『余渡』本編小説

付き合って、2ヶ月。5回目の朝チュンを迎えた、その日。

「お前と何回ヤッても、俺、全然、気持ちよくないんだよな。
 きっとカラダの相性が良くないんだよ。もう俺たち、別れよう。これっきりにしてくれ。じゃあな」

彼女は、そう言った自分の恋人に。今この瞬間、呆気なく、フラレた。
寝起きなうえに全裸の状態で、彼女は自分の部屋のベッドのうえに、ぽつん…、と取り残されたのだった。



ああ…、もう恋なんてしたくない。

彼女はそう胸中で呟き、今日何度目かの溜め息を吐いた。
3日前、身体の相性が悪いことを理由に、急に恋人に捨てられた彼女は。『結婚相談所』という検索ワードを入れてから、入会の手続き方法や、利用するうえでのルールやマナー、必要になる予算の見積もりなどの情報を漁っていた。
彼女は今年で、28歳になる。婚期を逃したくなくて、自分なりに街コンや、社会人サークル等に趣き、必死に相手を探してきた。そして、ようやく出会えた理想の男は、……3日前に、彼女をフッた。

彼女は元々、結婚願望の薄い女性である。結婚をするぐらいなら、一生、恋愛をしていたい。いつまでもマインドが若い、と言えば聞こえは良いが。性欲に奔放な一面が、なきにしもあらず。かといって、複数の男と同時に関係を持つようなことは、一切、してこなかった。恋は、ふたりでするものだから。と。
そう。彼女が求めていたのは、あくまで、恋愛だった。愛のない、恋をしない、関係なんて。と、考えていた。…が。

「カラダの相性を言い訳にされたら、…何も言い返せない……」

ぽつり、と呟いたその声は。言葉を零しい本人でさえも、びっくりするほど、絶望に染まっていて…。

「…もう、恋なんてしなくていいから…。カラダの面倒だけでも見てくれる男、いないかなー…。カネが必要なら、積むから…」

彼女が放った内容の男の条件に当て嵌まる一般的なそれは、セフレや、援助交際と呼ぶ。だが、犯罪に片足を突っ込むほど、落ちぶれてはいない。

…そこまで考えて、彼女は、「あ、そうか」、と思い立った。合法に抱いてもらえばいいんだ、と。

結婚相談所を調べていたスマートフォンの検索欄に、『ヨシワラ・フュスト』と入れて、再検索をする。

『ヨシワラ・フュスト』とは。
本土から離れた湾内に造られた、とある巨大な機械島のこと。その島内には、色街が寄せ集められており、あらゆる形態の風俗店が立ち並んでいる。

今から約50年前。ありとあらゆる風俗と呼ばれる店を、法規制により、時の政府が厳しく取り締まった結果。…本土から、風俗店の一切が消え去ったことを、深刻に見た国政機関が。10年の構想を経て、造り上げた場所である。

彼女は、ヨシワラ・フュストに立ち入った経験が、何度もある。風俗店の島といっても、ちょっとしたラウンジのような店もあるため、そこに一杯引っ掛けに行く、ぐらいのもの。後は、女友達と物見遊山で、小さなホストクラブに数回ほど遊びに行ったことも。
まさに、カネで夢を買う場所。大人の遊び場にして、一夜の楽園。

彼女は同性愛の趣味は持ち合わせていないため、男娼専門の娼館を探してみる。すぐに検索に引っかかった。ヨシワラ・フュストで一番大きな男娼専門店。名を『余渡屋(よわたりや)』というらしい。
店が抱えている男娼ひとりひとりに座敷が与えられており、そこを時間制で買うことで、客が出入りできる。食事や座敷遊びが欲しいなら、別途注文する必要がある。クレジットカード、バーコードや電子決済、全て対応済み。あと目立った注意事項があるとすれば、客が買った男娼に「積みたい」というなら、本人に直接渡せ、とのこと。
…古めかしそうな看板名を掲げてはいるが、中身は至って近代的な設定の様子。
安心した。此処にしよう、と、彼女は店の予約サイトにアクセスした。

