『極寒の果てで』小説

その日。ソラが訪れたのは、旅の遊技団だった。現在、この遊技団がいる街に、ソラが逮捕を狙っている男がいる。名を、ドルガン。表向きはホワイトカラーを謳う投資家だが、裏ではブラックマネーの取引に手を染めている、犯罪者である。ドルガンが、ンコソパの国家予算を管理する人材に詐欺の片棒を担がせようとしたことが発覚し、ルカの怒りを買った。それから、ソラが調査をしていた。そして掴んだ情報が、旅の遊技団にいる踊り子たちに、手を出そうとしている、というもの。詐欺師であると同時に、色情魔でもあるらしい。
そんなこんなで、調査は足でするものと決めているソラが、遊技団に潜入するのは当然の流れとも言えた。今日の客はドルガンを始め、その殆どが、彼の手下や部下にあたる者らしい。まとめてしょっ引くには良い機会だ。
ドルガンが踊り子に手を出そうとしているのならば、自分が踊り子としておとりになればいい。実に簡潔に答えを出したソラは、団の者たちの手と、予備の衣装を借りて、踊り子に扮した。ただ、右目は絶対に晒せないことや、そもそも国王なので顔が知れ渡っていることもあって。顔表面で露出できる所が左目部分しかないことが微妙か…と思えた。

…が。いざ、幕開けして、手品や楽芸が始まり、いよいよ目玉の踊り子の出番となる。今日はどの美女が出てくるかと、客の皆が待っていると。ステージの袖から踊り出たのは、ソラが扮した踊り子。いくら綺麗に着飾っていても、見れば分かる。「男だ」と。しかし、客席の皆ががっくしと肩を落としたのも、数秒の間。曲が流れて、彼が踊り始めれば、その異様な流麗さが客の間に浸透する。
細腰とはいえ引き締まった身体に、長い手足。何より所作の美しさと、纏う気品の高さが。一番売る部分である顔が隠れているが為に、より際立って。ドルガンや他の客たちを圧倒させた。
曲が終わり、ソラが一礼すると。上客の証である、一番高い席から。ドルガンが声を上げた。

「そこの踊り子、ここへ」
「…承知しました」

ドルガン以外は雑魚座りだった者たちが、ささっと開ける。その拓いた道を、ソラはステージから身軽に飛び降り、歩いて行った。―――ドルガンのもとへ。
呼び付けて当然とばかりに、椅子にふんぞり返るドルガンを前にして、ソラは片膝をついた。その様子を見たドルガンが、口を開く。

「見事な踊りだった。お前の名を教えろ」
「ありがとうございます。しかし、自分は名乗るほどの者ではありません」
「俺の中で二度と忘れない名前にしてやる、と言っても、か?」

脳天からぶった斬ってしまいたい。ソラは思った。気色の悪さ全面全開のセンスがない口説き文句だ。口数の多くない自分でも、まだコイツよりかは気の利いたことが言える、と妙に確信してしまうほど。
黙ったソラの態度をどう受け取ったのか。ドルガンが続ける。

「では、今日のショーが終わるまで、俺の隣にいろ」
「自分は踊り子です。酌のお手伝いは出来ません」

ソラははっきりと拒絶を意を示した。ドルガンから情報を取りたいならば、彼の隣を陣取るのは絶好の機会とも言える。しかし、ソラが狙っているのは、そこではない。

「…。これでも、か?」

ソラの返事を聞いたドルガンが、懐から何かを取り出し、ソラが跪く傍の床に、投げ捨てた。革製の袋。ジャラン!と響いた、金属音。…間違いない。カネだ。音から察するに、中身は銀貨だろう。
ソラはそれには手をつけず、尚も、冷静に続けた。

「申し訳ございません。踊り子は踊りを披露し、お客様を楽しませる為の存在。
 見世料以外のお金を出されても受け取れませんし、踊り以上のことはできかねます」
「…その答え。袋の中身を見ても、覆すことをやめないでいられるのか?」
「銀貨が20枚相当とお見受けします。我々の1日の賃金の3倍はあるでしょう」

