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試験期間の真っ只中だった。
今年度取りすぎた授業の試験はどれも内容がぎちぎちに詰まっていて、数週間前からフル回転されっはなしのナマエの脳みそはすでに憔悴状態であった。
しかし、一番の課題だった魔法薬学の試験を先程なんとか終えて、ようやく彼女はほんの少しのゆとりを取り戻せた気がした。
『つかれた…』
明日以降の科目には少なからずの自信を持てていたことと、苦手な知識を無理矢理に詰め込んでいた脳みそを少しでも休憩させたい気持ちもあり、今日の放課後は息抜きがてら散歩でもしてゆっくりしようと考えた。
なにも考えずにただぼんやりと歩いていたはずなのに、
気がつけば彼女の足はとても馴染みのある場所へと行き着いていた。
いつもの選手や観客で沸き立つ賑やかな姿とは違い、今この時間は広大に拓けた静寂の中、穏やかに芝生だけがざわざわと耳心地よく波打っている。
クィディッチの競技場だった。
『誰もいない…、か…』
今頃生徒の殆どは明日以降の試験に備えて大広間や図書館、談話室などの至る場所で復習に終われていることだろう。
そりゃ、試験中だもん当たり前かと競技場を後にしようとすると、競技場の隅の方で微かに動く人影がみえた。
よく目を凝らすと背が高くしっかりと引き締まった体つきの青年がいる。
授業用のローブではなく赤いユニフォームを身に纏っていた。
『…ウッド』
思わず声が零れた。見間違えるはずがない。
彼女がここ二年と数ヶ月の間、試合と練習をかかさず見学するようになった間違うなき理由、密かに想いを寄せ続けていたオリバー・ウッドその人だった。
「ん?」
『あ…、』
ほぼ反射的に彼が自分の名前に振り返ると、ナマエは慌てて口元を隠したが、
ウッドは目を細めてすぐに彼女を捉え、小さく笑った。
「あぁ、君か。今日はどこの寮も休みだよ」
こうして言葉を交わすことは過去に数回、数えきれる程度しかなかった。
少し遅れた意識のなかで、確かに自分に声をかけられたと気付いたナマエは嬉しい気持ちと同時になんと返せばいいか分からなくなった不安からわたわたと口篭ってしまう。
そんなナマエの様子を特に気にすることもなく、ウッドは穏やかに続けた。
「試験期間中は寮ぐるみでの練習は出来ない決まりなんだ」
『あ、ああ、そっか…そうだよね』
やっとの思いでナマエはなんとか簡単な言葉を返すことができた。
ナマエはどうか彼に自然に聞こえてて欲しいと思った。
『えっと、じゃあ…?』
ナマエが恐る恐る聞き返すと、
ウッドは「僕か?」と眩しそうに片方の眉を傾けながら応える。
「いつまでも室内に籠って教科書とにらめっこばかりじゃ参ってしまいそうでね。ちょっとした気晴らしさ」
そう小さくウィンクを飛ばすと、ウッドはさっと箒に跨がり、一瞬の間に軽々と上昇していった。
『わ、…すごい…』
30分強ほどだろうか。ウッドは時にクアッフル飛ばしたり受け止めたりしながら、競技場中を飛び回っていた。
ナマエはウッドの華麗なプレーにただただ目を奪われていた。
楽しそうな顔、綺麗な汗、男らしい腕、広い背中、力強く美しいプレー、
二年と数ヶ月前にナマエが一瞬で惹かれ恋に落ちたオリバー・ウッドの姿そのものだった。
そして、それは相も変わらず格好良いとナマエは心のなかで何度も呟いた。
「なぁ!」
暫くしてクアッフルを抱えたウッドが静かに下降しながら言った。
「君、好きなのか?」
『え、はっ、え?す、好きってななななにが??』
突然の質問にナマエが分かりやすく動揺していると、
ウッドは不思議そうに首を傾げ、「?、クィディッチに決まってるだろ?」と続けた。
『あ、あー…なんだ、クィディッチ…』
ナマエはウッドにバレないように安心とも期待はずれともつかないため息をした。
「練習の日も欠かさず観に来てくれるからよっぽど好きなんだろうなと思って」
『うーん、そうだね。…好き、かな』
「やっぱり!」
そうかそうかとウッドの顔がみるみるうちに明るくなった。
間近で見るウッドの無邪気な笑顔ナマエの胸はきゅんと高鳴り、と同時にこんなにも容易く彼を眩しい笑顔にしてしまうクィディッチにほんのちょっとだけ嫉妬もした。
