『極寒の果てで』小説

ふ、と、陛下の意識が浮上した。いつもの寝起きより頭が少しクリアになっていて、物事の組み立てが出来る。1日のスケジュールを思い起こすことが出来る。…自然と目が覚めるのは、一体、いつぶりだろうかと、彼は思った。ベッドから身体を起こす。いつもなら冷え切っている指先は妙に温かく、全身の気だるさはあるものの、常時より症状が幾分か軽い。
不思議そうに両手を動かしていると、寝室の扉がノックされた。朝支度の従者か、あるいは、ビアンキか。陛下が入室の許可を出すと、扉が開いた。そこにいたのは。

「おはようございます、陛下」

…歌姫だった。しかし、その服装は寝間着でもなければ、ましてやドレスでもない。ザイバーン城仕えの従者服。その姿を見て、ああ、そういえば…、と陛下は昨夜のことを思い出した。

「早速、今朝から陛下のお世話を仰せつかっております。よろしくお願いします」

歌姫はそう言うと、陛下に向かって深々と頭を下げる。彼は目線だけでそれを制して、サイドテーブルに置きっぱなしになっていたグラスに手を伸ばした。が。

「陛下、新しい飲み物をお持ちしました。レモンのスライスと塩を入れた、ミネラルウォーターです。頭がすっきりしますよ」

言うや否やパッとグラスを掻っ攫い、これまた持ってきたらしい新しいグラスと取り換えて、スライスレモンが浮かんだ水差しから水を注ぐと。「どうぞ」と、歌姫は陛下に差し出した。
一口飲んで、嚥下する。冷えた水に、僅かな塩気と、レモンの香り。渇き切った喉と、眠気で重たい思考回路に、冴え冴えとした風が吹き渡る気分だった。

「…美味い、頭が冴える」
「何よりですわ」

陛下の口から、自分でも驚くほど素直な感想が漏れる。それを聞いた歌姫が、微笑むのを見た陛下は。そう言えば、と思い立った。

「何と呼べばいい。歌姫殿、とはもう呼べまい」

いつかは飽きるにせよ、出ていくにせよ。陛下は自分に仕えてくれる身となる者の名を呼ぶ甲斐性くらいは、持ち合わせているつもりだった。簡潔に問うと、歌姫は、暫し考えた後。

「リィン、とお呼びください。呼べば、鈴の音のように、お返事しますわ」

歌姫、もとい、リィンは。そう言って、首を垂れた。そして、直後、すぐに視線を上げて、陛下に問う。

「陛下、薬湯の効果はいかがでしょうか?」
「? …ああ、そう言えば、無意識に飲んだとかどうとか…。
 そうだな…。指先は温かい。全身の気だるさはあるが、いつもよりは症状が幾分か軽いな。
 これが、薬湯の効果と…?」
「ふふ、そうだといいな、と思います。とはいえ、やはり効果が見受けられたものは積極的に取り入れましょう。
 後で早速、薬草を譲ってくださった商人様に、連絡をしておきますね」
「…そうか、好きにしろ」

リィンの展開する何とも言えぬテンポの会話に、陛下は付いていきつつも。頭の中ではこの女が一筋縄ではいかぬことを、既に予知していたのだった。


*****


リィンの手腕は、恐るべきものだった。陛下の世話係の下積み、とは銘打っているものの。長年のひとり旅で培った知恵と体力と気力、何より、彼女本来の気立ての良さが、フル活用されて。文字通り、朝から晩まで、リィンは陛下の世話を一身に請け負っていた。犯したミスらしいミスといえば。初日の夜、入浴の補助を嫌う陛下の風呂場に、補助の有無を確認もせずに、うっかりと足を踏みいれてしまって。早とちりで不審者と誤認した陛下(※全裸)から、テレフォンパンチを食らいかけたことくらい。
最初こそ、リィンのことを陰で悪く言う者もいたのだが。その働きぶりを2週間も見せつけられては、誰も何も言えなくなり。そのうえ、リィンが周りに溶け込めたことも相まって、城仕えの者たちの中で、彼女を非難する声は無くなった。…しかし、それに反比例するかのように、評価を落とした者がいる。――――陛下である。

リィンは陛下の世話係として下積み中。故に、陛下が彼女に世話になるのは当たり前である。だが、その図式が、どうにも他の者には良く映らないらしく。「1年後には退位するくせに、今更、美しい女を侍らせて…」、「陛下は体調不良を理由にして、ますます堕落なされている」等と、陰日向で言われ放題になっているのだ。その理由はただひとつ。陛下の低すぎる求心力が、ここに来て、大きな仇となっているせい。