防犯上、顔写真は掲載されていないが。店の予約リストの一番上に、クチコミレビュー、星の数、評価ランク、…全てが、ぶっちぎりの1位の男がいた。
『ソラ』と言う名前の男娼らしい。
何気なく、彼のクチコミを見る。
まず、「顔がいい」が、一番多い。次いで「店と法律が許すなら、絶対に振り向かせたい」、「態度は冷たいのに、クセになるからリピが止まらない」、「男も女もいけるせいか、テクで飽きることがない」、…あたりだろうか。

顔がいい男かー、と彼女は思いながら、予約リストを開く。評価ランクが1位ならば、その店の売れっ子ということ。どうせどこもかしこも一杯だろう…、と思ったときだった。

今日の20時。最終の予約時間帯が、まさかの、空いている。今の時間は?―――17時15分。そうだ。もう定時だった。上がろう。

同時に『予約する』のボタンをタップする。名前、連絡先、決済情報を入力した。

―――『ご予約ありがとうございます。お客様のご来店を、心よりお待ちしております。 余渡屋一同』

予約番号と共に、その文言の画面が出た途端。彼女は「ああ…」という、何とも言えぬ、脱力感を覚えたのだった。


*****


専用の渡船でヨシワラ・フュストに入り、大きな門を潜る。余渡屋に予約した時点で発券された、一日通行証をスキャナーに翳して、手荷物検査を受けた後、検問を通った。
スマートフォンで時計を見る。19時、少し前。その辺りの屋台で小腹を満たしてから、向かうとしよう。と、早々に決めて、彼女はソースの焼ける良い匂いが立ち込める屋台街へと、足を踏み入れた。


小腹を満たす、はずが。たこ焼き、うずら卵の煮付け、いか焼き、きゅうりの一本漬け、と美味しいものへの買い食いが止まらず。余渡屋の前に到着する頃には、彼女は缶ビールを片手に持っていた。…色気も何もあったもんじゃない。

店のスタッフに予約番号を確認してもらい、ごみを回収され、店内を案内される。
襖の閉まった、たくさんの座敷が並ぶなか。一等、奥の部屋に導かれる。襖の柱に『空』という名札が掲げてあった。

「ソラ様、お客様でございます」
「…入れ」

スタッフが襖越しに声をかけると、予想の3倍は冷たい声が返ってきた。レビューに「態度が冷たい」とあったが、…これのことなのだろうか。と、彼女は思う。
襖を開けられて、中へ促されるまま、彼女は座敷内に足を踏み入れた。柑橘系のアロマの香りを感じた直後、背後で襖がすぐさま閉じられたのが分かる。

薄明かりの中で、見つけたのは。座椅子に気だるそうに腰掛けて、読み物をしている浴衣姿の男性。
…確かに「顔が良い」。なるほど、と、彼女は納得した。横顔だけでも分かるその美貌は、文句のつけようがない。予想の50倍はイケメンだと思えた。

「予約番号を申告しろ」
「…!8901え3B、です」

ソラが冷たい声で、彼女に言う。彼女は驚きはしたものの、すぐに自分の予約番号を読み上げた。

「新規で間違いないな?此処のルールで何か分からないことがあるなら、今の内に聞いてくれ」
「分からないこと…?えーっと…」

ソラは読み物から顔も上げずに、彼女へ指示を出す。その態度は、娼館とは言えど、とても客商売をしている人間のそれには見えない。むしろ、不遜な節すら見受けられる。だが、彼女は気にしなかった。
今度は彼女が質問をする番だ。

「避妊は、きちんとしてくれますよね?」
「当たり前だ。店のオプションメニューに無いことは、俺から提供しない」

彼女はソラの答えを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。島一番の娼館とはいえ、ルールを守らない店を利用する意思は毛頭なかった。

「他には?」
「その読書は、いつ終わるの…?」

思わず敬語が外れる。だが、もういらないと、彼女は判断した。ソラの態度は冷たいを通り越して、不遜にも等しい。カネを払っている時点で対等になれるというならば、彼女だけが敬語を使ういわれもない。