「なぁ、折角だし、少しやってみないか?」
『え?』
「ちょうど軽い練習相手がほしかったんだ」
ちょっと待っててとウッドはナマエに声をかけすぐに更衣室から学校の貸出用の箒を一本持ってきた。
『えいっ』
「お!いいね!」
ナマエがゴールへ放ったクアッフルを一瞬だけ目で追いかけると、すぐに箒を傾けてウッドはぐんとボールは追いかけた。クアッフルはゴールをくぐる前に易々とウッドの腕のなかに収まった。
「うん、君は中々チェイサーの素質があると思う。来学期は選抜試験に挑戦してみたらどうだ?」
クアッフルからナマエに向き直り、ウッドは笑顔で言った。
『えぇっ!?そんな無理だよ!!でも…ありがとう』
ナマエが照れたようにそう返せば、ウッドはまた満足そうに笑う。
「さて、今日はこのくらいにして、そろそろ降りよう」
『うん、ボールとか触らせてくれてありがとう』
二人で地上に降りると、ウッドはベンチに腰かけ自分の箒やナマエが借りた流れ星、ボールを丁寧に磨き始めた。
「実際にやってみてどうだった?」
『とっても楽しかった!でも難しいことも沢山…ウッドやチームの皆ってやっぱりすごい上手なんだなってことを実感した!』
「ははは、上達したいならとにかく練習しかないな。初歩的なところから始めるなら…」
そこから暫くウッドは個人で出来る練習法や色々な作戦などを教えてくれた。
段々熱が入ってくると最終的にはクィディッチの魅力だったり今年の寮対抗優勝杯獲得に向けての思いを熱く語っていてナマエは少しだけ困ったように笑っていた。
でも少年のようにクィディッチの話をするウッドの横顔はとても眩しく楽しそうで、
『…好きだなぁ…』
とナマエの心の声がまたしても零れてしまう。
その言葉を口にするとなんだか心が温かく澄んでいくように不思議と心地がよく、今度は口元を隠すことはしないで代わりに口のなかで うん、好きだ、と小さく反芻した。
「だろう?観るだけでも充分感情を沸きたてられるが、やはりクィディッチは実際にやるに限る!」
『あぁ、いやそうじゃなくて、』
「うん?」
ウッドとの会話が交差したことに反射的に突っ込むと、ウッドはそれはクィディッチが好きではないという意味かと言いたげに眉毛を下げ不安そうな顔をした。
『あー、ううん、確かにクィディッチ、好きだよ』
そんなウッドを可愛く思いながらも慌てて訂正してナマエは言葉を続けた。
『でも多分それはきっとあなたが好きなものだから』
「え?」
口をつついて出た言葉に一瞬ナマエ自身も驚いた。
しかし、ナマエの中には後悔も緊張も一切なく、確かに前向きな気持ちがあった。
ドキドキと心地好い鼓動のリズムが背中を押してくれるようだと彼女は思った。
『だから…私も好きになったんだと、おもう』
「えっと、それは…?」
首を傾げるウッドに鈍感だなぁ、と小さく笑うとナマエは小さく息を吸い込んで、ウッドを見上げた。
『私ね、ウッドが楽しそうにプレーをしてるクィディッチが好きなの』
ウッドははっと、息を呑んだ。頬に薄く色が差す。
それに気付くわけでもなく、彼女はそれから、と指折り数えて続けた。
『あなたが嬉しそうに話すクィディッチの話が好き』
『あなたが過去最強だと胸を張るグリフィンドールのチームメンバーが好き』
『あなたが誰よりもかっこよく護るキーパーのポジションが好き』
『心の底から幸せそうにクィディッチをしているあなたの姿が、なによりも好き』
いくつ目かを言い切ると、彼女は一瞬だけ目を伏せて、
それからまっすぐにウッドの瞳を見つめ直した。
『私…あなたが、ウッドが好き。』
真っ直ぐと澄んだ声だった。
真っ赤になって驚くウッドの顔はまるでブラッジャーを食らったみたいだと、ナマエは思わず笑った。
『…じゃあ私、そろそろいくね。今日はありがとう…また、』
「…あ、ああ!また…」
最後にもう一度だけウッドに笑いかけて、ナマエは自分の寮へと向かった。
その足取りはとても軽かった。
『…ふふ。ウッドのあんなに真っ赤な顔、初めてみた…』
ナマエにとって
またひとつ、好きなものが増えたようだった。
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