第二章 Rumble Angel, Silent Devil
【翌朝 Room EL】
ROYALBEATでの騒動から、一夜明けて。いつも通りに出勤したソラと琉一に待っていたのは、ルカの「ちょっと、こっちにおいで」という微笑みの一言だった。
毎朝の光景、ティーカップを傾けるルカの絵面。だが、今日は、彼の前に置かれた二箱のマット加工が施された銀色のケースが、その日常的風景を壊している。ケースには剣と天秤を象ったロゴマークが刻印されているが、少なくともソラにとって、そのロゴマークは、これまでの人生に於いて、一度も見たことがないものだった。琉一も特に反応が無いところを鑑みるに、彼も同じ印象を抱いているのだろう。ルカが、口を開いた。
「昨夜は、死者を出さなかったことが、本当に凄かったね。相手は素人以上、喧嘩慣れしたチンピラ以下、そして裏社会の端くれだったのに。
格下相手にトチらなかったのは、ソラと琉一が一流の戦闘員だっていう、何よりの証拠になったよ。おかげで、オレも安心して、キミたちに新しい玩具をプレゼントしてあげられる」
ルカはそう言いながら、目線だけで二人を促す。そのケースを開けろ、と。拒否権も無ければ、その意思も最初から持っていないソラと琉一は、その通りにする。
上蓋に少しチカラを入れれば、後は勝手に、それは音もなく開いた。そこに入っていたものとは。
ソラのケースには、バトルアクスの刃。琉一の方には、二挺拳銃。―――紛れもない。二人の本来の得物を素体にした、新しい武器だ。
「触っていいよ。オレは最終チェックはしてないから、自分で動作確認がしたいなら、その辺で適当にやっちゃって?」
本当に玩具を与えたかのようなルカの態度に、少しばかり面食らいながらも。ソラと琉一は、それぞれの武器を手に取る。
ソラはソファーから立ち上がって、少し開けた場所で、刃から柄を伸ばした。このあたりのギミックは、前のモノと変わっていない様子。ただ、柄を握った瞬間、ソラは違和感を抱いた。おもむろに、柄を軽く捻る。すると。
――『Execute.』
無機質なAI音声が鳴ったと同時に、斧の刃が縦に開いて、そこから電磁パルスが発生した。ソラが握っている柄にまで、微かな振動が伝わってくる。どうやら、電磁パルスと振動により、瞬間的に攻撃力の底上げが出来るようだ。「Execute」のボイス通り、処刑用とでも言うべき機能だろう。つまり、アニメやゲーム等における「必殺技」に相当する。故に、乱発は出来そうにない。
一方、琉一は。ソファーからは立ち上がらず、その状態のまま、銃のチェックをしている。が、わざわざ銃使いの彼が言及しなくても、素人が見ても分かるような、決定的な差異がそこにはあった。
「マガジンとチャンバーどころか、スライドも見当たりませんが。弾丸は何処から供給して、薬莢も何処から排出させろと仰るのですか?」
琉一はルカに問う。その銃は、銃身が普通の拳銃より幅広になっている割には、彼の言葉通りのものが、一切、見当たらない。これではまるで仰々しい形をした水鉄砲だ。
だが、空っぽになったティーカップにおかわりの紅茶を注ぎながら、ルカはさらりと答える。
「あー、それね。仮に「エナジーバレット」っていう名前がついてる、開発途中のエネルギー弾丸が撃てる銃なんだ。銃身に嵌ってるストーンがあるでしょ?それが弾丸の動力源ね。つまり、鉛玉を撃つ拳銃ではなく、圧縮エネルギーによる弾を発砲するってコト。ストーンひとつにつき、弾数は三百発ね。残弾数が少なくなったら、ストーンが明滅し始めるらしいから、そのときはオレに報告してね。すぐに交換させるからね。
あ、そうそう。右手用のそっち。その子のグリップの下、押してみてくれる?」
ルカに言われるまま、琉一は右の銃のグリップ下、所謂、銃底にあたる部分を押し込む。すると。
――『Judgment.』
AI音声が鳴り、直後、銃身が縦に割れる。ソラの斧と同じような光景だ。ストーンが激しく発光している。何事かと琉一が眺めていると、ルカが解説を差し込んでくれた。
「ストーンに残った弾丸百五十発分をエネルギーを消費して、高火力の中距離砲を撃てる仕組みになってるよ。ただし、一回でも撃っちゃうと、即メンテナンス行きだから、ちゃんと見極めてね。あと、発射時に起こる反動も凄まじいらしいから、無事に耐え切ってくれると嬉しいな」