「うん?もう始めたいというなら、俺はいつでもいいが?
 準備はいらないのか?」
「準備…?それはむしろ、貴方が必要なんじゃ…?」

ソラの言葉に彼女は疑問を持つ。客が手ぶらで来るのは当たり前だが、カラダを差し出す男娼の方はそうはいかないのでは…?と思った。が、ソラは涼しい顔のままで、続ける。

「俺はこのままでも構わん。浴衣さえ脱げば終わる。
 お前こそ、ソースの匂いがするし、前歯に青のりがついているし、それに、一杯引っ掛けてきたんじゃないか?
 洗面所は、あっちだ」

ソラはそう言うと、相変わらず手元の本から顔を上げずに、指先だけを奥に差し向ける。その意図が分かった瞬間、彼女の中で、冷静な自分が掘り起こされる。

「あ、別にいい、そういうの」

彼女の口から、自分でも驚くほど、冷静な声が出た。そこで初めて、ソラの視線が彼女に向く。翡翠を思わせる色の眼が、彼女を射抜いた。
彼女はソラの目線と、しかと自分の瞳を交叉させて、己の主張を貫く。

「建前がいらないから、貴方を買ったの。こっちはもう恋愛抜きのセックスがしたいの。性欲の発散をして欲しいの。だから、カネを払ったの。
 客を抱くなり、抱かれるなりが、貴方の仕事でしょう?
 その気さえあれば、良いんだから。始まりが早ければ、終わりも早いだろうし」

彼女はそこまで言うと、自分の衣服を脱ぎ始めた。仕事終わりにそのまま来たので、オフィスカジュアルとは名ばかりの、手慣れた格好だ。スカートから始まって、カーディガンとシャツも手際よく脱ぐ。
ソラはそれを見て、手元の本に栞を挟み、座椅子の横の袖机に置いた。

「…、ハンガーが右の壁にある」
「あ、嬉しい。ありがとう。さすが売れっ子、…あっ」
「…伝線したパンストの替えまでは、さすがに置いていない」
「あーあ…。よりによって、私も予備を持って来てないし…」
「残念だったな」

そう会話しながら、座椅子からソラが立ち上がった。年季が入っているのか、ぎし、とスプリングが鳴る音が響く。
彼女は伝線してしまったパンストを、用済みとばかりにくしゃくしゃに脱ぎ捨てた。明日の朝は生足で帰ると決める。

彼女が敷いてある布団の上に乗っかると、ふわっと洗剤の香りが広がる。自分の部屋に置いているベッドのそれより、余程、寝心地が良さそうで。このまま寝ても、爆睡が出来る自信があった。
欠伸が出そうになったところで、自分の背後に気配を感じる。…ソラだ。彼は浴衣の帯を解き、合わせを開く。鍛えられた、理想的で、且つ、魅惑的な男のカラダが出てきた。
思わず息を呑み、見惚れそうになったところで、彼女はソラに後ろから覆い被さられるような姿勢を取らされる。

「眠そうだが…、此処は娼館で、俺はお前に買われた。
 俺を買った本当の意味を味わないままに、寝落ちるな、間抜け」
「仮にも客に対して、間抜け、はないんじゃ、あっ、ちょ、いきなり…ッ」
「…発散したい性欲があるのも確かみたいで、何より」

触られるべき場所に指を充てがわれて、彼女の口から熱い息が漏れる。耳元で囁かれるソラの低い声が、心地良い、と感じた。


――――…。

うとうと、と目を開けたのは。喉の渇きを覚えたからだ。時計を見ると、ちょうど、夜明けの頃。
ぬくい布団の中から、首だけ回して、座敷内を見渡せば。隅に設置された、小型のウォーターサーバーを発見した。布団の温もりは手放しがたいが、昨夜、喘ぎすぎた影響で、喉がひりつくほどに渇いている。
のそのそと布団から這い出して、ウォーターサーバーに近付き、操作した。何となくロゴを確認すると、自分の会社に置いてあるものと、同じメーカーのものだった。
冷たい水を喉に流し込むと、渇きが潤うと同時に、まだ足りない、と急かしてくるようで。2杯、3杯、と、立て続けに飲み干す。

