『COMPANY's Pawn』短編・番外編
「どうして起こしてくれなかったの?!」
「5回、起こした。それ以上は無意味だと悟った」
「悟るな!薄情者ぉ!」
「何を今更、知れたことを」
朝の大騒ぎ。私の寝坊を食い止めてくれなかった恋人のソラを、私は睨む。八つ当たりと分かっていても、コーヒーを啜るその余裕綽々の姿が恨めしい。今日は遅番の彼とは違い、私は通常シフトだ。遅番ならソラも寝てればいいのに…、と見当違いなことを考えながら、私は支度を進める。良く考えもせずに洋服を選び、化粧を施してから、重要なことに気が付き。「あ!!」と大きな声を上げてしまった。それを聞いたソラが、タブレット端末から視線をこちらに寄越す。
「どうした?」
「ヘアセットぉ!どうしよう?!なんにも考えずにお洋服選んじゃった~!!」
「どうとでもなるだろう?」
「なーりーまーせーんー!女の子は色々と考えなきゃいけないんですぅ~~!!」
「…、洒落ても、媚びる相手がいないくせに…?」
「ああああ!!地雷踏んだ!!ソラ!いま!私の地雷を踏み抜きましたぁー!!」
デリカシーの無い男めぇぇ!でもそういう冷たいところも含めて好きぃぃ!…ってそんな余計なこと考えている暇は無い!ヘアセット!どうしよう?!
ゆるく巻く?いや、今日のスカートの色とは合わない!
ハーフアップ?だめ!印象が幼くなっちゃう!
編み込み?良い案だけど、…時間がなぁーーい!
「そこに座れ」
「え?」
「髪を結ってやる。大人しく、座っておけ」
「あ、はい…」
ソラの冷静な声音に、私の混乱した頭が一気にクールダウンする。この声は、本当に落ち着く声だ…。
ソラが私の髪の毛にヘアミストを吹きかけてから、櫛を入れてくれる。優しい手つき。ヘアゴムで1本に束ねてから、纏め上げられたのが分かった。少しキツめなチカラで縛られた感があるが、不快ではない。ヘアクリップだろう。私のジュエリーボックスから取ってきてくれた?だとしたら、何と用意周到なことか。先読みしすぎじゃない?さすが、有能秘書官サマは、仕事がお早いことで…。
「出来たぞ。もう出ないと、既定の時刻に遅れる」
「あ、うん。ありがとう…!あの…」
寝坊したのは私自身の責任なのに、八つ当たりしてしまったことを謝りたい。でも、ソラは私に通勤鞄と、弁当箱(ソラの手作り…)の入ったランチトートを押し付けながら、玄関まで送り届けてくれただけ。
…昼休みに、「ごめんね」と、メッセージ送っとこう…。
出勤してから、おかしいな?とは薄々思っていた。妙な視線を感じる。理由を思い浮かべるとしたら、やはり、髪型。ソラがセットしてくれた朝から、私は結局、忙しさで肝心のヘアセットを確認する時間が取れなかった。それが、視線を集めている理由だとしたら…。
「ねえねえ?」
「うん?」
隣の席の同期が話しかけてくる。女同士、気の合う親友だ。彼女はにこにこしながら、口を開いた。
「その髪飾り、どうしたの?かなり気合い入ってんじゃん?」
「え?髪飾り?」
「そうよ?皆、びっくりしてるよー?あなたが選ぶにしては、少し趣味が違うって…あ、悪い意味じゃなくて、「趣味じゃないはずなのに、とても似合ってる」ってことね?」
「? そんなの持ってたかなあ…?」
同期の言葉に疑問符が浮かぶと共に。私は今の自分の髪型、否、そこに飾られている物が猛烈に気になった。適当に理由をつけて、お手洗いに立つ。
パウダルームに入り、鏡台と自分の手鏡とを合わせにして、後頭部を見た。
「…ッッ?!」
叫ばなかったことを褒めて欲しい。でも私は、へなへなとその場に座り込んだ。そんな私が、今、着けている髪飾りは…―――。
この前のデート先で覗いた、ハンドメイドのアクセサリーショップで見つけて、「可愛いな」と思っていたのものの、「自分には少し高見えすぎるかも…」と、数分ほど悩んで、結局買わなかったヘアクリップ。フェイクパールを使った花びらの飾りが美しい。
あの後、購入しなかったことをかなり後悔して、オンラインショップにアクセスした。…そういえば、その時。ソラが横にいた。そして、うんうんと悩む私を横目に、クールな顔色ひとつ変えずに、スマートフォンで、オンラインチェスの最強AI頭脳に挑んでいた。気がする。…いやいや、マルチタスクが出来過ぎる。…違う、そうじゃない。
私が欲しがっていたことを知っていて、ソラはこれを購入したはず。そしてそれを渡すタイミングを見計らっていたのも、理解が出来る。…それを、そのタイミングを…今朝、見出したというの…?