そのルカの説明を飲み込むなら。琉一の二挺拳銃にも、「必殺技」が備えられているようだ。琉一の神経質な瞳に、僅かに好奇心が宿る。
それを知ってか知らずか。ルカは最後に、思い出したかのように、付け足した。
「キミたちのその新しい玩具、ちゃんとお名前がついてるんだよ~。
ソラのバトルアクスは『アストライアー』。琉一の二挺拳銃は『ユースティティア』。
覚えてあげた?じゃあ、これから是非とも、その子たちを可愛がってあげてね。オレとの約束だよ~」
命を賭ける武器を、まるでぬいぐるみのように扱うそのルカの姿は。むしろ、彼こそが『最強の軍事兵器』なのだという事実を――笑顔のまま、芯から教え込んでくる。
それは同時に。此処、ROG. COMPANYそのもの、否、それを抱くヒルカリオ全体が。未だにルカを閉じ込める監獄という現実を知らしめる、冷たいリアリティーでもあった。
*****
【聖クロス学園 学園長室】
「ツバサさん、申し訳ございませんでした。せっかく訪ねてくださったというのに、何もお力になれず…」
聖クロス学園の長である、新城(あらき)がそう謝罪したのは、対面に座っているツバサだった。彼女は今日は急遽、有給休暇を取って、母校である聖クロス学園に来ている。学園長の新城と話していたのは、「自分の母親について、何か知っていることはあるか」という内容のモノ。だが、残念ながら、新城からは目立った情報は得られなかった。
「どうかお気になさらないでください。むしろ、突然、訪ねてきた私に美味しいお茶を出して頂いたこと、私が感謝申し上げるべきです」
ツバサはそう返すと、ティーカップを持ち上げる。先ほど、おかわりを注いで貰ったがために、まだ温かいダージリンが、彼女の喉を潤した。
「ですが、少し妙なお話ではありますな…」
「学園長様…?何がですか…?」
新城が、ふむ…、と考え込むような素振りを見せた。ツバサが疑問符を飛ばす。新城が答えた。
「ツバサさんが我が校に入学されるとき、貴女が育った養護院から受け取った情報には、「施設と親に、面識あり」だったはずでしたが…?はて?勘違いでしたかな?」
「面識あり…。つまり、母親と思しきひとは、私を養護院に預ける際に、スタッフさんの誰かとは話をしている可能性が…?」
「確かに、そう受け取れますな。ツバサさん、養護院では何と?」
「まだ訪ねておりません…。電話口では「極めてデリケートな個人情報なので、直接、院長先生にアポを取ってください」と言われてしまいまして…。未だに院長先生から、お返事のメールが届いていないのです」
「それは…、大層、気を揉むことでしょう」
どうやら、新城が認知している情報と、ツバサが知っている情報の範囲に齟齬が生じているようだ。そして恐らく、あのソラも掴んでいない情報のひとつであることも、何となく分かる。
養護院の院長から返事が来ないのは単にタイミングのせいかと思っていたが。新城の今の発言を聞いてしまっては、それも偶然かどうかも、にわかに怪しくなってくる。…ツバサとしては、出来れば、自分を大切に育ててくれた養護院のことを、一ミリも疑いたくはないのだが…。
そんなことを考えていると。新城が切り替えるように、穏やかな声を発した。
「とりあえず、この話題は一旦、お預けです。
ツバサさん、こちらをどうぞ。家庭調理部の生徒たちが作ったマーマレードジャムを練り込んだ、レアチーズケーキです。ご賞味ください」
「美味しそう。いただきます」
紅茶のおかわりと共に運ばれてきたレアチーズケーキに、ツバサはフォークを入れる。ぱくり、と小さな一口。
ほんのり甘く、そしてアクセントになる仄かな苦味を感じる、上品なマーマレードジャムの香りが、ツバサの口の中に広がっていく。けれど、心のどこかで、このジャムのような微かなほろ苦い疑念が、静かに息を潜めていた。
「ツバサさん。お時間がありましたら、この後、学内を回ってみてはいかがでしょうか。
貴女の後輩たちの姿を、ゆっくりとご覧ください」
その新城の台詞と共に、ハッと我に返ったツバサは。「ええ、是非とも」と、簡潔に答えたのだった。
to be continued...
