強引な未来地図
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「またきたのか泣き虫寂しがり置いてけぼりのナマエ」
『…うるさいな。いいでしょ別に』
「泣き虫寂しがり置いてけぼり~♪ひとりぼっちのナマエナマエナマエ~♪」
東棟6階の滅多に人も通らない廊下。
就寝時間も過ぎたこの時間なら尚更、こんな場所にやってくるのは寂しがりの女の子が一人と、悪戯好きなゴースト(正しくはポルターガイスト)だけ。
『ひとりぼっちじゃないよ、あなたがいるもの』
「…ポルターガイスト頼みなんて、寂しいやつ」
『しょうがないでしょ、…寂しいんだから』
「…ふん、勝手に寂しがってなっ」
『あっ』
頼られることには慣れていないのか、それだけ言い残してピーブスは音も立てずに床に飛び込んで消えていった。
『もう、…意地悪。ほんとにひとりぼっちにしなくてもいいじゃない…』
それでもわざと騒いだりしてフィルチや寮監を呼んだりしないのは彼なりの優しさなのだと彼女は思う。
『なんだか、遠い昔みたい…』
ナマエは廊下の端に座り込んで本来そこにあるはずのない小さな沼を愛しそうに見つめた。
フレッドとジョージがここにいた証。フリットウィック先生の計らいでここに残すことを許された大好きな人の最後の作品―イタズラ―。
『元気かな、』
彼らがこの学舎を飛び出してから一年とふた月が経った。
その間には勿論長期休暇などもあったのだが、フレッドとはあれきり連絡も取っていない。店舗を開くなんて暫くは忙しいだろうと気を使いナマエの方から落ち着くまでは連絡を取らないと約束したのだった。
夏休みの間に実際に店を見に行ったという同級生から、二人の店は常に人で溢れていてすっかり大盛況だと聞いた。赤毛の店主たちが楽しそうに商品を紹介している姿がありありと目に浮かぶ。
小さく笑って、それからぽつりと溢した。
『私のこと、忘れちゃったかもな…』
迎えに来ると言ったフレッドの言葉を信じていないわけではなかった。
ただ、大盛況ともあれば、当分連絡を取れる時間なんてないのかもしれない。そんな忙しくやり甲斐のある毎日では自分のことなど忘れてしまってもおかしいことはないとナマエはどこかで覚悟を決めていた。
『…、っ…』
皆の前ではいくら気丈に振る舞っていても心の奥では誰よりも寂しくて心細くて不安で仕方がないのが本音だった。
こうして小さな弱音をひとつ吐くだけで、いとも簡単に涙は溢れて止まらなくなってしまう。
『会い、…い…よ…』
コツ、
『…!』
暗闇がずっと伸びた廊下の奥で小さく足音が聞こえた。
人の気配を辿ろうとナマエが暗闇をじっと見つめるとぼんやりと浮かぶ人影が彼女に声をかけた。
「誰を想って泣いてるんだい、」
『…ピーブス?』
ナマエはこんな時間にこんな場所に来る人なんてと身に覚えのある名前を呼んでみたが、それはすぐに違うとわかった。
柱の陰の隙間からゴーストにはあるはずのない綺麗に磨かれた革靴が覗いている。
「俺以外の男の名前を呼ぶなんて妬かせてくれるな?」
コツコツと革靴を響かせて進み出るその人物をゆっくりと月の光が照らす。すらりと伸びた手足に太陽とよく似た暖かな赤毛、そして口角をくいと上げた悪戯な笑顔。
『……っ!』
一度たりとも忘れたことはない。
愛しくて愛しくて何度も涙を流した。
会いたいと想い続けたその彼が、そこにいた。
『フレ、』
月の光を受けて不安げに微笑む彼はとても儚く幻想的で。
もしかしたら自分の想いから生まれた幻なのかもしれないとナマエは自分の目を疑った。
「久しぶりだな、ナマエ」
それでも聞き慣れた甘い声で名前を呼ばれて、彼女はハッと涙を飲み込んだ。
『どう、し、…て』
やっとの思いでようやく簡単な言葉を繋いだナマエの声は自分でも分かるくらいに震えている。
「君を、拐いにきた」
へらへらとそう言うとフレッドはそのまま悪戯に笑った。その顔は最後に会ったときに比べて、ぐっと大人っぽくなっていて。背だってぐっと伸びていて。
けれどやはり目の前にいる人物はナマエの待ち焦がれたその人に間違いなかった。
「もっと早くくるつもりだったんだけど、…っと」
ことのほか店の方に手間取って…、とフレッドが言い切る前に
とん、と自分の胸に懐かしい重みが飛び込んだ。
それはずっと触れたかった、心地よい温度だった。
「…待たせて、ごめん」
肩を震わせる彼女を優しく包みこんでフレッドはナマエの頭をそっと撫でる。
フレッドの大きな手は前よりも少しごつごつとしてて、そして、今も変わらず暖かく優しかった。
夢じゃない、
彼の懐かしい匂いも体温も全てが確かにここにある。ナマエはフレッドの背中に回した腕に力を込めた。
『会い、たかった…、ずっと…』
「俺も会いたかった、ナマエ」
ぎゅうとフレッドも強く抱き締め返す。
ふとフレッドの首が傾いて次第に近づく唇が重なるかと思ったその時に彼女の腕に引っ掛かったのかフレッドのジャケットの胸ポケットからチャリンとなにかが落ちた。
『…ん?なにか…これ、鍵…?リボンが付いてるけど…』
くすんだ金色のレバータンブラーキーに細い赤のリボンが丁寧に結わい付けられている。
ナマエがその鍵を拾いフレッドに渡そうとすると彼はポケットに手を突っ込んでしまい鍵を受け取ろうとしない。
「ああ、それ?ナマエにプレゼント」
『…どこの、なんの鍵?』
「新しい君の部屋。ダイアゴン横丁にある」
『え?』
フレッドは鼻を掻いて、少しだけ照れ臭そうに言った。
「言ったろ?君を拐いに来たって」
『え、ってことは…』
「店の近くに部屋を借りたんだ。ナマエと俺の、二人の部屋」
『嘘…』
鍵とフレッドを交互に見比べて驚くナマエを見て、
フレッドは小さく深呼吸をして続ける。
「まぁ、一応ナマエがちゃんと学校を卒業したいってことなら、勿論待つ覚悟はある。ただーー、」
『ただ、?』
フレッドがわざとらしく言葉を区切ると、ナマエは不思議そうに彼を見つめ、フレッドの方は得意気にニヤリと笑った。
ナマエの記憶に染み込んだ大好きなフレッドの顔と今目の前の彼の表情がはっきりと重なっていく。
「それでも俺は"今夜"君を連れ去りたいと思ってるんだけど、」
どうかな、とウィンクを飛ばされれば
いつものナマエを断らせない意地悪な瞳がそこにあった。
『どうしてあなたって人は…』
いつも急すぎる…、ナマエが呆れたように溢すと、
ごめん、と今度は少年のような笑顔に打ち返された。
「なぁ、俺と一緒に来てくれる?」
フレッドが両手を広げると、それが合図だったかのように、
ナマエは再びフレッドの胸へと飛び込んだ。
『あなたとなら、どこへだって…!』
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