そんな陰口を知ってか知らずか。陛下は周囲の様々な視線は丸ごと無視して。リィンを伴い、王室の宝物庫を訪れていた。ここに所蔵されているものを管理するのも、王の大切な仕事だ。

リストにチェックを入れながら、棚から、ガラスケースから、次々と保管状況を検めていく陛下。それを隣に見ながら、歴代ゴッカン王室が集めた珍しい宝物の数々を、興味深そうに眺めるリィン。
500年前の錦織。現在ではもう採れない鉱物で出来た甲冑。全身が宝石で作られた剣と盾。既に絶滅した蝶の標本。巧みなカットを施されて、永遠に己の中に光を閉じ込めたがゆえに、輝き続けるダイヤモンド。等々。
歌で各地を旅してきては、珍しいものもそれなりに見てきたリィンだったが。王室の宝物庫たるものは、やはり別格だった。元々知識欲が高いこともあり、ついつい、陛下に宝物について質問を飛ばしてしまう。心の隅ではしゃいでいる自覚もあったリィンだったが。陛下も陛下で、視線はチェックリストと宝物との往復をしているものの、リィンの質問を無下にすることはなく。声色や言葉尻に素っ気なさはあるものの、的確な答えを弾き出しては、彼女との会話を細く繋いでいた。

陛下は、本当に少しずつだが、変わり始めている。もう何年も、それこそ、自身の退位が迫っている時期に置かれても尚、周囲と歩み寄ろうとしなかった彼だが。自分の世話を請け負うリィンの働きぶりと、その高いコミュニケーション能力に引っ張られて、陛下は彼女とは普通に会話をするようになっていた。その進歩は、あのビアンキ医師も驚くほどであり、陛下は面と向かって彼から「素晴らしい成長です!陛下!」と褒められた。が、肝心の陛下は何に対して評価されているのかを、イマイチ掴んでおらず、「なんのことだ?」と素で返すという、ちょっとしたすれ違いが起こったりもした。
…本人の自覚の無さはどうあれ。『他人とコミュニケーションを取る』という、ごく当たり前のことが、長年成功しなかった陛下にとって、これは喜ばしい成長の大きな一歩である。故にビアンキは、主治医として、また陛下の理解者として。陰でリィンへ、腰を折った。「どうかこれからもよろしくお願いします」と。それを受け取った彼女は、「私でよければ、誠心誠意、陛下のために尽くしましょう」と、真心を込めて、応えたのだった。

本当は、ビアンキもリィンも分かっている。陛下は本来、聡明で器用、何でも出来る御方。―――…そして、誰よりも優しい。
今は、精神に不調をきたしているがために、本来のスペックが発揮されていないだけ。王として云々以前に、ヒトとしてきちんと経験を積んでいれば。きっと、今とは違う未来もあったはずだ、と。ふたりとも、それを充分すぎるほど分かっているからこそ、陛下の置かれた状況の苦しさが、歯痒い。

そんなことを考えていると。間も無く、全てのチェックが終わったことを確認した陛下が、リィンに持たせていた書類箱にリストを入れる。このまま執務室へ行くのだろうか、と思っていたリィンだったが。予想は外れて、陛下は宝物庫の少し入り組んだ奥へと歩を進めた。その背を追いかけるリィンは、無言を貫く冬の王が、何を見に行くのかを考えようとして…、すぐにやめた。見えたのだ。陛下が見たかったものが。

ここまで見てきたどんな宝物が収まっていたケースよりも、何倍もの強化が施されているガラスで作られたケースに入れられているうえに。更にその中で、蝶を象ったモチーフが付いた鎖に巻かれている。その剣。

――――オージャカリバー。

王の証。王であるならば、常に帯剣するべきもの。有事の際は、この剣のチカラを使って、王の鎧を纏って戦う。それが、チキューにある六王国の王の象徴であった。
しかし、陛下はオージャカリバーを使わない。彼の中にある氷の秘術の制御不安が理由だというのは、リィンも他の従者たちからは聞いていた。

おもむろに装束の懐から鍵を取り出した陛下は、それを使って、強化ガラスのケースを解錠する。自動で上がったケースの中から、何とも言えぬ圧を放つ王剣を、黒革の手袋が嵌った両手が持ち上げる。