ROYALBEATでの騒動から、一夜明けて。いつも通りに出勤したソラと琉一に待っていたのは、ルカの「ちょっと、こっちにおいで」という微笑みの一言だった。
毎朝の光景、ティーカップを傾けるルカの絵面。だが、今日は、彼の前に置かれた二箱のマット加工が施された銀色のケースが、その日常的風景を壊している。ケースには剣と天秤を象ったロゴマークが刻印されているが、少なくともソラにとって、そのロゴマークは、これまでの人生に於いて、一度も見たことがないものだった。琉一も特に反応が無いところを鑑みるに、彼も同じ印象を抱いているのだろう。ルカが、口を開いた。
「昨夜は、死者を出さなかったことが、本当に凄かったね。相手は素人以上、喧嘩慣れしたチンピラ以下、そして裏社会の端くれだったのに。
格下相手にトチらなかったのは、ソラと琉一が一流の戦闘員だっていう、何よりの証拠になったよ。おかげで、オレも安心して、キミたちに新しい玩具をプレゼントしてあげられる」
ルカはそう言いながら、目線だけで二人を促す。そのケースを開けろ、と。拒否権も無ければ、その意思も最初から持っていないソラと琉一は、その通りにする。
上蓋に少しチカラを入れれば、後は勝手に、それは音もなく開いた。そこに入っていたものとは。
ソラのケースには、バトルアクスの刃。琉一の方には、二挺拳銃。―――紛れもない。二人の本来の得物を素体にした、新しい武器だ。
「触っていいよ。オレは最終チェックはしてないから、自分で動作確認がしたいなら、その辺で適当にやっちゃって?」
本当に玩具を与えたかのようなルカの態度に、少しばかり面食らいながらも。ソラと琉一は、それぞれの武器を手に取る。
ソラはソファーから立ち上がって、少し開けた場所で、刃から柄を伸ばした。このあたりのギミックは、前のモノと変わっていない様子。ただ、柄を握った瞬間、ソラは違和感を抱いた。おもむろに、柄を軽く捻る。すると。
――『Execute.』
無機質なAI音声が鳴ったと同時に、斧の刃が縦に開いて、そこから電磁パルスが発生した。ソラが握っている柄にまで、微かな振動が伝わってくる。どうやら、電磁パルスと振動により、瞬間的に攻撃力の底上げが出来るようだ。「Execute」のボイス通り、処刑用とでも言うべき機能だろう。つまり、アニメやゲーム等における「必殺技」に相当する。故に、乱発は出来そうにない。
一方、琉一は。ソファーからは立ち上がらず、その状態のまま、銃のチェックをしている。が、わざわざ銃使いの彼が言及しなくても、素人が見ても分かるような、決定的な差異がそこにはあった。
「マガジンとチャンバーどころか、スライドも見当たりませんが。弾丸は何処から供給して、薬莢も何処から排出させろと仰るのですか?」
琉一はルカに問う。その銃は、銃身が普通の拳銃より幅広になっている割には、彼の言葉通りのものが、一切、見当たらない。これではまるで仰々しい形をした水鉄砲だ。
だが、空っぽになったティーカップにおかわりの紅茶を注ぎながら、ルカはさらりと答える。
「あー、それね。仮に「エナジーバレット」っていう名前がついてる、開発途中のエネルギー弾丸が撃てる銃なんだ。銃身に嵌ってるストーンがあるでしょ?それが弾丸の動力源ね。つまり、鉛玉を撃つ拳銃ではなく、圧縮エネルギーによる弾を発砲するってコト。ストーンひとつにつき、弾数は三百発ね。残弾数が少なくなったら、ストーンが明滅し始めるらしいから、そのときはオレに報告してね。すぐに交換させるからね。
あ、そうそう。右手用のそっち。その子のグリップの下、押してみてくれる?」
ルカに言われるまま、琉一は右の銃のグリップ下、所謂、銃底にあたる部分を押し込む。すると。
――『Judgment.』
AI音声が鳴り、直後、銃身が縦に割れる。ソラの斧と同じような光景だ。ストーンが激しく発光している。何事かと琉一が眺めていると、ルカが解説を差し込んでくれた。
「ストーンに残った弾丸百五十発分をエネルギーを消費して、高火力の中距離砲を撃てる仕組みになってるよ。ただし、一回でも撃っちゃうと、即メンテナンス行きだから、ちゃんと見極めてね。あと、発射時に起こる反動も凄まじいらしいから、無事に耐え切ってくれると嬉しいな」