紙コップを捨てて、布団まで戻ると。ソラは変わらず、眠っていた。寒がりなのか、こちらが意識を飛ばして寝てしまった後、改めて、浴衣を着込んだようだ。合わせこそ乱れているものの、普通に見ている分には、とても座敷を構えている男娼には見えない。
よくよく観察してみると、黒色と思った髪の毛は、毛先に行くにつれて緑色になっている。グラデーションというものだ。あと、頭のてっぺんに、アホ毛。
文句無しのイケメンなうえに、肉体美まで持ち合わせていた。男娼としての実力は、…もう昨夜、骨の髄まで分からされた。
彼女は昔から性に奔放な面があったとはいえ、…過去、セックスをしている間、あそこまで天国を見せられたことは、正直、無かった。

―――ソラ。まさに完璧。
これは確かに、多少なり冷たい態度を取られても、この店を含む、此処ら一帯で一番高い値がつけられていても、納得の行く男だ。

すると、ソラの長い睫毛が震えて、瞼が開く。寝ぼけた翡翠の眼と、視線が合った。

「…、…みず」
「…開口一番、それなの?」

瞳同様、寝ぼけた声は、水を要求してくる。自分の座敷なのだから、自分で取りに行けばいいのに。と思う反面、まあ、立っている者は親でも使え、とも言うし…、と独り言を零しながら、再びウォーターサーバーへと水を取りに行った。

紙コップに水を湛えて、布団まで持って行く。上半身を起こしたソラは、寝ぼけた声で「ありがとう…」と言いながら、彼女からコップを受け取った。ぐい、と一気に飲み干す。彼も喉が渇いていたようだ。
くあ…、と欠伸を噛み殺しながら、紙コップを、くしゃり、と握り潰したソラは。スマートフォンを突いている彼女を見て、口を開く。

「もう帰るのか?」
「ええ。今、アプリで店の案内スタッフさんを呼んだの。
 島の渡船も、もう出てるみたいだし。本土の電車はまだ始発前だけど…、まあ、タクシーで帰るわ。こんな朝だしね」

彼女は答えながら、ハンガーにかけた洋服に手を伸ばした。

「そうか、気を付けて帰れ」

実に素っ気ない台詞が飛んでくる。ソラの方を見れば、布団に入り直す彼の姿が見えた。

「…。嘘でも、引き留めたりはしないんだ?」

思わず口を突いて出た、言葉。だが、ソラは欠伸をしながら、抱き寄せた枕に顎を乗せて、別に、と返してくる。

「そういうのは、俺の業務外だからな。
 お前だって、最初からそんなもの、期待していないだろう?」
「…何か、全部、見透かされているみたい…。売れっ子さんって、伊達じゃないのね…」

ソラと応酬しながら、彼女は下着を身に着けて、シャツに袖を通した。この男は、一体、何手先まで読んでいるのだろうか。
彼女がシャツのボタンを留めていると、ソラの眠そうな声が聞こえた。

「男娼の『正しい使い方』を分かっているのは、客として百点満点だな」

その言葉に、思わず振り返ると。ソラは相変わらず、枕に顎を乗せた状態で。しかし、その翡翠の眼は夢睡の中へ戻りたがっていて。
彼女はそんなソラの姿を見て、くす、と笑うと。スカートを履きながら、返した。

「せっかくの貯金を溶かす気はないから、時々になるだろうけれど。
 でも、無駄なことをしない、言わない貴方は…、私にとって、理想の男娼なのかもしれない。
 次、性欲を持て余して、その時に、貴方の顔が浮かんだら、…また買わせて?」
「賢くて、何より。
 …ああ、破れたパンストは持って帰って貰えると助かる。この店の清掃スタッフに、大層な変態がいてな。客が脱いで、置いて帰った下着やら何やらを収集しているヤツがいる」
「……ご丁寧に、教えてくれて、ありがとう……」