「…、…使うんですか…?」

思わずと言った風に、リィンは問いかけた。陛下とオージャカリバーの因縁に理解があるならば、不敬とも取れる質問だったが。陛下は気にした風はなく、素っ気なく答える。

「定期メンテナンスだ。10分もあれば終わる」

そう言うと陛下は、オージャカリバーに巻かれた鎖に手を掛けようとした。すると。リィンが持っている従者用の無線が、けたたましい音で鳴る。緊急連絡網だ。「はい、リィンです」と応対する彼女を横目に、陛下は剣の鎖を解こうとした手を止めていた。何か、嫌な予感を抱く。

「陛下!南の地で、異形の軍勢が出現した模様!急ぎ、精鋭部隊と共に出陣されよ、とのことです!」

リィンの的確な報告に、陛下は静かに双眸を細めたのだった。――――空気がヒリつくのを感じて、思わず緊張するリィンだったが。陛下が無言で自分の手にオージャカリバーを預けた、その意味を瞬時に汲み取って。すぐさま、その背を追いかけるのだった。


*****


ゴッカンの南の地は、どうにも『揺らぎ』が多い。
異形たちが現れるのは比較的、南方が多く。また、ワームホールの出来損ないが出現することも、ままある。故に、定期巡回を重く命じているのも、陛下なりの対応策だった。今回は、それが役に立ったらしい。

最前線は既に賑やかな状態だった。後方に敷かれた本陣の中、というより、思いっきり陣幕の真ん前に、陛下は剣を地面に突き刺した状態で、立っていた。戦場の風を受けながら、陛下はいつにも増して、厳しいオーラを放出している。
後方支援のため、そして経験のためと、リィンを連れてきたのは、間違いだったのかもしれない。と、陛下は既に胸中で後悔し始めていた。その確たる証拠は、陛下が感じ取った敵意で、示される。突き刺していた剣を抜き取り、歩き出した。陣内から陛下を見守っていたリィンだけが止めようと、前に出る。それ以外は、陛下のことなど知りもしないで、各々の仕事だけをこなしていた。リィンが、預かっているオージャカリバーを抱えたまま、陣幕を出ようとしたとき。

「そこから出るな。怪我をする」

陛下が冷たい声で制した。それを聞いたリィンは思わず身をすくませながら、止まった、その次の瞬間。―――陛下が剣を大きく振り被り、切っ先を振り落とした。刀身から何本ものツララが飛び出して、まさに最前線の網を切り崩そうとしていた複数の異形の影たちを、一度に葬り去る。
それを合図に、陛下が地を蹴った。ほぼ療養生活をしている人間とは思えぬ瞬発力と脚力で、陛下は一気に前線まで駆け込むと。自国の兵士たちの誰よりも遥か前、というか、もう敵陣のど真ん中と言っても差し支えない場所まで、斬り込んでいってしまった。

派手に暴れ回り始めた陛下が囮代わりになったのが原因か。ゴッカン兵たちと斬り結んでいたはずの異形たちも、皆、陛下の方へと群がっていく。自我は無く、闘争本能だけを持つ異形たちは、ただ強いモノを倒すために、そこへ向かっていくだけだ。

助かった…、と誰かが、零した。それを皮切りに、兵士たちの間で安堵の溜め息が広がる。「後は、陛下に任せればいい」。そんな空気が、ごく自然と広がっていることに、リィンは激しい違和感を覚える。のこのことやってきた後方支援部隊が、傷ついた兵士たちの治療を始めようとする姿に対しても、彼女は得も言われぬ不快感を禁じえない。

気が付いたら、陣幕から出ていた。鎖の巻かれたままのオージャカリバーを抱えたリィンは、失望したが故に、能面のような無表情を浮かべており。その様が妙に不気味で、周囲の者たちは、思わず彼女に道を開ける。

「…、どうして…?」

リィンの唇から、呟きが漏れた。陛下が戦う剣戟の音は遠く、しかし、よく通る。聞こえる。感じる。陛下は、ひとりで、戦っている。それなのに。

「どうして、陛下を、見捨てるの…?
 普段は見向きもしないのに…、いざ自分たちの命が危なくなったら、…身代わりに、陛下の命を差し出すの…?
 王が戦っているのに、民は何もしないの?どうせ、1年後に退位するから?だから、簡単に見捨ててしまえるの?万が一でも、死んだら死んだで、都合がいいって、…そんな風に思っているの?」

リィンの問いかけに、答える者はいなかった。が、皆の間に、居心地の悪そうな空気が漂い始める。それを感じ取ったリィンは、嫌悪感を隠しもせず、腕の中のオージャカリバーをぎゅっと抱き締めてから、続けた。