そこまでの金額を積んで、酌をさせてハイ終わり、とはいかない。そのまま宿まで連れて行く気が満ちている。ドルガンの下品な行為に、ソラは胸中で闘気を滲ませる。
カネをチラつかせても一向に自分に媚びない踊り子(ソラ)に焦れたのか。ドルガンが少し苛立ちを見せる。

「そこまで分かっていて、何故、拒むんだ?俺のことを知らないのか?」
「敏腕投資家のドルガン様でいらっしゃいます」

そこで初めて、ソラが顔を上げた。唯一、露出した左目が、ドルガンを射抜く。
踊り子らしかぬ、その気迫の溢れる視線に、ドルガンが一瞬だけ怯んだ。その隙に、ソラが口を開く。
 
「表ではホワイトな投資を装いながらも、裏では画商や宝石商などと通じて、闇オークションで宝飾や美術商品をブラックマネー化してから、私腹を肥やしている…。まさに犯罪商法においては敏腕だな」
「!?」
「そしてお前はつい先日、ンコソパの国家職員にインターネット上で近付き、その職員が管理を任されている国家予算の一部の横領をそそのかした…」
「な、なぜ…?!」
「ルカが気が付いて、未遂に終わったが良いものの…。アイツは珍しく、相当怒っているぞ?ドルガン?」
「! コイツはただの踊り子じゃない!捕らえろ!!ひっ捕らえろ!!」

ソラの言葉に激高したドルガンの怒号に、周囲にいた彼の手下が一斉に動く。しかし。
ソラは扮した踊り子よろしく、華麗に舞うかのように回避して、ドルガンの手下の誰ひとりとして自身に指一本も触れさせずに。再びステージの上へと帰る。

「俺を捕らえる?
 ドルガン。己に何の罪を抱いたまま、…そして、誰を前にして、その言葉を言えると?」
「貴様!ただの踊り子じゃないな?!一体、何者だ?!」

――『Pop it on !』

遊技団の者によって手渡されたオージャカリバーが、光り、鳴る。

「王鎧武装」

――『You are the KING! You are the, You are the KING!』

「俺は、ゴッカン国王兼国際裁判所最高裁判長・ソラだ。
 ドルガン、貴様を贈収賄未遂の現行犯逮捕とする」

パピヨンオージャーに変身したソラの姿を見て、ドルガンは顔を歪めた後。

「よくも俺を騙したな?!国王なんざ知るか!!この場で始末してしまえッ!!」

怒りが爆発したドルガンがそう怒鳴ると、腰に下げていた己の剣を抜いた。それを合図に手下たちも一斉にステージに向かって襲いかかってくる。が。

――『オージャチャージ!』

ソラはそんな光景など恐れるに足らずとばかりに。冷静にオージャカリバーに必殺の一撃を込めた。そして。

「幻踊せよ、氷蝶」

――『オージャフィニッシュ!』

手下たち持つ刃がソラに届く前に。ソラの身体が紫色の蝶の群れと化して、霧散する。氷で出来た羽根を持つ蝶々に、皆が一斉に見惚れ、動きを止めた。氷の蝶の群影は舞い踊るかのように手下たちの頭上を瞬く間に越えていき、ドルガンの方へと向かって―――…、

刹那。氷蝶の群れの中から、紫色の鎧が飛び出してくる。ソラだ。
反射的にドルガンが剣を自分の前に持ってきて、防御した。しかし。

「粛刑、―――…執行ッ!」

ソラの宣告と共に、オージャカリバーの一閃が瞬く。ドルガンの剣が根元から叩き折られた。瞬間的に受けた物理的な負荷と、精神的なダメージにより、ドルガンが腰を抜かす。倒れたドルガンの体躯に押された衝撃で、先ほど彼がソラに投げた革袋が弾けた。袋の中から銀貨が零れ、床に散らばる。しかしもう、それに気を取られるほどの余裕は、ドルガンには無い。零れ散らかった銀貨よりも遥かに煌めく、王の剣の切っ先が、自身の首元に当てられているからだ。
ゴッカンの兵士たちが隊列をなして雪崩れ込んできた。手下たちを次々に確保する。
自身の終わりに震えるドルガンを前にして、ソラの装甲が解けた。踊り子の格好をしたままのソラが、オージャカリバーを今一度、突き付けて、問う。