不器用なくせに。愛してるの言葉ひとつ、満足に言えないくせに。社畜のくせに。でも、でも。だからこそ、こうして見せつけてくれるような、強烈な愛ある行動を取れて、それを成功させてくれる計算高さが。……そもそも、こんなことをしてくれるだけの、愛を向けてくれることが。
(…好きぃーーーーーーッッッッッ!!!!)
衝動のまま、メッセージアプリを開いて。私は、ソラへひたすらハートマークのスタンプを送り続けた。既読を知らせてくれるマークが付いたことが嬉しくて、連投しまくる。
20個目くらいのところで、「通知がうるさい」、「分かってる」と短い文章が来た。反応されたことが嬉しくて、舞い上がり、更に連投していると。「通知音がすごくて、上司が七不思議を見るような目でこっちを見るから、一旦、やめろ」という、厳しめの文章が届いた。そこでやっと、私も冷静さを取り戻した。が。
ふわふわとした熱が脳内を支配して、ときめく鼓動が鳴りやまない。
帰ったら、一番に伝えよう。「愛してる」って。
「5回、起こした。それ以上は無意味だと悟った」
「悟るな!薄情者ぉ!」
「何を今更、知れたことを」
朝の大騒ぎ。私の寝坊を食い止めてくれなかった恋人のソラを、私は睨む。八つ当たりと分かっていても、コーヒーを啜るその余裕綽々の姿が恨めしい。今日は遅番の彼とは違い、私は通常シフトだ。遅番ならソラも寝てればいいのに…、と見当違いなことを考えながら、私は支度を進める。良く考えもせずに洋服を選び、化粧を施してから、重要なことに気が付き。「あ!!」と大きな声を上げてしまった。それを聞いたソラが、タブレット端末から視線をこちらに寄越す。
「どうした?」
「ヘアセットぉ!どうしよう?!なんにも考えずにお洋服選んじゃった~!!」
「どうとでもなるだろう?」
「なーりーまーせーんー!女の子は色々と考えなきゃいけないんですぅ~~!!」
「…、洒落ても、媚びる相手がいないくせに…?」
「ああああ!!地雷踏んだ!!ソラ!いま!私の地雷を踏み抜きましたぁー!!」
デリカシーの無い男めぇぇ!でもそういう冷たいところも含めて好きぃぃ!…ってそんな余計なこと考えている暇は無い!ヘアセット!どうしよう?!
ゆるく巻く?いや、今日のスカートの色とは合わない!
ハーフアップ?だめ!印象が幼くなっちゃう!
編み込み?良い案だけど、…時間がなぁーーい!