「王国の庇護の下でぬくぬくしているくせに、王がいるからこその国に仕えているくせに、そこからお金を貰って暮らしているくせに…!
 陛下を見下して、有事になれば、果ては見捨てるなんて…!最低だわ…!!陛下があなたたちに心を閉ざすのも、今なら分かる…!!王の剣にも盾にもなれない兵士なんて、陛下には必要ないッ!!」

言葉がキツくなる。思いが爆発する。止められない。兵士たちもリィンの言葉に圧倒されて、硬直していた。そのとき。

リィンと兵士たちの上に、ツララが飛んできて、爆発する。驚いて見上げると、飛行型の異形が、氷の粒となって消えていく様子が分かった。どうやら、あぶれた敵がこちらに奇襲をかけようとしていたらしい。

そして、いつの間にか、陛下が戻ってきていたのにも、気が付く。前線を遥か彼方へ押し戻し、敵が陣形を変えたタイミングで、一度離れてきたようだ。

「剣を出せ。要らないなら、俺が使う」

だが、陛下は治療も、回復手段も、受けようとせず。むしろ自分たちが治療を受けるためと座り込んでいた兵士たちの傍らから、剣を取り上げてしまった。王城兵に支給されている汎用の両刃剣を二振り、両手に装備する。そして、冷たい眼で兵士たちを見ながら、口を開いた。

「治療や回復なら、本陣に戻って行え。敵はもうじき陣形を変えて、攻め直してくる。巻き込まれて氷漬けになりたくなければ、俺を見捨てて、さっさと逃げるがいい。
 むしろ、撤退してくれた方が有難いまでもある。士気も忠義も持ち合わせない腑抜けた兵士たちなど、戦場では役に立たん。ここはもう、俺ひとりで充分だ」

陛下の台詞に、皆は背筋が凍りつく。常日頃から、相手を拒絶する物言いが多い彼ではあるが。こんなにもストレートな内容をぶつけてくるのは、…初めてかもしれない。

「お前たちはもう下がれ。俺は、行く」

動揺する兵士たちを背を向けて、陛下は再び前線へ走り出していった。氷の秘術のチカラを既に使っているのか。走る足元の跡から、地面が薄らと凍り付いていく。

陣形を変えていたかに思えた異形たちは、一塊となり、巨大な一匹の敵となって。陛下に襲い掛かる。それを恐れもせずに、彼は立ち向かう。たったひとりで。もう誰も信用しないで。皆を突き放して。彼は孤独と共に戦おうとしていた。

――――兵士たちは、やっと思い知る。『今までの陛下は、優しかった』のだと。
自分たちがどれだけ見下していても。陛下はこちらを拒絶していても、決して、見捨てはしなかった。本当の意味で部下を斬り捨てる気になったならば、1年後と言わずに、すぐにでも退位すればいい。それでも、彼自身が、自分を蔑ろにしてでも、玉座にいることの意味。その真意。すなわち、国を、民を、守る務めを果たしていたことを。

拒絶は、陛下自身の心を守る壁だった。周囲が、彼を攻撃してくるから。
それでも陛下が国と民を見捨てなかったのは、責任を全うしようとしていたから。何故なら、陛下は、―――王、だから。
陛下の心を蔑ろにしていたのは、他でもない。民である己らであった。

リィンの言葉が、皆の胸の内にリフレインする。
「王の剣にも盾にもなれない兵士なんて、陛下には必要ない」。
王城兵として叙勲を受けたあの日。自分たちは王のために剣を振るい、王のための盾となることを誓ったはず。…忘れていた。目先の戯言ばかりに気を取られて、本当に守るべきものを守るどころか、傷つけて。嘘だらけの優越感に浸っていた。

――――…愚かな我々を、最早、陛下は赦してはくれないだろう。犯した過ちが取り戻せないことを、ゴッカン王にして最高裁判長の彼は、チキュー上の誰よりも知っている。

巨大な怪物となった異形の咆哮が聞こえる。後悔の波に飲まれた兵士たちなど知りもしないとばかりに、戦場は時を進める。

怪物は大きな前足を、陛下に向かって振り落とした。しかし彼は平然をそれを避けて、むしろ余力に振り回されてバランスを崩した怪物の隙を突き、地面に突き刺さった前足を足掛かりに、その胴体を駆け上る。陛下が右手に持った剣は、瞬時に氷に覆われた大剣となり、その刀身が怪物の脳天に叩き込まれた。衝撃で大剣は壊れたが、ダメージは通っており、怪物はフラフラと巨体を揺らし始める。すぐに怪物の胴体から離れ、地面に着地した瞬間から距離を取った陛下は、もう片方の手に持っていた剣にも氷を纏わせた。今度は、弓。剣を土台に造られた弩弓が、急所を貫く。怪物が断末魔を上げて、その身体を霧散させた。