「ドルガン。俺の名を覚えているか?」
「ご、ゴ、ゴッカン王の!そそそッ、ソラ様でございますッ!」
「正解だ。
 …どうだ?お前の中で、もう二度と忘れない名前になっただろう?」
「…?!ひ、ひぃぃぃ!!お、お助けください!!
 おおおおお願いします!保釈金でも何でも、いくらでも支払いますから!どうか命だけは!!」
「カネで傾く天秤など、俺は持ち併せていない。―――連れて行け」

ソラが命じると、兵士がドルガンに手錠をかけた。追い詰められたせいか、錯乱し、最早、支離滅裂となった内容を喚くドルガンに対して。ソラは口元の覆いを外し、告げる。

「罪には罰だ。これはカネとは…、否、何にも決して交換はできない。
 ゴッカンの雪に埋もれながら、己の罪を贖え」

ドルガンが連行されていく。ソラはそれを見届けると、床に散らばった銀貨の1枚を拾い上げた。
この1枚が、ヒトの欲を簡単に狂わせる。これさえあれば、何でも手に入ると錯覚し、暴走し、それが罪を呼ぶ火種と成り得る。そして、一度覚えた罪は、尽きない欲の渇きを潤す為にと、永遠と連鎖する。
踊り子に扮し、自分に近付いてきたソラに対して、ドルガンは激怒した。「よくも俺を騙したな?!」と。しかし、その台詞を吐いたドルガンこそが。多くの国民たちを騙して、悪人同士で通じ合って。そうして巨額のカネを手にして、その上でふんぞり返っていたではないか。罪が築いた、虚栄の富と名声。砂の牙城は、風が吹けば削れて、水がかかれば攫われる。
今回は、ドルガンが座っていた砂上の楼閣を壊したのが、風でもなく水でもなく。紛れもなく、裁判長のソラ自身だった、ということだけ。

これがソラの職務。ゴッカン王としてある為の、絶対的な責務。
国王として真っ向から罪人と斬り結ぶのが相応しい。…というのは、お伽噺の中の空想だけだ。生きているモノ同士の駆け引きは、時に、蛇のけしかけ合いも必至である。

何を言われても良い。どのようにそしられても構わない。なにびとかに白眼視されても、もう振り向きはしない。
ソラは自分のことを正当化しようなどとは、微塵も思わない。ただただ「公平」であり、「天秤を片方に傾けない」という、このふたつを厳守しているだけだ。だから…

「―――…全ての奪う者たちよ。お前たちに奪われた者たちの血と涙の重さと共に…、ゴッカンの吹雪に凍える日が来るのを、待つがいい…」

…、せめて。自分がしなければならないことを。課せられたことを。こなし、守る。
この手が届く範囲、この足が動く時間、この眼が射抜ける光景の、その全てを以て。自分がゴッカンの国王である限りは。―――…罪を、裁き続ける。

蝶の舞い踊るように飛ぶ姿には、誰もが優美と見惚れるものだが。
ソラという『パピヨン』は、普通の蝶には持ち得ぬ、恐ろしい牙を隠し持つ。それはオージャカリバーという形で剣となり、判決と投獄という毒を以て、罪人を蝕むだろう。

兵士に声を掛けられたソラが振り向き、そちらに赴く。彼は、未だに踊り子の衣装のまま。淡いグラデーションのかかった薄紫色の、半透明のショールが美しい。一歩、また一歩と進めば、ひらひらと舞う、蝶の羽根のようで。
罪を犯していない者たちですら、その蝶が抱する毒に溺れたい、なんて。まるで的外れな勘違いしてしまいそうになる、とか。その毒を持つ蝶の振る舞いそのものが、まるで罪深いとか、何とか。
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