『COMPANY's Pawn』短編・番外編

「お前ェ、ソラのオンナだろぉ?」

私を囲むように立つ男たちにそう問われて、ひとりから抜き身のナイフが突きつけられる。首を縦に振った。頭の中は恐怖しかない。
会社の廊下で、私はこの男たちに連れ去られたらしい。意識を取り戻したら、私は縛られていて、パイプ椅子に座らされていた。「ソラのオンナ」であることを問われたということは、十中八九、彼らはソラに深い恨みがあるんだろう。だから私を連れ去ったのだ。

「あの秘書官サマのせいで、おれたちの大事な仕事が奪われたんだ。だったらよぉ?おれたちが、アイツの大事なモンを奪っても、文句は言えねぇよなぁ?」

ナイフ男がそう言うと、他がゲラゲラと笑う。私を値踏みするかのような、下卑た視線を寄越す。怖い。帰りたい。助けて。死にたくないよ…!

その時。唐突に、錆びついた扉が開く音がした。男たちが笑うのやめて、一斉にそちらを見る。勿論、私も。あれは―――!

「歓談中、失礼する。送迎の時間なので、割り入らせて貰うぞ」

ソラだった。いつものグレーのスーツの上から、外回り用のコートを羽織っている。そう。まるで、常日頃の営業回りの延長をしているかのような。そんな自然体で、この場に入って来た。男たちは数秒の間、ポカンとした後。…すぐに血相を変えた。

「良い度胸じゃねぇか!」
「そちらこそ、随分と元気そうだな。
 あれだけ懲らしめておいたのが、…まだ足りなかったようだな?」
「はぁ?!てめええ!このオンナがどうなってもいいのk―――」

冷静なソラの言葉に、テンプレートみたいな男の逆上の台詞。でも、それは遮られた。男のナイフが叩き折られたことで。いや、穴が空いてる。これは折れたというより、撃たれた…―――?
ターン…!という銃声が、かなり遠くから、とても小さく聞こえた。狙撃だ。専門的なことは分からないが、ここまで時差があるということは、狙撃手からここまで、相当、距離があるのでは…。

「な…、な…?!」
「驚くことはない。『高度な軍事教練を受けている』を通り越して、細胞レベルでプログラミングされているといっても過言ではない男による狙撃だ。5km先のナイフ一本、撃ち落とすことなど、造作もない」

ソラの台詞に。驚き震えるのは男たちだけじゃない。私もだ。

「質の悪い玩具やトレカの転売屋が、もっと悪質な誘拐犯に成り果てたんだ。俺とて、色々と保険は掛ける」

ソラがそう言うと、扉から、そして窓を割りながら、複数人が突撃してきた。映画で特殊部隊が現場に突入するかのように。

「さて、大人しく投降しろ。俺は仕事の延長線上とはいえ…、自分の大切な恋人を、お前たちの血で汚したくない」

部隊のひとたちが一斉に銃を向けた。そこで観念したらしく、私を誘拐した男たちは投降したのだった―――…。



「わ、別れる…?」
「…ああ」

あの後。ツバサという事務員を名乗る女性に連れられて、建物の外に停めてあったリムジンに乗り込まされた私は。席を外した事務員さんと入れ替わりにやってきたソラに、別れ話を突き付けられた。

「恋仲になる前から、リスクは承知していた。…が、俺の仕事のせいで、お前の身に危険が及ぶようなことは金輪際、ごめんだ」
「……私を誘拐したひとたちの、動機って、やっぱり…」
「俺があいつらの仕事の道具…、つまり、悪質な転売ルートを軒並み潰した。
 弊社の物のみならず、競合他社が発表している多数の玩具、トレカ、その他グッズ製品が、やつらに食い物にされていた。
 やつらは俺に強い恨みを持っていて、復讐の機会を伺っていた…」
「…、…」

そこまで聞いて、私は全てを理解した。ソラが社内で私と恋仲であることを秘匿していたことの、本当の意味が。
全容は分からないが、悪質な転売屋を手ずから潰すような、危険な仕事をしているからこそ。社内に恋人がいることを知られたくなかった。弱みになるから。つまり、恋人である私自身が、ソラの弱点になってしまうからだ。
誘拐される直前に、私がソラにキスを強請り、彼は拒んだが、私のズルい言葉に折れてくれた。そこを誘拐犯たちに目撃されていた。ソラに復讐する機会を強く伺っていたならば、彼のことを常時監視していたっておかしくない。弱点のないはずのソラに恋人がいる。ならば、そこを突けば良い。
……頭がぐるぐると回った。視界がおかしくなる。自分の犯した失態がどれほどのことなのかを自覚して、罪悪感で気を失ってしまいそうだった。もういっそのこと、消えてしまいたい…。

「お前の手荷物はツバサが纏めてくれているから、それを持って、本日は直帰しろ。このまま近所まで送らせる。明日明後日は休みにしてあるから、週末も含めて、安全に過ごしてくれ」
「え、待って、」
「すまない。まだ仕事が残ってるから、俺は行く」
「待って、待ってよ、ソラ、―――…」

私の言葉は届かず。ソラはリムジンを降りて行った。
残された私は、座席に蹲る。涙と嗚咽が止まらない。
ソラと入れ替わりに乗車してきた事務員さんに声を掛けられても。背中をさすられても。お水を差し出されても。もう何も、上手く答えることが出来なかった。
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