そのルカの説明を飲み込むなら。琉一の二挺拳銃にも、「必殺技」が備えられているようだ。琉一の神経質な瞳に、僅かに好奇心が宿る。
それを知ってか知らずか。ルカは最後に、思い出したかのように、付け足した。
「キミたちのその新しい玩具、ちゃんとお名前がついてるんだよ~。
ソラのバトルアクスは『アストライアー』。琉一の二挺拳銃は『ユースティティア』。
覚えてあげた?じゃあ、これから是非とも、その子たちを可愛がってあげてね。オレとの約束だよ~」
命を賭ける武器を、まるでぬいぐるみのように扱うそのルカの姿は。むしろ、彼こそが『最強の軍事兵器』なのだという事実を――笑顔のまま、芯から教え込んでくる。
それは同時に。此処、ROG. COMPANYそのもの、否、それを抱くヒルカリオ全体が。未だにルカを閉じ込める監獄という現実を知らしめる、冷たいリアリティーでもあった。
*****
【聖クロス学園 学園長室】
「ツバサさん、申し訳ございませんでした。せっかく訪ねてくださったというのに、何もお力になれず…」
聖クロス学園の長である、新城(あらき)がそう謝罪したのは、対面に座っているツバサだった。彼女は今日は急遽、有給休暇を取って、母校である聖クロス学園に来ている。学園長の新城と話していたのは、「自分の母親について、何か知っていることはあるか」という内容のモノ。だが、残念ながら、新城からは目立った情報は得られなかった。
「どうかお気になさらないでください。むしろ、突然、訪ねてきた私に美味しいお茶を出して頂いたこと、私が感謝申し上げるべきです」
ツバサはそう返すと、ティーカップを持ち上げる。先ほど、おかわりを注いで貰ったがために、まだ温かいダージリンが、彼女の喉を潤した。
「ですが、少し妙なお話ではありますな…」
「学園長様…?何がですか…?」
新城が、ふむ…、と考え込むような素振りを見せた。ツバサが疑問符を飛ばす。新城が答えた。
「ツバサさんが我が校に入学されるとき、貴女が育った養護院から受け取った情報には、「施設と親に、面識あり」だったはずでしたが…?はて?勘違いでしたかな?」
「面識あり…。つまり、母親と思しきひとは、私を養護院に預ける際に、スタッフさんの誰かとは話をしている可能性が…?」
「確かに、そう受け取れますな。ツバサさん、養護院では何と?」
「まだ訪ねておりません…。電話口では「極めてデリケートな個人情報なので、直接、院長先生にアポを取ってください」と言われてしまいまして…。未だに院長先生から、お返事のメールが届いていないのです」
「それは…、大層、気を揉むことでしょう」
どうやら、新城が認知している情報と、ツバサが知っている情報の範囲に齟齬が生じているようだ。そして恐らく、あのソラも掴んでいない情報のひとつであることも、何となく分かる。
養護院の院長から返事が来ないのは単にタイミングのせいかと思っていたが。新城の今の発言を聞いてしまっては、それも偶然かどうかも、にわかに怪しくなってくる。…ツバサとしては、出来れば、自分を大切に育ててくれた養護院のことを、一ミリも疑いたくはないのだが…。
そんなことを考えていると。新城が切り替えるように、穏やかな声を発した。
「とりあえず、この話題は一旦、お預けです。
ツバサさん、こちらをどうぞ。家庭調理部の生徒たちが作ったマーマレードジャムを練り込んだ、レアチーズケーキです。ご賞味ください」
「美味しそう。いただきます」
紅茶のおかわりと共に運ばれてきたレアチーズケーキに、ツバサはフォークを入れる。ぱくり、と小さな一口。
ほんのり甘く、そしてアクセントになる仄かな苦味を感じる、上品なマーマレードジャムの香りが、ツバサの口の中に広がっていく。けれど、心のどこかで、このジャムのような微かなほろ苦い疑念が、静かに息を潜めていた。
「ツバサさん。お時間がありましたら、この後、学内を回ってみてはいかがでしょうか。
貴女の後輩たちの姿を、ゆっくりとご覧ください」
その新城の台詞と共に、ハッと我に返ったツバサは。「ええ、是非とも」と、簡潔に答えたのだった。
to be continued...