「そこに座れ」
「え?」
「髪を結ってやる。大人しく、座っておけ」
「あ、はい…」
ソラの冷静な声音に、私の混乱した頭が一気にクールダウンする。この声は、本当に落ち着く声だ…。
ソラが私の髪の毛にヘアミストを吹きかけてから、櫛を入れてくれる。優しい手つき。ヘアゴムで1本に束ねてから、纏め上げられたのが分かった。少しキツめなチカラで縛られた感があるが、不快ではない。ヘアクリップだろう。私のジュエリーボックスから取ってきてくれた?だとしたら、何と用意周到なことか。先読みしすぎじゃない?さすが、有能秘書官サマは、仕事がお早いことで…。
「出来たぞ。もう出ないと、既定の時刻に遅れる」
「あ、うん。ありがとう…!あの…」
寝坊したのは私自身の責任なのに、八つ当たりしてしまったことを謝りたい。でも、ソラは私に通勤鞄と、弁当箱(ソラの手作り…)の入ったランチトートを押し付けながら、玄関まで送り届けてくれただけ。
…昼休みに、「ごめんね」と、メッセージ送っとこう…。
出勤してから、おかしいな?とは薄々思っていた。妙な視線を感じる。理由を思い浮かべるとしたら、やはり、髪型。ソラがセットしてくれた朝から、私は結局、忙しさで肝心のヘアセットを確認する時間が取れなかった。それが、視線を集めている理由だとしたら…。
「ねえねえ?」
「うん?」
隣の席の同期が話しかけてくる。女同士、気の合う親友だ。彼女はにこにこしながら、口を開いた。
「その髪飾り、どうしたの?かなり気合い入ってんじゃん?」
「え?髪飾り?」
「そうよ?皆、びっくりしてるよー?あなたが選ぶにしては、少し趣味が違うって…あ、悪い意味じゃなくて、「趣味じゃないはずなのに、とても似合ってる」ってことね?」
「? そんなの持ってたかなあ…?」
同期の言葉に疑問符が浮かぶと共に。私は今の自分の髪型、否、そこに飾られている物が猛烈に気になった。適当に理由をつけて、お手洗いに立つ。
パウダルームに入り、鏡台と自分の手鏡とを合わせにして、後頭部を見た。
「…ッッ?!」
叫ばなかったことを褒めて欲しい。でも私は、へなへなとその場に座り込んだ。そんな私が、今、着けている髪飾りは…―――。
この前のデート先で覗いた、ハンドメイドのアクセサリーショップで見つけて、「可愛いな」と思っていたのものの、「自分には少し高見えすぎるかも…」と、数分ほど悩んで、結局買わなかったヘアクリップ。フェイクパールを使った花びらの飾りが美しい。
あの後、購入しなかったことをかなり後悔して、オンラインショップにアクセスした。…そういえば、その時。ソラが横にいた。そして、うんうんと悩む私を横目に、クールな顔色ひとつ変えずに、スマートフォンで、オンラインチェスの最強AI頭脳に挑んでいた。気がする。…いやいや、マルチタスクが出来過ぎる。…違う、そうじゃない。
私が欲しがっていたことを知っていて、ソラはこれを購入したはず。そしてそれを渡すタイミングを見計らっていたのも、理解が出来る。…それを、そのタイミングを…今朝、見出したというの…?
不器用なくせに。愛してるの言葉ひとつ、満足に言えないくせに。社畜のくせに。でも、でも。だからこそ、こうして見せつけてくれるような、強烈な愛ある行動を取れて、それを成功させてくれる計算高さが。……そもそも、こんなことをしてくれるだけの、愛を向けてくれることが。
(…好きぃーーーーーーッッッッッ!!!!)
衝動のまま、メッセージアプリを開いて。私は、ソラへひたすらハートマークのスタンプを送り続けた。既読を知らせてくれるマークが付いたことが嬉しくて、連投しまくる。
20個目くらいのところで、「通知がうるさい」、「分かってる」と短い文章が来た。反応されたことが嬉しくて、舞い上がり、更に連投していると。「通知音がすごくて、上司が七不思議を見るような目でこっちを見るから、一旦、やめろ」という、厳しめの文章が届いた。そこでやっと、私も冷静さを取り戻した。が。
ふわふわとした熱が脳内を支配して、ときめく鼓動が鳴りやまない。
帰ったら、一番に伝えよう。「愛してる」って。