しかし、まだ終わっていなかった。霧散した影たちは更に集合し、結束して。小柄ながらも、精鋭の部隊となった。陛下の手には、もう剣は無い。
だが、陛下は諦めない。まだ、退かない。剣が無いなら、己を削って戦えばいい。どうせ最初から、自分のための剣も盾も、なにひとつ持っていないのだから。

異形たちが一斉に襲い掛かってくる。手に直接、氷のチカラを溜め込んだ陛下が、踏み込もうとしたとき。

陛下の背後から飛んできた数本の手槍が、異形を貫く。反射でその場を脱した陛下が振り向くと、そこにいたのは。
ゴッカンの兵士たちが、陣形を組み、武器を手にこちらへ突っ込んでくる様だった。

―――怯むな!!!、一斉にかかれ!!!、王の剣と盾となれ!!!―――

兵士たちの咆哮が木霊する。その闘気に、本能を刺激されたらしい異形たちは、今度はそちらに標的を定め始めた。本隊からわざとはぐれた数人の兵士たちが、前線から離れた陛下に向かって、走ってくる。

「陛下!応急処置になりますが、治療を受けてください!お早く!」
「敵の攻撃は我々が防ぎます!まずは回復を!」

衛生兵が医療セットを取り出して、陛下の身体に翳し始めた。そして盾兵が陛下の前に出て、文字通り、盾となる。後の兵士は各々の武器を構え、敵が来るのを警戒していた。
突然のことにも黙っている陛下に対して、兵士たちが口を開く。

「お許しください…、いいえ、最早、許しは乞いません…。だからせめて、この場だけでも、今回限りと捨てられても…、本来の務めを思い出した我々の罪滅ぼしを、どうか、お受けください…!」
「情けないと嗤ってくださっても構いません…。いざ、王に捨てられると分かった瞬間、我々は、陛下のお心に、やっと気が付いたのですから…」

兵士たちの贖罪にも陛下は黙ったまま。しかし、拒絶もしない。もう、彼の心は、自分たちには向いていないのだろうと思ったが。それでも兵士たちは、やっと取り戻した己たちの信念に従う決意を固める。

「陛下!オージャカリバーです…!お役に立てればと思い、此処までお持ちしました…!」

盾兵のひとりに守られているリィンが、鎖が巻かれたままのオージャカリバーを、陛下に差し出す。それに対して、陛下が眉間に皺を寄せたのが分かった。

「使えないというのは聞いています!でも、でもっ、1回くらい、試してみてもいいと思います!」
「リィン殿の仰る通りです、陛下…!例え、オージャカリバーが使えないからと言っても、我らが王は陛下しか――――」

「――――は?使えるが?」

「「…え?」」

オージャカリバーが使えないはずの陛下を促していた途中で、突然の、カミングアウト。思わず、その場にいた皆が、陛下に視線を集中させた。陛下はそれを珍事でも見るかのような眼で受け止めながら、口を開く。

「俺が、いつ、オージャカリバーのチカラそのものを扱えないと言った?…ああ、城で流れている噂か。
 氷で覆ってしまう危険性は確かに否定できんが、…別に剣の扱い自体に支障はない。
 噂に踊らされて、すっかり真実と刷り込まれていたのか…。まあ、それも俺の責任なのだろう」
「え、と…。それでは、オージャカリバーのチカラは、特に問題なく引き出せる…、ということで…?」
「引き出せる。が、引き出したくない。
 …まあ、良い。わざわざ危険を賭して持って来たんだ。現実を見せてやろう」
「「「「えぇー……?」」」」

困惑の声が重なる。が、陛下は治療中の兵士を目で制して、強制的に終わらせると。リィンの手からオージャカリバーを取り、一息で巻き付いていた鎖を引き剥がした。

「この場の全員、防御姿勢を取り、速やかに俺と進軍せよ。

 ――――そして…、俺が歩く道を、開けさせろ」

そう命じる陛下の眼には、確かな闘気が滲み出ていた。纏っているオーラも、いつものそれとは訳が違う。
その場の全員が、息を呑みながらも、王の命令に従う決意をしたのだった。




to be continued...
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