが退廃していく我が国の現代社会では、厄介事が多く、面倒事もまた然り。護衛を雇うくらいなら、自分が強くなることが最も合理的、且つ、効率が良かったのです。
 悩み、と言えば、…まあ、たまに睡眠時間が少なくなる、ぐらいでしょう。射撃の練習は数をこなしてこそ、ですので」

琉一が台詞の最後に見せた、『隙』。此処まで頭脳明晰ならば、もしかすると計算しているのかもしれないが…。だが、その隙、すなわち、人間らしさを見せてくれたことに対して、ナオトは安心したように、色の違う双眸を伏せたのだった。


――――…。

【一級高等幹部 執務室】

だだっ広い自分のデスク目一杯に広げた、紙の資料を前に。アンジェリカは、ふむふむ、とそれらを読み込んで。そうして、自分と警備のロボット兵しかいない、この空間へと、独り言をつぶやき始める。

「ツバサちゃんは、養護院出身という、ある種のハードルは物ともせず、聖クロス学園の鉄壁ゴールキーパーの座を保持。その後はルカに護られて一命を取り留めてから、弊社のハラスメント地獄の一般事務員から、現在の高給取りな事務員へ華麗に転身。ルカのホルダーである事実を認知していて、その意味も正しく理解している。地頭が良いのね。どうりで私を前にしても、表情ひとつ動かさなかったわけだわ。いいえ、あれは、動かさないほうが正解と分かっていたのでしょうね。
 ナオトくんは、長らく教え子、否、家族同然とも言える少女の悪逆無道なヤラセや転売行為に加担していると思いきや、弊社でツバサちゃんに接触したのをチャンスとして逃さず、そこからは怒涛の復讐劇。その後、更生プログラムに則って、ルカの部下に収まる。一応、前科持ちにカウントされているのね。この子に不義は無さそうに見えるのに。ひとの法律って、本当に不思議ね。心療内科って書いてあるけど、鈴蘭に居た頃は内科的な医療行為もしてたみたいだし、この子自身の医学知識はかなり広そうね。クセも、それなりに強そうだけれど。
 そして〜、ソラくんは、2000人の1人の天才児、…だけで察するのは、早すぎるわね。あら、卒業した大学は、本土の国立なのね。ルカは、この子をクロックヴィール大学へ入れてあげなかったのかしら?いいえ、あれは天才に甘んじず、かなりの努力家な一面があるのでしょうね。そんな雰囲気がするわ。冷徹秘書官だなんて噂は、所詮、ひとの噂。陰では仲間を一番に思いやる良い子なのよ、ああいう子はね。母は、全て分かってるわよ」

滔々とコメントを残しながら、アンジェリカは軽食として運ばれてきたキュウリとツナのサンドイッチを齧った。少しぬるくなった紅茶で、口内のものを胃の中へと押し流してから、彼女は続ける。

「セイラちゃんってば、なかなかの苦労人ねえ。まだ若い、というか、まだまだ子どもなのに。花も恥じらう女子高生が、繁華街の片隅で喧嘩屋に身をやつしていたなんて、涙が出そうになるわね。今の地位はアルバイトとはいえ、社長室の雑用係として、非常に敏腕。この子が淹れたコーヒーとお茶、そして一緒に出すお茶菓子の評判が、非常に良いのね。今度、社長室に遊びに行ってみようかしら。
 ええ?レイジくん、育児放棄されていたですって?オムツの交換から、おやつの選定、格闘技の師匠まで、この子の育児に関することほぼ全て、ルカが担っていたと?私を幽閉していた、あの前任社長って、毒親だったのね。まあまあ、なんということ。親が親をしないのが、この地上で一番の罪だわ。この子は愛情不足になっていないかしら。この母が撫でてあげないで、大丈夫かしら。やはり、今度、社長室には行くべきだわ。そうと決まれば、後で秘書に連絡を入れましょう。
 その社長秘書役のローザリンデちゃんときたら、ザ・隠れた苦労人って感じね。今代の社長室は、揃いも揃って、なんて悲しいの。でもこの子は、本土有数の財閥の令嬢なのね。才色兼備のお嬢様であっても、等身大の女の子として、必死に生きてきたんだわ、きっと。その努力と涙が報われる日を、この母は心から願わずにはいられない。それにしても、この子の最も素晴らしいところは、ツバサちゃんの親友という立場を、始終、貫いているところだわ。この子が立派な淑女であるのは、この点に尽きるわね。
 あら?この鞠絵ちゃんという新米アルバイトは、ナオトくんの妹さんなのね。今代の社長室は、なかなか混迷してるのねえ。更生プログラム中の兄を持つ少女を、自ら会社のトップへと招き入れるなんて。まあ、それもまた冒険にして革命。若い情熱なくして、新しい風は巻き起こらないわ。見た目の派手さに目が行きがちな下馬評が多いみたいだけれど、この子の爪の先を見れば、全ての評価がまさしく下の下。こんなに丁寧に磨かれて、清潔に保たれた爪を持つ子が、荒っぽいやんちゃなギャル、の一言で片付けられるわけがないわ」

アンジェリカは一通りの所感を述べると、二つ目のサンドイッチに手を伸ばした。今度はロースハムとチーズ。むぐむぐ、と咀嚼した後、もう残り少なかった紅茶を飲み干す形で、嚥下してから。広げていた書類たちのせいで、デスクの隅に追いやられていた仕事用のタブレット端末を引き寄せて、社内ネットワークで『社長室 本日の予定』を検索する。
瞬く間に出てきた社長室の公開されている範囲での予定を眺めていた、アンジェリカの青色と水色と黄色が混ざる神秘な色味の瞳が、ある一点で止まった。それは。

―――『トルバドール・セキュリティー代表取締役社長と、対談インタビュー』

…どうやら、ROG. COMPANY本社と親交の深い、民間セキュリティー会社『トルバドール・セキュリティー』の社長と、こちらの現社長のレイジが膝を突き合わせるようだ。
Room ELのグレイス隊とレオーネ隊を始め、ROG. COMPANY本社内に配備されている警備用ロボット兵たちは、全てトルバドール・セキュリティーが日々開発と改良をこなし、こちらに支給しているモノ。このアンジェリカを見詰めているのか、どうかも分からない、執務室内の、このロボット兵たちも、そうだ。
互いの利益に準じた、正当な取引をしている会社のトップ同士なのだ。対談は、始終、和やかな雰囲気に包まれよう。
アンジェリカは、そう確信して。空っぽになった紅茶のおかわりをサーブして貰うために、ロボット兵を呼びつけたのであった。



to be continued...
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