『COMPANY's Pawn』短編・番外編
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今日のツバサは遅番だった。午前11時に出社。退勤は19時。
そして、自分のデスクで帰り支度をしていたツバサは、困った…と思っていた。10時までだらだらと寝ていたからか、寝ぼけてしまい、羽織り物を忘れてしまった。この時期は寒暖差が激しく、昼は暖かくとも、夕方からはとことん冷える。
忘れてしまった自分が悪いので、寒さに耐え忍んで帰ろう、とツバサが結論を出した時だった。
「アリスちゃん、これ羽織って帰りなよ。その恰好じゃあ、明らかに寒いでしょ?」
ルカだ。ソラ(既に帰宅済み)に書類の山を押し付けられて、今の今までずっとサインをする作業をしていたようだった。その黒革の手には、青色のストールが収まっている。
ツバサが断る隙もなく、ルカはツバサにストールを羽織らせて、ずり落ちないようにか、ブローチピンで留める。ストールの柔らかな手触り、品のある発色。何より、暖かい。
「気を付けて帰ってね。お疲れさま」
ルカはいつも通りの笑顔で、そう言った。お疲れさまでした。お先に失礼します。とツバサは頭を下げて、執務室を後にした。
ツバサが一階ロビーに降りると。少し先で、かつて所属していた一般事務の同僚たちが、軽い山を成しているのを見とめた。遠巻きに通り過ぎようとすると。
「あら、ツバサさん!」
「…。お疲れさまです」
呼び止められてしまった。が、関わりたくないので、物理的に距離がある事を笠に、軽い挨拶と会釈をして、急ぎ帰宅するつもりの姿勢を見せつける。「時に関わる事を避けるのも、ビジネスの大事な駆け引きだよ」と教えてくれたルカの台詞が、胸を去来していた。
声を掛けてきた同僚が、ツバサに向かって歩いてきながら、口を開く。
「ちょうどいいじゃん!一緒に飲みに行こ…う…、…。あ、ごめん。やっぱり、何でもない…」
「? え…、あ、はい…」
「異動してから、何か多忙っぽいもんね。早く帰って、ゆっくり休んで。じゃあ、お疲れさま」
「…お疲れさまでした(…??)」
明らかに変化した同僚の態度には疑念を抱かざるを得ないが。ルカの部下になってから、周囲のツバサを見る目が変わったのは、別に今に始まった事でもないのだ。とりあえず、アフターファイブへの面倒は回避できたらしい事に。密かにホッとしながら、ツバサは今度こそ会社から出た。
帰宅したツバサは、コンビニで買ったおでんを机に置いた。お腹はひどく減っているし、それに冷めないうちに頂くとして。まずは仕事着から、楽な格好になりたい。クローゼットに取り付けられた姿見の前に立って、ストールを脱ごうと、ブローチピンに手を掛けたときだった。鏡越しに、ピンへ文字が刻印がされている事に気が付く。鏡から視線を逸らして、直接、ブローチピンを見やる。青色のスワロフスキーは、小粒だが、十分に光り輝いてた。そして、ピンの部分に刻まれているのは。
『LUKA』
…、ルカの名前だ。そうか。これは彼の私物だったのか。と、ツバサはそこまで考えて。…あれ?と思った。
会社のロビーで出くわした、同僚たち。近付いてきたそのひとりが、ツバサを見るなり、顔色と態度を変えていた。
同僚の視線からすれば…、青色の高級なストールを纏い、それを『LUKA』の刻印がされたブローチピンで留めている、ツバサという図。
「…、……」
…たぶん。というか、絶対に。何か余計な勘違いをされた。
(ソラさん…ごめんなさい…)
真っ先に胸中で謝罪を述べたのは、ルカの専属秘書官。
明日の彼のデスクの電話へ。苦情か陳情かが入らぬ事を、ツバサは切に願った。そして、万が一、それらが入った時の阿鼻叫喚の地獄絵図を想像して、ぶるり、と震え上がる。
寒いから、早くおでんを食べよう。そしてお風呂に入ろう。今夜は、推しの歌を聞きながら、寝よう。
ツバサはそう思い直して。ようやく、青色のストールを脱いだのであった。
