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「俺、学校辞める」
その報せは突然だった。
今の今までそこにあったはずの中庭の喧騒は一瞬、遠く彼方へ飛んでいってしまったように感じた。
「ジョージと店を開く。ずっと追いかけてた夢だ」
フレッドはわざとらしく眉を下げて申し訳なさそうに笑い、ぼんやりと宙を泳ぐ彼女の瞳を覗き見た。
伏せ目がちに見上げる深緑の瞳と目が合えば、いつもの悪戯な笑顔でごめん、と言った。
ああ、私が頷くことを知っていてずるい男だ、
ナマエは恨みがましくそんなことを思ったが、大好きなその笑顔に釣られて自分も思わずつい許してしまうことを十分理解している。
呆れたように、微笑を含んだ溜息が漏れた。
『そっ、か…』
彼らの夢は知っていた。
それは彼女自身、誰よりも応援していたにちがいないものだった。
だから、いつかこうなることは薄々気付いていたはずだったのに。
『おめでと、』
それでも、いざ訪れた"その時"は覚悟を決めていたはずの彼女の小さな心臓も呆気なく握り潰す。途端に呼吸がしにくくなった気がした。
ナマエは自身を落ち着かせようと小さく息を吸い込みながら瞼をぎゅっと瞑り、そして再び目の前のフレッドを見て、困ったように笑った。
『寂しくなるね…』
悪戯も、クィディッチも、みんなの驚く顔も、そのあとの笑顔も、フレッドが愛していた日常は皮肉にも大好きだった学校に全て理不尽に取り上げられてしまっていた。
夢を実現させるという理由は勿論だが、
それ以上に、愛すべき自由が奪われた今のこの学校に留まる意味などないということを彼が気付くには最早時間の問題でしかなかった、と彼女は納得するしかないだろう。
誰よりも彼らの、フレッドの近くにいた彼女だからこそ、尚更。
『…急ぐの…?』
「今日、行くんだ」
彼女が絞り出すように問えば、その答えはあまりに急なもので。
今日…、彼女は彼の言葉を口のなかで小さく繰り返すことしか出来なかった。
「準備はもう終わってる。最後は派手に、俺達らしくここを発つつもりだ」
『そう…』
消え入りそうなナマエの声に、フレッドが優しく名前を呼んだ。
彼女はゆっくりと顔を上げて不器用に笑う。
『ごめんね、ちゃんと送り出したいんだけど、、その、あれ…うまく笑えないや…』
瞳には今にも溢れ落ちてしまいそうな涙が瞼の淵ギリギリでなんとか引っ掛かり留まっている状態だった。眉間にシワを寄せ、唇をめちゃくちゃに歪ませながら彼女はその涙を絶対に溢すまいと必至に堪えている。
そんなナマエを見てフレッドは小さく笑った。
「どうした、かわいい顔が台無しだぜ?」
そう言って彼女の目尻に優しいキスを贈ると、
水面張力が静かに弾けて、溜まっていた涙がひとつの滴となってナマエの頬を伝う。
その滴を拭う代わりに、フレッドはナマエを優しく抱き寄せて濡れた頬ごと自分の胸へと押し付けた。
シャツがじんわりと湿っていくのがわかった。
「なに、一生の別れになるわけじゃない。これからの人生を君と幸せに過ごすために、ちょっとだけ先に行って準備をしてくるだけだ」
フレッドは子供をあやすようにポンポンと優しく背中を叩き言った。少しずつナマエの奮える心も落ち着いていく。
「きっとすぐさ!」
『ほんと…?』
「ほんとだ!俺が君に嘘ついたことあったか?」
一瞬だけ考えてナマエがあったような気がする、と答えると
「おいおい、なんだよいつもの調子が出てきたな?」
とフレッドはいつものように悪戯に笑い、ぐずぐずと鳴らすナマエの鼻をむぎゅ、と詰まんだ。
『うぁ!やーめーてーー』
「はははっ、すげー鼻声!」
フレッドが声を出しひとしきり笑って、ようやく手が離れた。と、思った次の瞬間、ナマエはもう一度彼の腕の中のいた。
「店が落ち着いたら、必ず迎えに来る」
フレッドの真剣な声に、ナマエは彼の背中に回した腕に力を込めた。
それは、「わかった」と返事をしたかったのかもしれないし、「本当はすごく寂しい」と伝えたかったのかもしれない。
そんなナマエを愛しむようにフレッドは優しく続けた。
「不安になるようなことがあったら二人で一緒に過ごしてきた今までの時間を思い出して。きっとそれが力になって俺たちを導いてくれる。そうしたら怖いものなんてなにもない。保証する、俺たちなら大丈夫だ」
だから、そんな顔するな、とナマエの頭をわしゃわしゃと撫でた。その声もその手のひらも、その眼差しもやっぱり全てが優しかった。
「ナマエには寂しい想いをさせてばかりだけどさ、もう少しだけ、俺を信じて待っていてくれるか…?」
フレッドが覗き込むように問えば、
ナマエはフレッドの腕の中で小さく、けれどしっかりと頷いた。
『きっと、待ってる…』
「愛してるナマエ」
フレッドがもう一度だけきつくナマエを抱き締めて、涙に濡れた彼女の前髪を優しくかきあげた。
ナマエはそれに合わせるようにフレッドを見上げる。
二人はしばし互いの存在を確かめ合うように見つめ合い、そしてそっと唇を重ねた。
『フレッド、身体に気を付けて、』
その日の空はまるで学校中の不安が具現化したみたいにどんよりとくすんでいた。
"コト"が起きたのは突然で。
ホグワーツきっての問題児であるその双子が最後の大仕事だと声を揃えて、そこからは本当に一瞬の出来事だった。
息がつまりそうなこの学舎を、重苦しくのし掛かった暗雲の全てを、今世紀最強にして最高な悪戯で見事にぶち壊してくれた。
学校中にそれはそれは晴れやかな沢山の笑顔を打ち上げたのだ。
気がつけば重苦しく覆い被さっていた厚い雲がいつの間にかひらけ、その隙間から暖かくて優しい光が差し込んでいた。
学校中がみるみるうちに太陽の香りに包まれた。
そんな景色は双子の英雄の門出に相応しいとナマエは思った。
そして愛しい人は、華々しく東の空へと飛び立っていった。
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