最後の最後で、空気の下がることを告げられた。
げっそりとしながら、昨夜、その辺に脱ぎ捨てた伝線パンストを回収していると。「失礼します」と、襖の外から声がした。彼女が呼んだ、案内係だ。ソラが「入れ」と許可をすると、襖が僅かに開かれる。

「お帰りだ。正面から、出してやってくれ」
「かしこまりました。
 …お客様、どうぞ、こちらに」

ソラから指示を貰った案内係は、彼女を誘導した。彼女はそれに従い、座敷の外へと出る。直後、ぱたん、と襖が閉じられた。



座敷に残されたソラは、微睡みながら。滔々と考える。

ここ数年。自分を買う客の殆どは、男娼としてのソラの買い方を知らない客ばかりだった。
ソラの見目麗しさと、床の技術に骨抜きにされるまでは、まだ理解が出来る。だが、その先が、問題だった。
ソラをリピートする客の全てが、彼のカラダではなく、心を欲しがって来た。メニューにある範囲であるなら、ソラのカラダはカネで好きに出来るが。心を売る商売は、していない。それは娼館に求める範囲ではない。ソラの心は、客に売れないし、本人も売るつもりが毛頭ない。
だがしかし、客たちは皆、ソラを「振り向かせたい」、「認知してほしい」と謳っては、オープン価格以上のカネを積み、高価だったり珍しかったりする贈り物を差し出してきて、自分たちの欲望のままに、彼を掌握しようとする。が、ソラは男娼としての仕事以上のことは、絶対にしない。
…お世辞にも優しいとは言えない、むしろ冷たい彼の態度も、悪い刺激になっている節はあった。「嫌よ嫌よも好きのうち」…と、客側が勝手に勘違いしている。本当に、勝手極まりない。
今や、ソラの客たちの間では、「自分が一番、ソラに積んで(貢いで)いる」と、各々が勝手に火花を散らしている状態にあるという。
おかげで、店が管理しているレビューや評価ランクでは、正当に1位を貰っているが。素人が動かしているインターネット上の、ただの掲示板には、同業者かと思われる輩によって、ソラの悪口が書かれ放題だ。

そんな状態が数年、続いているせいか。ソラはいい加減、辟易していた。
座敷を降りたくても、年齢の若さを理由に、店が引き留めてくる。それに、座敷を失ったソラ自身、次に行く宛てがあるのかと問われると、…それも、答えに困る。結局、此処にいるしかない。

何度も繰り返すようだが、ソラは娼館に身を置く男娼である。煌びやかなクラブで酒を飲みながら、甘い言葉を並べるキャストではないし。ましてや、恋愛シミュレーションゲームのなかにいる、プレイヤーの理想を煮詰めた攻略対象のイケメンキャラクターでもない。―――『恋愛に準ずるもの』を提供するのは、ソラの仕事ではない。彼が売るのは、カラダだけ。

その前提をひっくり返そうとする有象無象の多いこと。
だが、飽きが上限に達しそうな毎日を繰り返すなかで。昨夜、現れた、ひとりの女性客。

余計なカネを積まず。下心が丸見えの貢ぎ物もなく。かといって、恋愛を絡んだ関係も求めず。ただただ、ソラという男娼のカラダを買っただけだと宣言し、その主張を最後まで貫いてみせてくれた。
娼館の正しい客の在り方を、久方ぶりに見た。

また来て欲しい、なんて。思いはしない。
来るか来ないか。―――また彼女が、ソラを買うか、買わないか。は、客である彼女が決めること。
ソラに、そこの決定権は無い。

それでも、久しぶりに、本来の仕事が出来たことに、ソラは得も言われぬ充足感を得ていた。
少しだけ、気分の良い夜明けを感じながら、ソラは今度こそ二度寝に落ちる。

昨夜から気まぐれで焚いていた、柑橘系のアロマの残り香が、夜明けを迎える座敷の空気の中へと、消えていった。



to be continued...
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