今日のツバサは遅番だった。午前11時に出社。退勤は19時。
そして、自分のデスクで帰り支度をしていたツバサは、困った…と思っていた。10時までだらだらと寝ていたからか、寝ぼけてしまい、羽織り物を忘れてしまった。この時期は寒暖差が激しく、昼は暖かくとも、夕方からはとことん冷える。
忘れてしまった自分が悪いので、寒さに耐え忍んで帰ろう、とツバサが結論を出した時だった。
「アリスちゃん、これ羽織って帰りなよ。その恰好じゃあ、明らかに寒いでしょ?」
ルカだ。ソラ(既に帰宅済み)に書類の山を押し付けられて、今の今までずっとサインをする作業をしていたようだった。その黒革の手には、青色のストールが収まっている。
ツバサが断る隙もなく、ルカはツバサにストールを羽織らせて、ずり落ちないようにか、ブローチピンで留める。ストールの柔らかな手触り、品のある発色。何より、暖かい。
「気を付けて帰ってね。お疲れさま」
ルカはいつも通りの笑顔で、そう言った。お疲れさまでした。お先に失礼します。とツバサは頭を下げて、執務室を後にした。
ツバサが一階ロビーに降りると。少し先で、かつて所属していた一般事務の同僚たちが、軽い山を成しているのを見とめた。遠巻きに通り過ぎようとすると。
「あら、ツバサさん!」
「…。お疲れさまです」
呼び止められてしまった。が、関わりたくないので、物理的に距離がある事を笠に、軽い挨拶と会釈をして、急ぎ帰宅するつもりの姿勢を見せつける。「時に関わる事を避けるのも、ビジネスの大事な駆け引きだよ」と教えてくれたルカの台詞が、胸を去来していた。
声を掛けてきた同僚が、ツバサに向かって歩いてきながら、口を開く。
「ちょうどいいじゃん!一緒に飲みに行こ…う…、…。あ、ごめん。やっぱり、何でもない…」
「? え…、あ、はい…」
「異動してから、何か多忙っぽいもんね。早く帰って、ゆっくり休んで。じゃあ、お疲れさま」
「…お疲れさまでした(…??)」
明らかに変化した同僚の態度には疑念を抱かざるを得ないが。ルカの部下になってから、周囲のツバサを見る目が変わったのは、別に今に始まった事でもないのだ。とりあえず、アフターファイブへの面倒は回避できたらしい事に。密かにホッとしながら、ツバサは今度こそ会社から出た。
帰宅したツバサは、コンビニで買ったおでんを机に置いた。お腹はひどく減っているし、それに冷めないうちに頂くとして。まずは仕事着から、楽な格好になりたい。クローゼットに取り付けられた姿見の前に立って、ストールを脱ごうと、ブローチピンに手を掛けたときだった。鏡越しに、ピンへ文字が刻印がされている事に気が付く。鏡から視線を逸らして、直接、ブローチピンを見やる。青色のスワロフスキーは、小粒だが、十分に光り輝いてた。そして、ピンの部分に刻まれているのは。
『LUKA』
…、ルカの名前だ。そうか。これは彼の私物だったのか。と、ツバサはそこまで考えて。…あれ?と思った。
会社のロビーで出くわした、同僚たち。近付いてきたそのひとりが、ツバサを見るなり、顔色と態度を変えていた。
同僚の視線からすれば…、青色の高級なストールを纏い、それを『LUKA』の刻印がされたブローチピンで留めている、ツバサという図。
「…、……」
…たぶん。というか、絶対に。何か余計な勘違いをされた。
(ソラさん…ごめんなさい…)
真っ先に胸中で謝罪を述べたのは、ルカの専属秘書官。
明日の彼のデスクの電話へ。苦情か陳情かが入らぬ事を、ツバサは切に願った。そして、万が一、それらが入った時の阿鼻叫喚の地獄絵図を想像して、ぶるり、と震え上がる。
寒いから、早くおでんを食べよう。そしてお風呂に入ろう。今夜は、推しの歌を聞きながら、寝よう。
ツバサはそう思い直して。ようやく、青色のストールを脱いだのであった。
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